表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
124/199

第十四話 『蛸竜の黄泉越え』 その1

 城砦都市『嶺斬泊(りょうざんぱく)』の北方に、東西に広がる『ドラゴンズバック』という広大な山脈がある。

 『嶺斬泊』から最も近い霊峰『落鳳破』をはじめ、数々の美しい山々が連なってできている緑豊かな山脈。

 どの山も高度がそこまで高くないためか、氷河の分布は非常に限定的であるが、森林相と高山植物は豊富で、これらの山の上部は森林限界で積雪期には、はっきりとした白い山容が見られる。

 景色としては抜群であるし、また、山の幸も豊富で四季に応じて様々な山菜、あるいは果実をみつけることができるので、何も知らない者ならば行楽には持って来いの場所と思ってしまうかもしれない。


 だが、決してそうではない。


 この山脈はある一匹の恐るべき『害獣』が支配する呪われた場所なのである。


 その『害獣』の名は『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』。


 『貴族』クラスの害獣の中でも特に気性が荒いことで知られ、見つかればただでは済まない。

 普通、『害獣』という生き物は無差別に他の生き物を襲ったりはしないし、また、自分の腹を満たすという理由でも襲うことはない。

 彼らが他の生物を襲う理由はたった一つ、『異界の力』を保持しているというその一事のみ。

 そうでない場合は、すぐ目の前に立っていたとしても襲いかかってくることはないのである。その証拠に『外区』では、たくさんの原生生物達が『害獣』に襲われることなく普通に暮らしている。


 だが、この『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』は違う。


 『異界の力』を持っていようが、持っていまいが視界に入ったが最後。目に見えている動いている者全てに牙をむき襲いかかってくるのである。

 『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』が持つ力は、『害獣』達の頂点に立つ十匹の『王族』クラスには勿論到底及ばない。

 しかし、その力は『人』の力ではとてもとても敵うようなものではない。

 過去、五百年の間にいったいどれだけの数の傭兵やハンター達がこの化け物の餌食になってきたことか。

 優に十メトルを超す巨大な体。下顎から突き出た巨大な二本の牙。大型の一つ目象(サイクロプスマンモス)を軽々と踏みつぶすことのできる四肢。

 見つかったが最後というのは、決して誇張ではない。

 幸い『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』は普段、山脈の真下を滔々と流れる溶岩流の中をテリトリーとしており、地上には滅多に姿を現さない。

 出てくるとしても、今のところ山脈に一番端っこの『火龍の涎』山に限られている。

 『火龍の涎』山は、山脈の中で唯一火山活動が活発な場所で、そこの噴火口からこの化け物はたまに顔を出す。そして、そのときに『異界の力』を持つもの、あるいは自分に挑んでようという愚か者を探しだすように数日、長い時では一カ月近くにわたりそこに腰を下ろして下界を見つめたあと、何事もなければ再び地下へともどっていくらしい。


 何事かあったそのときは、もちろん地下にはもどらず『害獣』としての本分を果たしにかかるわけであるが。


 さて、そんな暴君が支配している土地であるから、この山脈に人は滅多に訪れない。

 ・・と、思われるかもしれないが、さにあらず。


 確かに一般人がこの地にやってくることはほとんどない。

 しかし、傭兵やハンター達でこの地は結構な賑わいを見せているのである。

 言うまでもないことであるが、彼らの目的は、この地の支配者『呪われし場所の封印栓(アーカム・トルク)』ではない。

 命知らずの傭兵、ハンターといえど、絶対に勝てないとわかっている相手に挑むバカ者はほとんどゼロだ。まあ、確かにごくたまに己を知らぬバカな新米ハンターがこの地を訪れることはあるが、その末路は推して知るべしであり、真似をする者などほぼいない。

 ともかく、彼らは別の目的を持ってこの地を訪れる。

 彼らの最大の目的、それは、この山脈全域にわたって生息している原生生物『帝国蟻(エンペラーアント)』を狩ることだ。


 『帝国蟻(エンペラーアント)』。


 『ドラゴンズバック』のほぼ全域で姿をみることができるこの原生生物は、名前の通り昆虫の一種『アリ』である。

 一般的なアリ同様に、ごく少数の女王アリの元で何千、何万という兵隊アリ達が群れ集って地下深くに巨大な巣を作り生活をしており、その食性や社会性もほぼ普通のアリと同じ。

 これだけの説明だけだと、如何にも普通のアリと誤解してしまいそうであるが勿論そうではない。

 普通のアリと決定的に違うのはそのサイズ。

 『帝国蟻(エンペラーアント)』は、体長二メトルにもなる超巨大なアリなのである。

 一応、肉食ではないし、こちらから攻撃をしかけないかぎり滅多に人に襲いかかってきたりはしないが、それでも決して弱い生物ではない。餌を探しに出かけるときは単独で行動する傾向があるが、いざ戦いとなるとどこからともなく仲間を呼んで敵を取り囲む。

 そして、恐ろしいまでに秩序だった集団戦闘技術を発揮して敵を殲滅してしまうのである。

 一匹、一匹は『兵士』クラスの『害獣』と同じくらいかそれ以下であるが、集団となると『騎士』クラスの『害獣』に匹敵する厄介な相手となる。


 そんな相手を何故、傭兵やハンター達は好んで狩ろうとするのか?


 その答えはアリの胃袋にある。

 もっと正確に言うならば、『帝国蟻(エンペラーアント)』の胃袋で生成されるある貴金属を手に入れることが目的なのだ。

 『帝国蟻(エンペラーアント)』の主食は『ドラゴンズバック』山脈に眠っている様々な鉱石。中でも『異界の力』の強い鉱石を好んで食べることから、当初は『害獣』の一種かと思われていた。だが、長年の研究でそうではないことが判明。彼らは取りこんだ鉱石を体内で分解した後、この世界最大のエネルギーである『念気』に近い形に変換し、それを生命エネルギーとして使っているとわかったのだ。

 『害獣』は事実上生物ではない。

 『異界の力』を駆逐するという目的のためだけにこの『世界』そのものに生み出された彼らは、普通の生物のように、生きるために何かを食べるということをしない。

 だが、この『帝国蟻(エンペラーアント)』は、間違いなく生きるために鉱石を食している。つまり、彼らは『害獣』ではないということなのだが、しかし、傭兵やハンター達にとって、この事実はあまり重要ではない。

 彼らにとって重要なのは、このアリの胃袋が一攫千金の可能性を秘めた『宝くじ』であるということだ。

 『帝国蟻(エンペラーアント)』はともかく、物凄い雑食で食べる鉱石も実に様々。主食となるのは勿論『異界の力』を吸った鉱石であるが、それ以外の鉱石も構わず食する。普通の鉄や亜鉛、スズや銅。それどころか硬度の圧倒的に高いダイヤモンドやミスリル銀、アダマンタイトまでも食べてしまうのである。

 そして、特殊な胃酸で食べた鉱石のほとんど全てを溶かしてエネルギーに変換してしまうのであるが、その中には胃袋の表面にへばりついてそのまま溶けずに残ってしまうものもある。そうして長い時間が流れると、そのへばりついた残骸に次々と溶け残しがくっついてかたまっていき、やがて一つの結晶になることがあるのだ。

 それが、『念素石』。

 現在、この世界で最も無害で最も強いと言われているエネルギー『念気』。小さなものでは髭剃りから、果ては車まで。今や生活には絶対なくてはならないエネルギーであるが、その『念気』エネルギーを圧縮して閉じ込めた状態の鉱石が『念素石』である。

 この『念素石』、小指の爪程の大きさで一般家庭で使用される消費念力でいうところの、約三年分の念力を優に保証できるほどのエネルギーを秘めている。

 そんな素晴らしい力を秘めた『念素石』であるわけだが、勿論、毎回採れる代物ではない。

 『帝国蟻(エンペラーアント)』を千匹以上狩ってやっと三つ採れるかどうか。

 故に希少価値は恐ろしく高く、市場での取引価格はとんでもない金額がつく。

 そのときの市場の流通具合にもよるが、小指の爪先ほどの大きさの『念素石』が一個で軍事用の大型特殊馬車三台分の値段になることもある。

 そんな高額希少金属『念素石』狙いの傭兵、ハンター達で『ドラゴンズバック』山脈はいつも溢れかえっている。

 採れるかどうかはまさに運次第であるが、採れなかったとしても『帝国蟻(エンペラーアント)』の素材はそれなりの値段で売れるので全く無駄足になるということはない。

 山の支配者がいつ現れるかわからないという大きなリスクがあるものの、現れる周期についてはある程度判明しているため、その周期にさしかかる時期だけをうまく避けて、傭兵やハンター達は狩りをし続けるのだ。


 こうして、『ドラゴンズバック』山脈のあちこちでいつも一攫千金を狙う戦士達の怒号や剣戟の音が響きあっているのであるが、珍しく今日は怒号とは違う種類の声が響く地域があった。

 それは『ドラゴンズバック』山脈の最西端。

 すぐ目の前に『火龍の涎』山を控える山脈中最も危険な狩り場。

 一応、山の支配者が現れる時期を完全に外してはいるものの、相手が相手だけに絶対は現れないという保証はない。

 そういう特に危険な場所であるから、ここを狩り場とする傭兵、ハンター達は相当に肝の据わったベテランや凄腕揃い。今日も彼らは一攫千金を狙っていつも通り狩りをしていたわけだが、あるときを境にして一斉に全く別の獲物に狙いを変更。

 相当に手強いが、『念素石』とはまた違った魅力を持つその獲物を手に入れるために、今尚激しい争奪戦が繰り広げられているのだった


 その獲物とは。


「麗しのレディ。よろしければ私達のチームに入っていただけませんか?」


「いやいや。うちの旅団に来いよ。給料は弾むぜ」


「男だらけのところは息が詰まるでしょ? あたしたちのところに来なさいよ」


「待て待て、それを言うなら女ばっかのチームもどうかと思うぜ。その点こっちは男女混合だ」


「男女混合っていっても、たった四人じゃないの。それに比べて私の旅団は三十六人。多い方がいいとは言わないけれど、何かあったときは安心だと思わない?」


「大きいのはいいけどさ、そこの旅団は全員妖精族系の単一種族チームだろ? どうだろ、あんたは獣人族系みたいだし、うちも獣人系が多いんだ」


「今の世の中種族で区別するのはナンセンスでしょうが、それよりは単純な強さでしょ。うちのチームには北方諸都市剣闘大会短剣の部、三年連続一位のヴァルマーが所属してるよ!! 一緒に戦ってみたくない?」


「短剣じゃあ大型種の分厚い甲皮はつら抜けねぇよ。やっぱ破壊力なら大剣だろ。そして北方諸都市最大の破壊力を持つ大剣使いの集まりといえばうちのチーム『切り裂きイレブン』だ」


「ただの『脳筋』の集まりでしょ?」


「なんだとコラッ!? 今、『脳筋』って言ったのどこのどいつだ!?」


「おっさんくさ~い!!」


「ちょっと、こっちこないでよ!!」


「キンキン声で叫ぶな、小娘ども!! 耳が痛い!!」


「なんですってぇっ!?」


「文句あんのか!?」


 本来の相手である『帝国蟻』と戦う時以上の怒号を轟かせ、海千山千の猛者達は自分達の目の前に現れた獲物を狙い、武器ではなく口を使って激しく干戈を交える。 

 この場にいる誰もが『念素石』を狙っている。

 一個でも出ればどんな大所帯のチームで大黒字間違いなしの高額貴金属。しかし、どのアリが所持しているかは胃袋を開けてみないことにはわからないわけで、あたりを引き当てるためにも今は時間を惜しんで一匹でも多く仕留めたいはず。

 だが、その手を一時止めてでもいいと思わせるほど、目の前に現れた獲物は極上であった。


 彼らの前に新たに現れた極上の獲物とは?


 それは、金髪のロングヘアーに月のように輝く金眼をした、ふるいつきたくなるようなスタイル抜群の狐獣人族の美女。


 数分前、見たこともない大型武装馬車で颯爽とこの地に現れた彼女。

 そのとき、ほとんどのハンター達は一攫千金を狙うことに必死で、彼女がこの地に現れたことに気がつかなかったのであるが、すぐにその存在を無理矢理思い知らされることとなる。

 馬車の後部トレーラーが動きを止めるよりも早く、後部トレーラー部から飛び降りた彼女が、物凄いスピードでこの地の『帝国蟻』を狩り始めたからだ。

 獲物を仕留めるそのスピードの早いこと早いこと。

 ベテラン傭兵や、凄腕ハンターが数人がかりで仕留める獲物を、たった一人で、しかも、徒手空拳で叩き潰していくのである。

 そして、大部分のハンター達が、そのことにようやく気がついたときには、もうこの地のアリはほとんど殲滅させられてしまっていた。


 たった一人の乱入者によって。


 普通、縄張り荒らしをされた場合、どんな温厚な傭兵ハンターでも怒り狂うし黙ってはいない。

 しかし、この乱入者の手際はあまりにも鮮やかであり、またその戦う姿は男性からは勿論、同じ女性から見ても、みな一様に見惚れるほど美しかった。

 とはいえ、戦い方が美しいが故に口をつぐんだだけでは勿論ない。それ以上に傭兵やハンター達をうならせたのは、彼女がチームで乱入してきたわけではく、たった一人でこれを成し遂げたという事実をまざまざと見せつけられたからだ。


 ソロで。


 個人プレイで。


 このことに傭兵、あるいはハンターチームのリーダークラスはすぐに気がついた。

 そして、同じような思考の果てに同じような結論に辿りつく。


『彼女はどう見てもフリー。めちゃくちゃ強い。うちのチームに勧誘する。入隊させる、イコール、戦力が超アップ』


 激しいスカウト合戦がこうして始まってしまったのだった。

 細かいところで理由が違う部分もあるにはある。

 戦力としてよりも、女性として魅力的な彼女に入団してほしいとか、単純におもしろそうだからとか、これ以上荒らされるくらいなら仲間にしておいたほうがいいとか、それはもう声をかけている者達の想いは実に様々ではあるが、根っこになっている部分のほとんどはそう変わらない。

 やはり、彼女の圧倒的な『強さ』を求めてのことだ。

 

 『念素石』は確かに魅力的だ。

 一個採れただけでも相当な稼ぎになるわけで、そのために彼らはここに来ているのだから。

 しかし、今後のことを考えると即戦力になる大型ルーキーを確保するということは、ある意味それよりも重要であった。

 なので、スカウトマン達の誰もが本分であるはずの『帝国蟻』狩り以上の熱心さを発揮し、目の色を変えて彼女に詰め寄っていたのであった。


「是非うちに来てくれ!!」


「いやいや、うちに」


「私のチームに」


「俺の嫁に」


「おい、誰か知らんがドサクサ紛れに変なこと言うな」


「そうだそうだ。俺の嫁だぞ」


「違う、私の妻だ」


「私なんか愛人なんだから」


「俺なんか変態なんだから」


「わ、私は痴漢です」


「すいません、おまわりさん。ここにいる犯罪者二名、連れて行ってください」


「へ、変態は犯罪者じゃない!! 変態にも人権を!! 頭にビキニパンツ被って大通りを歩く自由をくれっ!!」


「そんな自由は今すぐ滅べばいい」


「あ~、もうみんなごちゃごちゃうるせいよ。こうなったら、ここで各チームの代表者だけで殴り合って勝った者が交渉権を得るってことにしようぜ」


「いやよ、かよわいレディーに殴り合いなんて無理」


「そういいながら、横にいる奴片っ端から殴って気絶させてるおまえにだけは言われたくないよ、ゴリラ」


「誰が、ゴリラだ!? やんのかコラッ!!」


「やめろやめろ、こんなところで喧嘩すん・・くさっ!? 誰だ、ここでギョーザ食ってる奴わ!?」


「ごめん、しゃべり過ぎてお腹すいちゃって」


「くっせぇっ!! めっちゃくせぇ、ニンニクの匂いがここまで匂ってくる」


「いや、すまん、それは俺の屁の匂いだ」


「おいいい!!」


 カオスだった。

 もう収集がつかないくらいのとんでもないカオス状態だった。


 そんなカオスの中心で、凄まじいスカウト合戦が次第にただの乱痴気騒ぎになっていくのを呆然と見つめ続けていた一人の女性であったが、やがて泣きそうな表情でがっくりと肩を落とす。


「なんでこうなっちゃったのよぉぉぉ」 


 この騒ぎの元凶となった金髪金眼の美女。

 他でもないこの物語の最強ヒロイン、如月 玉藻その人だった。


 玉藻は別に傭兵やハンター達にアピールする為に戦っていたわけではないし、一攫千金を狙っていたわけでもない。


 では何のために戦っていたかといえば。


「連夜くんに、華麗に戦ってる私のかっこいい姿を見てもらいたかっただけなのにぃ」


 両手で頭を抱えていやいやと体を揺すりながら、涙声で呟く玉藻。


 彼女が今回のことを思いつき実行に移したことについては、当たり前だがちゃんと理由がある。

 本来、毎週日曜日は愛しい恋人の連夜と思いっきりいちゃいちゃできる玉藻にとって一週間の中で最も大切な曜日。

 その日曜日をわざわざ潰して危険極まりない『外区』にこうして出てきているのは、連夜と共に彼の真友、ロスタム・オースティンの手助けをするため。

 手助けといっても実質連夜から離れるつもりは毛頭ない玉藻にしてみれば、本日のこれはいつもよりはちょっとスリリングなだけで、毎週恒例のいちゃいちゃデートと変わらない。

 そう思い、ウキウキしながら待ち合わせ場所にやってきた彼女。

 当然、そこには恋人の連夜も待っていたわけだが、彼女の思惑とは裏腹に、待っていたのは恋人の姿だけではなかったのだった。

 助けを求めてきたロスタムはいい。

 いや、本当はあまりよくないが、彼を手助けするのが今日の目的なわけだから、それはしょうがない。

 そして、彼にくっついてきた元気印のヘテ族の女の子もよしとする。極めつけの美少女というわけではないが、それなりに整った顔立ちの彼女に、一瞬警戒心を持った玉藻だったが、どうやら彼女は連夜に対してよからぬ気持ちを向けている風ではないようで、それどころかむしろ、彼女のほうが恋人に警戒心を持って距離を置いているとわかり、この女の子セラのことも気にしないことに決めた。

 だが、それ以外が問題だった。

 確かに恋人連夜は、『自分達だけでは厳しいと思うので助っ人を集めます』とは言っていたが、集まったメンツを見渡した玉藻は表情にこそ出さなかったものの、心の中で盛大に悲鳴を上げたものである。

 そのメンツときたら、どいつもこいつも只者ではない者ばかり。

 皆、一様にその牙や爪を隠し、さも『自分達は温厚な草食動物です』という顔をしながら、にこやかに玉藻に話しかけてくる。


 だが、玉藻は騙されない。


 彼らは外見通りの大人しい草食動物ではない。

 武の道に生きる彼女の直感が、ガンガン警報を鳴らす。 

 流石にどういった能力や技術を彼らが隠しているのか、具体的にはわからないが、どいつもこいつも相当に鋭い牙を持っていることは間違いない。

 そう思った玉藻は、内心では力一杯警戒しつつも、表面上は大人な態度でにこやかに応対。

 多少ドタバタしつつ、また多少ギクシャクしつつもなんとかその場はやり過ごし、やがて、恋人が声を掛けていた友人達が一人を除いてほぼ全員揃ったということで、目的地に向けて出発。その道中、乗り込んだ馬車の一室で改めて玉藻は、恋人連夜から今日集まってきた友人達をその素性と共に詳しく紹介されて唖然とすることとなった。

 玉藻の予想をはるかに超えて、みながみな、恐ろしい『牙』を隠し持っていたことがはっきりしたからだ。

 流石、彼女が選んだ永遠の『(つがい)』の仲間達と思わず感心してしまった玉藻だったが、それ以上に大きな影が彼女の心を支配する。

 恋人の口から次々と話される友人達の武勇談に余裕ぶった笑顔で『まあ、すごいわねぇ、おほほ』なんて言って見せたりしている玉藻であったが、その心中は全く逆。


(ちょっ、まっ、何よそれ!? 『貴族』クラスの害獣を倒したって何!? ちっちゃい頃からの幼馴染ってどういうこと!? 共に死線をくぐりぬけたって、どんだけ親密な間柄なの!? 浮気なの? 裏切りなの? 『おまえの体にはもう飽きたんだよ』なの?)


 と、盛大に焦りながら横に座る恋人を穴があくほど凝視する玉藻であったが、彼の様子は全然いつも通り。

 相変わらず彼の眼には玉藻の姿しか映っていない。

 念の為に彼の中に送り込んだ自分の分身たる『呪いにして祝いなるもの』にもその心を飛ばす。

 すると間髪いれずに返ってきたのは彼の玉藻に対する深い深い愛情。

 連夜の心の中に『恋』とか『愛』とかいう感じのものは玉藻に対するものしかないとはっきりわかる。


(よし!! よしよしよしっ!! やっぱ、そういうのじゃないのね。いや、わかってたけど。いや、信じてたけど。いや、これっぽっちも疑ってなかったけどぉっ!!)


 物凄い強気な発言を心の中で絶叫しつつ顔面は完全崩壊状態の玉藻。

 突然滝のように涙を流し出した玉藻に、馬車の中の面々は連夜を除いて全員ドン引き。

 唯一引かなかった連夜が物凄く慌てて心配そうに覗き込んでくるのを強引に引き寄せる玉藻。

 周囲がどよめいているのにも構わず恋人の小さな体を力一杯抱きしめて全力でその顔をぺろぺろしながら精神を安定させる。


(大好き)「大好き」(大好き)「連夜くん」


「あ、こ、これ、その、玉藻さんのいつもの発作だから、あ、あまりみんな気にしないでね」


 心の中で発している声が完全にダダ漏れ状態のそんな玉藻。それを見た周囲は物凄い生温かい視線を送り、そんなギャラリーに対して連夜は青くなったり赤くなったりしながら必死に言い訳を敢行。

 そんなこんなでドタバタしつつも、一人を除いて連夜が呼び出していた助っ人ほぼ全員が予定通りに無事集合を果たす。

 一人だけやってきてはいないが、その一人は現地で合流ということで、玉藻達一行は、連夜の友人の一人でどうみても美少女にしか見えない妖精族の少年クリス(連夜とはあくまでも友達の関係と言っているが、まだ玉藻は半信半疑)が用意した大型馬車三台に乗り込んで、目的地に向けて出発した。


 安全な都市内から危険な『外区』へ。


 『外区』は、頑丈な強化防護装甲で守られた馬車の後部トレーラー内にあっても、絶対安全とは言いきれない世界。

 だが、そんな『外区』を疾走していく馬車の内部は至って平和。後部トレーラーの中の居室に集まった面々のほとんどは、それぞれリラックスした状態で思い思いに寛いでいたわけだが、折角時間があるということで改めて、メンバーの紹介と顔合わせを行っていく。

 それというのも玉藻以外にも初顔合わせの者達もいたからで、今日のミッションを無事に達成するためにも、やはりお互いを知っておくという作業は絶対不可欠であったからだ。

 そういうことで、集まった面々全員のことを唯一知っている連夜が司会となって彼らの性格と経歴を簡単に紹介。

 途中、ちょっとしたいざこざがあったりはするものの(雷獣族と狼型獣人族と妖精族の三人による痴話喧嘩とか、あるいは、半人半蛇族と人頭獅子胴族と上級聖魔族の物凄く居た堪れない毒舌合戦とか、何故か心に深い傷を負った二人の少年が隅っこでシクシク泣いている姿とか)、全体的に居室の中は終始和やかな雰囲気。

 しかし、そんなほんわかした雰囲気の中にあって、大好きな恋人にべったりくっついて座っているにも関わらず、玉藻の心は一向に快晴になる兆しがない。

 馬車は確実に目的地に近づいてきている。

 だが、玉藻の心はどうしても晴れなかった。

 いつもならどれだけ心がササクレだっていても、大好きな連夜を抱きしめて顔を舐めたりキスしたりしているだけで落ち着くことができるというのに、今日に限ってはどうしても心の影を拭いきれない。

 理由は明白だ。


「お兄様。この前学校でね」


 とか。


「連夜、例の噂は聞いたか」


 とか。


「若様、お茶を入れましたにゃ。ちなみに今日のお茶受けは羊羹ですにゃ」


 とか。


「ボス、この前のミッションの報告なんですが」


 とか。


「タコ介。ちょっといいか。九月から始めるボディガードの予定なんだが」


 とか。

 入れ替わり立ち替わりでひっきりなしに恋人に話しかけてくるのだ。

 それも玉藻がいるにも関わらず、そして、無言で『二人っきりになりたいんだけど!!』と睨みつけているにも関わらず、誰も彼もが全然それに怯むことなく涼しい顔で平気で二人の間に割って入ってくるのだ。


(何よ何よ何よ。連夜くんの一番は私なんだから!! 連夜くんには私だけなんだから!! 私だけじゃなきゃいやああっ!)


 それでもその場ではなんとか平静を装って余裕の笑顔を見せつけたりする玉藻。

 しかし、ただでさえ気の短い玉藻である。そんな虚勢が長く続くわけもなく、やがてトイレに行くフリでその場を離れると、人眼のつかない倉庫の中で、猛烈な嫉妬に狂いながら床の上を転げまわり、簡易トイレに据え付けられたトイレットリーフを意味もなく力一杯やぶりまくったり、その場に積まれた空の段ボール箱をボコボコにしたり。

 もう自分で自分が抑えられないほど、嫉妬の炎をごうごうと燃やす玉藻。


「私のものなのに!! 私だけのものなのに!! 私だけの連夜くんなのにぃっ!!」


 子供のように床に寝そべって激しくジタバタとダダをこね、魂の絶叫を放つ玉藻。

 叫べば叫ぶほど暗い嫉妬と執着の炎が燃え上がり、自分でも自覚できるほどの狂気が彼女の全身を支配していく。このままでは、いずれとんでもない形で爆発してしまうだろう。わずかに残った理性が『それは流石にマズイだろ』と、今にも激情の赴くままに暴走しようとする肉体を懸命に制止する。

 だが、嫉妬エネルギーは思った以上に強大で思うように発散することができず、ただでさえ少ない理性ではそれほど長く制止し続けることはできない。

 もういっそ狂気に身を任せ、有象無象の友人達を薙ぎ倒し、連夜を無理矢理拉致して逃走を図ろうか。

 そんな危ない考えにいよいよ支配されそうになった、そのとき、眼を向けた先にあるトレーラーの窓の外の風景が彼女の目に飛び込んでくる。

 そこでは、たくさんの傭兵、ハンター達が、ニメトルを超す大きなオバケ蟻達と戦ってる姿。

 それを見た瞬間、玉藻の脳裏に一つのアイデアが浮かび上がる。


(そうだ。私の圧倒的に強くてかっこいい姿を連夜くんの友人達に見せつけてやればどうだろうか!?)


 玉藻は強い。

 恐らく今日集まったメンツの中では、間違いなく一番強い。

 それも頭一つ分以上飛びぬけて強い。様々な特殊技能や、経験などを合わせた総合的な戦闘力ならともかく、単純な力や技だけなら間違いなく玉藻がダントツトップである。

 連夜に集められた者のほとんど全てがなんらかの『武』の道に関わっていることは直感でわかっている。と、いうことは、逆に彼らもまた玉藻の強さを理解しているはずだった。

 しかし、実際にそれを見たわけではない。

 玉藻もそうだが、漠然と『自分とこれくらい強さが違うだろうな』くらいに感じているだけだ。

 当然インパクトが非常に薄い。

 だが。


(実際にその強さをその眼で見ても平静でいられるかしら? 私のことを恋人に飼いならされた従順な家狐と思って見ているのかも知れないけど、それが実は血に塗れた人食いの猛獣だとわかっても私達の間に割って入ってこれる胆力のあるものがどれくらいいるのかしら?)


 昏い昏い情念が玉藻の金色の瞳を血の色に変えて行く。

 乾いた唇を真っ赤な舌で潤しながら、爛爛と光る双眸を玉藻は外へと向ける。

 血塗れの自分を見せつけたとき、誰も彼もが彼女が忌避するだろう。

 徐々に暗黒へと向かっていく思考は留まることを知らず、完全に狂気が玉藻を支配しようとした。 

 そのとき。

 間髪いれずにもう一人の自分が否定の言葉を脳裏に響かせる。


(絶対そうならない『人』が確実に一人はいるでしょうが!!)


 忘れたくても忘れられない、狂気の中にあっても絶対に見失わない一人の人物。

 その人物の姿は脳裏に映った瞬間、あっという間に玉藻の中から綺麗に暗黒の色が消えてなくなる。

 条件反射なのか、それとも支配しているつもりで支配されているからなのか、それとも『恋』とか『愛』というもののせいなのか。

 そして、『見せつけてやる!!』と思っていた対象が玉藻の中で完全に入れ替わり、暗黒の色が物凄いショッキングピンクへと科学変化。


「れ、連夜くんが見たら、私のかっこいいところを見たらどうなっちゃうかなぁ。やっぱ、惚れ直しちゃうかな? 『玉藻さん、素敵です!!』とか『玉藻さん、かっこいいです!!』とか言ってくれちゃうのかなぁ。そんでもって、『やっぱり僕には玉藻さんしかいない。玉藻さんだけだ』とか言って抱きしめて押し倒して、『ダメよ、連夜くん、こんなところで。するならせめてベッドで』とか言ったりなんかしちゃったりして、げへ、げへへへ」


 明らかに全然違う方向へと進み出した玉藻の思考回路。

 先程と違って理性は完全にブレーキ能力を放棄し、むしろアクセル全開でとんでもない方向へと突き進んでいく。

 しかも、『いやいやいや、いくらなんでもそれは無理があるでしょ』という冷静にツッコミを入れてくれる者もいない。

 嫉妬の業火は綺麗に消え去ったが、それよりもはるかに大きな桃色ぱわ~が彼女の全身を包み込む。


 そして、それはすぐに盛大に爆発。

 

 目的地到着寸前、トレーラーの後部から飛び出した玉藻は、戦闘に参加していないフリー状態の『帝国蟻』に戦いを挑み、片っ端からこれを撃破。

 桃色ぱわ~に支配された彼女の強さは半端ではなく、わずか数分で周辺に動いている蟻は地面を這っている普通の蟻だけとなってしまった。

 正直、少々暴れたりない気がしたが、とりあえず結構自分の強いところをアピールできたのではないかと自信満々に連夜のところに戻ろうとした玉藻。

 しかし、そういうわけにはいかなかった。

 愛する恋人のところに戻ろうとする彼女の前に別の敵が現れたのだ。

 スカウトマンという敵が。

 彼女にとっては間違いなく敵で、今蹴り倒してきた『帝国蟻』とさほど違いはない。

 しかし、流石にこの敵を蟻と同じように蹴り倒すわけにはいかないことはよくわかってる。よくわかっているので、必死にスカウトを断り続けているのだが、断っても断っても後から後から湧いてきて一向にその数が減らない。いや、むしろどんどん増えてきている気がする。

 ともかく、そういう手強い敵に阻まれて愛する連夜の元に帰れないまま、今に至るというわけなのである。


「あ~、もう、ともかくあんた達には用はない」


「そう言わずに、うちは社会保障は充実してますよ」


「いらん」


「うちはイケメン揃いです」


「間に合ってる」


「今なら、最新の武器がただで支給されますが」


「武器は使わん」


「なら、一流メーカーの特級防具をプレゼントいたします」


「一流以上の一品を既に持ってる」


「結婚してください」


「私に蹴られて地獄に落ちろ!!」


 次々と現れる強敵達に苦戦を強いられる玉藻。


 それでもなんとか彼ら彼女らを引離し、ついにその包囲網を突破することに成功した。

 逸る気持ちを抑えつつ、懸命に愛する少年がいるはずの大型馬車へと向かう。

 山の裾野の森の中、拓けた大きな広場に停車している三台の大型馬車の近くにようやくたどり着いた玉藻。

 そこには数名のねこまりも族のメイド達が忙しそうに働いているのが見えるのだが、それ以外の人影が見えない。

 乗っていた人数はその数倍はいたはず。何よりも、連夜の友人達の姿が一人も見えないし、そもそも連夜本人もその姿がない。

 猛烈に嫌な予感が背中を走りつつも、なんとかそれを抑え、事情を聞くためにメイドの一人に声を掛けようとしたのだが、それよりも早く、玉藻の姿に気がついた一際小さなメイドが先に声を掛けてきた。


「如月様、御帰りなさいませですにゃ」


「あ、うん、そのただいまです」


 丁寧にお辞儀をしてくる小さな猫メイドに釣られて、思わずお辞儀を返す玉藻。だが、すぐにはっとそんなことをしている場合ではないと気がついて、目の前の小さなメイドに詰め寄って行く。


「って、悠長にそんなことしている場合じゃないのよ。連夜くんの姿が見えないんだけど」


「はい。若様でしたら、かなり前に御友人の皆様と一緒に御出掛になられましたにゃ」


「え? ちょ、出掛けちゃったのぉぉぉっ!?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ