第十三話 『邂逅のとき』 その7
高校の入学式のとき、陸 緋星は気になる三人の男子生徒と出会った。
一人は、現在彼の最大のライバルとなっている龍乃宮 剣児。
彼に対する印象は出会った時も今も全く変わらない。
『気に食わない』
もう単純にその一言で表すことができる。
ともかく、気に入らない、気に入るはずがない。
爽やかで人懐っこい笑顔を浮かべ、誰にでも明るく優しく接するクラスの人気者。
だが、その笑顔の裏側にドス黒い何かが見え隠れしている。
他の誰かは誤魔化せても、自分は絶対誤魔化されたりはしない。
そんな思いを胸に秘め、フェイはずっと剣児と慣れ合うことはしなかった。
後に、旧友宿難 連夜と絆を復活させたときに、連夜から剣児の秘密を聞き自分の考えが間違ってなかったことを確認している。
やはり、フェイが看破した通り、剣児には恐るべき暴龍としての本性が隠されていたのだ。
連夜と絆を結び直し、その事情を聞くまで、フェイは連夜と剣児が親友同士なのだと思っていた。
それゆえに連夜もまた敵であると思いこみ、連夜が自分の大事な幼馴染の一人であることに気づくことができなかったわけだが。
・・違ったのだ。
連夜と剣児は『親友』という関係ではなかった。
少なくとも連夜はそう思ってはいない。
連夜が剣児の側にさりげなくいつもついているのは、その本性が他の者に害を及ぼさないように監視するためであり、場合によっては事前にそのフォローを行うためであるという。
しかし、何故、そんな面倒くさい手間をかけているのだろうか?
徹底的に叩き潰し、二度とふざけたことができないように『教育』してやればいいのではないのだろうか?
『まだそのときではないから』
連夜は苦笑しながらそうフェイをなだめ、そして、最後にこう付け加えた。
『でも、そのときが来たら、フェイにも手伝ってもらうことになると思う』
いずれフェイ自ら決着をつけることができる機会が来るということだ。
そのときが来たら最早遠慮はしない。
必ずぶっ潰す。
二人目は、明らかな強者。
現在各都市で名を馳せている凄腕の傭兵達とは比べれば、まだまだひよっこのフェイであるが、大学生レベルまでであればそれなりに自分は強者の部類に入ると自負しているフェイ。
だがそのフェイが、一目見ただけで自分よりも強いと感じた者がいた。
今のライバル、剣児にすら感じなかった強烈な武の匂い。
フェイと同じく、武の道を極めんとする者の匂いである。
彼を入学式で見かけたとき、激しく戦ってみたいと思った。
武術家の血が騒ぎ、どうしても手合わせしたくてたまらなかったが、流石に入学式の日に決闘騒ぎを起こすのは不味いと自重。
時期を見ることにしてその日は諦めて帰ることにしたのであるが・・。
思えばこれが運命の分かれ道であったのだ。
結論から言えば、未だにフェイは彼と戦うことができずにいる。
いや、より正確に言うならば、入学式のときの覇気に満ち溢れた万全の状態の彼に出会えなくなってしまったというべきだろうか。
そう、今の彼はあのときの彼ではない。
懸命に隠しているいるようであるが、人の生命力を見ることができる『火の鳥』の一族である朱雀族のフェイの目を誤魔化すことはできない。
彼は病んでいる。
それがどれほど重い病なのかはっきりとはわからないが、少なくとも彼の精神を蝕んでいることはまず間違いがない。
人づてに聞いた彼の性格からすれば、恐らくフェイが仕合を申し込めば、彼は受けて立ってくれるであろう。
だが、あれだけ精神を弱らせた状態の彼と戦うのはフェイの本意ではない。
フェイは万全の状態の彼と戦い、そして勝ちたいのだ。
今の状態の彼と戦えば、勝つことができるかもしれない。
しかし、その結果はフェイが望む結果ではない。
勝つことは確かに重要であるが、それだけの為に戦いたいわけでは決してないのだ。
少なくとも彼の体調が万全の状態に戻るまで戦いたくないし、彼に仕合を申し込むつもりは毛頭ない。
今はただ、彼の体調が戻るのを待ち続けていいる。
そして、三人目。
剣児のように『気に入らない』と思ったわけではない。
二人目の彼のように、自分よりも『格上』の強者というわけでもない。
その三人目の彼のことは、どちらかといえば『気にいっている』。
また、その三人目の彼は、自分よりも『格上』の強者ではないが、だからといって自分よりも『格下』というわけではない。
入学式の日に彼を見かけたとき、間違いなく強いと思った。。
そのとき強いことだけを感じたわけではない。
何かとても惹かれるものも感じた。
剣児とはある意味真逆の存在。
どちらも戦いと思う存在であるが、その理由は全く違う。
勿論、二人目の彼との理由とも違う。
心の底からわきあがってくるのは、どこか懐かしさを感じさせる感情。
彼と戦うことを考えると、遠足の前の日のようなわくわくが止まらないし、胸がドキドキする。
どう言って声を掛けようか。
どこで戦おうか。
最初の一撃はどうすべきだろうか。
拳か?
蹴りか?
それとも飛び技か?
あるいは組みついてからの投げ技や、飛びついてからの関節技なんか意表をついていいかもしれない。
考えれば考えるほど楽しくて楽しくて心が躍る。
入学式があった日の夜。
フェイの瞼の裏に浮かんだのは三人目の彼のことだった。
いや、むしろ彼のことしか考えなかった。
剣児や二人目の彼のことは、このときばかりはすっかり忘れてしまっていた。
明日、朝一番に奴に仕合を申し込もう。
そうだ、昼休みなんて待っていられない。
最初の授業なんて出席しなくてもいい、どうせこれからの授業方針をだらだらしゃべって終わりだろう。
そんなことよりも、奴と戦うことのほうが重要だ。
僕の拳を試してみたい。
全力で試してみたい。
そんな風にいつまでもいつまでも考え続けたフェイは、結局一睡もできないまま朝を迎えた。
しかし、全然眠たくはない。
むしろ今まで感じたことのない高揚感で、いつも以上に目は冴えている。
フェイは朝食もそこそこに家を飛び出し、学校に向かった。
勿論、三人目の彼に仕合を申し込む為だ。
『『一手ご教授願いたい』って、時代劇のサムライみたいだな。『ちょっとツラかしてくれや』は、頭の悪い不良みたいで嫌だな。『僕と一戦戦いませんか?』、なんか違うなぁ』
とりあえずどう言って声を掛けようか。
どう仕掛けようか。
部活の朝練でやってくる生徒以外まだまだ通行者がまばらな学校の校門の前で、わくわくしながら待ち続けたフェイ。
一応、フェイもそんなにすぐに彼がやってくるとは思わなかった。
遅刻ギリギリの最後のほうだろうなぁと予想もしていた。
だが、フェイはある重要なことについて完全に失念してしまっていた。
校門を通るのは、彼だけではないことを。
そして、間の悪いことに、その失念の結果は最悪の形で現出してしまうことになった。
彼は出会ってしまったのだ。
会いたかった三人目の彼ではなく、ぶちのめしたいとは思ってはいたものの、会いたいとは全く思っていなかった人物に。
三人の強者達の中で最も印象最悪だった龍乃宮 剣児、その人だった。
無視してもよかった。
剣児が校門を通り過ぎるのを黙って見過ごせばそれで済む話だった。
だが、フェイにそれをすることはどうしてもできなかった、できなかったのだ。
そして、通り抜けようとした剣児もまたフェイを無視することができなかった。
ただでさえ生理的にムカつく相手だというのに、飛び切りの美少女を三人もはべらせてちゃらちゃらしながら登校してきた剣児に怒りの業火を燃やすフェイ。
その剣児をそのまま見過ごして通してやるなんて、どうあってもできるはずがなかった。
そして、剣児もまた同様にフェイを見過ごせない理由があった。
あとから連夜を通して間接的に知ったことであるが、剣児はあの日、校門の前で仁王立ちしているフェイと目を合わせた時、直感的に、『こいつとは絶対にわかりあえない』『なんとしてでも絶対に倒すべき敵』だと認識したのだという。
入学式の時にフェイが感じたことと同じようなことをこのとき剣児もまた感じたわけである。
お互いに対する印象が二人の中でこのとき決定的となった。
そして、そうなってしまった以上二人が取るべき選択肢は彼らの中でたった一つしかなかった。
すれ違って互いの体が通り過ぎて離れようとしたまさにその瞬間、二人は迷うことなくその選択肢を実行に移す。
同時。
ほぼ同時に放たれた拳による渾身の一撃。
それは素晴らしいスピードに乗って相手の顔面に吸い込まれる。
見事直撃。
並みの傭兵、あるいは戦士であれば一発で意識を刈り取られていたはずのその一撃を、恐ろしいまでに強靭な精神力で耐え切った二人はそのまま素手での真剣勝負に移行する。
知人友人は勿論、遅刻者を見張っていた生活指導の先生達が二人の死闘に気がついて、慌ててふためき駆け寄ってくる。
二人を止めようと群がってくる仲裁者達。
だが二人はとんでもない馬鹿力を発揮して、掴みかかってくる仲裁者達を片っ端から投げ飛ばす。
喧嘩を止めに来た者達を投げ飛ばしておいては、喧嘩相手の顔面を殴り。
そうかと思えば、喧嘩相手の腹を殴って怯ませた隙に、仲裁者達をなぎ倒す。
その喧嘩は彼らが通学する御稜高校開校して以来、最も壮絶なものとなり、今ではすっかり伝説になってしまっている。
結局、武術自慢の体育教師達が数人がかりで組み付いてようやく喧嘩を止めることに成功したわけだが、その時既に二人の体は全身傷だらけのボロボロ状態で、とてもまともに授業を受けられる状態ではなかった。
しかし、二人とも並みの生徒ではないことは、その場にいた全ての者達がいやというほど目撃している。
そのため、教師達は二人を担架にくくりつけて中央庁の都市防衛省警察病院に強制搬送してしまうことにした。
こうして、フェイは目的の人物と邂逅することができなくなってしまったばかりか、全く望んでいなかった別の因縁を背負い込むこととなってしまったのである。
あれから、一年。
未だに剣児との悪縁は続き、その戦いは終わっていない。
はっきり言って、剣児との喧嘩ほど無意味なことはないことを自分でもよくわかってはいるのだ。
剣児と拳を交えても、自分の心に暗く汚いヘドロのような何かが溜まっていくだけで、何も得るものはない。
空しいだけだ。
だが、だからこそ、あの三人目の彼に出会いたかった。
剣児とは正反対の印象を持った彼と拳を交えてみたかった。
勿論フェイは別に会うことを諦めたわけではなかったので、あの剣児との大喧嘩以降、体を治し万全の状態になってから、何度も彼を探して会いに行こうとした。
だが、運が悪いのか、それともフェイの探し方が悪いのか、はたまた誰かの策略なのか?
一年経ってもフェイは、あの彼に出会うことができずにいる。
出会えない原因についてはいくつか心当たりがある。
彼を探しに行こうとすると剣児が喧嘩をふっかけてきたり、剣児が取り巻きに囲まれて動けないときを狙って探しにいけば、彼が学校に来ていなかったり(彼のクラスメイトに聞いた話によると、生活費や学費をバイトで稼いでいるため、よく学校を休んでいるらしい)、ようやく彼が学校に来たという話を聞いて喜び勇んで飛び出そうとしたら担任の先生に生活指導室に連れていかれてしまったり。
ともかく、この一年、なんとか彼に会い仕合を申しこもうと努力はしてみたのだが、ことごとく失敗。
一度も手合わせすることなくフェイは二年生に進級することとなってしまった。
同じ学校に通う同級生同士。
こちらが自分から無理して会うタイミングを調整しようとしなくても一年も時間があれば、どこかで一度くらいばったり出会ってもよさそうなものである。
ところがそれすらも一度もなかった。
彼と自分には全く縁がないとしか思えない。
不倶戴天の敵である剣児とは最悪なくらいに最悪に縁があるというのにだ。
流石のフェイも、もう彼に会って仕合を申しこむことを半ば諦めかけていた。
これほどいろいろ努力しても会えなかったというのに、あと何をどうすれば会うことができるというのか。
正直まだ心の中にくすぶり続けているものはある。
しかし、このままでいても何も始まらないし進めないと思ったフェイは、一旦彼への想いを封印し高校二年生の生活をスタートさせたわけだが。
ここにきてまさかの事態が彼を待っていた。
幼き頃の大事な友達で、現在の心友、連夜の頼みを聞くためにフェイが朝早くやってきたのは、城砦都市『嶺斬泊』の西側ゲート近くの『馬車』専用駐車場。
集合場所には主催の連夜やその妹のスカサハ、友人のクリス、アルテミス達は既に揃っていたが、まだ他のメンバーが集まっていないということで、今のうちに用を済ませておこうと簡易トイレに出かけたフェイ。
すっかり用を済ませ手を洗ってトイレから出てきたわけだが。
そこでフェイは、彼にばったり出会ってしまった。
高校の制服ではなく、ボロボロな戦闘用コートに胸部装甲や籠手を身に付けた完全武装の姿だったために、一瞬誰だかわからずそのままスルーして連夜達の元に戻ろうと思った。
しかし。
振り返って視線を外そうとした瞬間その彼と目があった。
「・・」
「・・」
無言で相手と見つめ合う。
睨みあうというほど鋭い視線をお互い走らせてはいない。
どちらかといえば、どちらも驚きの目で相手を見てしまっていた。
言葉にするならこんな感じだろうか。
『なんでこんなところにいるんだ?』
彼は麒麟種族系の彼女を連れていた。
彼らが今いるのは男女トイレのすぐ外にある洗面所。
その洗面所の一つで、気分の悪そうな彼女が弱々しい手つきで顔を洗ったりうがいをしたりしているのが見える。
どうやらその彼女を彼は介抱しているところだったようだ。
だが、フェイを見つけたことが相当なショックだったのか、彼女を介抱する手をすっかり止めてしまい今はただ呆然とこちらを見つめているばかり。
いや、呆然としているのはフェイとて同じことだ。
手を洗ったあとの水道の蛇口をひねって止めることを忘れたまま、水を勢いよく出しっぱなしにした状態で固まってしまっている。
まさかこのタイミングで出会うことになろうとは。
どう対応すればいいのか咄嗟に判断がつかない二人は、ただただあほみたいに口を半開きにして見つめるばかり。
そうしてどれくらいの時間そうしていただろうか。
結局二人の間の微妙な空気の均衡を破ったのは、彼ら自身ではなく、彼の連れていた麒麟種族系の彼女であった。
「ごめん、オースティンくん。あまりにもその、なんというか予想外な展開だったから、ちょっと取り乱しちゃった。って、どうしたの?」
麒麟種族系の少女、漢 世羅は、バシャバシャと冷たい水で顔を洗うことでもう一度存分に頭を冷やした後、蛇口を捻って水を止める。
そして、ポケットから取り出した綺麗な水色のハンカチで顔を拭きながら隣で自分を介抱してくれていた大柄なクラスメイトに声を掛けたわけだが、何故かその彼は妙な表情で隣に顔を向けたまま固まってしまっている。
いったい何を見ているのだろうと、ひょいと顔をそちらに向けたセラは、そこに自分と同年代と思われる高校生くらいの赤毛の少年がいることに気がついた。
どこかで見たような気がするのだが咄嗟に思い出すことができず、もう一度隣のクラスメイトに視線を向け直す。
「あの? この子もオースティンくんのお友達?」
かわいらしく小首を傾げながらセラは隣の少年に声をかける。
すると、少年は一瞬何と答えようかというような困った表情を浮かべて見せたが、やがて苦笑とも微笑とも取れる曖昧な笑みを浮かべて口を開いた。
「『友達』・・ではないかな。だが、『同類』だと思う」
「『同類』? って、何それ?」
少年の口から零れ出たなんとも不可解な単語を聞いて更に首を傾げたセラは、ふと視線を動かして少し離れたところにいる赤毛の少年フェイのほうに視線を向け直してみる。
すると、赤毛の少年が自分のツレの少年と同じような笑みを浮かべて嬉しそうに頷いているのが見えた。
「『同類』・・なるほど『同類』かうまいこと言うな。確かに。確かに『同類』だ。間違いない」
「?」
妙に納得したような響きのある赤毛の少年の奇妙な呟きを耳にしたことで、セラの困惑は更に深まる。
少しでもヒントはみつからないかと、赤毛の少年と自分のツレの少年に何度も交互に視線を走らせてみるが、やっぱり彼らの真意は見えてこず、セラは仕方なく更に突っ込んだ質問をしてみようと口を開こうとした。
だが、それよりも早く隣に立つツレの少年が口を開きセラは自分の質問を中断させられてしまう。
「それよりも委員長、もう気分は悪くないか? ちょっとはマシになったのかな?」
「え? ええ、ああ、もう大丈夫。心配かけちゃってごめんね。ロムくんの友達があまりにも意外な人だったからさ、ちょっといろいろとびっくりしちゃって」
「意外? ああ、まあ、あいつと俺とじゃあ確かに釣り合い取れてないわな」
「ううん、違う違う!! そんなことないよ!!」
「?」
「(よくよく考えてみたらいくら同じクラスだって言ってもあの超差別主義者のカミオと人間族のあの子が仲良しなんてありえないよね。そういえば、あの宿難って子、あのクラスじゃほとんど友達いないどころか、カミオを始めクラスメイト全員から敵視されてることで有名だったよねぇ。冷静に考えるとあのカミオの一派ってことだけはないわね)」
「ん? 委員長、今なんて言ったんだ? 小声でよく聞こえなかったんだが」
「ああ、ううん、いいのいいの。こっちの話だから。ともかく私は大丈夫」
心の中で何かを納得したセラは、元気にガッツポーズを取ってみせながら、自分の復調ぶりをアピール。
そんなセラの姿をしばし心配そうに見つめていた少年であったが、やがて、本当に大丈夫そうだとわかるとほっと安堵の息を吐きだして肩の力を抜いたのだが、何故かすぐにまた緊張したような気配を漂わせ始める。
「ん? あれ? どうかした? まだ私のこと心配してる?」
「いや、そうじゃないんだ。あのさ、委員長」
「え? うん、何?」
「悪いんだが、ちょっと先に一人で戻っててもらえるかな」
「ふえっ? なんで?」
「なんでだろうな。でも、たぶん、これから用事ができるからさ」
「はぁっ?」
少年の言ってる意味がわからず困惑しきった表情で素っ頓狂な声をあげるセラ。
そんなセラを面白そうに見つめたあと、ポンポンとその細い肩を叩いて背中を押し、彼女をトイレの側から無理矢理引離す。
勿論、セラはかなり抵抗する素振りを見せたのだが、妙に嬉しそうな笑顔で『いいからいいから』『俺もすぐに追いつくから』などと言われて結局その場から体よく追い出されてしまうことになってしまった。
そして、後には二人の少年だけが残った。
再び見つめ合う二つの影。
先程よりもその間に漂う空気の質は硬質化していたが、それでも二人は睨みあっているというわけでもなかった。
敵を見つめる瞳ではない。
かといって友達や知り合いを見つめているというわけでもない。
お互いの間に流れるその空気の温度は冷たくはなく、どちらかといえば温かい空気。
だが、温かいというには熱すぎる。
微妙な何かが流れる中、やがて片方が口を開いてこの沈黙を破る。
「さて、ツレに気を使ってもらう必要はこれでなくなったわけだが」
口を開いた人物はそこで言葉をとぎる。
勿論、その先に続く言葉は言われなくてもわかっていた。
『これからどうするね?』
答えなくてはいけない。
探していたのは自分のほうで、用があるのも自分のほうなのだ。
そして、どう声をかけるかも一年前から考え、この日のために用意していたはずなのだ。
今こそとっておきのその言葉で始めるとしようじゃないか。
フェイは、どもりそうになる口を必死に舌で滑らせながら、答えを返そうと口を開く。
「いいかな?」
・・
・・
(あれ?)
自分が紡ぎ出してしまった言葉を聞いて、フェイは愕然となって固まる。
(ち、違う違う!! これじゃない、これじゃないんだ!!)
一年。
一年という長い長い時間の間、目の前の少年に会ったときどうやって声をかけるかを考えに考え抜き、厳選に厳選を重ね、いつ出会ってももいいようにと準備をしてきたはずなのに。
それなのに、その最大の見せ場ででてきた言葉は。
『いいかな?』
(って、何よ!? 何が、いいのよ!? これじゃ、わけわからんわ!? 何言ってるの、僕!? ちゃんと考えていたじゃん!! 仕合を申しこむちゃんとした言葉考えていたじゃん!! なのに、なんで『いいかな?』なのよ!? ナンパ? ナンパなの、これ!? 最悪だ。もうオワタ。オワターよ、僕。完全に呆れられてるよ。うわ~~、仕合で負けるならともかく、こんな終わりかたいやだぁああっ!! ちょ、時間巻き戻らないかな!? それかやり直しさせて!! これ、ノーカン。ノーカンってことで、ってダメだぁぁぁぁぁぁ、考えれば考えるほど超恥ずかしい!! もうこうなったらこの場でハラキリするしか)
顔面からだらだらと冷や汗を滝のように流しながら、自分がやらかしてしまったことを盛大に後悔する。
もう、これでなにもかも全てが台無しだと悲観し絶望するフェイ。
だがそんなフェイの耳に思いもよらぬ、しかし、一番ほしかった一言が飛び込んできたのだった。
「いいよ」
気負いの全くない至極あっさりとした答え。
だが、フェイの視線の先には、彼が一番会いたいと思っていた熱い闘志の塊がそこに存在していた。
「いいよ。やろうか、ルー・フェイシン」