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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
125/199

第十四話 『蛸竜の黄泉越え』 その2

 当然だが、『人』は一人のときよりも二人でいるときのほうが強い。勿論、二人よりも三人のほうが強いし、四人、五人と増えるごとにその強さは大きくなっていくものだ。


 普通は。


 だがしかし普通じゃない場合もある。

 そもそも、単純に群れ集ったからといって、その人数に応じた強さがいつも一定に大きくなるわけではない。一人一人の強さからして当然ながら違う。闇雲に増えたから、その人数倍の強さを得るとは限らない。場合によっては、足を引っ張り合ったりいがみ合ったり時には殺し合いにまで発展したりして増えるどころか減ってしまう場合だってあるものだ。

 『不和』というファクターが少し入っただけで『人』の強さは簡単に減じてしまう。


 そして、その反対の場合もある。

 単純な人数の足し算でしかない強さが、『絆』というファクターが少しだけ入っただけで『人』の強さは大きく変化し倍化、いや、更にその倍、さらにさらにその倍の倍にまでなることもある。


 特にその『絆』の中にの中心となる人物がいて、集まった者達を強固に纏め上げていたとしたら。

 その強さはまさに無限大である。


「いつも通り時間との勝負だ。全員、気合入れて作業しろっ!!」


『オッス!!』


 『ドラゴンズバック』山脈の最西端に存在する活火山『火龍の涎』。

 その『火龍の涎』のすぐ麓には広大な森が広がっているわけだが、その森の一番北側。熔岩流れる火山がすぐ間近に迫る森の出口付近で、いくつもの『人』影が忙しく動き回っているのが見える。少し南下した場所では、傭兵やハンター達が『帝国蟻』を相手に一攫千金を狙って戦っている。だが、森の北側にいる彼らはそうではない。

 確かに何かと戦っているようではある。

 その証拠に、皆片手に棒のようなものを持ってぶんぶん振り回し、掛け声なのか気合を入れているのかまるで何かの動物の遠吠えのような声を始終あげ続けている。

 一見ただ棒を振り回して遊んでいるのではないかと勘繰りたくなるが、ここにいる者達の表情は真剣そのもの。すぐ近くに火山があるせいで、真夏並みに温度の高いこの場所で滝のように汗を流しながら、必死に何かと戦っている。

 しかし、その肝心の相手の姿が全く見えない。彼らの視線が地面に向いていることから、彼らの敵はかなり低い位置にあるらしい。彼らが仮想の敵を相手に訓練をしているわけではないという証拠として、時折彼らの行く先にある雑草が何度も不自然に揺れているのが見てとれる。

 そんな感じで、彼らと見えない何かとの間で激しい戦闘が十分あまりも続き、そして。

 一点に集められた見えない何者か達を一網打尽にする巨大な網が投擲される。


「よっしっ!! かかった!!」


 突如茂みの中に隠れていた妖精族の少年クリスが飛び出してくる。

 そして、それを合図に今まで地面を睨みつけていた彼らは一斉に顔をあげ、クリスが向かった網のほうへ猛然とダッシュを開始。


「急げ急げ急げ!!」


「ロバート、ジョッシュ、網の口を早く閉めろ!!」


「ののやま殿、おおうみ殿、スタンバイお願いします」


「おい、扱いに気をつけろ!! あんまり乱暴に動かすな。『害獣』と違ってかなり脆いんだぞ」


「モタモタするな!! 捕獲班はすぐに元の配置場所にもどれ。準備出来次第、次をはじめるぞ!!」


 妖精族がいる。狼型獣人族がいる。ねこまりも族がいる。中には『人』型でも直立の『獣』でもない奇妙な姿をした下級聖魔族や、平均的な『人』の拳の大きさほどしかない小妖精族の姿もある。

 ツナギの作業着姿の者がいる。メイド服やボーイ服の者がいる。かと思えば完全武装の戦闘服姿の者もいれば、こんな場所にはふさわしくないきらびやかなドレス姿の者までいる。

 統一感まるでなしの奇妙な集団。

 しかし彼らは、大柄な熊型獣人族の中年男性の指揮の元、実に統制のとれた見事な動きを見せる。

 怒号や悲鳴が時折聞こえてはくるものの、大きく乱れることはない。動きに乱れる兆候が見られても、すぐに誰かがフォローに入り、全体の動きに乱れを生じさせない。

 敵を追い立てる者、待ち伏せて一網打尽にする者、捕えた獲物を選別する者、獲物から何かを搾取する者、搾取した何かを加工する者、加工した物を箱に詰める者、箱を大牙犬狼(ダイアウルフ)二頭立ての小型馬車の荷台に積む者、そして、その馬車に乗り込んで箱をいずこかへと運んで行く者。

 見事な流れ作業。

 森の中は今、この作業に没頭する大勢の者たちで大変な活気に包まれている。だが、今この場所には、この謎の集団に所属している者以外の『人』影は一つとして存在していなかった。


「そりゃそうだべ。いくらベテランの傭兵やハンターであっても、北方諸都市最強の傭兵集団『暁の咆哮』や超大型ハンターチーム『ハンドレッドスカル』であっても、俺達のような真似はできまいよ」


 ライバルらしき者の姿がいないことに違和感を覚えたバグベア族の少年ロムの問いかけに対し、深緑森妖精(ウッドエルフ)族の少年クリスがその小さな胸を精一杯そらして誇らしげに語る。


「いや、もう少し具体的に説明してくれないとわからないぞ、クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド」


「だからいちいちフルネームで呼ばなくていいって、(ルー) 緋星(フェイシン)


 二人の少年の会話に割り込んできたのは朱雀族の少年フェイ。


「そもそも、さっきから僕達が捕まえているこの生き物はなんなんだ? 子犬ほどの大きさがあるが、見た感じは完全にアブラムシなんだが」


「ああ、そうだ。アブラムシだよ、アブラムシ」


「「はあっ?」」


 不可解極まりないという表情で本気で驚く二人の姿に、クリスは呆れた表情を浮かべて視線を向ける。


「馬車の中でちゃんと連夜が説明していただろうが。おまえらちゃんと聞いていなかったのか?」


「聞いていたが、連夜の説明は専門用語が多すぎてほとんどわからなかった」


「作戦については連夜を信用しているから、説明は一切聞いてない」


「おまえらなぁ」


 妙なところで胸を張って悪びれることなく堂々と即答してみせる二人の新しい友人の姿に、思わず頭を抱えるクリス。


「わからなかったらその場で聞けばいいのに。って、待てよ。ひょっとしてひょっとするとおまえら、よくわからないまま追い込み猟を手伝っていたのか?」


 はっとあることに気がついたクリスは、物凄い嫌な予感に背中を濡らしながら二人に視線を向ける。

 すると二人は、クリスの問いかけに対し、意味もなく自信満々に頷くのだった。


「「うむ!!」」


「『うむ』じゃねぇからっ!! そこ自信満々で言うところじゃないから!! ってか、二人してハモってんじゃねぇよ」


「はっはっは、僕とロムのコンビネーションの良さに驚いたようだな、クリス」


「いやどちらかというと、おまえらの脳みそのレベルが同じくらいなのに驚いた」


「はっはっは、そうだろうそうだろう。僕とロムは同じくらいのアホだ。って、なんだとぉっ!?」


 元々沸点が低いフェイ。クリスの呆れ交じりの言葉を聞いて、あっというまに沸点に到達。たちまち掴みあいの喧嘩に発展しそうになる。


「待て待て待て。今は喧嘩はよせ」


「しかしだな、ロム、あまりにもクリスの今の言いようは無礼千万だったと思わんか」


「なんだ? 事実を言ったことが気にいらねぇってか? いいぜ、売られた喧嘩はいつだって買ってやるぜ」


「ああ、なら買ってもらおうじゃないか」


「おう、どっからでもかかってこいや」


 割って入って止めようとするロムを挟んだ状態で睨みあうクリスとフェイ。二人とも拳で語り合うタイプなので、言葉よりもまずは拳とばかりにあっという間にファイティングポーズをとって臨戦態勢に。そんな二人をなんとも言えない苦笑を浮かべて見つめていたロムであったが、疲れたように首を二つ振ると彼らがお互いに牙を剥く前に、喧嘩を辞めさせる最強の切り札を切ることにする。


「今はよせというに。こんなところで喧嘩なんかしたら、すぐにあいつの耳に入ってしまうぞ」


「「うぐっ」」


 固有名詞は出してはいない。しかし、ロムが口にした『あいつ』とは誰のことか二人は一瞬にして理解。呻き声をあげた後、顔を青ざめ強張らせると、怯えたような表情で落ち着きなくキョロキョロと周囲の様子を窺いだす。

 そんな二人の様子を見て深い溜息を一つ吐き出したロムは、ダメ押しをしておくべくもう一度口を開いた。


「自分で言うのもなんだが、今日は既に俺とフェイで一回やらかしているんだ。一回目は脅し半分の軽い折檻程度で済んだが、今度もそうとは限らんぞ。あいつを怒らせたらロクなことにならんことは、おまえ達もよく知ってるだろうが」


「「うん」」


「わかってるなら、今どうすべきかわかるだろ? ほら、握手」


 強引に二人の手を取って握手させるロム。二人は何とも言えない嫌そうな表情で握手を交わしていたが、結局、最後には苦笑を浮かべて怒りを納め、同時に手を離す。


「さて、仲直りしたところで早速だが、クリス」


「ん? なんだよ? 別にもう喧嘩はしねぇぞ。それともあれか? アホ呼ばわりしたことを謝れってか?」


 女の子以上にかわいらしい顔を再び険悪なものに変えようとしている友人に、ロムは笑いながら首を横に振ってみせる。


「いやいや。バカの自覚はあるから、それについては別に何とも思っとらんよ。それよりも、さっきの続きだが、ちっと頭の悪い俺達にもわかるように今の現状を教えてもらえないかね。この大掛かりな捕り物の発端を作った張本人としては、なんでこうなっているのかをきちんと知っておきたいのだよ。確か今日は『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を取りに行くのを手伝ってもらう予定だったと思っていたのだが」


「ぷっ、あっはっは。ほんとに聞いてなかったんだな、おまえら。そうだよ。南国原産の高級果物『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を取りに行くのが今日のメインイベントだよ」


 自信なさげに首を傾げながら、自分よりもはるかに小さな友人に問いかけるバグベア族の大柄な少年。そんな厳つい外見に似合わぬ思いもかけぬかわいらしい友人の姿を見た小さなほうは、纏っていた険悪な気配をあっというま霧散させる。そして、くすりと笑みを浮かべてみせると、当然といわんばかりに頷きを返すのだった。

 しかし、大きなほうはそれだけの返事で納得できるわけもなく、ますます困惑の表情を深めていく。


「いや、しかし、今、我々が行っているのは果物狩りではあるまい」


「まあ、待てって。物事には順序ってものがあるんだよ。それを説明するとだな」


「おい、クリス。頼むから連夜のように専門知識をふんだんに盛り込んで説明するのは勘弁してくれよ。君達と違って僕らはど素人なんだからな」


 調子に乗って上機嫌に説明を開始しようとするクリスの姿に嫌な予感を覚えたフェイが、慌てて割って入ってそれを止める。


「わかってるって。だから、本当に要点だけを説明してやるよ」


「うんうん、それで頼む」


 あからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろすフェイに、いたずらっぽい笑顔を向けるクリス。そして、そんな二人の様子を見てどこか安堵したような苦笑を浮かべるロム。


「まぁ、つまりあれだ」


「うんうん」


「まずアブラムシを捕まえるだろ?」


「ほむほむ」


「そんでもって捕まえたアブラムシをみんなで力を合わせていろいろとなんやかんやするだろ?」


「ほうほう」


「で、その後『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を取りに行くってことだ」


「うむうむ」


「以上説明終わり」


「なるほど。確かに要点だけの素晴らしい説明だった。いや~、本当によくわかったよって、そんなわけあるか!! いくらなんでも省略し過ぎだろうが!!」


「え~~」


「『え~』じゃないから!! だいたい『みんなで力を合わせていろいろとなんやかんや』ってなんだよ? アバウトすぎて内容全然わからないだろうが!!」


「もう、フェイは本当に我儘なんだからぁ」


「もじもじしながら上目づかいでこっちを見るな!! 異様にかわいくてドキドキするわ!! 普段女の子と間違われるのが嫌なくせにこんなときだけ自分の外見をネタにして使ってるんじゃない!!」


「あ~、だからもう二人とも喧嘩はよせというに。それよりクリス、本当にそろそろ説明を開始してくれ。次の獲物が追い込まれてこっちにやってくるまでそれほど時間がないだろ? アブラムシの群れがこっちにきたときに、のんびりおしゃべりしてる姿を見られたら。ましてや、網をかけるタイミングを間違えてアブラムシを逃がしたら、どうなることか」


 一触即発。またもや険悪な雰囲気になりそうになっているクリスとフェイ。しかし、唯一冷静なロムが口にした内容が二人の動きを止める。


「あちゃ。そうだった。確かにそろそろ次の群れがこっちに来そうだよな。わかったぜ、ロム。ちっと真面目に説明するから、聞き逃すなよ」


「最初からそうしておけっての」


「なんだよ、フェイ、文句があるのか?」


「フェイ、説明聞くのに集中しろよ。クリスもいちいち反応してるんじゃない」


「「うぃ~っす」」


 温厚なロムの感情メーターもそろそろ『怒り』の位置に到達しようとしているのか徐々に声が硬質化し、それを敏感に悟った二人の少年達は大人しく了承の返事を口にする。


「えっと、つまりあれだ。俺達がこれから取りに行こうとしている『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』は、普通に行けるところにあるわけじゃないってことだ」


「まぁ、えらいお貴族様御用達の高級果物だというからな、そうホイホイ採れるものではないと思っていたが」


「違う。なんか勘違いしているようだが、元々南方の熱帯雨林地方で栽培されている『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』は一般人でも普通に採りにいけるところに生っている。希少価値が高いのはそういう理由じゃなくて、単に一本の木から一つの実しか採れなくて大量生産できないからだ」


「はぁっ? 意味がわからん。一般人に採りに行けるのに、普通に行けるところにないのか?」


「俺が言いたいのは、こっちの、つまり北方の『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』はその果実そのものは南方のものとなんら変わるところがないが、生息している環境が南方と全然違うってことだ。南方に比べて全体的に気温が低く、そのうえ雨も少ないこの北方の土地では、普通どうやっても育つはずのない植物なんだ。それがあるごく一部の地域でのみ見事に育ってる」


「いったいどんな場所なんだ、それは?」


「活火山『火龍の涎』の中腹だよ。そこは至るところから間欠泉が噴き出して、雨のように年がら年中降り注いでいるわけだが、奇跡的に『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』の原産地にかなり近い環境となっている。そのことに気がついたある有力種族の者達が秘密で農園を作り、こっそり栽培していたってわけだ」


「なるほどなるほど。って、ちょっと待て。それじゃ、そこは誰かの私有地じゃないのか?」


 話の途中でどうしても看過できない部分があることに気がついたロムが、慌てて話し手のクリスに問いかける。するとクリスは、かわいらしい顔を悪人そのものといった笑顔に変えて(それでもやっぱりかわいらしいのであるが)口を開いた。


「確かに私有地だった。その農場、昔は、ある犯罪者組織が経営していたんだ」


「なにっ!?」


「下級種族の者達を攫って奴隷に仕立てるひでぇ組織だったんだがよ。自分達が誘拐して奴隷にした人達を奴隷マーケットで売りさばくだけじゃなく、『外区』に作った危険な闇農場や闇鉱山でも働かせていてさ。『火龍の涎』にある『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』農場もその中の一つだったってわけだ。まぁ、別の組織に叩き潰されて今は所有者が変わってしまってるけどな」


「おいおい。やっぱ私有地なんじゃないか」


「大丈夫なのか? そんなところに採りにいって?」


 心配そうに詰め寄ってくるロムとフェイの姿を見て、何を思ったのかクリスは大笑いを始める。


「おい、笑いごとじゃないだろう」


「いや、悪い悪い。でも全然大丈夫だって。その『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』農場の現在の所有者が、好きに採っていいって言ってるんだから何も問題はねぇよ」


「そうなのか?」」


「ともかく、そこに行って『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』をいくら採ってきたって文句は言われない。それについては心配は全く無用さ。むしろ、問題はそこじゃねぇんだよ」


「やっぱり問題があるのか?」


「ある、大ありだ。いくつか絶対に無視できない問題がある。その中の一つが農場まで続く道だ。農場のある活火山『火龍の涎』の中腹はいいんだ。厳しいことは厳しいが、それでもあそこは奇跡的に『人』が生活できる環境だからな。しかし、そこに行きつくまでの道が最悪だ。農場へと続く道なんだがよ、一年のほとんどが煮えたぎった熔岩で通行止めになっているのさ」


「待て待て待て。それはおかしいだろ。それじゃあ、そこに行くことすらできないじゃないか。いくら高級果物を栽培できるっていっても、行くこともできない、もどることもできないじゃどうしようもないじゃないか」


「だから~、一年の『ほとんど』はって言っただろ。一年の全部が通行止めってわけじゃないんだ。三か月に一回ほどの割合で熔岩の流れが変わって通れるようになる時期があるんだ。通れる時間はだいたい短くて二日、長ければ五日ほどかな」


「つまり、今日はその時期で通れるってわけか」


「いや、無理。完全に外れてる。道ができる次のタイミングは二カ月後かな」


「おいいいいっ!! それじゃ全然ダメじゃん!!」


 あっさりと否定の言葉を紡ぎ出すクリスに、眼を剥いて怒りの声をあげるフェイ。しかし、クリスはそんなフェイにニヤリとニヒルな笑みを浮かべて見せる(でもやっぱりかわいらしいのであるが)


「そうだ。このままではダメだ。現状では農場に行くことができない。そこで、別の方法を取ることにしたってわけだ」


「ほう。やはり他に方法があったのか?」


 フェイと違い、落ち着いた雰囲気で合の手を入れることなく黙って聞いていたロムだったが、クリスの言葉を聞いてさもありなんという表情を浮かべて口を開いた。


「おう、あったのさ。って、ロムはあんまり驚いてないな」


「まぁな。連夜が立てた作戦に今までさんざん付き合わされてきたんだ。毎度毎度驚かされ続けて、いい加減もう慣れたよ」


 なんとも言えない苦笑を浮かべたバグベア族の大柄な少年は、大仰に両腕を広げて肩を竦めてみせる。そのコミカルな姿に思わず噴き出したクリスであったが、すぐに似たような苦笑を浮かべると、その大きな背中をバンバン叩くのであった。(本当は肩を叩きたかったのだが、身長が全然足りなかったのだ)


「あっはっは、確かにそうなるよな。ともかくさ、別の方法がちゃんとあるから心配すんな」


「なんだよ。それならそう早く言えって。っていうか、アブラムシの追い込み猟の話がまだなんだが」


 苦笑交じりの納得顔のロムとは違い盛大に不貞腐れて口をとがらせるフェイ。しかし、そんなフェイの言葉に、クリスはそれだとばかりに反応し人差し指を突き付ける。


「そうだ。それがもう一つの方法なんだぜ、フェイ」


「は? アブラムシがか?」


「うむ。そのアブラムシが重要な鍵なのさ。今、俺達が捕獲しているアブラムシだが、見ての通り普通のアブラムシとはちょっと違う。まあ、見た目だけでも普通のアブラムシから比べたら何倍、何十倍という大きさで全然違うんだけどさ。それ以外にもいろいろと違いがあるんだよ」


 正式名称『国賓蟻牧』


 世間一般では、通称の『オオアブラムシ』のほうが有名なこの虫は、『帝国蟻』同様、原生生物の一種で『害獣』ではない。基本的な性質は普通のアブラムシと同じで、植物の上でほとんど移動せず、集団で維管束に口針を突き刺して、師管液を吸って生活している。勿論、大きさが大きさだけにただの植物に群がってはいない。当たり前だが、そのあたりに普通に生えている小さな雑草や木に寄生したところで、彼らの胃袋を満たす量が摂取できるわけがないからだ。なので、彼らが主な生活の場とできる樹木はかなり限定されることになる。一応何種類か生息可能な樹木が『ドラゴンズバック』山脈には存在しているが、大体このムシが群れ集って生活しているのは山脈一の巨大樹木『ジェリコセコイア』である。

 『ジェリコセコイア』は、大きなものでは直径十メトルを越え、高さはなんと百メトル以上にもなるというバケモノ植物。しかも非常に耐火性に優れ火山の側でも平気で生息可能であり、例え熔岩流の中に根元が埋没してしまっても枯れることも燃えることもないという。

 そんな『ジェリコセコイア』の樹液を吸って生活しているせいなのか、『オオアブラムシ』にも同じような耐火能力が備わっている。『ジェリコセコイア』同様、ちょっとやそっとの高熱では死なない体を持っているのだ。


「だんだん読めてきたぞ。つまり、このアブラムシどもは、火山の熱波に対抗できうるなんらかの力を持っているわけなのか?」


 太い両腕を組みムッツリと口をへの字に曲げて黙ってクリスの話を聞いていたロムであったが、ようやく自分達の現状がわかってきて深い頷きを繰り返す。


「ざっつ、ら~いと!! まさにその通りだぜ、ロム。より正確にいうならば、こいつらの尻から出ている『甘露』が熱波対策の特効薬を作る材料になるのさ」


「熱波対策の特効薬? つまり、その薬を飲むか塗るかすれば高熱をなんとかできるってことか?」


「そうそう。俺達が着用している戦闘用スーツは耐火能力には優れているけどさ、耐熱能力はそれほどじゃないんだ。ある程度は防げるけど流石に長時間溶岩の側にはいられねぇ。戦闘用スーツは耐えられても俺達が先に熱で死んじまう。それを何とかしてくれるのが、オオアブラムシの『甘露』から作り出す熱波対策用の特効薬ってわけさ」


「つまりその熱波対策の薬を飲んで熔岩の河を渡り、『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』の農場に辿りつけばいいと、こういうことか?」


「そうそう。そういうことそういうこと。や~~っと、わかってくれたか」


 友人二人がなんとか理解してくれたらしいとわかり、大仰に汗を拭うフリをしながら安堵の吐息を吐きだすクリス。しかし、二人のうちの片割れはどうやらまだ納得いかないところがあるらしく、しきりに首をひねっている。


「なんだよ、フェイ? まだなんかあるのか?」


「いや、熱波対策の特効薬が必要なことはわかったけどさ、なんで、こんな手間をかける必要があるのかがわからない。わざわざ、大掛かりな追い込み猟で生け捕りにしなくても、片っ端から殺して回れば済む話じゃないのか? こんな風に」


 そう呟くフェイの足元に、先程の猟で取りこぼしたアブラムシの一匹が逃げ込んでくる。そのアブラムシめがけ、フェイは凄まじい早さで無造作に足を踏み下ろそうする。

 だが、それに気がついたクリスが、疾風の如き早さで飛び込んできてフェイの足を捕まえて止めた。


「ば、バカバカッ!! おまえはバカかっ!!」


「なんだ? なんで止める? そして、何を怒っているんだ?」


「止めるに決まってるし、そして、怒るに決まってるだろうが!!」


「?」


 顔を真っ青にしながら怒りの声をあげて詰め寄ってくるクリスに対し、何が何やらわからずきょとんとするばかりのフェイ。しばしの間そうやって睨みあっていた二人であったが、やがて、深い深い溜息を吐きだしながらクリスが脱力。


「頼むよ~。マジで、頼むよフェイ。『外区』で考えなしに動くのはやめてくれ。『外区』の経験が浅いのはわかるけどさ、ここは『都市内』の常識は全く通用しない世界なんだからよ~」


「す、済まない、なにかわからんけれど、本当にすまない」


 慌ててその場から逃げだしていくアブラムシを見送った後、もう一度安堵の溜息を吐きだしたクリスは、真剣な表情でフェイに向きなおった。


「いいか、他の原生生物はともかく、オオアブラムシだけは絶対に殺すな」


「わ、わかった」


「ほんとに殺すなよ。冗談でも踏み潰そうなんてするんじゃないぞ」


「わかったって」


「ほんとにほんとにダメだからな」


「わかったといってるだろ。しつこいぞ、クリス。子供じゃないんだから一度言ったらわかる」


「ほうふぁ。ふぁふぁってふれたならふぃふぃんだ」


 血相を変えて詰め寄ってくるクリスの顔を、乱暴に両手で挟んで押しのけるフェイ。当然、挟まれたクリスのかわいい顔は、とんでもなくおもしろ奇天烈なものへと激変。しかし、そんなことよりも目の前の友人が理解してくれたことがよっぽど嬉しかったのか、顔を挟まれて変な顔になってしまった深緑森妖精(ウッドエルフ)族の少年は、妙に安心した様子で何度も頷き繰り返す。

 そんな小さな友人の姿を呆れたように見詰めていた朱雀族の少年は、やれやれといった風に脱力し友人の顔を挟んでいた両手を放す。そして、すぐ横に立つバグベア族の少年もきっと呆れているだろうと視線を向け直したのであるが。


「どうしたんだ、ロム。険しい表情をしているが。おい、まさか、君まで僕にお説教しようというんじゃないだろうな?」


「いやそうじゃない。そうではなく、森林地帯のエキスパートであるクリスがここまで念を押すということは相当にヤバイ理由があるのだと思ってな。つい体に力が入ってしまったのだ。誤解させたなら悪かった。許せ」


「ああ、いや、別に本気で怒っているわけじゃなかったけどさ。しかし、理由。理由か。そういえば、まだ理由を聞いていなかったな」


 一瞬険しい表情で顔を見合わせた朱雀族の少年とバグベア族の少年は、理由を知るであろう三人目の人物に視線を向け直す。

 すると、視線を向けられた少年は二人の視線を真っ向から受け止めて頷きを返した。


「アブラムシにはよ、とんでもないボディガードがついているのさ」


「ボディガード?」


「ああ。小学校の授業で習わなかったか? アブラムシって生き物はある生物と共生関係にあるんだ。そいつらはアブラムシから『甘露』という報酬を受け取る代わりに、様々な外敵からアブラムシを守る役目を引き受けている」


 そう言って、クリスは森のある一点を指差してみせる。その指の動きに釣られ自然とそちらに視線を向けたロムとフェイは、かなり離れたところで戦う傭兵達の姿をみつけた。

 黒光する見るからに硬そうな凶悪な外骨格に、ニメトルを越す巨体の異形の姿のその生き物を相手に、彼らは激しい戦いを繰り広げている。

 腕利きの傭兵達が苦戦している様子が遠くからでもはっきりとわかるほど、手強いその生き物。

 それは。


「そう、アリだ。この『ドラゴンズバック』山脈全土にわたって生息し、地下に一大帝国を築く恐ろしい生物『帝国蟻』がそのボディガードなんだよ。オオアブラムシは大抵、自分達だけで群れを作って生活している。しかし、もしも外敵に襲われ一匹でも仲間を殺されたらそのときは、体中から緊急事態を知らせる特殊な体臭を撒き散らす。すると、その体臭を察知した蟻達が、あっという間に助けにやってくるって寸法だ。言っておくが、そこらへんで傭兵達やハンター達と戦っている『一般兵』クラスじゃねぇぜ。やってくるのは女王蟻や、サナギ達を守っている蟻の中でも最強クラスの『親衛隊』クラス。しかも、尋常ではない数で押し寄せてくるんだ。だから、見ろ」


 眼を丸くしている二人に、クリスは周囲を見渡すように促す。

 三人の眼に映るのは緑豊かな静かな森の中。少し離れたところで傭兵達が戦っている姿が見えるが、彼らの周辺は至って平和なものだ。


「そのことをみんな知ってる。この辺りに狩りに来る連中は、みんなそのことを知っているんだ。だから、オオアブラムシが出没するエリアでは絶対に狩りをしない。謝って一匹でも殺してしまったら、とんでもない事態になってしまうからな。だから、彼らはアブラムシの生活圏から一定の距離をあけて狩りをしているのさ」


「「むう」」


 クリスの物騒な説明に唸り声をあげるロムとフェイ。そして、先程までのリラックスした雰囲気から一変。警戒心丸出しの様子でしきりに周囲をキョロキョロし始める。うっかり踏みつぶしでもしたら大変なことになると思ったからだ。

 二人は、引き攣った表情で自分達の周囲に他のアブラムシがいないかを、猛烈な勢いで探し始める。

 そんな二人の姿を呆気にとられてしばらく眺めていたクリスだったが、やがて盛大に噴き出して笑い転げる。そして、いい加減笑い続けてようやく笑いの発作が治まった頃、右手でロムの背中を、左手でフェイの背中をバンバン叩いて警戒をやめさせるのだった。


「おいおい、そこまで警戒しなくても大丈夫だって。そんなうっかり踏みつぶされてくれるような可愛げのある相手じゃねぇよ。いくらフェイが武術の達人だと言っても、狙わずにあれを踏みつぶすことできるか?」


「いや、それは無理だな。結構動きは素早い。意識して狙えばそれほど難しい相手ではないが、意識せずに踏みつぶすとなるとかなり難しいな。弱って動きが鈍くなっているならともかくとして、さっき足元にいた奴くらい元気となるとほぼ不可能だろう」


「だろ? だから、そこまで気にしなくてもいいってことさ。だいたい、そんな簡単に踏みつぶせるようなノロマな奴だったら、こんなに大人数で大掛かりに追い込み猟を掛ける必要なんかないじゃないか」


「確かに」


 クリスの説明にほっと胸を撫で下ろすロムとフェイ。しかし、その説明のせいで今度は別のことが気になったロムが、クリスのほうに疑問の視線を向ける。


「ところでクリス」


「ん? まだ何か質問があるのか? そろそろ次の群れがこっちに追い込まれて来そうだから、投網の準備しないとマズイんだけど」


「ああ、確かにそうだな。いや、別に後で教えてくれるのでも構わんのだが、ちと気になったことがあったのでな」


「何さ? そこまで口にしたなら言えって。気になるじゃんよ。もし、説明に時間かかりそうだったら、後で説明するからよ。言うだけは今言うてみ」


「うむ、そうか。では聞くが、この大人数は本当に必要だったのか? 予想以上に大掛かりになってしまっているから、なんだか正直心苦しくてな。元々俺が連夜に無理難題を吹っ掛けたのが発端。最初は少数精鋭で事に当たるのかと思っていたのだが、蓋を開けてみれば大型の傭兵旅団並みの大人数。学校のテストで使う素材を一個か二個取るのにここまで大仰なことになってしまうと流石に平静ではいられないのだよ。クリスやフェイ、アルテミスや玉藻姐さんといった連夜の特に親しい人達を巻き込んでいるだけでも申し訳ないのに、連夜やクリスの仕事関係のプライベートではない交友関係の方々にまで迷惑をかけてしまっているようだからなぁ」


 ただでさえ細い眼を更に細め、眉間にしわをいくつも作りながら苦渋の表情となったバグベア族の少年。だが、その言葉を聞いていたクリスとフェイは、一瞬顔を見合わせた後、苦笑に近い、しかし、実に優しい笑顔を作って巨漢の友人の肩を乱暴に叩く。


「そんなこと気にしていたのか? 連夜から聞いていたけど、ほんとロムは真面目なんだなあ」


「うむ。連夜の友は僕達の友。その友が困っているなら助けるのは当然だ」


「そう言ってもらえるのはありがたいが、しかし、どうやってこの恩を返したらいいのやら」


「恩を返してもらいたくて手伝ってるわけじゃないってば。俺やフェイも、何かしら連夜には借りがあるからさ。気にしなくていいんだよ。そもそも別にただ働きじゃないから全然大丈夫だよ」


「そうそう。そういうことだ。だから、ロムが気に病む必要なんか、って、ちょっと待て。今、なんか変なこと言ったなクリス」


「変なことって?」


「『ただ働きじゃない』ってどういうことだ?」


 クリスの発言の中にとてもスルーできない一文に気がついたフェイが、不審の表情バリバリになって小柄友人に視線を向ける。当初、連夜の友人のピンチだから助っ人に来てくれとしか説明を受けていなかったフェイとしては、そんな話は初耳だったからだ(正確に言うと、連夜が馬車の中でちゃんと説明しているので初耳ではない。フェイがちゃんと聞いていなかっただけ)。疑惑の視線を向けられたクリスは、当初『そんなこと言ったっけ?』なんて誤魔化そうとしたが、額に青筋を立てて近づいてくる朱雀族の少年の姿にたまらず白旗をあげる。


「ああ。わかったわかった。確かに言ったよ」


「どういうことだ、それは?」


「どういうこともこういうこともないさ。言葉通り『ただ働きじゃない』ってことだ。今やっているオオアブラムシの追い込み猟は、ただの慈善事業じゃない」


「つまりあれか? 『帝国蟻』の『念素石』に匹敵する一攫千金の何かをこのアブラムシどもは持っていると?」


「当たらずといえども遠からずだな。残念ながら、オオアブラムシの体内にも体外にも『念素石』に匹敵するような一攫千金の素材はない」


「ないんだ」


 妙に期待を膨らませていたフェイは、クリスの素っ気ない言葉にがっくりと肩を落とす。だが、そんなフェイにクリスはにやりと笑みを浮かべて指を突き付ける。


「おいおい。がっかりするのはまだ早いって。『念素石』に匹敵する高額商品はない、とはいったけど、利益になるものが全くないとは言ってないぜ」


「ってことは、あるのか? その『利益になるもの』が」


「いえ~す、ざっつらいと!! それは、痛っ!!」


 眼を輝かせて身を乗り出してくるフェイに、勢い込んでその答えを話そうとしたクリス。

 しかし、その直前クリスの背後に現れた巨大な影が大きなけむくじゃらの拳をクリスの小さな頭に振り下ろす。完全に不意打ちでまともにそれを食らってしまったクリスは、頭を押さえながら地面を転がり回り話は強制中断。


「だ、誰だ。俺のぷりち~な頭を叩く奴は!?」


「俺だ!!」


「『俺だ』って、どこの『俺』様、って、げげえっ、し、師匠!?」


 涙目になりながら襲撃者の姿を確認したクリスは、その正体を知って驚愕の声をあげる。

 そこにいたのは三メトルに達するかという巨大な灰色熊。

 『守の熊(もりのくま)』と呼ばれる獣人族の中年男性。

 この集団の総指揮官タスク・セイバーファングであった。


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