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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
118/199

第十三話 『邂逅のとき』 その5

「いや、まあ、そうかもしれんが・・って、スタイル?」


「そうだよ。玉藻さんのあのスタイル見てよ、あの豊満な胸!! くびれたウェスト!! そして、ほどよく大きなお尻!! 完璧だよ完璧。まさに女神だよ。それに比べてギンコときたら、ガリッガリのツルペタリンなんだよ」


「ガリッガリのツルペタリンて言われても、俺は子供の時のギンコしか知らんし」


「いや、ほんとにそうなんだもん。まあ、確かに玉藻さんよりは痩せてるよ。お尻だって小さいけどさ。でも胸がねぇ。あの胸は残念すぎるっしょ。Aカップのブラすらぶかぶかなんだから。パット入れても下に落ちちゃうくらいなんだよ? 下手したら僕のほうが胸があるかもしれないよ、マジで」


「え、ちょっ、連夜何言ってんだ? 子供はブラしないだろ?」


「『アイドルは太ってちゃダメなのよ!!』とか言って、何年も何年も無理なダイエット続けるからそうなるんだよ。だからやめとけっていったのにさ。慌てて牛乳飲み始めてももう遅いっての。もう二十歳なんだよ? 成長期なんてはるか昔に終わってるっての」


「は、二十歳? は? ギンコが死んだのって確か十歳・・」


「いやスタイルだけじゃないよ。性格だってそうだよ。玉藻さんは本当に素直で優しい性格してるけど、あいつってば、ほんと自分勝手で我侭だし、ひねくれてるし、しかも、身の程知らずにも世界で一番自分がかわいいとか思ってるからね」


「た、確かに子供の頃のギンコはそういう性格だったような気がするが。あれ? なんか話の内容に食い違いがあるような」


「子供の頃だけじゃないよ。今でもそうだってば」


「今でも!?」


 なんだかとことん目が据わってしまった連夜。

 Jが何とも言えない表情で、どうリアクションを取ればいいのかわからず困惑しているのもお構いなしに、ぶつぶつと誰かについての愚痴を話し始める。


「だいたいね、僕の知り合いの中で、あんなに気分次第でコロコロ、コロコロ意見を変える奴なんてあいつだけだよ? 『なんでも食べるから、適当になんか作って~』なんて言って人に夕食作らせておいて、作ってみたら『ピーマン苦いから嫌い』とか、『トマトすっぱいから好きじゃない』とか、『鶏肉よりも牛肉のほうがいい』とか、いちいち文句いうし」


「れ、連夜?」 


「だったら外食にしようかと思って何が食べたいのか聞いたら『あちし、どこでもいいよ』とか言っておいて、『じゃあ、上華料理でいいかな』って聞いたら『え~~。今日はロマリア料理の気分だったのにぃ~』って、最初にどこでもいいよって言ったくせに、なんなのそれは!?」


「もしもし?」


「あとさ、人に『プレゼントは心だよ。値段じゃないんだよ』とか偉そうに説明しておいて、僕にプレゼントねだってくるとき、必ず高価な貴金属指定してくるのはどういうこと? 恋人の玉藻さんでも、そこまで我儘言ったことないよ? なんで、僕があいつにそこまでしてやらなきゃいけないわけ?」


「お~い」


「仕事のことだってそうだよ。自分がアイドルになりたいって言って大騒ぎするだけしてなったくせに、ちょっとコンサートのリハーサルうまくいかなかっただけで『もうアイドルめんどくさい~』とか言うし、急なテレビ出演でオフが流れたら『休みがほしい、あちしアイドルやめるぅ~』とかいってすぐに僕のところに逃げこんでくるし、なんなのそれは、どういうことなの!? 一生懸命アイドルやってる他のアイドルのみなさんに土下座して謝れっての!!」


 最後に『うがああっ!!』っと獣のような怒りの咆哮をあげてようやく口を止めた連夜。

 しばらく血走った眼を地面に向けて、はぁはぁと荒くなってしまった呼吸を整えていたが、落ち着いてきてふと顔をあげてみると、Jだけでなくリビュエーやクレオ、それに玉藻達までもが心配そうに覗き込んでいる姿が。


「だ、大丈夫、連夜くん?」


「え? ええ、大丈夫ですよ」


「誰かに対して盛大にお怒りになっていらっしゃったようですけど。ま、まさか私じゃないですよね?」


「クレオさんを? いや、まさか。ただでさえ普段み~ちゃんのことで盛大にご迷惑をおかけしているのに、クレオさんに怒ったりするわけないでしょ」


「え、くれよんじゃないってことは、じゃあ、私ですか? な、なんか私、ボスに悪いことしましたっけ?」


「いやいや、リビュエーさんも同じでしょ。お二人には感謝してますし、むしろ僕のほうこそ謝らないといけないというか。リビュエーさんもクレオさんも僕には勿体ないくらいよくできた近習ですよ」


「「よ、よかったぁ」」


 先程までの鬼気迫る表情から一転、いつもの優しく穏やかな笑顔で断言してもらい、ほっと胸を撫で下ろすリビュエーとクレオ。

 あまりにもほっとしすぎたせいか、そのままいつものように連夜に抱きついて頬ずりしようとした二人だったが、寸でのところで気がついた玉藻が連夜と二人の間に割って入り凶悪な表情で威嚇。

 しばし無言で対峙する三人の美女達。

 クレオとリビュエーは目線だけで『ちょっとくらいいいいじゃないですか』、『たまちゃんのケチ』と訴えかけてみるが、同じく目線だけで『それ以上近づいたらぶっ殺すわよ』と玉藻に返されて、溜息交じりにすごすごと視線を外す。


「ほんとたまちゃん心が狭いんだから~」


「束縛しすぎる女は嫌われるんですのよ」


「え~い、うっさい。黙れ黙れ。連夜くんはあたしだけのものなの。私の許可なく他の女が触れることは禁止なの。都市条令で決まってるの!!」


「「ねぇよ、そんなの」」


 子供のようなことを言いつつ連夜を必死に後ろに隠そうとする玉藻の姿を、呆れ果てた表情で見つめていたクレオとリビュエーであったが、ふとあることに気がついて隣に立つ巨漢に視線を向ける。


「ところでエテ吉」


「なんだ、クレオ? ってか、いい加減『エテ吉』言うのやめろ。おまえらが家に遊びにくるたびに俺のことを『エテ吉』呼ばわりするもんだから、弟妹達の間で俺の名前がすっかり『エテ吉兄ちゃん』で定着してしまっているんだぞ。どうしてくれるんだ」


「私達の知ったこっちゃありませんわよそんなの。それよりも、何故ボスがお怒りになっていらっしゃったんですの? 普段あんな怒り方されるような方ではありませんのに、どうしてまた? 何かあなたが余計なことをしたか言ったかじゃないんですか?」


 半眼になって冷たくJを睨みつけるクレオ。

 いつも以上に冷やかな様子にたじろぎながら半歩後ろに下がるJであったが、ふと周囲を見渡すと、クレオばかりではなくリビュエーや玉藻までもが似たり寄ったりの雰囲気をこっちを睨みつけているのに気がついて慌てて弁明を始める。


「待て待て待て。確かに迂闊なことを口にしたことは認めるが、そこまで責められるような内容ではない」


「語るに落ちるとはこのことですね。いまその口で『迂闊なことを口にした』と認めたじゃないですか。いったい何をしゃべったんですか?」


「ギンコの話しだよ。そっちにいる如月さんが、ギンコとあまりにもよく似ているっていう話を連夜としていたんだが、途中から話が食い違いだして、気がついたらあの調子になってたってわけだ」


「そうなんですか、ボス?」


 あからさまに信じられないという視線をJへと向けていたクレオであったが、一応当人に確認してみる。

 すると、聞かれた連夜は小首を傾げながらもこっくりと頷きを返し、それを見たJは大きく息を吐きだしてほっとした表情となるのだった。 


「僕もアホのギンコの話をしていたんだけど」


「ほらみろ。嘘じゃなかっただろうが」


「あらら。ほんとにそうだったの」


「でも、話が食い違っていたんだよね。何がおかしかったのさ?」


「いや、ギンコのスタイルが残念だとか、二十歳になってどうのこうのとか言いだすからさ」


「うん、先週の水曜日が二十回目のギンコの誕生日で二十歳になったはず」


「・・」


「・・」


「・・」


 会話内容について問いかけてくるリビュエーとJに対し、あっけらかんとした表情で答えを返す連夜。

 しかし、その答えが思いっきり納得できない三人は咄嗟に返事を返すことができず思わず答えを発した連夜の顔を凝視する。


「た、誕生日ですか?」


「うん、そうだよ」


「命日じゃなくて?」


「うん、そうだよ」


「いやでも、ギンコって十歳の時に死んだ・・よな?」


「もう何言ってるのさJったら、ギンコだったらピンピンして・・はうあっ!!」


 にこやかで晴れやかな表情であることを断言しようとした連夜。

 だが言葉を発する直前、自分が致命的な大失敗を犯していたことに今更ながらようやく気がついた。




『し、しもうたぁっ!! 思い切り口が滑ったぁっ!! しゃべったらあかん内容ダダ漏れしてもうたぁっ!! 連夜一生の不覚ぅぅぅぅっ!!』




 心の中で大絶叫しながら硬直する連夜。

 そんな連夜の表情を穴があくほどじ~~っと凝視する四人。

 しばし流れる嫌な空気の中、連夜の顔面から滝のように汗が流れて落ちて行く。


「・・ボス?」


「・・ボス?」


「・・連夜?」


「・・連夜くん?」


「・・え、えっとぉ、その、も、もし生きていたらギンコは二十歳なわけで、は、はたちになるにあたって、あの頃のまま成長していたら、どうなっていたのかなぁなんてことをシミュレートした結果、ガリガリの痩せた体の自己中女になっていたのではないかと妄想したらですね、思わず腹が立ってしまって大騒ぎしちゃったりなんかしてしまったわけですよ、ええ。星屑になってしまったギンコは、いつかほんとに星屑にしてやろうとは思っていますが、とりあえず空の彼方からそんな感じで見守ってほしくないけど、見守っているようなことにしておいてほしいというか、複雑な男心の夏の空というかなんというか」


 だらだらと汗を流しつつ四人からつつ~~っと視線を外した連夜は、物凄いしどろもどろな口調でなんともいえない言い訳を必死に説明する。

 そんな連夜の説明をやっぱりジト目で見つめつつ黙って聞いていた四人であったが、全てを聞き終えたあと、実に晴れやかな表情で玉藻は連夜に頷いてみせる。


「わかった。よく、わかったわ、連夜くん」


「わかってもらえましたか!!」


「うん、あくまでも今までの一連の会話の中での発言は全て連夜くんの妄想によって作られたものってことよね」


「そ、そうですそうです」


「本当にギンコさんって人が生きているわけじゃない。あくまでも連夜くんの妄想なのよね」


「そうなんですそうなんですよ、玉藻さん、わかってるぅっ!!」


 念を押すように聞いてくる玉藻の言葉に、力一杯頷きを返す連夜。

 すると、そのやりとりを横で見ていたJ達もやれやれといった表情となって、お互いの顔を見合わせる。


「まあ、ギンコの死を一番引きずっているのは連夜自身だってことは俺達だってわかってるさ。もし生きていたらなんていう妄想に囚われるのも無理はない」


「そうね。私もときどきそういうこと考えるわ。もしあの子が生きていたら、私達どんな人生を歩んでいただろうって」


「やめましょ。私もあなたもギンコの最後の場所にはいたんだから、そんな『if』はありえないってよくわかってるじゃない」


「そうだったわね」


 しみじみと呟きあって深い一斉に溜息を吐き出すJ達三人。

 そんな彼らの姿を横眼で見ていた連夜は、『やれやれなんとか誤魔化せた』、と言わんばかりの安堵感一杯の表情。


(ふぅ~、やれやれ、なんとか誤魔化せた)


 彼らとは違う意味での溜息を吐きだして、顔の汗を拭き始める連夜であったが。


「ちょっと、連夜くん、こっち来て」


「って、え? 玉藻さんなんですか?」


 いつも以上ににこやかな笑顔になった玉藻にそっと引っ張られ、彼らから少し離れた場所に連れて行かれる。

 そして、彼らの死角になっている一台の中型馬車の影で、玉藻は連夜を真正面から見つめてその両肩をがっしりと掴んで拘束。

 変わらぬ笑顔で、しかし、妙に真剣極まりない視線で連夜の目を覗き込む。


「ねぇ、連夜くん」


「は、はい、なんでしょう?」


 連夜の背中を妙な悪寒が走り抜ける。


「連夜くんは私に嘘を言ったりしないよね?」


「はぁっ? そ、それは勿論ですよ。僕が一回でも玉藻さんに嘘をついたことありますか?」


「うんうん。わかってるけど、念押ししたかっただけ」


「わかっていただけたなら、いいんです。じゃあ、御話がそれだけだったらみんなのところに戻りましょう。他のメンバーを改めて紹介させていただきますから」


 なんとなくその場に留まるのは危険なような気がして、連夜は玉藻を連れてその場を離れようとしたのだが、玉藻の体はしっかりそこに根を張ったように動かず、それどころか、むしろ先程以上の力で連夜の体は拘束されて動けなくなる。


「た、玉藻さん、あの?」


「一応確認しておきたいんだけど。あのね、連夜くん」


「は、はい?」


「過去にあった姉妹殺しの一件の真相ってさ、実は連夜くんとギンコさんって人が・・」


 他の者達に聞こえないようなぼそぼそとした聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声。

 その小さな声はちゃんと連夜の耳に届いているのかいないのか。

 最初、連夜は呆けたような表情で玉藻の話を聞いていた。

 だが、その話がしっかりと耳に届いていたことを示すように、玉藻が最後まで語り終えたときに連夜の表情は激変した。


「わ、わかっちゃったんですか?」


 驚愕の表情を張り付けた連夜が、かすれた声で問いかける。

 すると、玉藻はさもありなんと言わんばかりに得意気に鼻を鳴らすと、豊満な胸を更に強調するように張り出して見せながら大きく深く頷いて見せた。


「やっぱりねぇ~。そんなことだろうと思ったのよね。だってさ、全然連夜くんらしくないエピソードなんだもん。『姉妹殺し』なんてさ。他の誰かは騙せてもこの私は騙せないんだから」


 『えっへん』と益々得意絶頂といった感じとなっていく玉藻の姿を、しばし唖然とした表情で見つめていた連夜であったが、最後にはなんともいえない苦笑になって肩を落とす。


「あちゃ~。まさかこんなところでバレちゃうとは思わなかったなぁ。でもまあ、玉藻さんには隠しごとできないし、しょうがないよね」


「うんうん。私に隠しごとしちゃダメなの。連夜くんは、私以外の『女』のことで秘密をもったらダメなんだからね。メッなんだから。そうそう、一番大事なことを聞き忘れていた。連夜くんにとってギンコさんは・・」


 どこか拗ねたような、そして、どこか怯えるような表情で連夜にあることを問いかける玉藻。

 しかし、それに対する連夜の返答は実にあっさりしたもの。

 どこか迷惑そうな嫌そうな表情で間髪いれずに零れ落ちた答えに、玉藻の表情が一気に明るくなる。


「だよね~。特別なのは、私だけよね~」


「当然です。そんなのわかりきってるじゃないですか。僕にとっての本当の意味での特別は玉藻さんだけですよ」


「だよね、だよね、そうだよねぇ~」


 せっかくの美貌が完全に台無しになるほど崩れて緩み切った表情で連夜に抱きついた玉藻は、三本の尻尾を嬉しさ全開でぶんぶん振り回しながら連夜の顔にキスの雨を降らせまくる。

 そんな玉藻の熱烈な愛の抱擁をしばし苦笑しながら大人しく受け続けていた連夜であったが、ふと言わなくてはいけないことを思い出し玉藻の体をそっと離す。


「あ、そうだ玉藻さん、玉藻さんが推理してのけた内容についてはどうかご内密にお願いします」


「ん? なんで? 何か事情があるとはわかってるけどさ、もう十年経つんでしょ? そろそろみんなに話してあげてもいいんじゃないの?」


「ええ。時期としてもそろそろいい頃だと思うんですが、一つだけ片づけないといけない問題がありまして」


「片づけないといけない問題?」


 連夜の口調が先程までとは違い、かなり真剣なものになっていることを敏感に察知した玉藻。

 心配そうな表情になって覗き込むと、連夜は若干強張ってはいるものの、いつもと変わらぬ笑顔で『大丈夫』と頷き返して見せる。


「もうじきそれも終わります。それさえ終われば、僕はようやくこの十年の『罪』を兄弟姉妹達に謝罪することができる。いや、それだけじゃなく、大事な友達との約束も守れるし、大切な盟友に彼女を返してあげることもできるんです。だから、なんとしても片づけないといけない。どうやっても、何をしても」


 静かだが強烈な意志と覚悟。

 連夜の背中から滲み出る濃厚な『闇』の気配に、玉藻は胸騒ぎを抑えきれず連夜の体を強く抱きしめる。

 引き寄せられたタイミングが唐突だったせいで倒れこむようにして玉藻の豊満な胸の中に顔を埋めることになった連夜は、いつも通りの柔らかさに幸せそうな表情になって顔をあげたのだったが、そこから見える玉藻の表情が今にも泣きそうであることを確認して驚き慌てる。


「た、玉藻さん、どうしたんですか? 僕、何か変なこと言いましたか」


「いや、あの、連夜くん。別に連夜くんのことを信じてないわけじゃないけど、その、もしそれを片づける時が来たら私も・・」


 拭いきれない胸の内をそのまま外に溢れだしたかのような不安に満ちた表情。

 そんな表情を胸の中の連夜に向けて玉藻は自分の想いを必死に訴える。


「玉藻さん」


「事情はわからない、けどっ!! 私もついていくから!! そのときは私もついていくんだからね!! 置いて行ったら許さないからね!!」


 連夜が抱える問題がどういうものなのか、それをどう片づけるつもりなのか、玉藻には勿論さっぱりわかってはいない。

 しかし、そのとき自分は連夜の側にいなくてはいけない。

 絶対に側で彼を守らなくてはいけない、そうしなければ何かを失ってしまう。

 玉藻の中の直感が、激しくそう告げる。

 そして、玉藻はそのことを疑わなかった。


「まだ、何も説明してませんけど」


「い、いいのっ!! 絶対ついていくんだからね!! 例えそこが害獣の群れの中だろうとも、人が行けないような世界の果てだろうとも、犯罪者達のアジトであろうとも!! 絶対絶対ついていくんだから!!」


 呆れたような表情で茶化そうとする連夜に対し、玉藻は涙目になって猛抗議。

 そんな玉藻の姿をしばし連夜は見つめていたが、やがて、大きく溜息を一つ吐き出した後、諸手をあげて降参のジェスチャーで答える。


「わかりました。あとで事情を説明します」


「え? ほんと?」


「ええ。だって説明しておかないと、玉藻さんってば、その日が来たときにとんでもないところに突撃していっちゃいそうなんですもの」


「わ、悪かったわね!! 考えなしの無鉄砲者で!!」


 自分の胸に顔を埋めた状態でくすくす笑う連夜に、玉藻は狐の顔になってやけくそ気味に叫ぶ。

 それでも一向に笑いをやめない連夜と、そんな連夜を睨みつける玉藻。

 対照的な表情で見つめ合う二人。

 しかし、結局最後には玉藻も連夜と同じような笑顔になって、声をあげて笑いだす。

 そして、そこにはもう先程までの不安はない。

 まだまだお互いのことがわかってないことだらけの二人だが、肝心のことはちゃんとわかってる。

 わかってるから、大丈夫と思える。

 大丈夫と思えるからこそ、心の底から笑えるのだ。


 たくさんの友に囲まれて暮らしている連夜であるが、その隠された『闇』のほとんどを彼らの誰にも明かしてはいない。

 たくさんの家族と共に暮らしている連夜であるが、その押し殺した『悪』のほとんどを彼らの誰にも見せてはいない。


 全てを見せることができるものなど誰一人としていなかった。

 全幅の信頼を寄せている父や母にも。

 無上の尊敬を捧げている師である老子その人にも。


 最後の一線は見せることができなかった。


 つい最近までは。


 今は違う。


 違うのだ。


 たった一人だけ違う者がいる。


 今、その人は目の前にいる。


 今、その人は彼の側にいる。 


 それは玉藻にしても同じこと。


 それを知っているからこそ、二人の絆はどんな友や家族よりも強い。

 千切れそうになってもすぐに強く強く固く固く結ばれて昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日、さらにその先に絆は強まって続いていくのだ。

 それは頭でわかることではない。

 心で感じること。

 だから二人は惹かれあい、お互いを求める。


「連夜くん」


「玉藻さん」


 再び人の顔になった玉藻は潤んだ瞳で連夜を見つめ、連夜もまた熱い視線を玉藻に向ける。

 惹かれあう心のままに近づいて行く二人の顔。

 お互いの心を確認し合うように唇と唇が重なりあう。


 ・・寸前。


「って、いちゃついている場合じゃないのですにゃ!!」


「「ぎゃっ!!」」


 自分達の間に。

 というか、正確には連夜の胸元に何かが飛び込んで来て、慌てて離れる二人。

 一体何事が起こったのかと、おっかなびっくりといった様子で自分の体にしがみつく何かを確認した連夜は、そこにいるのが見慣れた存在であることを知り更に驚きを深める。


「さ、さくら?」


 自分の体にしがみついたその小さなものは、かわいらしいメイド服姿の猫。

 それは連夜の妹同然の存在であり、宿難家に奉公しているねこまりも一族の姫さくらであった。


「はい、ですにゃ。宿難家に仕えるメイド達の頼れるリーダー、さくらちゃんですにゃ!!」


「なんでここに? って、ああそうか、スカサハについてきたんだね」


「そうですにゃ。姫様のあるところ、常に我らねこまりもお世話衆の姿があるのですにゃ。って、そんなことのんきに説明している場合じゃないんですにゃ。若様のお友達御二人が、駐車場の出入り口近くで喧嘩なさっておいでです!!」


「「はあっ!?」」


「しかも口喧嘩じゃないですのにゃ。殴り合いの大喧嘩勃発なんですにゃ!!」

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