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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
119/199

第十三話 『邂逅のとき』 その6

 『一目惚れ』という言葉がある。


 文字通り出会った瞬間、一目見ただけでその人のことを好きになってしまうという意味の言葉だ。

 北方狼型獣人(フェンリル)族の美少女アルテミスは、この言葉通りに出会ったその場で相手のことを好きになり、『恋』をし、やがてそれは『愛』となった。

 相手の彼は非常にやんちゃで危なっかしいところのある人物だが、優しく思いやりのある性格でアルテミスのことを心から愛してくれている。

 だから、今アルテミスはとても幸せだし、この出会いを与えてくれた大神には心から感謝の念を抱いている。


 しかし。


 それほど長くもない『人』生の中で、彼女は全く逆の出会いもまた経験してしまっていた。

 一目見ただけでその人のことを壮絶に嫌いになってしまったのだ。

 出会ってしまったその場で相手のことを嫌いになり、『敵』とみなし、そしてついには『憎』むようになった。

 別に相手の人物が特にひどい性格の持ち主であるからというわけではない。

 アルテミスや、その家族に対し、過去にひどいことをしたことがあるということでもない。

 ただ一つの問題さえなければ、その人物とアルテミスは仲の良い友人になれたかもしれない。

 だが、そのたった一つの問題が、アルテミスにとって看過することのできない大問題なのであった。


「ちょっ、待っ、二人とも落ち着けってば、アルテミスもFも本気で威嚇し合うなよ。怖いからやめろってば!!」


 困り果てた表情でアルテミスと相手の人物の間に割って入り、本気で泣きそうになりながら必死に両者を押しとどめようとする。


「止めるなクリス。もう勘弁ならぬ。人の大事な婚約者に、私の目の前で堂々と手を出すとは恥知らずにもほどがある!! 今日という今日は絶対ぶっ飛ばす」


「それはこっちのセリフだ。いつまでクリスの側にくっついているのだ、この変態加虐性欲者。いい機会だ。二度とクリスに不埒な真似のできない体にしてくれる」


 獰猛な唸り声をあげながら、憎しみのこもった視線をぶつけあう二匹の獣。

 必死に喧嘩をやめさせようとする妖精族の少年を間に挟みながら、二匹の獣はゆっくりと腰を落としてそれぞれの戦闘態勢へと移行していく。

 相変わらず人の往来の激しい『馬車』専用駐車場のど真ん中。

 旅行者やその見送り、あるいは出迎えでやってきた人々、これから『害獣』狩りに出かけていく傭兵達、『馬車』の整備にやってきたメーカーの工術師達などなど。

 それぞれみな、それぞれの目的でこの場にやってきているはずであったが、誰ともなく一種異様な雰囲気を醸し出している『場』があることに気がつき、いつのまにかその場所をぐるりと取り囲むようにしてひとだかりができてしまっていた。

 『人』という水が縦横無地に流れる駐車場という大河の中、ぽっかりと空いた一つの空間。


 その空間にいるのはたったの三人。


 一人は、悠久の氷河のように美しく輝く白銀の獣毛を持ち、人型種族と同じような体型に狼そのものの頭という姿形の種族『北方狼型獣人(フェンリル)』族。

 一人は、燃える太陽そのもののように雄々しく輝く黄金の獣毛を持ち、同じく人型種族と同じような体型に狼にも狐にも見える獣の頭という姿形の『雷獣(らいじゅう)』族の戦士。

 そして、最後の一人は、メイド服に白いエプロンが異様に似合っている妖精族のかわいらしい少女・・にしか、見えない少年クリス。


「なになに、痴話喧嘩?」


「なんかそうみたいですよ。あそこにいる妖精族の子を金銀の派手な獣毛の二人が取り合ってるみたいで」


「でも、『妖精族』系と『獣人族』系ってかなり種族違うことない?」


「いえいえ、『嶺斬泊』ではそれほど珍しくはないですよ。この都市の条例で異種族交配は奨励されていますし」


「うっわ、あの妖精族の子、物凄くかわいいね。お人形さんみたい」


「アイドルなんじゃないですか? 御隣の城砦都市『ゴールデンハーベスト』で有名なアイドルユニット『美少女世紀』にあんな子いたような気がしますけど」


「ってか、金銀のあの二人もそうとうな美形だよね」


「ひょっとしてこれテレビドラマか影画の撮影?」


「あ~、そういえば『嶺斬泊』って影画の撮影のロケ地でよく使われることで有名なんだよね」


「どこかにカメラあるのかな?」


「えっ、やだ、私、今スッピンに近いのに急いで御化粧しなくちゃ」


「誰もおまえの顔なんかみてねぇよ、だいたいサイが化粧なんかするなよ、こえぇよ」


「おい、今私のこと『サイ』って言った奴、前に出ろ。ぶっとばす」


「ここにいる、こいつで~す」


「ちょっ、おまっ、裏切ってんじゃねぇよ」


「おらっ、ちょっとこっちこいや」


「ぎゃああああっ、サイに殺されるぅ!!」


 と、騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬達が更に大騒ぎし始めて、事態はどんどんエスカレート。

 大変な数のギャラリーにぐるりと取り囲まれていることに気がついたクリスは、その表情を青くしたり赤くしたり。


「お、おい。もうほんとにいい加減にしようぜ。周り見てみろよ、えらい騒ぎになっちゃってるじゃんか」


「「関係ない!!」」


「いや、関係ないことないってば。関係大ありだってば。もう~、わかったよ、俺が悪かったってことでいいよ。全部俺のせいだよ。謝るよ。ごめんなさい。ほんと、ごめんなさい、だから、ここで喧嘩始めるのだけはやめてください、お願いします」


「「クリスは絶対悪くない、悪いのはコイツッ!!」」


 とりあえず今だけでもなんとか二人の喧嘩を仲裁すべく、必死に懇願するクリスであったが、事態は悪化していくばかり。

 小さな体をぺこりと折り曲げて謝罪までしてみせるクリスの頭上で、二匹の獣はお互いを睨みつけると


(なんでクリスに謝らせているんだよ。悪いのはおまえだろうが!!)


 という、物凄い殺意のこもった視線でお互いを凝視。

 しかも『おまえが悪い!!』いわんばかりに人差し指を突き出すと、お互いの鼻をぐりぐりと押し始める。


「な、なぬしゅるんら、この馬鹿いぬ!?」


「しょ、しょれはこっひのしぇりふだ、いろほけへんらい!!」


「やめやめやめっ!! やめなさい、二人とも!!」


 クリスは二人の間に割って入り、懸命に二人を引き離そうとするのだが、二人の戦いは更にエスカレート。

 Fはアルテミスの頬を両手で掴んで力一杯横に広げようとし、アルテミスはアルテミスでFの鼻の穴に人指し指と中指を突っ込んで思い切り上へと引っ張ろうとする。

 二人ともせっかくの美形が完全に台無しである。


「あ~、もうっ、なんで二人とも顔を合わすといっつもそうなんだよ!? ちょっ、はしたないから、やめなさいってば!! ほら、二人とも手を放す!!」


 小さい体を精一杯背伸びして、なんとかかんとか二人の体を引離すことに成功したクリス。

 肩で荒く息を整えながら歯を剥き出しにして二人を威嚇する。

 二人よりもはるかに自分が小柄で厳ついというには程遠い容姿をしていることをよ~くわかっているクリスであったが、それでもいくらかは効果があるのではないかとの思いから怒った様子をわざと作ってみせたのであるが、二人には違う意味で効果を発揮していた。


「「はぁはぁ、くりふたん、はぁはぁ、怒った姿もかわいい」」


 怒ったクリスの姿が想像以上に二人の『萌えポイント』であったらしく、一瞬二人は喧嘩していることも忘れうっとりと目の前の愛しい少年の姿を見つめる。

 クリスはとりあえず、喧嘩が収まったことにやれやれと安堵し額の汗を拭いかけたのであったが、よく見ると二人の鼻からは大量の鼻血が。 


「ええええええっ!? なんで鼻血? ってか、今、ひょっとして俺の見えないところで音速の殴り合いでもあったわけ!? 高速のビジョンは見逃しちゃいけないわけ? ついてこれるならってことなの!?」


「え? 鼻血? う、うわわっ。ち、違うの違うの、クリスこれは違うのよ!! これは、え~っとその、そ、そうだ、今朝チョコレート食べ過ぎちゃったからなの!! 決して、『くりふたん、メイド服で怒った顔も萌えるぅ。そのまま押し倒して剥いてみたい』なんて想像したからじゃないのよ。ただし、目の前のケダモノはそういうやらしく汚らしい想像して鼻血出しているんだけどね」


「げげげげっ!? お、おまっ、なんてことをっ!! ちちちち、ちがうからね。全然違うんだからね!! そこの馬鹿犬のことなんて聞いちゃダメなんだからね!! お、俺が鼻血を出しているのは、さっきそこの馬鹿犬が俺の鼻に指突っ込んでくれたせいなんだからね!! 決して『くりふたん、メイド服で怒った姿も萌えるぅ。このまま拉致って自分だけのものにしたいお』なんて想像したからじゃないんだからね。ただし、目の前の馬鹿犬はそういう社会的に問題のある妄想にふけって鼻血を出しているんだけどね」


「なんじゃあ、わりゃあ!! 自分のこと棚にあげておいてそげんこついうんか? おお? ぶち許さんけぇのぅ!!」


「ああん? やれるもんならやってみぃや、コラッ? いうたからには、自分が吐いたツバ、今更飲み込ませへんけぇのぅ。おおぅ?」


「やめやめやめやめっ!! やめなさいって!! なんなの!? いきなり鼻血吹いたと思ったらまた喧嘩なの? ってか、君達いったいどこの出身なの? まるっきり城砦都市『ワイドアイランド』のヤクザそのものなんだけど!?」


 またもや、盛大に青筋立てて掴みかかって行こうとするFとアルテミス。

 今度こそ両者共に拳を振りあげて相手に叩きこもうとしたのであるが、間一髪両者の間に再び飛び込んだクリスが、体を張ってなんとか止めることに成功。

 両手を広げて二人をある程度の距離をあけて引き離した後、疲れ切った表情で二人を交互に見つめ溜息を吐きだす。


「ほんとにいい加減にしようよ、二人ともさぁ。子供じゃないんだから」


「「子供じゃないから、許されないんでしょうが!! こいつのやってること完全に犯罪だからね!!」」


「だから、何が気に入らないのさ? ってか、犯罪て何?」


「「犯罪は犯罪でしょう!? なんでくりふたんはこいつのこと庇うわけ?」」


「庇うわけって、別に庇ってるわけじゃないんだけど。っていうか、さっきから物凄い気になっていたけど、二人とも俺のことを『くりふたん』言うな!!」


 顔を真っ赤にして二人に怒りの表情を向けるクリスの姿を、二人はまたもや『くりふたん、てらかわいいっすなぁ~』なんて調子で見つめていた二人であったが、目の前の仇敵の緩み切った表情を視界に捉えるや否や、自分も同じような顔をしていたにも関わらず、そのことをはるか宇宙の彼方へと放り捨て猛然と口撃を開始する。


「なんだその顔は、変態加虐性欲者!! おまえ、いつもいつもそんな顔で、クリスにいやらしいことしているんだろ!? なんてうらやますい・・あ、いや、なんて破廉恥極まりない奴なんだ。誤魔化そうとしてもダメだぞ、俺は知ってるんだらな。おまえが毎夜毎夜嫌がるクリスを強引にベッドに押し倒して、あんなことやこんなことをしていることを!! 無理矢理服を脱がしたりとか、お風呂に入っているところに強引に乱入したりとか、『本当はここが気持ちいいんだろ?』なんていいながらやらすいことのオンパレードなんだろう!! う、ううう、俺も一回でいいからしてみたい」


 途中まで物凄い勢いでアルテミスのことを弾劾する言葉を吐きだしていたFであったが、口撃の途中で急に血の涙を流し始め、本気で悔しがりながら地面の上にがっくりと膝をつき、そのまま本気泣きに突入していく。

 そして、弾劾されたアルテミスはといえば。


「ちょっ、おまっ、何言ってるの!? 何言っちゃってくれてるの!? そ、そんなこと私・・ちょっとしか・・多分、世間的に少しというか・・全体の割合からしたら半分以下じゃないかなっていうくらいしか・・半分は越えてないと思うんだよね。うん、そ、そんな毎回毎回ってわけじゃ、えっと、確か今週は一回、二回・・あれ? あれれ? ちょ、ちょっと待ってね、ちゃんと数えるから。って、クリスなんでそんな白い目で私を見るの!? え、ひょっとして私強引だったりする?」


 言われたことにかなり心当たりがあるのか、激しい動揺の様子を見せ、何かを思い出して真剣に数を数えてしまう。


「やっぱ、やってるんじゃないか!! この変態!!」


「ち、違う!! いや、違わないかもしれないけど、私達にはその、そ、そう!! 『愛』が!! あ、愛があるもん。愛があるからいいんだもん!!」


「愛があればなんでも許されると思ってんの!? ってか、欲望優先で相手のこと思いやれないやつに、愛を語る資格はないんぢゃあ!!」


 苦し紛れの言い訳を吐き出したアルテミスであったが、Fが繰り出したカウンターの言葉にばっさりと切り捨てられ、その場に『よよよ』と力なく倒れてしまう。

 ちなみにまったくの余談であるが。


「ごめんね、ごめんね。いつも、私の都合で無理強いしてごめんね、連夜くん」


「って、なんで玉藻さんがダメージ受けて倒れているんですか? え、そんなにFの言った内容がショックだったんですか?」


 結構気楽な調子でクリス達の喧嘩を周囲の野次馬達と一緒に観戦していた連夜達であったのだが、Fの弾劾の言葉は横で聞いていた玉藻にとってモロに直撃となる何かだったらしく、アルテミスが倒れるのとほぼ同時に、彼女もまたぱったりと地面の上に倒れてしまった。


「いや、あまりにも心当たりがあり過ぎて、心が痛い」


「あり過ぎるのかよ」


「たまちゃん、どんだけ普段ボスに対してスケベなことしているんですか?」


「すいません。生まれてきてすいません。破廉恥狐ですいません」


「「もっと謝れ」」


「ちょっ、二人とも」


「うっさいうっさい、あんた達には関係ないでしょ!! あっちいけよぉ」


「あ、何よ、たまちゃん、手を出すの反則でしょ!!」


「そうよそうよ、やめなさいよぉ」


「小学生のケンカですか!?」


 ここぞとばかりに傘にかかっていじめにかかるクレオ、リビュエーのコンビと、猛然とそれに立ち向かう玉藻。

 両者の間で凄まじい真剣勝負がはじまる。

 ・・のかと思いきや。

 はじまったのは、三人ともにただ泣きながら両手を振りまわすだけのどう見ても子供の喧嘩。

 『ていていていていっ』と掛け声をかけながら、ほとんどダメージにならない拳の応酬で、『ポカスカポカスカ』と間抜けな音が駐車場内に響き渡る。

 そんな玉藻達の様子を見ていた連夜であったが、別に止めなくても大丈夫そうだなと判断し再び視線をクリス達の方へと向け直す。

 すると、そこでは、未だ立ち直れないでいるアルテミスを尻目に、Fがメイド服姿のクリスに近づいてそっと肩を抱きしめている姿が。


「ともかく、クリス、こんな犯罪者と一緒にいちゃダメだ。今からでも遅くない。この馬鹿犬との婚約を破棄して俺と一緒に行こう。俺なら、クリスを幸せにできる。だって、俺は、その・・クリスのことが好きだから・・心からクリスのことを愛しているのだから!!」


「愛しているって言われてもなぁ。それに婚約を破棄してって言われても、そんなことできるわけないだろ? そもそも、どこに行こうっていうんだよ」


「どこだっていいさ。クリスの住みたいところで俺と一緒に住もう。そして、俺と一緒に・・はぁはぁ・・い、いろいろな・はぁはぁ・・ああ、いや、変なことはしないよ・・はぁはぁ・・変なことはしないけど・・いやするかもしれないけど・・いや、しないと思うけど・・はぁはぁ」


 途中までキリッとした凛々しい表情でクリスを説得しようとしていたFだったのだが、脳内で繰り広げられる桃色の未来があまりにも嬉しかったのか、あっというまに崩れて台無しになってしまっていた。

 どう見てもその表情は・・


『お、御嬢ちゃん、おじさんと、あ、遊ばない? へ、へんなことしないから』


 みたいな吹き出しをつけられても全然違和感がない変態的表情だった。

 と、いうか、今この光景を見ている誰もが『絶対変なことするよね!? っていうか、する気満々だよね!?』と、思わずツッコミたくなるような表情だった。 

 危うしクリス!!

 このまま、この見た目だけはいい獣に拉致されてしまうのか?

 誰もが目の前で繰り広げられる昼ドラ模様を固唾をのんで見守る中、そうはさせないともう一匹の獣が立ちあがる。


「ちょ~~っと待ていっ!!」


「むっ!? 馬鹿犬、まだ生きていたのか!?」


「当たり前だろっ!! 口で攻撃されたくらいで死ぬわけあるかい!! それよりも変態好色魔、おまえだって『人』のこと言えないだろうが」


「な、なんだとぉ!?」


「さっきおまえは言ったよな。『欲望優先で相手のこと思いやれないやつに、愛を語る資格はない』と。ならば、嫌がるクリスに女の子の服を着せるおまえの行為はいったいなんなのだ!? おまえこそ愛を語る資格はない!!」


 今度はアルテミスがFのほうにビシッと指を突き付けて弾劾の言葉を紡ぎ出し、その言葉を聞いたFはあからさまに動揺する様子を見せる。


「ちょっ、おまっ、何言ってるの!? 何言っちゃってくれてるの!? そ、そんなことないって、べ、別にクリスはメイド服を着ることを嫌がっていたわけじゃないというか。ね、ね、クリスは自らすすんで着てくれたよね? 俺が無理強いしたわけじゃないよね?」


「いや、きっちり嫌だったし。というか、嫌だってはっきりきっぱり言ったのに、土下座までして無理に着せたじゃん」


「はうあっ!! そういえばそうだったぁっ!!」


 なんとか自分の正当性を証明したいFは腕の中のクリスに弁護を求めたが、クリスがあっさり呟いたのはFの希望とは全く逆の言葉。

 クリスとしても戦友を庇いたい気持ちがないわけではなかったが、Fの言葉に頷いてしまうということは嘘を言ってしまうことになるし、何よりもメイド服を自分から進んで着る女装趣味の変態と思われてしまう。

 いくら友達想いのクリスといえど、そんな羞恥プレイは御断りであった。

 先程と攻守交替、立場逆転。

 すっくと雄々しく立ち上がったアルテミスとは反対に、がっくりと膝を地面につけて倒れこむF。

 しかし、まだ諦めきれないのか、Fは『馬車』が通るために綺麗に舗装された地面の上に両手をつき、上半身をあげながら懸命に何かを言い返そうと口を開く。

 だが、自分がしてしまったことに対するうまい言いわけを咄嗟に思いつくことができず、ただただ、口をぱくぱくさせるだけ。

 その姿を傲然と見下ろす白銀の毛並みの雌狼はニヤリと勝利の笑みを浮かべるのであった。


 ついに勝敗は決した。


 事の経緯を見守っていた誰もがそう思った。

 そんな野次馬達の予想を肯定するかのように、アルテミスはゆっくりとメイド服姿の少年の元に近寄ると、そっとその手を取ってそこから連れ出そうとする。


「さ、クリス行くぞ。こんな好色魔と一緒にいたら、変な病気がうつってしまうかもしれないからな」


「いや、ちょっとアルテミス」


「なんだ? 私と一緒に行くのが嫌なのか?」


「いや、そうじゃなくて、その、Fが俺の手を掴んでいるから引っ張られると痛いんだけど」


「え?」


 クリスの言葉にぎょっとした表情を浮かべたアルテミス。

 慌てて自分が持つ手を反対の方に視線を向けると、地面に倒れ伏した金色の獣が、涙と鼻水を盛大に垂れ流しながら必死に両手でクリスの両手を掴んでいる姿が。


「ちょっ、おまっ、なにやってるの!? はなせよ、はなしなさいよ!!」


「いやだぁぁっ、くりふたんは連れていかせないぞぉっ。くりふたんは、俺のだ、俺のじゃなきゃいやだぁぁっ!!」


「子供かっ!?」


「いたい痛いイタイ、マジ痛いって!! 二人とも引っ張るな、やめろ!! 俺は綱引きの綱じゃな~い!!」


 クリスを真ん中にして、全力でクリスの体をひっぱりあう二匹の獣。

 引っ張っているFとアルテミスはともかく、引っ張られているクリスはたまったものではない。

 『雷獣』族も、『狼型獣人』族も力自慢で有名な種族なのである。

 それに対して森妖精族はあまり頑丈ではないことで有名。

 一応、ちっちゃくてもクリスは歴戦の勇士であり、並みの傭兵以上に鍛え上げられた体をしているのであるが、それはFやアルテミスととて同じこと。

 なんのアドバンテージにもなりはしない。

 むしろ、Fやアルテミスは種族特性を存分に伸ばし、普通の同族達よりもはるかに強い腕力を誇っているくらいなのである。


「クリスが嫌がってるだろ!? 離せよ、この好色魔!!」


「クリスが苦しんでいるだろ!? やめろよ、この馬鹿犬!!」


「いいから二人とも手を離せってば、腕がちぎれる!!」


 Fもアルテミスも完全に意地になってしまい手を放そうとせず、まるでその様は車裂きの処刑風景。

 流石に腕がちぎれることはないだろうが、このままだとクリスの腕は脱臼するか、下手をすれば骨折してしまうかもしれない。

 事態を静観していた連夜であったが、最早これまでと採決を下すことにする。


「玉藻さん」


「任せて!!」


 連夜の言葉を聞くや否やすかさず反応して修羅場の中に飛び出していく霊狐族の美女。

 一瞬にして三人の中に割って入った彼女は、クリスの腕を掴む片方の手を、見事な膝蹴りで蹴りあげて強引に離させると、目のも止まらぬ速さで後ろ回し蹴り一閃。


「うおっ!?」


 あまりの早業に蹴られた方は瞬時に反応することができず驚愕の声をあげる。

 だが、蹴られる瞬間、なんとか腕を交差してその蹴りをブロック。

 踏ん張って威力を消しにかかろうとするのだったが。


「な、なにぃっ!?」


 どちらかといえば、ふわりと感じるような軽い一撃。

 だが、それが腕に触れた瞬間、そこに生まれたのは爆発的な衝撃波。

 ブロックした状態で体は弾丸のように一直線に吹っ飛んでいき、十メートル近く離れたところまで飛ばされ転がされてようやく停止する。


「な、なんだ? いったい、なんなんだ、おまえは!?」


 成す術もなく吹っ飛ばされてしまったほうは、転がされてしまった体を起こすと、呆然としながら襲撃者の姿を見つめる。

 そこにいたのは金髪金眼の霊狐族の美女。

 先程、自分が喧嘩を吹っ掛けた相手であり、血の繋がらない弟の彼女だという女。

 『何故、ここに?』という不可解な思いを表情一杯に浮かべながら呆然と見つめていると、彼女は、蹴り飛ばさなかったもう一方の方へと近づいていく。

 そして、『なんなの? なんなの?』というような怯えたような表情を浮かべて固まっているもう一人の腕を取ると、高々とそれを上へとあげた。


「この勝負、私とやってることが似ているから、銀毛の女の子の勝ちっ!!」


『はぁっ!? なにその判定!?』


 物凄い個人的感情交じりのどうでもいい理由で妙に堂々とアルテミスの勝利を宣言する玉藻に、Fや周囲の野次馬達から猛烈なツッコミの嵐が吹き荒れる。

 だが、そんなブーイングなどなんのその、思いもよらぬところから自分の勝利を宣言されて呆気にとられているアルテミスのほうに向きなおった玉藻は、その手を取って優しく微笑みかける。


「大丈夫、誰が何と言おうとあなたは正義だから。胸を張ってクリスくんをこれからも独占していいのよ。いや、独占すべきなの」


「あの、その、あ、ありがとうございます?」


「強引に服を脱がしたりとか、お風呂に乱入したり待ち伏せしてみたりとか、基本中の基本をしっかり押さえているところに凄く好感がもてるわ。でもね、それだけじゃなくて、たとえば・・」


「え? そんなことしていいんですか?」


「あるいは・・」


「え、えええっ!? それもありなんですか!?」


「もっというと、こういう場合も・・」


「ええええええええっ!? そ、そんな御外でとか、プールとかって、ええ、えええええっ!? そ、そんなところでまで!?」


「その気があるのならどんな場所でだって大丈夫!! 愛ある限り、私達は戦えるわ!! そして、あなたならその高みに登りつめることができる。ちなみに私は全ての場所をコンプリートしたわ」


 周囲には聞こえないような小声で何かを話始める玉藻。

 その話の内容を、じっと聞き耳を立てて大人しく聞いていたアルテミスであったが、次第にその表情に興奮の色が漂い始める。

 話の途中途中で、物凄い大声で驚きの声をあげる彼女であったが、やがて話の主である玉藻を見つめるその視線には憧れとも尊敬ともとれる何かがしっかりと根付き始めていた。


「す、凄い、凄いです!! まさかそんなところででも愛し合えるなんて」


「本当にあなたに愛があるなら、相手は絶対に拒まないはずよ。そして、その信頼関係を築くためにも日々の『あはんうふん』を怠ってはいけないの」


「わかりました!! あの、これから『お姐様』と呼ばせてもらってもいいですか!?」


「よくってよ」


「いや、全然よくないし。ちょ、玉藻さん、喧嘩の仲裁してって頼んだだけなのに、なんで自分のマニアックな性生活を未成年の高校生に教え込んでいるんですか。やめてくださいよ」


 流石に自分がモロに関わっているだけに、玉藻が話した内容についていち早く気がついた連夜が、顔を真っ赤にしながらツッコミを入れる。


「でも、今お姐様が言った内容って連夜いつもしているのよね?」


「『いつも』はしてないから!! そんな『いつも』『いつも』できないから!!」


「連夜くんったら、照れちゃって。そんな連夜くんが、かわいくて大好きよ」


「もう、いいですから!! それよりも、とりあえず、喧嘩は御終いね。Fもそういうことでいいね」


 これ以上玉藻に話を続けさせると、とんでもない方向に進んでいくことを確信した連夜は、半ば強引に玉藻とアルテミスとの会話をぶった切る。

 そして、少し離れたところで放心したように地面の上に座り込んでいるFのほうへと声を掛けた。

 その連夜の問いかけに対しFは反射的に頷きかけたのだが、はっと何かに気がつくと猛然と首を左右に振って意識をはっきりさせ、怒りの表情を浮かべて口を開く。


「いいわけあるか!! 俺は納得してない!!」


「納得してないって言ってもさ。そもそも、クリスとアルテミスは恋人同士で、もうじき結婚のラブラブカップルなんだよ。君の入る隙間なんてこれっぽっちもないんだけど」


「そんなの関係ない!!」


 呆れ果てたような口調で説得にかかる連夜に対し、すくっと立ちあがったFは、連夜達を睨みつけてそのたおやかな人差し指を突き付ける。


「恋をしたなら命がけ。人のものでも貫き通し、奪い取ったら俺の勝ち!! 俺を誰だと思ってやがる!?」


「変態」


「変態だよね」


「変態と思いますわ」


「ちょっ、変態違う!!」


 人としてどうかと思うようなことを胸を張って堂々と宣言して見せたFであったが、聞いていた玉藻、リビュエー、クレオから冷たくバッサリ変態呼ばわりされて涙目で猛抗議の声をあげる。


「そもそも人のものってわかってるんだからさ、いい加減あきらめなよ。ほんとに諦めが悪いんだから」


「ひどっ!! なんでそんなひどいこと言うんだよ、連夜!?」


「ひどいのはFでしょうが。もういいよ。手伝わないでいいから帰ってよ。Fのせいでが雰囲気最悪だよ。ほんとこういうとき変態は困るよね、空気読めなくて」


「くりすぅ~~!! 連夜がひどいよっ!! ものすごいひどいよっ!!」


「連夜、そこまでいわなくてもいいだろ。こんな変態でも一応俺の戦友なんだぞ!!」


「待って、クリス。変態はいらないから。あと一応もつけなくていいから。地味に傷つくから。結構ヘコムから」


「ご、ごめんF。えっと、じゃあ、言いなおす。その、こ、こんな公衆の面前に出せないような奴でも俺の戦友なんだぞ?」


「いや、むしろひどくなってるから!! ってか、その優しさが痛いよ!! しかも、最後疑問形になってるよね!? そこ疑問形いらないと思うんだけど、なんで疑問形? なんで? ねぇ、クリスなんでなの? 泣くよ、泣いちゃうよ、俺」


「いや、既に泣いてるじゃん」


「泣いてるってわかってるなら、俺にもっと優しくして!!」


「じゃあ、J、悪いけど、Fに優しくしてやって」


「ヨシヨシ」


「いらんわ!! 触るなバカゴリラ!! 畜生、みんな、大嫌いだ~~!!」


「あ、F!!」


 うわ~~んと子供のように泣きながら走り去っていくFを見て、流石に放っておけなくなったのか慌てて追いかけようとするクリス。

 しかし、その腕は連夜とアルテミスにしっかりと握られて止められる。


「放っておいていいって。どうせ、お腹がすいたら帰ってくるから」


「子供か!? え、あいつそこまで子供なの!? 確か今年二十歳だよね!?」


「子供時代に妙に老成していたせいか、その反動で幼児退行してるみたいなんだよねぇ。Jはその反対で子供時代はっちゃけていたけど、今はすっかり落ち着いてるし。つくづく世の中ってほんとうまくいかないものだと思うよ」


 本気で呆れた声をあげるクリスに、連夜は妙に悟った表情でうんうんと頷きを返す。

 それでもFのことが心配なクリスは、様子を見に行ったほうがいいと主張し、結局Jが探しに行くことに。

 あとのメンバーは、そろそろ『外区』に出かける用意をしようとそれぞれの持ち場に散会することになったのだが。


「ちょ、ちょっと若様、お待ちくださいませにゃ」


「え? どうしたのさくら?」


 かわいらしい声に呼び止められた連夜が振り返ると、そこには先程連夜を呼びに来たねこまりも族の少女さくらの姿が。


「どうしたのじゃありませんにゃ!! いつまでたっても来てくださらないからもう一度呼びに来たんじゃないですか!!」


「えええっ!? で、でも喧嘩はもう止まったよ?」


「止まってませんにゃ!! 物凄い殴り合いが続いていますにゃ!! 姫様でも私達でも割って入れないほど凄い激闘ですにゃ!! このままだとお二人とも怪我だけではすみませんにゃ!!」


「はぁっ!?」


 さくらの言ってる意味がわからず、もう一度周囲を見渡してみる。

 だが、先程まで喧嘩していたアルテミスは、クリスと一緒に仲良く荷物を馬車へと運びこんでいて喧嘩している様子はない。

 もう片方のFは泣きながらどこかにいってしまったが、Jが探しにいっているはずだから何かあっても大丈夫なはずなのだが。

 小首を傾げてもう一度さくらを見つめる連夜。

 しかし、そんな連夜の耳にとんでもない驚愕の真実が飛び込んでくる。


「だぁ~かぁ~らぁ~!! ここじゃなくて駐車場出入り口で大喧嘩中なんですにゃ!! オースティン様と(ルー)様のお二人が大喧嘩の真っ最中なんですにゃあああっ!!」


「な、なんだってぇっ!?」 

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