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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
127/199

第十四話 『蛸竜の黄泉越え』 その4

 完全に、完璧に油断していた。

 人一倍優しい彼が友達を危険なところに放り込んでおいて、高みの見物ができるような性格の持ち主ではないとわかっていたはずなのだ。

 それなのに、ほんのわずかな時間でも彼から離れてしまうとは。

 自分の迂闊さと不甲斐なさに涙が噴き出しそうになるが、今は泣いている場合ではない。玉藻は、ぐっと涙を堪えると、目の前で心配そうにこちらを見詰めている小さなねこまりも族の少女に視線を向け直す。一刻も早く愛しい彼の元に行くために、彼女から行先を聞きださなくてはならないのだ。玉藻は、力が入り過ぎそうになるのを必死に抑え込みながら、なんとか乱暴にならない程度に少女の両肩を掴むと、自分の顔を近づける。


「あ、あの、如月様、大丈夫ですかにゃ? 顔色が物凄く悪いようですが」


「私のことはいいから、連夜くんがどこに行ったか教えて。今すぐに!!」


 自分の目の前にいる少女に罪はない。それはわかっている。わかってはいるのだが、激しい焦燥から今にも怒鳴り散らしてしまいそうだ。しかし、なんとかそれも抑えきって問いかけの言葉を口にする。おかげで問われた少女のほうもなんとか玉藻の迫力に飲み込まれてしまうことはなかったのであるが、少女の口から零れ出たそれは、彼女が望んでいた答えとは全く違っていた。


「その、大変申し上げにくいのでございますが」


「何? もったいぶらずに早く言って。時間がないのよ、急いでいるの!!」


「は、はい。ですからその、つまり、若様の行先でございますが、わからないのでございますにゃ」


「へ?」


「我々は実行部隊ではございませんので、行先は告げられてはいないのですにゃ」


「な、なんだとぉっ!?」


 絶望に満ちた絶叫を挙げて、思わずその場に倒れそうになる玉藻。まさか、留守番部隊に行先を告げていないとは完全に予想外であった。気が遠くなる中、それでもなんとか倒れることだけは堪えた玉藻。しかし、抜けてしまう力はやはりどうすることもできず、その場にがっくりと跪いてしまう。万事休す。最早、事が終わるまでここで待つしかないというのか。

 あまりのショックに放心状態になってしまった玉藻に、ねこまりも族の少女が恐る恐る声をかける。


「あ、あの大丈夫ですかにゃ?」


「大丈夫に見える?」


「全然見えませんにゃ」


「あ~、そうよ。全然大丈夫じゃないわよ、もうっ、もうっ、もうっ!!」


 どうしようもない怒り悔しさで地面を力一杯殴りつける玉藻。そんな玉藻の姿を見て、目の前の少女だけでなく周囲で作業をしていたメイド達も超びっくり。玉藻の自傷行為を止めるべくわらわらと集まってくる。


「如月様、落ち着いてくださいませにゃ!!」


「綺麗なおててが傷だらけになってしまいますにゃ!!」


「それに地面を殴っても何の解決にもならないですにゃ!!」


「そうですにゃ。どうせ殴るなら、この私を殴ってくださいにゃ。力一杯でお願いしますにゃ。はぁはぁ」


「お~い、誰か、ここにいるドMを森の中に捨てて来て~」


「やめてはなしてぇっ!! 私は『雌犬』になりたいだけなのにゃ!!」


「いや、あんた猫だから。どうみても犬にはならないから」


「ちょ、あんた達放しなさい。私がどうしようと私の勝手でしょ。ってか、あつっ!! あんた達どんだけ体温高いのよ、あつっ!! あっつ~っ!!」


『だって、猫ですから』


「はぁ~なぁ~せぇ~!!」


 自分達の若様の大切な方を傷つけてはならないというと崇高な使命感の元(目的が違う者も若干存在していたが)、その場にいるメイド達が総出で玉藻に組みついた。一応本気になれば組みついてきた小さなメイド達を吹っ飛ばすこともできる力が玉藻にはある。しかし、結局、玉藻はそういう実力行使にでることはなかった。基本的に彼女は子供や老人などの弱者には優しい。そして何よりもかわいいものが大好きという玉藻に、かわいらしいねこまりも族のメイド達を傷つけることはできなかったのだ。

 それでも多少の抵抗は行いはしてみた。傷つけない程度にもがいて抜け出そうと何度か試みてみる。だが、結局最後には諦めて断念し大人しくなった。

 その後しばしの間、メイド達は玉藻がまた自傷行為に走らないかと警戒し拘束を解こうとしなかったが、やがて、本当に大人しくなったと確信したリーダー格のねこまりも族のメイド長の少女が、仲間達に合図を送って拘束を解かせる。


「手荒なことをして申し訳ありませんでしたにゃ。如月様」


「もう、いいわよ。悪気があってしたわけじゃないんでしょ? こんなことであんた達に当たってもしょうがないもの。それにしてもどうしよう」


 小さなねこまりも族の中で特に背の高い三毛猫のメイドが丁寧に頭を下げてくるのを、なんとも言えない苦い表情で止めて立ち上がろうとした玉藻。だが、問題が何も解決していないことに気がついて頭を抱える。

 そんな玉藻の様子を見ていたメイド長の少女は小首を傾げるのであった。


「何がでございますかにゃ? というか、如月様は何をお悩みになっておられるのですかにゃ?」


「何がって、連夜くんの行先がわからないから悩んでいるんじゃないの。あぁ~、もぅ~、あなた達連夜くんの行先知らないんでしょ? これじゃ助けに行けないじゃない」


 大人げないと思いつつも、自分をうまく制御できずに涙目になってメイド長の少女に食ってかかる玉藻。そんな玉藻の姿にかわいらしい仕草で頬に手を当てて考え込んでいた少女であったが、あることを思い出して玉藻に質問をぶつけてみる。


「つかぬことをお伺いしますが、如月様」


「何よ」


「若様の居場所でしたら、如月様ご自身が御存知ではないのですかにゃ?」


「知るわけないでしょ!! 連夜くんの側を離れたほんのわずかな間に連夜くんったら、私を置いていっちゃったんだもの!!」


「はぁ。やはりそうでしたか。だからあれほど申しましたのに」


 そう言って嘆息するねこまりも族の少女の姿に、何かを感じた玉藻は彼女ににじり寄る。


「ちょっと待って。ひょっとして連夜くんが出発する前に私のことを何か言ってたの?」


「ええ、まあ」


「言っていたの!? 言っていたのね!?」


「はい、まあ、お話していらっしゃいましたにゃ」


「やっぱり!! それを早く言ってよ!! ってか、そうよね。連夜くんが何の伝言も残さないまま私を置いて行っちゃうわけないのよ。動転して完璧にそのことを失念していたわ!! で? で? なんて言っていたの!?」


「いや、ですが、如月様のご参考になるとはとても思えにゃいのですが」


「いいから、話して頂戴!! ほら!! 早く!! 今すぐに!!」 


「ああ、はい。若様が御出立あそばされるとき、出過ぎたこととは思いましたが、如月様をお待ちしなくてもよろしいのでしょうかとお聞きしましたのですにゃ」


「ふむふむ。それで、連夜くんはなんて言ったの?」


 どんどん顔を近づけながら、勢い込んで少女に聞いてくる玉藻。その顔はついに少女のかわいらしい鼻とくっついてしまっていたが、そんなこと気にしてはいられないくらい玉藻は切羽詰まっていた。こうしている間にも恋人が危ない目にあっているのかもしれないのだ。この際どんな些細な手掛かりでもほしい。

 だが、そんな期待に満ちた玉藻と相反し、少女の表情はどんどん曇っていく。口にするのは憚られるといわんばかりであったが、しかし、玉藻の鬼気迫る強烈なオーラに負けてついに重い口を開いた。


「そうしましたら若様は」


「連夜くんは?」


「『玉藻さんは、僕の位置をいつでも把握しているから大丈夫』と」


「え?」


 これもまた完全に予想外の答え。思わずぽか~んと大きく口を絶句してしまう玉藻。そんな玉藻を見て何をどう思ったのか、メイド長の少女は本当に申し訳ないという感じで首を横にふって額を抑える。


「ほんとにもう若様は、普段は細かいことに御気がつかれますのに、どうして身近なこととなるとド近眼になってしまわれるのでしょうか。やっぱりちゃんと如月様がいらっしゃるまでお待ちいただくのでしたにゃ。それか、行先を私達がきちんとお聞きしていれば。『玉藻さんと僕は、『祝い』と『呪い』で繋がっているから大丈夫』だなんてもう、よくわからないことを仰って」


「し、しまったぁぁ、それがあるのを忘れてたわぁぁぁ!!」


 自分が恋人を追跡する術をもっていたことをようやく思い出した玉藻は、顔を真っ赤にしながら頭を抱えて絶叫。しかし、事情がわからない少女は、玉藻の奇行にびっくり仰天。うんうん唸りながら身悶えする玉藻に駆け寄って心配そうにのぞきこむ。


「き、如月様、いかがなされました? 大丈夫でございますかにゃ?」


「きゃ~~、いや~~、バカバカバカッ!! 私のバカッ!! そうだ、そうだよ。私、連夜くんを追跡する方法もってるじゃん!! 心配だからって自分で術をかけたじゃない。どうしてこんな大事なこと忘れちゃうのよ!? あ~、恥ずかしい、なんて私バカなの!?」


 真っ赤になった顔を両手で隠しながら地面の上をあっちにごろごろこっちにごろごろ。 

 しかし、いつまでも恥ずかしがっている場合でも、反省している場合でもない。恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちを無理矢理押さえつけて、また部屋の隅っこで体育座りして反省したい気持ちを押し殺し、愛しい恋人の気配を捕まえるために集中する。

 ほんの一瞬、感じられなかったらどうしようと不安になるが、ほどなくして無事恋人の気配をつかむことに成功。ほっと胸をなでおろす。

 だが、それでめでたしめでたしで終わりというわけにはいかなった。

 それが感じられたのが、一番玉藻が感じたくなかった場所だったからだ。それはこの『ドラゴンズバック』山脈の中で最も敵意、害意が集中している場所。

 玉藻は険しい表情でその場所に視線を向ける

 ただでさえ背の高い針葉樹林の森の中にあって、更にそれらをぶっちぎってそびえたつ一本の巨大樹『ジェリコセコイア』。そこには恋人の気配だけでなく、たくさんの『人』以外の何かが放つ負の感情の嵐。

 何の予備動作も見せることなく玉藻は無言で走りだした。

 呆然と立ち尽くすメイド達をその場に置き去りにして、迷うことなく全速力で走りだす。

 森の中を生きる疾風となって駆け抜けて行く。

 走りながら、何故彼から一瞬でも目を離してしまったのかと猛烈な後悔が胸の内を横切り苦しくなるが、今はそれを考えている時ではない、少しでも早くあの巨大樹の元に辿り着き、力づくで彼を止めるか、あるいは最悪の場合は自分も一緒に行って彼を守るしかない。

 まだ彼の気配は巨大樹から動く様子はない。彼が馬車の中で説明していた作戦をその通りに遂行しているとするならば、あそこは最も危険な作業を続行中のはず。


「お願いだから、間に合って!!」


 必死に天に祈りを捧げながら、鬱蒼と木々が生い茂る森の中を縫うように走り抜けて突っ切っていく玉藻。

 凄まじい勢いで景色が流れて行く中、彼女の真正面に見える巨大樹『ジェリコセコイア』の姿がぐんぐん近づいて大きくなってくる。

 やがて、その巨木の幹が視界一杯に広がって全体像が全く見えなくなるまで近づいてきたとき、玉藻は急ブレーキを掛けて一度その場に立ち止まった。そして、目を瞑って愛しい彼の気配がする場所を探す。集中し探索を始めて数十秒。玉藻はその気配をがっちりと掴んだ。


「近い!! 近いわ、間違いなくこのすぐ近くにいる!!」


 玉藻はそう確信し、気配のするほうへと再び走り出した。獣道すら存在しない険しい森の中を、まるで障害物の何もない運動場を走ってるかのように素晴らしい速度で駆け抜けて行く。気配を掴んだときに恋人が今のところ無事であることは確認した。彼女が彼に施した術に念話の効力はないため、彼と直接話したわけではない。しかし、その生命エネルギーを感じる効力はあるのだ。彼の気配を探り掴んだときに、その生命エネルギーに乱れらしい乱れはなかった。つまり、今のところ彼に無事だということだ。

 だが、油断はできない。

 今のところ命に別状はないと言っても、危機的状況にないとは言い切れない。

 それを確かめるためにも一刻も早く彼のところに辿りつかなければ。焦る気持ちを必死に抑えつつ限界までスピードを高める玉藻。その甲斐あってか、彼の気配がどんどん近付いてくるのがわかる。いや、わかるどころか何をしているかまで細かく掴みとることができるようになっていた。

 そして、そのことが彼女の焦燥を募らせる結果に。


「れ、連夜くん、何かと戦ってる!?」


 激しく動き回り、次々と『術』らしきものを行使する気配。恐らく恋人が最も得意としている『道具』を使っているに違いない。

 それを何に対して使っているのか?

 料理でも作っているのか? あるいは、掃除や洗濯?

 否、そんな平和的なものに対してではないことは明白だ。瞬時そう判断した玉藻は焦りに焦る。そして、更に彼女を追い詰める決定的な何かが、彼女の狐の耳に飛び込んできた。


『きゃああああっ!!』


『いやあぁぁぁっ!!』


 絹を裂くようないくつもの女性達の悲鳴。全方位に生い茂る森の木々に反響してどこから聞こえてくるのか一瞬惑わされそうになるが、玉藻は誤魔化されはしなかった。声は正面から聞こえてきている。間違いなく自分が今向かっている方向から聞こえてきていた。


「くっそ。こういうときどうして嫌な予感て外れないんだろ」


 盛大に舌打ちを鳴らしながら全速力で声の場所へと急ぐ玉藻。幸い悲鳴の中に恋人の声は混じってはいない。だが、彼女が良く知っている人物の声がいくつか混じっているのは感じた。


「まさかとは思うけど、リビーやくれよんの身に何かあったのかしら」


 玉藻はつい最近、二人の友人が恋人の身辺を守る近侍と呼ばれるボディガードであることを知った。そして、二人が恋人に対して強い家族愛のようなものを感じていることも。それ故か二人の忠誠心は非常に高い。いざとなれば自分の身を挺して恋人の命を守るほどに。

 そんな二人の悲鳴が聞こえてきた。

 尋常ではない事態に陥っていることはもう間違いはない。


「みんな。あたしが行くまで無事でいて!!」


 激しい焦燥からか、心で呟いたはずの祈りが口から零れて紡ぎだされる。だが、そんな祈りをあざ笑うかのように、目的地に近付くにつれて女性達の悲鳴は次第に大きく、そして、激しくなっていく。


『きゃああ、きゃああ、きゅぉぁぁぁああああ!!』


「いったい、どんな惨劇が起こっているというの!?」


『いやああ、いやああ、いゃぉぇゃぁああああ!!』


「断末魔!? 断末魔なの!?」


『きゃああ、頑張ってぇ!!』


『いゃああ、こっち向いてぇ!!』


『すてき素敵ステキィ!!』


「あああ、なんて悲痛な響きなの。とてもじゃないけど聞いていられないわ・・って、ちょっとまてぇい!! 『きゃあ』とか『いゃあ』とかいう悲鳴はともかくとして、その後のはなんなんだ? 『頑張って』はまだいいとして、『こっち向いて』ってなんなのよ!? あと『素敵』ってなんだ、『ステキ』って!?」


 悲鳴の後から聞こえてきた女性達の黄色い声の数々に、思わずスライディングでずっこける玉藻。

 巨大樹『ジェリコセコイア』のちょうど根元の部分。すぐ側に恋人連夜の気配を感じることから、ここが目的地で間違いない。間違いないはずだ。いや、きっと間違いないのだ。


 だがしかし。


 間違いないはずなのだが、玉藻は思わず自分の目の前に広がっている光景が俄かには信じられなかった。

 彼の気配を何度も確かめる。いや、やはり何度確認しても間違いなく彼の気配だ。絶対間違いない。

 しかし、その事実と目の前に今現在広がっている光景がどうしても結びつかない。

 眼をこすりながら何度も何度も見返して確かめる。だが、彼女の視界から幻にしか思えない光景がどうしても消えてはくれないのだ。

 彼女はその事実を受け入れることができずに、途方に暮れたような表情で呟きをこぼす。


「な、な、なんっじゃこりゃあぁぁっ!!」


 彼女の視界には、凄まじい熱気に包まれたたくさんの女性達の姿。

 いや、確かにここは北方の平均気温から考えると相当に暑い場所である。

 巨大樹のすぐ背後には『火龍の涎』山から流れ出た溶岩が作り出す河がいくつも流れているのだ。暑くて当たり前である。

 だが、それとは違う。全くと言っていいほど違う。

 そう言った暑さとはまた違った熱気に支配されているのだ。

 勿論、この熱気を作り出しているのは熔岩ではない。

 熱の発生源は、女性達。そうこの場所に集まった物凄い数の女性達だ。

 熔岩の暑さをも凌駕する女性達の異様な熱気。いや、熱気だけが異様なのではない。

 むしろ、集まった女性達そのものが異様だった。

 ここは危険な『外区』である。それも『帝国蟻』や『オオアブラムシ』、そして、『貴族』クラスの超害獣『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』が出現するような超一級危険地帯だ。一攫千金目当てでこの地に集う傭兵、ハンター達がいくら凄腕で経験豊富でも、完全武装でないと訪れるのを嫌がるような場所である。


 で、あるにも関わらず!!


 ここに集まった女性達の格好は異様すぎるほどに異様。

 なんと、ほとんどの女性が非武装で、しかも防具らしいものを全く身につけていない。いやそればかりではない。なんと、かなりの人数が、念いりに化粧をし恐ろしく気合を入れて着飾っているではないか。当たり前だが、絶対に超級危険地帯を歩くような格好ではない。


「Tシャツ、ジーパンも大概だと思うけど、ワンピースとか、ドレスとか、ネグリジェとか着てくるとかってなんなの、それは!? ネタなの? 仮装なの? ふざけてるの!? そもそも、それ以前に森の中なのにハイヒールってどういうこと!? あんた達森を舐めてるでしょ!? いや、間違いなく舐めまくってるよね、絶対!! ってか、いったい何しにここにきてるのよ!?」


 何が何だかわからず頭をかきむしりながら絶叫する玉藻。

 しかし、女性達は玉藻の絶叫なんか最初から聞いてなんかいなかった。玉藻に背を向けた状態で、手に団扇のようなものやライトスティックみたいなものを持ち、それを懸命に振り続けながら嬌声、歓声、声援、悲鳴、絶叫のオンパレード。

 うるさいことこの上ない。


「うるさいうるさいうるさ~い!! って、なんなのなんなの、これはいったいどういうことなのぉ!! って、ん?」


 頭の上から生えている立派な狐耳を両手で抑えて音を遮断しながら、この理解できない光景に目を背けるようにいやいやを繰り返す玉藻。だが、目を反らす途中、彼女の目に無視することのできない光景が。いや、正確には光景ではない。彼女の目に映ったのは光景ではなく彼女の知人の姿。

 周囲にいる他の女性達と同様に、いや、むしろそれ以上に声を張り上げて何やら声援を送っている。


「がんばれ~~!! あたし達がついているよ!! あ、あぶないっ!! こらぁっ、気を抜いちゃダメだ!!」


「ちょっと、リビーそこに立たないでくださいませ、見えないでしょうが!!」


「り、リビーとくれよんじゃない。なんでここにいるの? ってか、何してるの?」


 びっくり仰天しつつも少し離れた場所にいる二人の友人達に大声で呼びかける玉藻。だが、二人は玉藻の声に全く答える様子はない。それどころか、背を向けたまま争うように声援を送り続けている。


「ああん、危なっかしくてもう見ていられない。でも見ていたい」


「それにしてもほんと素敵ですわ、男らしいですわ、格好いいですわぁ!!」


「無視すんな、あたしの話を聞きなさいよ、二人とも」


「どうしようどうしよう。助けに行こうかな。でも足手まといになって嫌われるのも嫌だしな」


「ちっちゃい頃はあんなにかわいかったのに、今はこんなに格好いいだなんて。もうもうもう、『人』の心をどれだけ撃ち抜いたら気が済むんですの!?」


「こら~~、人の話を聞けっていうのに、お~い、お~い!!」


 声を枯らして必死に呼びかけるがそれでも二人は全然気付く様子なし。無理矢理引っ張ってきて事情を聞き出したいところであるが、人の海で作り出されたこの壁を突っ切って彼女達のところに辿りつくのは流石の玉藻でも無理である。

 正直今の状態ではどうすることもできない為、とりあえずこの異様な光景のことは後回しにして、当初の目的であった恋人を探すことに集中しようとこの場を後にしようとした玉藻。

 だが、この光景から背を向けようとしたそのとき、玉藻はあることに気がついて絶句する。


「え、ちょ、ちょっと待ってよ。あれって、連夜くんの妹のスカサハちゃん? あっちにはロムくんについてきていたセラって女の子? あれ? あれ? 他にも見たことある顔がいくつも・・あ、ああああっ!! ここにいる女の子達って、よく見たらみんな連夜くんが今日集めた助っ人の女の子達じゃないの?」


 衝撃の事実に気がついて、またもや絶句する玉藻。いや、玉藻を襲った衝撃はそれで御終いではなかった。玉藻はあることに気がついた。

 いままで背を向けていたからわからなかったが、横にいって彼女達の顔を見てはっきりとわかったことがある。

 上気して桃色に染まった頬。潤んだ瞳。そして、好意に満ち満ちた声援の数々。

 そこから導き出される答えは一つしかない。


 ここにいる女性達はみな、『恋する乙女』だということだ。


 では、その相手はいったい誰なのか?


 壮絶に猛烈に最凶に嫌な予感をひしひしと感じながらも、玉藻は確かめずにはいられなかった。

 彼女達が見つめる方向で、誰かが懸命に戦っている気配を感じる。だが、このままでは分厚い人垣でそれを確かめることができない。

 玉藻は全身の力を下半身に集中。バネを縮めるように屈みこんだ後、一気にそれを爆発させて大地を蹴り、上空へと飛びあがる。

 目の前にある人でできた壁の何倍もの高さへと飛びあがった玉藻は、高い高い空の上から下を見下ろした。

 その目に飛び込んできたのは今まで見えなかった人垣の向こうの光景。巨大樹『ジェリコセコイア』の根元にある小さな広場の中、四人の戦士達が、子犬ほどの大きさの緑色の虫の群れと、それを守るようにして立ちはだかる黒い巨大な蟻らしき虫と今まさに激闘の真っ最中。

 霊山白猿族の巨漢が大きな両腕を振りあげて咆哮を放ち、緑色の虫達を追い立てる。すると追い立てられた緑色の虫達はある方向に向けて一斉に逃げ出し、それとは反対に残った蟻達が巨漢へと襲いかかって行く。だが、その巨漢と蟻達の間に雷獣族の麗人が凄まじい高速移動で出現。電撃を操って緑色の虫達と蟻達の進行方向を巧みに誘導する。

 緑色の虫達は火山とは反対の方向へ、そして、蟻達は二人の戦士達が待ち構える方向へ。


「あ、あれはまさか」


 怒り狂った巨大蟻達を待ち構えるのは、ぼろぼろのガスマスクを被った小柄な人影と、そのガスマスクの怪人を守るようにして立つ大きな人影。

 食い殺してやるとばかりに殺到してくる巨大な襲撃者達を前に怯む様子を全く見せずガスマスクの怪人は悠然とした様子で両手で印を結んで構えた。

 すると、一斉に周囲の女性達から大歓声があがる。


『はじまるわよ!!』


『きゃああ、頑張ってぇ!!』


『かっこいいところ私に見せてぇっ!!』


 そして、戦闘開始。

 ・・のところで地面に降りてしまったのでその後のことは見ることができなかったが、それだけで玉藻には十分であった。


「な、な、なんでこうなっとるんじゃぁぁっ!?」


 女性達の大歓声に負けない超特大の悲鳴が森の中に木霊する。


「あ、あ、あれ、連夜くんだよね? 変なガスマスク被ってたけど、あれ、連夜くんだよね? なに、どういうこと? え、ここにいるビッチども、全員連夜くんのおっかけってこと!? おい、ふざけんじゃないわよ、創造主(さくしゃ)!? 今回は『外区』で『害獣』や『原生生物』とガチンコバトル編じゃなかったの!? それともバトルはバトルでも恋愛バトルってこと!? ここにいる薄汚いビッチども全員悉くと『仁義なきバトルロイヤル アウトレイジの挽歌』ってこと? き、聞いてないわよそんなのぉぉぉっ!!」


 目の前で繰り広げられている現実が余程ショックだったのか、意味不明なことを口走りながら頭を抱えて地面を転げまわる玉藻。しかし、当たり前であるが地面をいくら転げまわっても事態は一向に好転する兆しを見せない。

 そもそもこのまま現実逃避してしまえるほど玉藻の精神は弱くも脆くもなかった。


「わかったわよ。やるわよ。やってやるわよ。やればいいんでしょ、こいつら全員とバトルロイヤルでも電流爆破金網デスマッチでもなんでもやってやるわよ。この物語のヒロインが誰なのかってことをあいつらに教えてやる。心に絶対の恐怖を刻み込んでやりながらね。ふふふ、ふふふふ」


 凄まじい闇のオーラを盛大に振りまいて、危ない眼つきで恐ろしいことを口走りながらゆっくりと立ち上がった玉藻。

 その姿はメインヒロインというよりもむしろ勇者を待ち構える女魔王。

 そんな恐ろしい敵が真後ろに出現したとも知らず、女性達は歓声を上げ続けている。


「連夜くんは私のものよ。私の大事な大事な宝物なの。その宝物に手を出そうとする愚か者達は、(わたし)に蹴られて地獄に落ちろ!!」


 とてもメインヒロインとは思えない恐ろしいセリフを口に出しながら天高く飛び上がった狐は、空中で一回転。そして、その回転の勢いを力一杯右足に乗せて女性達めがけて急降下!!

 危うし一般女性達!! 彼女達の運命は!?


「しねシネ死ねぇやあああ「あんた邪魔やねん、ちょっとどいて」『ドンッ』ぷぎゃあああああっ!!」


 玉藻の必殺急降下飛び蹴りが女性達に炸裂する。まさにその寸前、前列に割り込もうとしていたサイ型獣人族のおばちゃんのでかい尻が玉藻を突き飛ばした。 

 盛大に悲鳴をあげながら木の葉のように吹き飛ばされる玉藻。

 恐るべし空気を読まない『通転核』のおばちゃん。

 いや、恐るべしはおばちゃんのでかいケツなのか。

 メインヒロインが相手でも、それが武術の達人でも一切容赦をしない。

 すごい、すごいぞ、おばちゃん。すごすぎるぞおばちゃん。


「すぉ、すぉ~んなぶぁかなぁ」


 素人相手だったので完全に本気ではなかったとはいえ、武術の達人たる自分の必殺蹴りが普通のおばちゃんに破られたことにショックを隠せない玉藻。

 流石にただのおばちゃんが放ったカウンターだったためダメージこそはなかったが、地面を盛大に転がったため玉藻の全身は草まみれのツタまみれ。しかも、髪は乱れるわ、口紅は落ちるわ、ファンデーションはところどころはがれおちるわ、眉毛は片方薄くなるわで折角のいい女が完全に台無しである。

 

「く、くっそお。な、なかなかやるわね。だけど、これで終わりだと思ったら大間違いよ!!」


 ギリギリと奥歯を噛みしめながら立ち上がった玉藻。今まで以上に闘志を燃え上がらせて再び目の前の女性達めがけて戦いを挑んでいく。


 しかし!!


「邪魔やいうてるやろ、しつこいな」『どん』「みぎゃあああっ!!」


「きさ~ん、なんばすっとや、どきんしゃいて」『ばん』「ほげえええ!!」


「なんなんざますか、あなたは、めざわりですわ」『ぼこ』「にゅおおお!!」


 さんざんだった。

 さんざんすぎだった。

 玉藻が蹴りかかろうとするたびに、何故かボリュームたっぷりのおばちゃん達が立ちはだかるのである。その贅肉は山の如く、その脂肪は壁の如く。どうやってもその防御を崩すことができないのだ。いや、それどころか、毎回綺麗にカウンターの一撃を食らって吹き飛ばされてしまう。

 武術の達人である玉藻が手も足も出ないのである。

 テレビのバラエティ番組などでよく『おばちゃんパワー特集』とかやっていたが、まさかこれほどのものであったとは。

 情けないやら悔しいやら。もう何度目になるかわからない突撃の果てに吹き飛ばされて、草の上にうつ伏せになった玉藻は、悔し涙を盛大に流しながら拳を地面にたたきつける。


「なんで? なんでなのよぉっ!」


 あの人垣のすぐ向こう側に愛しい『人』がいるというのに、そこに辿りつけない。いつも側にいると誓ったのに。あらゆる危険からその身を守ると約束したのに。

 今、玉藻の心の中を激しい悲しみと寂寥の風が吹き抜けていく。とどかない。とどくはずがないとわかってはいたが、玉藻は愛しい人の名前を口にする。


「連夜くん」


「は~い」


「連夜く~ん」


「はいは~い」


「会いたいよ。返事してよ、連夜くん」


「は~いって、だから、返事してるじゃないですか玉藻さん!!」


「えっ!?」


 聞こえるはずのない声が玉藻の狐耳に聞こえてくる。幻聴かと思ったが、確かに本当に間近に愛しい人の気配を感じるのだ。玉藻はうつ伏せになったまま急いで周囲に視線を走らせる。


「連夜くん? 連夜くんなの?」


「は~い、僕で~す」


「って、どこ!? どこにいるのよ」


「ここですよ、ここ」


「え~、どこよどこ? わかんないよ」


「ここですってば」


「ええええっ、ごめん、ほんとにマジでわかんない。意地悪してないで姿を見せてってば」


「ほんとに見えませんか? 玉藻さんの真正面です」


「真正面?」


 言われてみれば確かに声は玉藻の正面から聞こえてくる。しかし、正面には女性の人垣しか見えない。


「やっぱ、いないじゃない」


「いや、もっと下です」


「女どもの足しかないわよ」


「そのもっと下」


「地面?」


「下過ぎです。ほんのちょっと上」


「ほんのちょっと上って、きゃああああっ!! 女の足の間から連夜くんの生首がぁぁぁ!!」


「いやいや、玉藻さんと同じでうつ伏せになってるだけですから」


 絶叫する玉藻を見て、女性達の足元で苦笑して見せるのは玉藻の最愛の恋人宿難 連夜その人。さっきまで着けていたガスマスクを外し元の素顔を玉藻のほうに向けているのだが。


「って、連夜くん、そんなところで何やってるのよ」


「何やってるのじゃありませんよ。玉藻さんの泣いている声が聞こえたから急いでやってきたんじゃありませんか」


「いや、それは嬉しいけれど、そうじゃなくて。なんでそんなところでうつ伏せになっているのか聞いているんだけど」


「だって、物凄い人ごみでかきわけて進むことなんてできそうにないでしょ。でも足元は隙間が結構あいていたので、とりあえず匍匐前進で進んで来たんじゃないですか」


 うつ伏せになったまま顔だけをあげて物凄く不満そうにそう呟く最愛の恋人。そんな恋人をしばし呆気にとられたように見つめていた玉藻だったが、やがて苦笑と共に安堵の溜息を吐き出した。


「ほんとにもう連夜くんはしょうがないんだから」


「え~、僕が悪いんですか?」


「悪いの!! 全部連夜くんが悪いの!! なんか文句ある?」


「いえ、別にいいですけど」


「それより早くこっちに来なさいよ。そんなところでいつまでそうしているの」


「いや、それがですね」


 パンパンと草を払いながら立ち上がった玉藻は、未だに人ごみの足元で寝そべったままの恋人にあきれたような表情で呼びかける。

 だが、そう呼びかけても恋人は一向にこちらにこない。何度も呼びかけてみるが、何かを物凄く言いにくそうにしている表情を浮かべるばかりでやっぱりこっちに来ようとしない。


「もう、なんなのよ。連夜くん、いつから足フェチになったの?」


「ち、違いますよ!! そうじゃなくて」


「そうじゃないなら、なんなの!?」


「その、人の足と足の間に挟まっちゃって、体が抜けなくなっちゃいました」


「・・」


「・・」


「・・」


「・・」


「って、えええええっ、そ、それを早く言いなさいよぉぉっ!!」


「す、すいません」


 ようやく恋人の苦境を理解した玉藻は慌てて屈みこみ、人ごみの中に手を伸ばす。


「ほ、ほら、連夜くん手を伸ばして、私の手を掴んで」


「は、はい」


 恋人の手を引っ張って人ごみから引っ張り出すべく手を伸ばす玉藻。そして、それを掴もうとなんとか手を伸ばす。

 しばらくの間なかなか両者の距離は縮まりはしなかったが、やがて、連夜がほんのちょっとずつ体の位置をずらすことで前進することに成功。連夜の手が、玉藻の伸ばしたそれに徐々に近づいていく。


「あと、少し」


「がんばって連夜くん」


 手を伸ばした玉藻と連夜の手が重なろうとする。

 やっと、恋人達が本当の意味で再会できる。


 まさにそのとき。


 太ったゴリラのような姿の獣人族のおばちゃんが、サイ型獣人族のおばちゃんにおされて尻もちをついた。

 連夜の腰の上に。


「何すんのよあんた!?」


「あ、メンゴメンゴ」


 連夜の頭上で交わされる心ない言葉の応酬。しかし、下敷きになった連夜にそれをゆっくり聞いている余裕は全くなかった。


「折れる折れる折れる!! 腰が折れるぅぅぅぅっ!!」


「きゃ、きゃああああっ、連夜くんがぁっ!! こら、そこのおばはん、なにやってるの、早くどきなさいよ!! ああん、連夜くん、しっかりしてぇっ!!」


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