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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
123/199

第十四話 お~ぷにんぐ

 彼女達の目の前に強大な死と暴力の化身が立ちはだかる。

 横から見ても縦から見ても重量感たっぷりの巨大な体。

 大型トラック顔負けの巨体からは丸太よりも大きく太い足が飛び出て大地をしっかりと踏みしめ、小揺るぎもすることなく己の体重を支えている。

 建設作業用の大型鉄球ほどもありそうな頭は団地の三階以上の位置にあり、そこにはギラギラと光る大きな一つ目。耳まで裂けた大きな口からは、大型ランスよりも大きな二本の牙が飛び出ている。

 何もかもが異様なその姿の持ち主は、自分の足元で恐怖に身を縮めている少女達を、冷たい眼差しで傲然と見下ろしていた。

 

 『レイザーバック』


 『阿』大陸の北方エリアに生息している原生生物の中でも一際凶暴で、しかも恐ろしい力を備えている化け物中の化け物。

 『貴族』クラスの『害獣』には流石に及ばないものの、『騎士』クラスの中級から上級なみの力を持つうえに、非常に高度な知能を持ち、海千山千の凄腕の傭兵達でもそう簡単には討ち取れないかなりの強敵。

 倒すことで得られる戦利品は非常に高価なものばかりであるが、その危険さゆえに凄腕の傭兵や名の知れたハンター達でも二の足を踏む。

 ハイリターンであるが、しかし、下手をすればそれ以上のハイリスクを伴う相手だからだ。

 なので、この化け物が生息している、あるいはその可能性があるような場所は、大抵のハンターチームは避けて通る。

 勿論、彼女達もそうするつもりだった。

 こんな化け物などいない、いつもの比較的安全な場所でいつも通りに格下相手に狩りを行う予定だったのだ。

 なのに、今、彼女達の前に立ちはだかっているのは格下どころの話ではない。

 万全の状態でも勝つことは到底難しいと思われる、とんでもなく格上の化け物。


 何故こんなことになってしまったのか?

 どこで何を間違えたというのか? 


 どうやっても逃れることができそうにない圧倒的な、そして、理不尽な『死』を目の前にして自問自答する彼女達。

 だが、本当はわかっていた。

 どうしてこうなってしまったのかを、彼女達三人はよくわかっていたのだ。

 ただ、それを認めたくなかった。

 絶対に認めたくなくて必死に他の可能性を考える。

 だが、それは第三者の無情な宣告によって無慈悲に踏みつぶされてぺしゃんこになるのだった。


「勿体ないなぁ。こんな上玉を全部始末しないといけないなんてさ」


 耳の中にまでねっとりと絡みついてくる。

 そんな錯覚さえ起こしてしまうような粘着質の声が、彼女達の耳に聞こえてくる。

 正直見たくはなかったが、それでも無視しておくわけにもいかず嫌々ながらそちらに目を向ける三人の少女達。

 そこには化け物を取り囲むようにしてズラリと並ぶ兵隊の姿。

 エメラルドグリーンに美しく輝く全身鎧に、手には対人用のライトボウガンや、青龍刀。

 目を凝らしてよくみると、その鎧や武器には東方に伝わる蛇の様な龍神の姿が細かく装飾として刻まれている。

 どうみても都市を追われた無頼者や、盗賊、山賊といった犯罪者の類が身に着けられるような代物ではない。

 明らかにどこかの国の正規兵のような出で立ち。

 そして、少女達は、その姿をよく知っているが故に、その絶望の色を深めていく。


「『雲龍騎士団』」


 うめくように呟いた陽光樹妖精(サンエルフ)族の少女の声に、一番前に立つ兵士がニヤリと下卑た笑みを浮かべて見せる。



『雲龍騎士団』


 城砦都市『嶺斬泊』における最大勢力である龍族。

 その龍族の頂点に立つ王家を守る為に、一族の中でも特に上位にあたる王族や貴族の中から選別されたサラブレット集団。

 それが『雲龍騎士団』である。

 幼い頃から英才教育を施された彼らは皆恐るべき戦闘能力を持ち、常に王家の側にあって彼らを守っているという。

 また、どの騎士も異界の力が強く、王家の者に勝るとも劣らぬ恐るべき特殊能力を保持しており、天敵である害獣が存在しない都市の内部においては事実上最強の軍隊であるともいわれている。

 彼らが保持している特殊能力は騎士によって様々であるが、その中に原生生物を操る能力を持った騎士の一族があると、少女達は王家の少年から聞いたことがあったことを思い出した。

 害獣は無理だが、それ以外の生物であるならばどんな凶暴な原生生物であっても操ることができるというとんでもない一族がいると。

 そのときは、まさかそれが自分達に関係するような重大な情報になるとは思っておらず、半分上の空で聞いていたのであるが。


「やっぱ、知っていたか。まぁ、そりゃそうか。若様の愛人御一行様だもんな」


 その言葉に、陽光樹妖精(サンエルフ)族の少女の横に立つ月光樹妖精(ムーンエルフ)族の少女が愕然とした声をあげる。


「あ、あんた達、やっぱり剣児のところの王家親衛隊!?」


「おい、口の利き方に気をつけろ。若様の名前を軽々しく口にするんじゃない!!」


「まあまてよ。どうせ、もうじき質問することも、答えを聞くこともできなくなるんだ。好きなようにしゃべらせてやろう。俺達誇り高き『龍』の一族は寛容なんだ。そうだろう?」


 自分達の主人を呼び捨てにされたことに怒った別の騎士が、少女に殴りかかろうとする。

 だが、最初に声を発した騎士がそれを押しとどめ、憐みや蔑みの色をあからさまに浮かべながら諭すと、殴りかかろうとしていた騎士は拳をおさめ、同じような視線を少女達へと向け直す。


「それもそうか。どうせ、クレープの生地のようになるんだよな」


「そうそう。クレープの生地でも一反木綿でもなんでもいいけど、そんなものがどう思い何を言っても気にする必要なんかない。そうだろ?」


「そうだな。気付かせてくれてありがとう、同志よ」


「いやいや、気にすることはないさ、同志」


 あちこちからあがる心ないいやらしい笑い声の嵐。

 それらを耳にした少女達は憤怒の表情を浮かべて彼らを睨みつける。

 だが、そんな少女達の怒りの視線もどこ吹く風。

 自分達の絶対的優位を信じて疑わない襲撃者達は、ニヤニヤと笑いながら嬲るように彼女達を見つめるばかり。


「やはり、『雲龍騎士団』の方々なんですね。でも、なぜ、そんなあなた達が私達の命を狙うのですか? 私達は剣児くんの友達なのに」


「おい、いい加減にしろよ。たかがタヌキの分際で我々龍の一族の王家の方を軽々しく呼ぶな!! 身の程を知れ!! そんなことだからあの方に見捨てられるのだ」


「み、見捨てられって。まさか、このことを命じたのは剣児くんなんですか!?」


「直接ではないがな」


「直接ではないなら、いったい誰が!?」


「かぐや様だ。若様の姉君。いずれ我々全ての騎士や兵士の頂点にお立ちになられる方。その方が此度の事をお命じなられたのだ。弟の愛妾の中に、賢しげに弟を責めるバカどもがいると。己の立場をわきまえず、人の好い弟の性格につけこみ、弟を辱めた上に嘲笑した許し難い者達がいると。その者達を許してはならん、思い知らせてやらねばならんと」


「かぐや様はおまえ達が若様になされたことをお耳にされて大層御立腹なされてな。まあ、今回のことは自業自得と思って諦めろ」


「下賤の者は本当に身の程という者を知らんから困る。我が一族の高貴なる王家の方と庶民平民を同じ考えるとは」


「所詮おまえらはあの方々のお気を紛らわすための道具にすぎんし、その為の道具よ」


「いくつ使って遊ばれようと、王家の方々に罪などあろうはずがない。なのに貴様らときたら、王家の尊い宝玉を己の物であるかのように扱い、あまつさえ己の身勝手な怒りを鎮めるために辱めるとは言語道断だ」


「貴様らにさんざん辱められ、慰み者にされた後、若様は心に深い傷を負って王宮の奥底に籠ってしまわれた」


「あの豪放磊落な若君が部屋の隅っこで毎日膝を抱えていらっしゃる。なんと御労しいことか」


「それもこれも貴様らと、あのうす汚いカラスのせいよ」


「このことについては是が非でも責任をとってもらわねばならぬと、かぐや様はこの作戦をご決断なされたのだ」


「いっておくが、若様の御温情を期待するだけ無駄だぞ。かぐや様は今回の作戦のことを事前に若君にご相談されたが、若様は一言も否定の言葉を口にされはしなかった」


「それどころか、『できるだけ早く始末してほしい』とのことよ。おまえたちは見捨てられたのだ」


 関を切ったかのように次々と溢れて流れだす謂われない罵詈雑言の嵐。

 だが、それをいちいち聞いている余裕は彼女達には既になかったのだ。


「剣児くんが、私達を、見捨てた」


 呆然と呟きながら、風狸族の少女はがっくりと膝をついて力なく項垂れる。

 中学時代から続く友達であり、幾多の戦場を共に駆け抜けた戦友であり、そして、心から信頼し愛している少年。

 その少年が他でもない彼女達を見捨てたという。

 信じられないし、信じたくない。

 確かに、彼がたくさんの女性達と浮気していたことがわかったとき、怒りに任せて彼に対しいろいろな御仕置きをした。

 とても口にはできないようなこともした。

 確かにそうだ、それは間違いない。

 しかし、それは彼女達がそれだけ彼のことを真剣に愛しているからで、そのことを彼もわかってくれているはずだった。

 いや、そうだと信じていたのだ。

 今、このときまでは。

 だが、違った、それは大きな間違いで、自分達の勘違いだったのだ。


「まんまと嵌められました、よね?」


 疲れたような、それでいて何かを諦めたような声で呟くのは風狸族の少女メイリン。

 いつもの陽気で笑顔を絶やさないその顔を真っ黒な絶望の色に染めながら、構えていた両手のショートソードをのろのろと降ろす。


「ま、まだそうと決まったわけじゃない!! 剣児くんが私達を見捨てるわけがない、何かの間違いよ!!」


「フレイヤさん、本当にそう思っているんですか? そう思いたいだけじゃないですか?」


「それは」


「本当はわかってるんでしょ?」


「・・」


 今にも泣き出しそうな表情で否定の言葉を口にした陽光樹妖精(サンエルフ)族の少女フレイヤであったが、風狸(ふうり)族の少女メイリンの容赦ない追い打ちについには口を閉ざし、悔しそうにその顔を伏せてしまう。

 そんなフレイヤに月光樹妖精(ルナエルフ)族の少女ジャンヌが寄り添ってそっとその細い肩を抱きしめてやる。

 いつも口喧嘩の絶えない二人であるが、今日ばかりは到底そんな気持ちにはなれなかったのだ。

 お互い抱き合って静かに泣き続ける二人の少女。

 そんな友人達の姿を横眼で見守っていたメイリンであったが、やがて怒りと侮蔑に彩られた笑みを浮かべると、正面に立つ騎士達へ憎悪に満ちた視線をぶつける。


「まさか、剣児くんのお姉さんが首謀者とは思いませんでしたよ。ほんと、私としたことが見事にしてやられました。こういう(はかりごと)にかけては、我々化け狸の一族と、化け狐の一族の右に出るものはいないと思っていたんですけどねえ。その私が騙し合いにまんまと負けてしまうなんてね。剣児くんのお姉さんは余程性格が歪んでいらっしゃるのか、あるいはお腹の中が真っ黒なのか、はたまたその両方か」


「かぐや様を侮辱する気か貴様!?」


「本当のことでしょう? それにしてもまんまとしてやられました。剣児くんのお姉さんの言うことだからと思って信じたのが全ての間違いでした」


 激昂する騎士達の前で半分演技、半分本気の大きな溜息を一つ吐き出し、このような事態に陥ってしまった数時間前の出来事を思い出すメイリン。




(『外区』にね、龍族が専有している訓練場があるのよ。龍族の兵士や騎士が実戦を想定して訓練できるように作られた場所でね、結構本格的なんだけど、比較的安全に訓練することができるようになってるの。怪我したときとか万一のときに備えて療術師も常駐しているし、武器や防具の整備ができるように工術師もいるのよ。都市からちょっと遠いのが難点なんだけど、よかったら利用してみて。本当は龍族のみの施設だけど、いつも剣児の相手をしてくれているあなた達は特別よ)




 あのとき、メイリン達の前に突然現れた剣児の実姉かぐやは優しげな声と口調でこう言ったのだった。


 あの日。

 城砦都市『嶺斬泊』の繁華街『サードテンプル』の裏道で、黒装束の怪人『祟鴉(たたりがらす)』と交戦したあの日。

 彼女達の最愛の少年龍乃宮 剣児が、とんでもない数の女性達と肉体関係を結んでいたという衝撃の事実が明らかになったあの日。

 彼女達と剣児達との関係が決定的に変わってしまったあの日。


 あの日から、剣児は王宮の中に籠って外に出なくなり、親しい者達の前にすら姿を現そうとはしなくなってしまった。

 その為、あの日以降、剣児や彼女達が所属する害獣狩りチーム『剣怒超雷(けんどちょうらい)』は開店休業状態。

 なんせ、チームリーダーであり、同時にチーム最強のアタッカーでもある肝心要の剣児が出てこないのであるからどうしようもない。

 剣児が復帰するまでは、こういう状態になったままなのも仕方ないと思わないでもなかったが、しかし、だからといって全く訓練をしないでいるというのもあまりいいことではない。

 とはいえ、三人共、剣児あってのチームであると思っているので、その剣児がいない状態で訓練というのもなんだか気が乗らない。

 どうしよう、どうすべきかと思い悩んでいるうちにあっという間に一か月が過ぎた。

 三人とも根は真面目な性格の者達ばかりである。

 流石に一カ月全く訓練なしというのはマズイだろうと思い始めていた。

 三人共、剣児という愛する少年を手助けしたい心からハンターをやってるというのが大きな理由で間違いはない。

 しかし、だからといってそれが全てではないのである。

 それぞれがそれ以外に真剣な理由を持ち、日々鍛え励んできたのだ。

 剣児は参加しないからと、これ以上訓練を放棄し続けるわけにはいかない。主軸である剣児がいない為、チームとしてのフォーメーションの練習はできないが、それでも基礎的な訓練はできる。

 いろいろと葛藤はあるし、それを全て消化しきれているわけではないが、それでもこのまま停滞し続けるわけにもいかない。

 そう心の中に断じた彼女達は、一カ月ぶりにハンターとしての訓練を再開すべく、所属しているハンターギルドに集まり、剣児抜きで行うトレーニングスケジュールについて話し合っていたわけであるが、そんな悩める三人の元に現れたのが、美しい龍族の女性『龍乃宮 かぐや』であった。

 いつも弟の世話をしてもらっているお礼にと、彼女が紹介してくれたのは龍の王族が所有する『外区』の特別訓練所。

 最大の実力者である剣児が参加しないとあって、訓練に使用できる狩り場の選択が非常に難しくなっていて、彼女からのこの提案はまさに渡りに船の状態。

 しかも、自分達が心から愛している少年の身内が申し出てくれたということで、全く疑いもしなかったわけであるが。


「まさか、あれが罠だったなんて。あ~、なんで鵜呑みにしちゃったんだろうなぁ」


 そう言って、もう一度大きな溜息を吐きだすメイリン。

 中学時代から続く愛する少年との交誼。苦しい時もあったし楽しい時もあった。大喧嘩をしたときもある、だけど、命掛けでお互いを助け合ったときもある。主義主張の違いで激しく言い争ったときもあれば、愛を囁き合ったことだってある。他のそんな少年との甘く切ない日々が今、終わりを迎えようとしている。


 何故こうなってしまったのか?


 今一度自問自答する三人の少女達。

 最愛の少年の姉かぐやを激怒させ、最愛の少年剣児からは愛想を尽かされ、そして二人に仕える『雲龍騎士団』から命を狙われることになったその発端。 

 ある程度答えは出ている。

 間違いなくあの日にあった、剣児と彼女達との間で起こったある出来事が原因なのだ。

 あの日、最愛の少年のとんでもない裏切り行為を知った彼女達。

 彼女達が愛する少年は普段から女好きで、いろいろな女の子に声を掛けていたのは彼女達も知っていた。

 しかし、それでも最後の一線は自重して、自分達のところに戻ってきてくれているものだと思っていたし、信じていたのだ。

 ところが蓋を開けてみれば、でるわでるわ。数を数えるのもバカバカしいくらいの膨大な数に上る女の子達との肉体関係。いくら、彼女達が少年のことを信じ愛しているといっても限度というものがある。流石の彼女達もこれにはキレタ。

 つまり、嫉妬に狂い大激怒したのである。

 しかも三人が三人ともそれはもう見事なキレっぷりで、泣く、喚く、ひっかくくらいならよかったのであるが、到底それでは収まらなかった。


「まったく。だいたい、フレイヤさんがいけないんですよ」


「え? 私?」


 額に手をあてて回想にふけっていたメイリンであったが、ふと顔をあげるとまだ横で抱き合ってしくしく泣き続けている陽光樹妖精族の少女フレイヤのほうに批難するような視線を向ける。


「あのとき、フレイヤさんがやりすぎるから、剣児くんの心に大きな傷が残っちゃったんじゃないですか」


「や、やりすぎるって、そこまでやってないでしょ!?」


「やったじゃないですか!! 大人の拳くらいある直径のローソクを-----【自主規制】-----の中に突っ込むなんてひどすぎるでしょ? ネギを突っ込むとか、体温計を突っ込むとかならまだわからないでもないですけど、極太ローソクですよ、極太ローソク!? ありえないでしょ!?」


「いや、でも、BLの世界だったら結構普通にやってるでしょ? そもそも、剣児くん最後のほうには『これ、ちょっといいかも』とか言って喜んでいたし。だ、だいたい、ひどすぎるっていうならジャンヌのほうが私よりもひどいことしてじゃない」


「え? あ、あたし?」


 顔から冷や汗を盛大に流しながら言い訳していたフレイヤであったが、やがて慌てたように目の前にいる月光樹妖精族の少女ジャンヌを指さして見せる。


「あのとき、ジャンヌがやりすぎるから、剣児くんが王宮に引きこもって出てこなくなっちゃったんじゃない」


「や、やりすぎるって、そこまでやってないよ!?」


「やったじゃない!! -----【自主規制】-----に集中的に【ライガーバウム軟膏】塗りまくっていたじゃない!! 普通筋肉痛のところに塗る薬なのよ? 物凄く沁みるしスースーするのよ? それをよりによってあんなところに塗るなんて、ありえないでしょ!?」


「いや、でも、徹夜するときに目の下に塗ったりするから大丈夫かなって。そもそも、剣児も最後のほうには『これ、ちょっと癖になるかも』とかいってうっとりしてたし。だ、だいたいひどすぎるっていうならメイリンのほうがあたしよりもひどいことしているじゃないのさ」


「ふええっ!? こ、今度は私ですか!?」


 しどろもどろになりながら言い訳していたジャンヌであったが、やがてすぐ横に立つ風狸族の少女メイリンのほうに視線を向け直して弾劾の言葉を口にする。


「あのとき、メイリンがやりすぎるから、剣児のお姉さんがあたしたちを殺そうと思うくらい怒っちゃったんじゃないか!!」


「や、やりすぎるって、そこまでやってませんよ!?」


「やったじゃない!! 剣児の-----【自主規制】-----を引っ張って、後ろに持って行って-----【自主規制】-----の間に瞬間接着剤でくっつけちゃうなんて!? 使い物にならなくなったらどうするの!?」


「そうだったそうだった。そういえばメイリンったら、そんなことしてたわね。ってか、そもそも-----【自主規制】-----と-----【自主規制】-----を瞬間接着剤でつけちゃったら、-----【自主規制】-----とか、-----【自主規制】-----するときどうするのよ!?」


「やっぱさ、どう考えてもメイリンのあれが一番の原因だと思わないか?」


「思う思う。あれは流石にシャレで済まないんじゃないかなぁって思ってたのよ」


 自分達のやっていたことを盛大に棚の上にあげておいて、結託してメイリンを責めたてる二人。

 しかし、そんな二人の口撃に対し、メイリンもまた黙ってはいなかった。


「だ、だって、二度と浮気できないようにしたかったし、そもそも、フレイヤさんもジャンヌさんも止めるどころかノリノリで手伝ってくれていましたよね!?」


「・・」


「・・」


「フレイヤさん、あのとき言いましたよね? 『龍の王家お抱えのお医者さんは超優秀だから、多少無茶してもだいじょぶだいじょぶ』って」


「あんた、そんなこと言ったの?」


「い、いや、それはその場の空気がそうさせたというか、なんというか、私の本意では決してなかったというか」


「・・」


「・・」


「ジャンヌさんもあのとき言いましたよね? 『下の穴が塞がっていても、いざとなったら上から出せるからだいじょぶだいじょぶ』って」


「出せるわけないでしょ!? 剣児くんの体ってどれだけフレキシブルなんですか!?」


「い、いや、それはその場のノリがそう言わせたというか、なんというか、あたしの本意では決してなかったというか」


「・・」


「・・」


「・・」


 見つめ合ったまましばし沈黙を保つ三人の少女達。

 引き攣った笑みを浮かべながら自分達がしてきたことを誤魔化すように乾いた笑い声をあげていたが、やがて、陽光樹妖精族の少女フレイヤがこほんと一つ咳払いをしてその場の空気を変える。


「ま、まあ、過ぎたことはしょうがない。過去はもどらないんだから」


「そうですね。過ぎてしまったものはしょうがないですね」


「うんうん。これからだよな。これからの未来のことを考えないといけないよな」


「じゃあ、今日のところはここまでにして、今後のことを改めて考える為に一回ギルドにもどりましょうか」


「「賛成!!」」


『って、もどらせるわけないだろ!!』


 しれっとした顔でこの場を去って行こうとした三人であったが、周囲を囲まれる騎士達がすかさず槍を振り回して威嚇。

 鬼のような形相で三人を再び元の場所で強制的に移動させる。


「きゃっ、ひどいことしないで!!」


「ひどいことしてるのはおまえらだ!!」


「さっきから黙って聞いていれば、おまえらいったいなんなの!? 大人の拳くらいある直径のローソクを-----【自主規制】-----の中に突っ込むとか、-----【自主規制】-----に集中的に【ライガーバウム軟膏】塗りまくるとか、どんなプレイだよ!?」


「聞いてるだけで悶絶しそうになるわ!!」


「あげくの果てに-----【自主規制】-----を引っ張って、後ろに持って行って-----【自主規制】-----の間に瞬間接着剤でくっつけちゃうって、おまえらは鬼畜か!?」


「うちの若様になんてことしてくれるの!? いくらうちの若様が鋼の心を持っているといってもこんだけやられたら誰だってぺちゃんこになるしぽっきり折れちゃうよね!? どう考えても、おまえらが圧倒的に悪いよね!?」


「お、乙女心を傷つけた報いじゃない」


「私達が受けた心の傷の深さを考えれば、大したことないでしょ?」


「お茶目で軽いお仕置きだと思うんだけどなあ」


「全然軽くないから!! お茶目で済ませられるレベルじゃないからね、これ!! 裁判になっても絶対こっちが百パー勝てるレベルだからね!! ってか、普通に犯罪だよね」


「ダメだ、こりゃ。絶対ダメだわ。ほんとにこいつらの口を塞がないと龍族の歴史に致命的な汚点が残る」


 先程以上に殺気立ち少女達に敵意に燃える視線を向ける騎士達。

 そして、その騎士達に促された巨獣『レイザーバック』が地響きを立てながら少女達に向かって動き出す。


「いつか戦いの中で死ぬとは思っていたけど、まさかこんな形とは思ってもみなかったわ」


 ゆっくりと眼前に迫りくる巨大な死の影に視線を向けたフレイヤは、恐怖と悲しみでいまにも溢れそうになる涙を必死に押しとどめながら、不敵な笑みを作ってみせる。

 そして、最後のあがきとばかりに手にした翼のレリーフが先端についた杖をスライドして二つに折って見せると、その空洞となっている部分に三本の薬瓶をセットして再び杖の形状に戻し、自らの前に掲げて見せる。


「でも、ただでは死なないわよ。害獣ハンターの端くれとして、最後まで徹底的に戦ってやる。例え一瞬で踏みつぶされて終わりだとしても、一寸の虫にも意地があるってことを見せ付けてやらなきゃ気が済まない。その為に、あなたたちにも付き合ってもらうわよ、ジャンヌ、メイリン」


 そう呟いたフレイヤが顔を動かさずに視線だけを横に動かすと、そこには既に臨戦態勢に入っている友人達の姿。


「最後に剣児に文句を言えなかったのが心残りだけど、しょうがないよな」


「綺麗な花には棘があるものですが、私達は棘程度じゃ済まされないって思い知らせてやりましょう」


 そう呟いて手にした武器を迫りくる巨獣『レイザーバック』に向けて構えた二人。

 フレイヤと同じような不敵な笑みを浮かべながらもどこか悲壮な覚悟を滲ませ、二人は迫りくる巨大な『死』の運び手を睨みつける。


「無駄だ、無駄だ。貴様ら若様のバックアップ専門だったのだろう?」


「今まで若様の後ろに隠れ、安全なところからしか戦ったことのない貴様らに何ができる?」


「龍の王家の汚点を世に残さぬ為に、ここできれいさっぱり消えてくれ」


 口々にバカにするようなことをいいながらそれでも騎士達はその警戒を緩めようとはしない。

 恐らく主たる剣児の口からフレイヤ達の実力について詳しく聞き及んでいるのだろう。

 相変わらず傲慢極まりない口調ではあるが、どの騎士の構えにも隙はない。

 いざとなれば騎士達の中に突入し、乱戦に紛れて遁走することも考えたが今の状態では一人二人は抜けることができてもあっという間に槍衾になるのがオチだ。

 ベテラン戦士でも勝つのが難しい巨獣を相手にするか、それとも多勢に無勢の騎士達の中に突っ込むか。

 どちらにしても彼女達にとってよりよい未来が待ち受けているとは思えない。

 積極的にどちらかを選ぶこともできず、じりじりと少女達はその場から後退。その分、騎士達と騎士に操られた巨獣が距離を詰め、両者の距離は一向に縮まらないかに見えた。

 だが、それも束の間の事。

 やがて、少女達は訓練所の端、断崖絶壁のどこにも逃げ場のないところまで追い詰められてしまう。


「これまでだな」


 騎士達の一人が下卑た笑みを浮かべながらねぶるように少女達を見つめる。

 その騎士の視線を真っ向から受け止めた少女達は悔しそうな表情を浮かべて見せるが、それを見てどう思ったのか、騎士は歪んだ悦楽の色を表情に浮かべて巨獣を操っている小柄な同僚へと視線を向け直す。


「おい、もういいだろ。そろそろ引導を渡してやれよ」


 指示を出した騎士と同じような醜い笑みを浮かべた巨獣使いの騎士は、その言葉に頷きを返し横に立つ巨獣へと視線を向ける。

 死の時が間近に迫ったことを悟り表情を硬くする少女達。

 少女達に降りかかる無慈悲な暴力の果てに訪れる最悪な未来を想像し、醜悪な笑みを浮かべる騎士達。

 生と死が交差する一瞬。


 そして、『死』は訪れる。


 突然に。


 この場の誰も予想しなかった形で。


「さあ、『レイザーバック』、奴らを無惨に踏みつぶっ!?」


 少女達を蹂躙すべく、巨獣に指示を出そうとした騎士。

 だが、その寸前、騎士の咽を一条の銀光が貫く。 

 少女達に『死』を運ぶ命令は途中で遮られ、巨獣はその場に立ち止まったまま。

 騎士は自分が声を発することができなくなったことをいぶかしみ、視線を下に向ける。

 そこには、自分の咽から生えた真っ赤な矢尻。

 『なんだこれは?』と口にしようとした騎士であったが、それを果たすことなく白眼を剥いてゆっくりと体を傾け、やがて地面へと激突。永遠にその活動を停止した。

 何が起こったのかわからず、その場で固まり続ける少女達。

 自分達を奪おうとした主要人物がこの場から永遠に退場したことは見ればわかる。

 確かに、隙あれば彼らに襲いかかりこの場を切り抜けようとは思っていた。しかし、これをやったのは自分たちではない。その証拠に、騎士の命を奪った弓矢は彼女達がいる場所の反対から飛んできたのだから。

 そう、弓矢は騎士達の後方から飛んできたのだ。

 状況はよくわかっていないながらも、少女達は騎士達の後方へとのろのろと視線を向ける。

 彼女達の拠点、城砦都市『嶺斬泊』から遠く離れた場所、北の霊峰のすぐ麓にある深い森の中にある龍族の訓練所。

 森に囲まれた場所の中でぽつんと拓けた運動場のような訓練所のすぐ後ろにはやはり森しかない。

 『人』の目では到底見通せないほど深い闇。

 呆然とそこを見つめる少女達につられるように、騎士達ものろのろとそちらへと視線を向ける。

 しかし、少女達同様、そこに何かを見つけることはできない。その目に映るのはやはり深い闇だけ。

 しばし、流れる不気味な沈黙。だが、それはすぐに破られることになる。

 何者かがその闇の中から飛び出してきたからだ。

 騎士達は一斉に戦闘態勢をとって飛び出してきた何かを迎え討とうとする。

 だが、その飛び出してきたものが自分達の同僚であることを認識すると、彼らは構えと緊張を一瞬といてこちらに向かって必死の形相で走ってくる同僚を注視する。


「なんだ、貴様か」


「脅かすな」


「どうした、何かあったのか?」


 見知った顔が必死の形相でこちらに向かってくる様がおかしくて、つい冗談を口するような調子で尋ねかけた騎士であったが、それに対して同僚が口にしたのは到底冗談では済ませられない報告であった。


「く、『屑竜(くずりゅう)』の襲撃だあぁぁぁっ!!」


「な、なにぃっ!?」


 その言葉を待っていたかのように、次々と闇の中から漆黒の鎧に身を固めた戦士達が飛び出してくる。

 そして、信じられないようなスピードで騎士達に肉薄してくると次々とその手にした凶器を振るい始めるのだった。



屑竜(くずりゅう)



 読んで字のごとく、クズ同然の竜という意味である。

 と、言っても彼らは『龍』族の中の一氏族というわけではない。

 『屑竜(くずりゅう)』とは、中級以上の地位にある他の『龍』族の者達の手によって、なんらかの理由で本来の地位を剥奪された者達の総称。

 理由は実にさまざまではあるものの、その内容のほとんどは一方的で理不尽なものばかり。

 生まれつき何らかの障害を持つ者は、優れた龍族に能力的に劣る者は必要ないという理由で。

 あるいは一定以上の財産を持たぬ者や、社会的地位にない者達は、高貴な龍族に下賤の者は似合わないという理由で。

 そして、またあるいは貴族、王族の不興を買ってしまった者達は、神をも恐れぬ不埒者であるという理由から。

 そんな風に『クズ』の汚名を着せられた彼らは、強制的に龍族の奴隷として扱われることになる。

 本来、北方諸都市のほぼ全てで『人』を『奴隷』として扱うことを禁止とする条令が定められている。

 だが、城砦都市『嶺斬泊』で圧倒的な権力を保持する龍族は、己が管理している都市内の領土を治外法権地域とし、その中に閉じ込めた同族達を公然と奴隷扱いしているのであった。

 現在、世界は、『害獣』という恐るべき天敵にあらゆる場所を席捲され、いつ力づくで滅ぼされてもおかしくない状況。

 階級の上も下もなくお互い助け合って生きていかなくてはならない危機的状況にあるにも関わらず、龍族の上位者達は、未だに旧態然とした封建制にこだわり、愚かな行為を繰り返していた。

 だが、それもついに終わりのときがやってくる。

 今から十年ほど前、突如として大部分の奴隷階級の者達と一部の下級種族の者達が龍の上位種族達に反旗を翻し、龍の一族が支配する治外法権地域から脱走。

 龍の私兵部隊との激しい戦闘の果てに、ついに都市外へと脱出、まんまと逃げおおせることに成功する。

 この一大不祥事は大々的にニュースとして取り上げられ、都市内だけでなく、北方諸都市、果ては近郊の南部諸都市にまで伝えられてしまうことになった。

 顔面に泥どころの話ではない、龍の一族にとって汚物を塗りたくられたような結果となってしまったこの騒動に龍の王家と一部の貴族達は大激怒。

 ただちに討伐隊が組まれることとなったが、しかし。

 彼らが逃げ出したのは、『異界の力』を持つ者にとって絶対避けなくてはならない禁忌の土地『外区』。

 『異界の力』を強く持つものばかりで構成された彼らの私兵を出撃させるには、『異界の力』を誤魔化す結界装置を欠かすことはできず、そのためには莫大な資金がかかってしまう。

 どれだけ金がかかっても反乱者達を討伐すべきと主張する強硬派と、どうせ過酷な環境にある『外区』では長く生きては行けまい、放っておけばよいとする穏健派の間で激しい論争が繰り広げられた。

 一族真っ二つに分かれ、一週間近くにもわたって議論が続けられたが、結局、穏健派の意見が通り、反乱分子達は放置されることとなる。

 やはり、討伐に必要となる軍資金の金額があまりにも多すぎるということと、龍族がいまだに続けている奴隷制度に対する世間からの批判があまりにも大きいことが決定的となった。

 反乱分子達が、すぐに何かを仕掛けて来る気配もなく、とりあえずそのまま静観することに。

 そうしてその後、しばらくの間は何事が起こるということもなく、静かに時間だけが過ぎて行った。

 一年がすぎ、二年が過ぎ、そして、あっというまに八年が過ぎ、『人』々の記憶からこの大事件が消え去ろうとしていた。

 そんなとき。


 突如として、彼らはその姿を現したのだった。


 全員真っ黒な戦闘服に身を包み完全武装した彼らは、龍族が経営している、あるいはその息がかかった武装交易旅団に次々と襲撃を敢行。

 見事な手際で撃破を続け、現在、龍族にとんでもない被害を与え続けている。

 

 今回の作戦にあたり、一応、彼らが襲撃してくる可能性も考えられて騎士団にその対応策が授けられてはいたのだが、まさか、こんな『外区』の奥地まで出没したりしないだろうと、団員の誰もそのことについて真剣に考えていなかったのが仇となった。

 それというのも、これまで彼らが目撃されているのが、街道付近ばかりだったからなのだが。


「お、応戦しろ!!」


 リーダーらしい騎士が慌てて指示を出すが、そのときには既に十人近くの騎士達が黒の戦士達の手にかかって絶命。最初の一撃を逃れることができた騎士はなんとか武器を構えて応戦し始めたのだが、二合以上渡り合うこともできないままに次々と葬られていく。


「ば、バカな、出来そこないのクズどもにどうしていいようにやられているのだ!?」


 既に騎士達は最初の混乱から脱し、組織だって迎撃を開始している。冷静に観察してみると襲撃してきた黒装束の一団の人数は二十人前後。対する騎士団の人数は百人を優に超えている。負ける要素などどこにもない、騎士団のほうが圧倒的に優位。


 ・・のはずなのだが。


 そういう状況にあるにも関わらず戦況は全く変わる気配を見せない。

 奇襲の一撃からずっと、黒装束の一団の優位のまま戦況は続いたままいまだ好転する様子が見えてこず、一人、また一人と、騎士達は冷たい骸となって地面へと倒れて行く。

 数的にも地理的にも迎え撃つ騎士団のほうが圧倒的優位にあるにも関わらず、誰がどうみても戦況は明らかに劣勢。


「マズイ、このままでは」


 額にびっしょりと汗をかきながら次第に戦力を減らしていく自軍の様子を見つめ続けるリーダー格の男。

 既に騎士達の三分の一以上戦闘不能になってしまっている。

 不利な戦局を打開する有効な手を思い浮かべることができないままにズルズルとここまで来てしまった。

 しかし、ようやくリーダー格の男は、自分達にまだ切り札が残っていることを思いだした。


「そ、そうだ、我々にはまだ『レイザーバック』がいるではないか!!」


 騎士達の横には山のような体の巨獣の姿。

 指示する役割の騎士が最初に倒されてしまった為、命令が中途半端な状態で放置され、未だ何の行動も起こしてはいない。

 

「誰か!? 『レイザーバック』を戦いに参加させるように指示を出せ!!」


 倒された騎士以外にもこの巨獣を操る能力を持った騎士が、団の中にまだ何人か存在している。

 リーダーはその騎士達に聞こえるように大声で呼びかける。

 すると、すぐにその呼びかけに応じる声がリーダーの耳に飛び込んでくる。


「わかりましたわ!! 参加させればいいんですのね?」


「そうだ、今すぐ突入させろ!!」


 返ってきたのが聞いたことのないそれもかなり若い女性の声だったのが気になったが、最近配属された新人のものだろうと大して気にしなかったリーダー格の騎士。

 巨獣を戦線に投入するように、声のしたほうに指示を出す。


「了解ですわ!! さあ、大きな象さん、私達の敵を蹴散らすのですよ!!」


『パオーーーーーッ!!』


「さあ、行けっ!! 行ってあのクズどもを残らずぺしゃんこにしてやるのだ!!」


 森中に響きわたるような雄々しい咆哮をあげながら、巨獣は地響きを立てて突進を開始。

 『敵』が一番密集しているところに突っ込むと、大きな牙と鼻を存分に振り回しながら暴れ始めた。

 当たるを幸いに存分に敵を薙ぎ払い、その大きな足で容赦なく踏みつぶす。

 疲れて動きが鈍くなった敵にトドメの一撃を食らわせるためにと後方に配置されていた無傷の部隊が見るも無残に瓦解していく。

 突然現れた『死』の象徴に、怯え逃げ惑う『敵』。


「うわわわ、くるな、くるなぁっ!!」


「な、なんでこっちに、ぶぎゃっ」


「よせ、俺達は味かだぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 巨獣の周囲で次々とあがる無惨な断末魔の声。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を少し離れたところから呆然と見詰めていたリーダーであったが、やがてはっと我に返ると慌てたように悲鳴交じりの制止の声を上げる。


「ば、バカ者っ!! それは敵じゃない!! 味方だ!! やめろっ、やめさせるんだっ!!」


 自分達の切り札が自分達自身を攻撃しているという悪夢の様な事態に騎士達は大混乱。

 リーダー格の騎士は、すぐにでも巨獣に攻撃をやめるように必死に制止の声を出し続けるが、巨獣は一向にその攻撃をやめようとはしない。

 それどころかますますその動きを激しくし、騎士達を蹂躙していく。


「よせよせよせっ、よさんかっ!! 『レイザーバック』に指示を出している奴、早く、あいつを止めさせろっ!! 同志討ちをさせてどうする」


「あら、同志討ちじゃありませんことよ」


「なななななにっ!? いったいどういうことだ?」


「だって、私の『敵』を攻撃させているんですから同志討ちじゃないって言ったのですわ」


 驚愕するリーダーの耳に、先程の若い女性の声。

 乱戦で怒号が飛び交う中、何故かその声は彼の耳にはっきりと聞こえてくる。


「ちなみに私の『敵』の名前は『うん○騎士団』というんですのよ」


「ひ、姫様。それちゃうから『う○こ』やのうて『雲龍』やから」


「え? 『○んち騎士団』?」


「いや、だから、絶対わざと言うてるやろ、姫様」


「姫様、その冗談ちょっと品がないですわ」


「いいのよ。どうせ、品のない連中が揃っている集団ですもの。『うん○騎士団』で十分ですわ」


「まあ、そうですけどね」


 コロコロと若い女性、というよりも少女達の笑い声が戦場に響き渡る。

 涼やかで健康的な笑い声だが、その内容はどう聞いても誰が聞いても嘲笑以外の何物でもない。


「き、ききき貴様らいったいどこからしゃべっている?」


 激昂し手にした剣を振り回しながら声の主を探して周囲のあちこちに視線を向けるリーダー格の騎士。

 すると、そんな騎士を誘うかのようにある方向から再び声が聞こえてくる。

 体ごと反転しそちらに視線を向けるリーダー格の騎士。

 するとその目にとんでもない光景が飛び込んでくる。


「は~い、こっちこっち。ここですわ」


「こっちだと? って、な、なにぃっ!?」


 巨獣『レイザーバック』の頭の後ろ、首のあたりに『雲』と『雨』という東方文字の書かれた仮面をかぶった二つの人影。

 そして、その二つの人影の前、ちょうど巨獣頭の上でぴょんぴょんかわいらしく飛び跳ねて踊りまくっている小さな小動物。

 それはリスのような姿に腹のあたりに大きな皮膜を持っていた。


「む、むささび?」


「モモンガですわ!!」


「どっちでもええやん」


「よくないですのっ!!」


 むささびと間違われたことがよっぽど腹が立ったのか、巨獣の頭の上でぴょんぴょん跳ねまわりながら怒り狂うモモンガ。外見が外見だけに怒った姿もかなりかわいらしく、彼女を見ているだけで心が和む光景なのであるが、しかし、その周囲にいる者達にとってはそんな彼女を見とれている場合ではない。

 怒り狂うモモンガの動きに合わせて、同じように巨獣もまた暴れまわるのである。

 離れたところからその様子を呆然と見詰めていた騎士達は、ようやく事の真相に気がついた。


「あ、あのネズミみたいなのが『レイザーバック』を操っているのか!?」


「ネズミじゃありません、モモンガですわ!!」


「だから、どっちでもええやん」


「どうでもいいですけど、ほんと姫様って地獄耳ですよね」


「大きなお世話です!!」



 仮面の人影達の呆れたようなツッコミに、モモンガが激昂してバンバンと足踏みをすると巨獣もまた足踏みをする。

 間違いなかった。信じられないことに、山のような巨獣をあの小さなモモンガが操っているのである。

 あまりにもあまりな事態に再び呆然としてしまうリーダー格の騎士と、そして、その周囲にあってその真相を知った他の騎士達。


「『Z-Air I(ゼッター アイン)』が整備中だから、今日は活躍できないと思っていたのですけど、都合良くこんないい代替えが見つかってほんとよかったですわ」


「話には聞いておったけど、姫様の精神感応能力ほんまに半端やないな」


「まあ、無機物や、自我がほとんどないスライムみたいな生物、あるいは自我を押しつぶされて消されてしまった生き物なんかに限りますけどね。普通の『人』の精神を操るなんてとてもとてもできないからご安心なさい」


 どこか悲しそうにそう呟いたモモンガは、自分の足元の巨獣の大きな頭を、その小さな手で優しく撫ぜる。


「これが終わったらこの子の自我を取り戻せないか連夜に相談してみますわ。このままじゃあまりにもかわいそうですものね」


「そうですね。この『レイザーバック』もまた、私達と一緒で被害者なんでしょうね」


「そういうことですわ。と、いうことで加害者の方々には存分に我々が受けてきた痛みを味わっていただきましょう」


 巨獣が咆哮をあげ、再び蹂躙がはじまる。

 その巨獣から少し離れたところでは黒装束の戦士達が負けじと暴れまわっており、このままではあと数分も経たないうちに騎士団は壊滅するであろう。

 ほんの十分ほど前までは絶対的優位な立場にあったはず自分達が、絶望の奈落へと落ちようとしている。まだ命のある騎士達の心に大きな闇がのしかかってくる。そこに希望の光はない。獲物を追い詰めていたはずの自分達が、何故か追い詰められている。

 逃げなければと思い周囲を見渡すが、どこにも逃げ場はない。

 逃げるためには黒装束の殺戮集団の中を突破するか、それとも巨獣の横をすり抜けるしかない。


「どっちも無理だ」


「いやだ、死にたくない」


「わ、我々は選ばれた民で種族だぞ、そんな我々がこんなところで死んでたまるか!!」


 まだ戦闘に参加していない騎士達は、なんとか自分だけでも逃げられないかとその場で無様に右往左往。しかし、状況が見えてくれば見えてくるほど自分達が置かれた状況が最悪であることを思い知らされるばかり。

 絶望に肩を落とし、ほとんどの騎士達が絶望にその身を沈めて行く。

 だが、そんな中、一人の騎士の視線の先にあるものが映る。


「そ、そうだ、まだその手があるじゃないか」


 醜い何かを宿した瞳が見つめるその先には、三人の少女の姿。

 先程までに比べれば明らかに事態は好転しているのがわかるが、しかし、このままで黙って見ているだけでいいのかどうか、自分達もこのドサクサに紛れて逃げるべきか、判断がつきかねた彼女達は、自分達が行動を起こすベストのタイミングを見計らってここに留まっていたのである。

 騎士達は襲撃者の対応で自分達には注意を向けることはもうないと思っていたのであるが。


「こ、こいつらを人質にとろう」


「そ、そうか、その手があったか」


「こんな絶妙のタイミングでやつらが助けに現れるってことは、こいつらもまた奴らの仲間だという証拠だからな」


「くそっ、若様を辱めただけでなく、クズ共とも通じていたとは。どこまで腐った売女どもだ」


 再び勝手なことを言い出した騎士達に、『私達は全く関係ない』と盛大に喚き散らしたいところであったが、そんなことをしても事態が好転することはないとわかっていたので、とりあえず口をつぐむ少女達。

 しかし、状況はまたもや大ピンチ。

 黒装束の戦士達や巨獣に大半が蹴散らされているとはいえ、まだ無傷の兵士が二十人近く残っている。

 先程に比べればかなりマシになった状況であるとはいえ、以前としてか弱い少女三人で相手をするにはあまりにも数が多い。

 しかも残っている連中は、剣児に比べればかなり格下であるとはいえ、そこそこ腕が立つと思われる者ばかり。

 フレイヤ達も接近戦ができないわけではないが、実力を発揮できる距離はある程度離れた中距離線から遠距離線。既に彼らに距離を詰められているこの状態では、思うように動くこともままならない。


「せめて、もう少し距離が離れた状態で戦端を開くことができたのなら、もうちょっとやりようがあったんだけど」


 ジリジリと距離を縮め包囲網を狭めてくる騎士達の姿を苦々しく睨みつけるフレイヤ。彼女を守るよう両側に立ち、狙撃用の大型『銃』を構えたジャンヌと二本のショートソードを両手に構えたメイリンが威嚇するように騎士達に向けるが、追い詰められた騎士達は狂犬のようなギラギラした目で彼女達を見つめながらどんどんと迫ってくる。

 そして、いよいよその距離がお互いにとっての必殺の間合いへまで狭まろうとしたそのとき、張りつめていた空気が一気に爆発の時を迎える。


「おさえつけろっ!!」


「一人だけ生きていればあとは殺しても構わん!!」


「おおうっ!!」


「ジャンヌ、メイリン!!」


「きゃああっ、こっちくるなぁっ!!」


「あっちへ行ってぇっ!!」


 怒号と共に一斉に襲いかかっていく騎士達、そして、悲鳴をあげながら最後の抵抗をしようと手にした武器を闇雲に振り回す少女達。

 いよいよ、自分達の命運もここまでかと少女達が涙交じりに覚悟を決めたそのとき。

 一陣の突風が彼女達と騎士達の間を吹き抜ける。

 凄まじい烈風。

 身体ごと吹き飛ばされそうになるが、その場にしゃがみこんでなんとかやり過ごそうとする少女達。

 まさに、そのとき。

 彼女達の体を拘束しようとしていた騎士達の気配が彼女達の周囲から消える。


「ぐ、ぐぎゃあああああっ!!」


「え?」


 一瞬遅れて彼女達の耳に聞こえてくる騎士達の悲鳴。

 そして、何かが地面の上を派手な音を立てて転がっていくいくつもの音。

 少女達の視界は突然舞い上がった砂埃で遮られ、いったい何が起こっているのか確認することはできない。


「ごほごほごほっ、何? 何? なんなの?」


「ぐほっ、フレイヤさん、ジャンヌさん、無事ですか?」


「けほけほ、私は無事ですわ」


「ぺっぺっ、砂が口に。あ、あたしも大丈夫だよ、メイリン。あんたは大丈夫なのかい?」


「わ、私も大丈夫です。でも、凄い砂埃ですぐ目の前もわからなくて、ごほ、げほっ」


 砂埃の中を両手で泳ぐように探りながら声を出し合い、なんとかお互いの位置を確認できた少女達。

 ときおり聞こえてくる何かの肉をうつような音や騎士達の悲鳴にお互いの体を寄せ合って身を竦ませながら、じっとその場で砂埃が収まるのを待ち続ける。


 やがて、砂埃がすっかり消えうせたそのとき、彼女達を拘束しようと躍りかかってきた騎士達が足元に転がって動かなくなっている姿が。

 そして、その倒れ伏す騎士達の中心のは一つの大きな人影。

 その出で立ちは明らかに周囲で呆然としている騎士達とは違う。

 どちらかといえば、彼女達のいる場所から少し離れた場所で戦っている黒装束の戦士達とよく似ている。

 夜の闇を塗り固めたような漆黒のバトルスーツ。

 漆黒の指抜きの籠手、ブーツ、ベルト。

 そして、全身黒の衣装と対照的に首に巻きつけられ風にたなびく長い純白のマフラー。

 少女達を後ろに庇うようにして立つその人影は、周囲に展開する騎士達を厳しい眼差しで睨みつける。

 その場にいる者達はみな、それぞれの思いから呆気にとられて仁王立ちする人影を見つめ続ける。

 何故ならその人影は、この場にいる誰もが知っている人物であったから。

 騎士達も、そして、少女達も。


「うそ」


「なんで」


「まさか」


 広く大きな背中を見せた状態で仁王立ちするその人影に、少女達は驚愕を表情に張り付かせたまま呻くようにそれぞれ違う驚きの言葉を口にした後、まるで測ったかのようにたった一


人の人物の名前を口にした。


「「「剣児?」」」




 真・こことはちがうどこかの日常


 過去(高校生編)


 第十四話 『蛸竜の黄泉越え』


 

  CAST


 K


 龍の一族の中で『屑竜』と呼ばれる奴隷階級の者達によって構成された反乱組織『九頭竜(クトゥルー)』の最強の戦士。

 角を持たない龍族の少年。十七歳。

 ある事情により、人間族に伝わる勇者の力を手に入れた彼は、特権階級の者達によって虐げられ続ける仲間達を救う為今日もその拳を振るう。

 無口で無愛想、いつも仏頂面であるが、その心は優しく正義感にあふれている。

 盟友連夜の求めに応じ、彼を助けるために彼のもとに馳せ参じる。



「我は宿難 連夜の剣なり!!」



 ロスタム・オースティン


 城砦都市(じょうさいとし)嶺斬泊(りょうざんぱく)』に住む、高校二年生。

 連夜の真友で、恋人玉藻とはまた違う強い絆で結ばれている。

 中学時代から連夜と共に荒々しい喧嘩道を駆け抜けてきた人物で、非常に義侠心に厚く頼れる人物。

 上級聖魔族の奴隷として生み出されたバグベア族の少年で、幼い頃に両親を亡くし、今は天涯孤独の身。

 連夜と彼の両親の援助を受けながら、一人暮らしをしている。


「待て待て待て。今は喧嘩はよせ」



 (ハン) 世良(セラ)


 ヘテ族(麒麟種の派生種族の一つ)の少女、高校二年生。

 ロムが在籍している二ーDのクラス委員長。

 世話好きな性格で、クラスから何かと爪弾きにされるロムをかばい、いろいろと便宜を図る。

 自身が引き起こしてしまった大失敗をなんとかすべく、連夜、ロムの力を借りて危険な『外区』にあるという高級果実の採取に向かうのだが。



「K様。素敵」



 (ルー) 緋星(フェイシン)


 連夜の幼馴染にしてクラスメイト。朱雀族。男性。十七歳。

 ずっと連夜のことをライバル剣児の腰巾着と思い軽蔑していたが、その正体を知って態度を一変。

 以来学校にいる間はずっと連夜の側にあり、不良達の理不尽な暴力から彼を守っている。

 連夜が戦友と呼ぶクリス、真友と呼ぶロスタムと邂逅を果たし、強い絆で結ばれつつある。


「いくらなんでも省略し過ぎだろうが!!」



 クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド


 連夜の戦友で、同じ師匠の元で修行する兄弟弟子。深緑森妖精(ウッドエルフ)族。男性。十七歳。

 幼き頃に里を『貴族』クラスの『害獣』に襲撃されて滅ぼされてしまい、路頭に迷っていたところを狼獣人族の夫婦に拾われて育てられる。

 自分の里を滅ぼした『貴族』クラスの『害獣』に深い憎悪の念を抱き復讐の為に旅を続けていたが、その途中で出会った連夜の助力によって見事宿願を果たし、今は普通の高校生として恋人のアルテミスと共に平和に暮らしている。

 今回、恩人連夜の頼みを聞き入れて再び戦場に立つ。


「だ、誰だ。俺のぷりち~な頭を叩く奴は!?」



 アルテミス・ヨルムンガルド


 クリスの最愛の恋人で事実上の妻。狼型獣人(フェンリル)族。女性。十七歳。

 狼獣人族の少女で、ほとんど見た目は直立した狼なのだが、獣人の美的感覚からすると姫子や玉藻に匹敵する超美少女。

 普段は武人口調で、固いもののしゃべり方をしているが、クリスに甘えるときは乙女モードに切り替わり、歳相応の女の子に変わる。

 再び戦場に赴くことを決めたクリスと共に、連夜の元へとやってくる。


「クリスの命は私が守る!!」



 タスク・セイバーファング


 連夜の兄、大治郎が所属している傭兵旅団『暁の咆哮』の元メンバーで、養蜂家の中年男性。

 『守の熊(もりのくま)』と呼ばれる熊型獣人族で普段は灰色熊の姿でうろうろしている。

 職人気質で頑固一徹。気性は荒くて口調は厳しいがあるが、根は優しい性格で愛妻家。

 自分の教え子であり、恩人の息子でもある連夜の頼みを聞いて今回の『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』獲得作戦に参戦する。


「別にそれは将来的にじゃなくてもいいんじゃないか。今、やってみろよ。学校に通いながらの片手間でいいさ」



 バステト・セイバーファング


 タスクの妻で、高名な料理研究家である黒豹獣人族の女性。

 タスクと共に傭兵旅団『暁の咆哮』に所属していたが、タスクが養蜂家の道に進むことを決心して退団するときに一緒に引退。

 そのままタスクと強引に結婚し今に至る。酒好きでバクチ好きなタスクの手綱を引き締めて緩ませないしっかり者。結構尻に敷きまくっているが、夫のことを心から愛している。

 今回夫共に連夜を助けるために参戦する。


「うちに働きにきなさいよ。ね」



宿難(すくな) 連夜(れんや)


 城砦都市(じょうさいとし)嶺斬泊(りょうざんぱく)』に住む、高校二年生。

 十七歳の人間族の少年。

 この物語の主人公で、如月 玉藻の恋人。

 自分の命よりも恋人が大事という、玉藻至上主義者。

 今回は恋人玉藻、真友ロム達と共に、危険な『外区』での冒険へ飛び出していく。


「すいません、一応この物語の主人公なんですが」



 如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)


 城砦都市『嶺斬泊』に住む、大学二年生。二十歳。

 上級種族の一つである霊狐族の女性。金髪金眼で、素晴らしいナイスバディを誇るスーパー美女。

 この物語のヒロインであると同時にヒーローでもある。

 長い長い悠久の時の果て、ついに運命の人を見つけ出す。

 運命の伴侶連夜を守るため、今日も玉藻は戦い続ける。



「えっと。私、一応この物語のヒロインなんですが」


 











「バカな、こんなところに王子がいらっしゃるなど」


 自分達を敵意に満ちた目で睨みつける黒装束の歳若い戦士の姿に、一人の騎士が動揺した声をあげ何人かの騎士は慌てて武器を下ろそうとする。

 だが、あることに気がついたリーダー格の騎士が、そんな仲間達を叱咤する。


「騙されるな、バカ者ども!! 若様がこんなところにいらっしゃるものか!! 偽物だとわからんのか」


「し、しかし隊長、こちらにいらっしゃる方はどうみても」


「頭をよく見てみろ!!」


「え? ああっ!!」


 隊長と呼ばれた男の言葉に、戦士の頭に視線を向けた騎士達は、そこにあるべきものがないことに気がついて驚愕の声をあげる。

 そこには上流階級の龍族には必ずあるはずのものが存在していなかった。


「角が、ない」


 そう、黒装束の戦士の頭には角がなかった。

 彼らがよく知る人物の姿によく似た姿。

 しかし、この目の前の人物には龍族にとって最も重要な部分が欠けている。

 他の種族の者にとっては爪や歯と大して変わらないものかもしれないが、龍族にとって角は生まれながらの階級を示す最重要な部位だ、

 それを持たない上流階級の龍族など、ましてや王族でそんな者が存在しているわけがない。

 勿論、彼らの主たる王子にはちゃんと二本の立派な角が存在している。

 だが、目の前の人影にはそれがない。

 そこから導き出される結論は一つしかない。

 騎士達は再び手にした武器をこの乱入者に向けて構い直した。


「クズどもの考えそうなことだ。どこから連れてきたか知らんが、王子に似た者を連れてくれば我々が動揺すると思ったのであろう。だが、残念。肝心のところが誤魔化せていなかったな」


 正体を見破ったと言わんばかりに得意気に嘲笑する騎士達のリーダーらしき男。

 そんな騎士達のやり取りを聞いていた少女達は、どこかがっかりしたような、それでいて自嘲気味な笑みを浮かべて互いに顔を見合わせる。


「そうよね。今更剣児が助けに来たりしないよな」


「と、いうか、剣児くんとシルエットこそ似てるけど」


「そうね、よく見ると全然違う。剣児くんと違ってこの人全体的に凄く大きい」


 そう彼女達がよく知る少年は、百八十ゼンチメトル近くの長身であるが、全体的に細身。

 対してこの人物は、明らかに身長ニメトル近くある。測ったわけではなくあくまでも目測であるが、それでも百九十を下ることはないだろう。

 そればかりではない。

 首が太い。

 肩幅が広い。

 背中がでかい。

 腕も足も丸太のように太い。

 均整がとれた絶妙な体型をしているため、遠くに見えているのかとしばらく錯覚していたが、そうではない。

 よく似た黒髪、よく似た黒目、そして、よく似た顔。

 だが、その雰囲気が全く違う。

 鋼鉄の意志に真っ直ぐな信念。

 そういった何かが全身からオーラとなって立ち上っている。

 そして、何よりも彼女達の知る少年とはっきり違うのは、彼が明確に彼女達の身を守ろうとしてくれていることだ。

 彼女達が知る少年剣児は、確かに彼女達に好意を示してくれていたし、他の女の子達とははっきり違うと特別扱いしてくれていた。

 だが、どこか自分のことは自分でなんとかしろというスタンスで、結構危険な場面に直面しても助けてはくれることは滅多になく、ほとんどの場合、窮地を救ってくれるのはこの場にいる他の少女達。

 それでも、それは自分達に早く一人前になってほしいという気持ちから出たものだと思っていたのだが、こうしてあっさりと切り捨てられた今となってはそれも疑わしい。

 ともかく、彼女達の知る少年剣児であれば、こんな風に守ってくれたりはしなかったということだ。

 信じ愛し尽くしてきた少年には切り捨てられた。

 だが、その少年によく似た少年に、今度は守られようとしている。

 あまりにも急激に変化する周囲の状況に、なんとも複雑な想いを抱く少女達。

 そんな少女達の複雑な心中を知ってか知らずか、彼女達が良く知る少年によく似た戦士が、やはりよく聞き覚えのある声をひそめ、囁くように彼女達に口を開く。


「離れていろ」


「え?」


「できるだけでいい」


 突然話かけられたことで咄嗟にどう返事を返せばいいのかわからず硬直するジャンヌとメイリン。

 だが、まだ相手が本当に自分が良く知る人物と別人なのか確信が持てないフレイヤだけは違った。

 自分達からゆっくりと離れるように、騎士達に向けて歩き出した人物の背中へと走る。


「待って。ほんとにあなたは剣児くんじゃないの!?」


 どこかでまだ愛した少年を信じたい気持から飛び出た言葉。

 頭ではわかっているのだ。やはり、目の前の人物が別人であることを。だけど、諦めきれず、その未練を断ち切ることができず、裏切りを信じられず、既に答えのわかっている無意味な質問を口にする。

 だが、そんなフレイヤの心の葛藤とは裏腹に、人影はすぐに反応して振り向いた。

 鬼の様な形相で。

 それは彼女が知る少年が決して見せたことのない表情。

 フレイヤが全く知らない顔。

 そして、その顔の中の怒りに震える二つの目が彼女を射抜く。

 凍りついて動きを止める彼女の眼前に、ノーモーションで繰り出される巨大な拳が迫る。


 死ぬ。


 私はここで死ぬ。


 フレイヤは、それでもいいと思った。


 フレイヤなりに真剣に恋をし愛した。

 その想いを捧げた『人』に裏切られ捨てられた惨めな自分が、これ以上生きながらえることになんの意味があるだろう。

 目の前にいるのが本人か別人か結局確認することができなかったが、死んでしまえば同じことだ。


 死そのものを受け入れるかのように両手を広げるフレイヤ。

 そんなフレイヤに死を運ぶ拳が迫る。

 

「「フレイヤ!!」」


 絶体絶命のフレイヤの姿に悲痛な絶叫を放つジャンヌとメイリン。

 迫る拳を映しながらも臆することなく目を瞑ることなくじっと見つめるフレイヤの瞳から一筋の涙が落ち、風に乗って流れて行く。

 誰に向けてのものなのか、小さく動かされた彼女の唇は確かに『さよなら』と呟いていた。


 身体ごとぶつかってくるように拳を突き出してくる戦士の大きな体の中に吸い込まれていくフレイヤの小さな体。 


「ウオオオオッ!!」


 獣のような咆哮と共に大砲から撃ち出された弾丸のような拳は一つの命を奪い、そして、一つの命を守る。


「ぎゃあああっ!!」


 断末魔の叫びをあげながら、木の葉のように宙を舞う襲撃者の姿がフレイヤの瞳に映る。

 状況がよくわからないフレイヤは、重力に引かれるままに無惨に地面に激突し転がって行く襲撃者を不思議そうにぼんやりと見つめ続ける。


「あれ? なんで私じゃなくてあの人が転がっていらっしゃるのかしら?」


 自分でもトンチンカンなことを言ってるなぁと思いつつ不思議そうに呟いたフレイヤは、そのときになってようやく自分が誰かに抱きついていることに、そして同時に誰かに抱きかかえられていることに気がついた。

 恐る恐るそれが誰なのか確認してみたフレイヤ。言うまでもなく、自分が抱きつき、そして、自分の体を抱きかかえてくれているのは巨漢の少年だった。

 一気に心の中に噴き出して溢れかえる羞恥心の嵐。みるみる顔が真っ赤になっていくのを自覚して、慌てて少年から眼をそらすように首を横に向けてみる。するとそこには、いつの間にかガスマスクにぼろぼろのマント姿という奇妙な姿の怪人の姿が。どうやらその怪人は呆れ果てたという様子でフレイヤのことを見つめている様子。


「こいつが『離れていろ』と言っていたの、聞こえませんでした?」


「ふぇっ? えっ、えええっ?」


「今みたいにどこから不意打ちしてくるからわからんから、離れていたほうがいいという意味で言っていたんだと思うんだけど。そうだよね?」


 ガスマスク姿の怪人が、横に立つ巨漢に尋ねると、巨漢はフレイヤを抱きかかえたまま困ったように頷きを返す。


「あ、ああああの、あの」


「聞こえていたと思っていたのだが」


「す、すすす、すいませんすいません!!」


 ゆでダコのように顔面を真っ赤にしながらしきりに謝るフレイヤの姿を、しばし口をへの字にして見つめていた少年だったが、大きな溜息を一つ吐き出してゆっくりと彼女の体を下におろす。

 そして、相変わらずの仏頂面で彼女の肩をそっと押してジャンヌ達のいるほうに行くようにと促す。


「すぐに終わらせるから、少しだけ待っててくれ」


「あ、あのあの、はいっ!!」


 ぶっきらぼうな口調、そして、やはり不機嫌そうな仏頂面。

 だが、その視線、その口調の中に、彼女が知る少年からは全く感じたことのない温かさを感じたフレイヤ。

 いつまでたってもおさまらない激しい胸の動機に苦労しながらも、なんとか二人の少女達の元へと走っていく。

 だが、途中であることに気がついたフレイヤはその場に立ち止まり少年のほうに振り返った。


「あ、あの」


「?」


「お名前を教えていただけませんか?」


 取り囲む騎士達は殺気立ち、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況にこんなこと聞くのはどうかしていると思ったフレイヤであったが、どうしても今聞いておきたかった。

 何故だかわからないが、全て終わったあとだと、もう聞くことができないような気がしたからだ。

 だからといって、今答えてくれるという確証もないこともわかっていたが、そんなフレイヤに少年は一瞬だけ苦笑を浮かべてみせたあと、短くその答えを口にした。


「K」


「ケイ・・様ですか?」


「様はいらん」


 そう言った後、少年は再びフレイヤに背を向けた。

 後ろを向く寸前、少年がどこか照れたような表情を浮かべたような気がしたが、結局それをフレイヤは確認することができなかった。


 その後、すぐ少年めがけて騎士達が躍りかかってきたことで、本当に唐突に最後の戦いが始まってしまったから。


「やれやれ。さて。いくよ、K。『人』をモノ扱いする外道どもを大掃除しないとね」


「了解」


 隣を走るガスマスク姿の怪人の言葉に巨漢は深く頷きを返す。大切な人を奪われたその痛み苦しみ悲しみは、彼が一番よく知っている。だからこそ彼は走る。だからこそ彼は拳を握る。そして、だからこそ彼は戦うのだ。その命をかけて。


「K、Z-Air(ゼッター)システムを起動する。行ってくれ。みんなの命を守る為に!!」


 自分よりもはるかに大きな背中にガスマスクの怪人がその小さな掌を押し当てる。そして、空気を清浄化する突起状の口から洩れ出でる力ある言葉と共に、何かが巨漢の体の中に入っていき、その何かは巨漢の胸に閉じ込めた大きな大きな力を解き放つカギとなる。


「うおおおっ!!」


 大地を揺るがし、大気を震わし、咆哮と共に巨漢の体が加速する。

 絶句する騎士達の眼前に瞬く間に接近した巨漢。その力が彼らの目の前で爆発し、炸裂し、そして、爆散させる。

 彼の胸で大きく輝く一つの光。それが彼の胸から肩、肩から腕、そして、その腕から拳へと流れ込み、大気を焦がして虚空を切り裂く拳が完成する。


「は、ハイパーミスリルシルバーでできたこの鎧がそうやすやすと素手で貫けるわけが・・ごふうっ!!」


 最後までセリフを言い切ることもできぬままに、一番前の龍族の騎士は、拳で胸を貫かれて絶命した。相手は武器を持っているわけではない。ただ古びた黒い籠手を一つ装備しているだけ、しかも龍族の中でも最弱といわれる角なしの能なしのクズ竜。そんな相手にエリートたる自分達の仲間が一撃で倒されるなど、絶対にあるわけがない。あるわけがないはずなのに。


「う、そだ」


 悪夢のような出来事に呆然とたたずむ龍族のエリート達。しかし、悪夢は終わらない。彼らにとっての悪夢はこれからだ。


「悪夢だ。これは悪い夢だ」


 騎士の一人が顔を奇妙に歪ませながら抑えられない恐怖を口にする。

 だが。


「違うね。今までが悪夢だったんだ。そして、それを作っていたのはおまえたちだ」


 ガスマスク姿の怪人が、騎士達にはっきりと否定の言葉を突き付ける。その言葉に振り向いた騎士達が眼にしたのは、そのひび割れたガラスレンズの奥にある眼。闇に満ちた眼。怒りと、憎しみと、悲しみが渦巻く夜の色をした暗黒の瞳。


「悪夢はこれから始まるんじゃない。終わりの時を迎えるんだ。おまえたちが作り出してきた悪夢の時間がようやくね」


「な、な、なに、なんなんだ、おまえは、いや、おまえたちは」


「そうだな、闇の中に沈む悪夢の管理人っていったところかな。昔話にそんなバケモノがいたのを知らないかな? 海底深く眠る、神にも悪魔にも牙を剥く醜悪な悪夢の絶対支配者のことを。タコの頭に、ドラゴンの体を持つバケモノのことを」


「ま、まさか、貴様ら『蛸竜(クトゥルフ)』!?」


「さぁ? どうだろう。ちょっと格好つけて言ってみたかっただけかもしれないし、本当にそうかもしれない。でも、どっちか知りたかったら」


「ふ、ふざけるなぁっ!!」


 巨漢の少年よりは明らかに組み易しとみたのか、あるいは、そのふざけた言葉使いに激昂したからか、騎士達は一斉にガスマスク姿の小柄な怪人に襲いかかる。迫る無数の刃。追い詰められた者達の狂気が闇を飲み込もうとする。

 しかし、その闇に飲み込まれたのは彼らではなかった。


「地獄で確認しなよ」


 悠然とうそぶく怪人を庇うように現れたのは、黒髪黒目の死神。

 怪人の体に刃が吸い込まれるよりも早く、巨漢の戦士は襲撃者達に地獄の片道切符を丁寧に手渡していく。その拳で、その掌底で、あるいはその手刀で。『人』を『人』とも思わぬ外道達の命と、無限に続く悪夢を絶ち切る断罪の拳。


「真・Z-Air(ゼッター)システム、リミッター解除。勅令!! 【全力行使(フルドライブ)承認(アクティブ)】。いけっ、K!!」


「人の命を弄ぶ者達よ。『(おれ)』に殴られ冥府に落ちよ!!」


 城砦都市『嶺斬泊』より遠く離れた北の果ての地で、人知れず行われたこの戦いは、後の歴史学者達の間で、ある種族の未来を決定づける重要な転機として知られることとなる。

 それは連夜達が『高香姫(プリンセス)榴蓮(アン・ドリー)』を取りにく為に集まったときよりちょうど一カ月前の出来事であった。

 

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