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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
117/199

第十三話 『邂逅のとき』 その4

 鼻血の海に沈んだままメイド服姿のクリスにセクハラを続けるFの姿を呆れ果てた表情で見つめていた玉藻は、ふと横に立つ連夜へと視線を向けなおす。


「で? 結局、Fさんは、どういう誤解を避けるためにクリスくんにああいう格好させたのかしら? むしろ誤解されやすくなってるような」


「ああ、大丈夫です。誤解云々解く気は全くありませんから。ただ、自分の好みの姿にさせたかっただけですから」


「へ?」


「つまりFは無類の『男の娘』好きの変態なんですよねぇ」


「変態は言い過ぎだろ。まあ、否定はできないんだが」


 背後から聞こえてきた連夜とは別の男の声に、思わず振り返る玉藻。

 そこには妙に疲れた表情の霊山白猿(ハヌマーン)族の巨漢の姿と、その巨漢を慰めるようにして両脇から肩をたたくリビュエーとクレオの姿があった。


「ほら~。兄弟同然のJですら否定できないほど重症なんだから、やっぱ変態じゃん」


「そうキツイこと言ってやるなよ。あいつにはあいつの悩みってのがあるんだよ。おまえだって知ってるだろうに」


「まあ、知ってるけどさ、別に男の『娘』に固執しなくてもいいと思うんだよねぇ」


「まあなぁ」


「あの嗜好って治らないのかなあ」


「治るような軽いもんなら俺も美咲姉も苦労しないって」


「うんうん、流石の美咲姉様ももう処置無しって判断して、ボスのボディガード候補から外しちゃったくらいだもんねぇ」


「今日もクリスが来ることはわかっていたから連れて来たくなかったんだけどよ。どうしても来るって聞かなくてとうとう無理矢理ついてきちまったんだよ」


「困ったものですね。あれさえなければほんと優秀な参謀なんですけど」


 げんなりした口調でぼやきまくる巨漢と、その両脇で見事なユニゾンで肩をすくめてみせた二人の美女。

 そんな三人に対し、連夜はなんともいえない苦笑を浮かべて『たはは』と乾いた笑い声をあげて見せていたが、やがて表情を改めて巨漢のほうに向きなおる。


「それはともかくとして。J、急な話だったのに来てくれてありがとう」


「おいよせ、頭なんか下げるなよ」


 神妙にきちんと頭を下げて礼をいう連夜を慌てて止めた巨漢Jは、その小さな体をひょいと掴みあげて自分の大きな右肩の上に座らせる。

 そして、おっかなびっくりと言った様子ながらも尚も礼を言おうとする連夜に、牙を剥き出しにした男臭い笑みを浮かべて首を横に振って見せ、それ以上は必要ないと告げる。


「そもそもおまえにはさんざん世話になっているんだ。このあたりでこれまでの借り分の利子くらいは返しておかないとどうにも気持ちが悪い。それに、今の俺は絶賛失業中で次の仕事がはじまるまで暇で暇で仕方ない状態なのさ。おまえの話はちょうどよかったくらいだ」


「あ、そのこともそうだよ。失業中って、あれでしょ。美咲姉さんに言われて、僕のボディガードするために素材狩り旅団やめちゃったんだよね? 姉さんのいつもの暴走過保護なんだから、そんな無茶ぶり聞かなくてよかったのに。今からでも遅くないから旅団にもどりなよ。旅団長の御子柴さんには僕から事情を話しておくし」


「いや、いいんだ。もう旅団にはもどらない」


「なんでさ? 美咲姉さんが怖いから?」


 肩の上からきょとんとした表情で問いかけてくる血の繋がっていない弟の様子がなんとも言えずおかしくて、Jは豪快な笑い声をあげる。


「がっはっは。まあ確かに美咲姉さんはおっかねぇわな。だがよ、連夜。勘違いすんなよな。俺は別に姉さんに言われたからってだけで旅団を辞めたわけじゃねぇぜ」


「え? 違うの?」


「違う違う。まあ、一口には説明できねぇがよ。俺も二十歳を越えていろいろと思うところがあるわけさ。そうだなぁ、多分、ここにいるリビーや、くれよんが既に感じていたことを今更ながらに俺も感じたからかなぁ」


「なにそれ?」


「うまく言えないが、誰かと協力することも大事だけど、一人で考えて一人で決断して一人で責任を負う覚悟を学ぶことも大事ってことかな。御子柴のおやっさんや、FやKにめんどくさいところ全部任せて、いつまでもおんぶに抱っこ状態じゃダメだってことだわな。それに弟一人に何もかも全部押し付けたまま知らんぷり続ける格好悪いお兄ちゃんでいつまでもいてられないしな」


 ごつい毛むくじゃらの手で自分の頬をポリポリとかきながら、ポツリポツリと自分の考えを口に出すJ。

 そんなJの姿を横で見つめていたリビュエーとクレオは、苦笑しつつも大きく頷きを返す。


「エテ吉も成長したわねぇ」


「ですわねぇ。ただのキンニク馬鹿でしたのに。非常にゆっくりではありますが、『人』は成長するんですねぇ」


「うんうん。って、ちょっと待ていおまえら。いったいおまえら今までどういう目で俺を見ていたんだ」


 血の繋がらない姉妹達のあまりの言い種に思わず柳眉を逆立てるJであったが、幼い頃からの付き合いで彼の性格を裏も表も熟知している彼女達には全く通用せず、逆にケラケラと笑われるばかり。

 形成不利であることを否が応でも思い知らされたJは、苦虫をかみつぶしたような表情に。

 しかし、結局、最後には溜息とともに苦笑へと変わり、再びその視線を肩の上の弟の方へと向ける。


「まあ他にもいろいろあるが、とりあえず、九月からおまえのボディガードチームの一員ってわけだ」


「決心は変わらないの? 今なら御子柴さんに僕から話を通して、辞職願いの受理を撤回してもらうこともできると思うけど」


「ないな。もう決めたことだ」


「中央庁の寮住まいになるんでしょ? ゆかり達寂しがると思うけど」


「旅団にいた時だって一週間以上家を空けることなんてざらにあった。それこそ今更だ。それに同じ城砦都市の中にいるんだ。会おうと思えばいつだって会える。そういうことで一つよろしく頼むぜ」


 なんとか説得の余地がないものかと連夜は尚も巨漢の兄に言葉を投げかける。

 しかし、それに対し、彼はゆっくりと、だがはっきりと首を横に振って答えを示す。

 連夜の言葉は、彼の中の決意の壁を破るには至らなかったのだ。 


 霊山白猿族の巨漢は、心配そうな表情を浮かべて見せる弟に対し、ニヤリと笑みを作って見せる。


 何も知らない子供が見たならば、その場で泣き出してしまいそうな獰猛な肉食獣の笑顔。

 だが、その厳つい表情の中にある二つの大きな目が、とても優しい色に光っていることを連夜はよくわかっていた。

 わかっているからこそ、この優しすぎる巨漢に言いたいことがやまほどある連夜。

 しかし、何を言っても無駄であることもわかっている。

 少なくない葛藤の果て、結局、連夜は心に浮かび上がってきた言葉のほとんどを無理矢理飲み込み、悲しそうに首を横にふった。


「Jはいろいろと気にし過ぎだと思う。ほんと損な性分だよね」


「いや、おまえほどじゃない。というか、おまえのほうがいろいろと気を使いすぎなんだ。家族のことや、友達のことや、俺達血のつながらない兄弟姉妹達のことや、その他もろもろ、おまえはなんでもかんでも背負い込んで心配して面倒見て。たまにしか会わない俺でもはっきりわかるくらい、今のおまえはいつ潰されちまってもおかしくない状況じゃねぇか。頼むからもっと俺達のことを信じて頼ってくれよ」


 一見おどけたような仕草でわざとらしくおどけたような声をあげる巨漢。

 それに対して同じようにおどけた声で『大丈夫』という言葉を紡ぎだそうとした連夜であったが、彼の眼下に見えるのは本心から悲しんでいるとわかる表情。

 しかも、彼とJの話を横で聞いていた玉藻、リビュエー、クレオの三人までもが同じような悲しみに満ちた表情で自分を見詰めていることに気がついて連夜は、喉からでかかった言葉を慌てて止める。


 いつの間にか戦況が大きく逆転していたのだ。

 そのことを悟った連夜は心の中で唸り声をあげる。


(空気が重い。っていうか、痛い!! そして居た堪れない!!)


 どう見ても、どう考えても、戦況はかなり連夜に不利。

 しかし、このままこの空気の中にいるのはあまりにも辛い。

 四面楚歌になってしまったこの状況をなんとかすべく、連夜は、冷や汗をたらたら流しながらも取り繕った笑顔を浮かべて四人のほうに視線を向ける。

 そして、場を和ませるような冗談交じりの言い訳を喉から口へ、そして口から舌先へとのぼらせる。


 だが。


「「「「(じ~~~~~~~っ)」」」」


(おもっ!! めっちゃ、空気おもっ!!)


 四人から放たれる無言のプレッシャーが、連夜の頭に浮かぶ適当な言い訳をことごとく粉砕。

 蛇に睨まれたカエルのようにしばしの間、石化する連夜。

 最早、土下座するしかないだろうかと真剣に考えだしていた連夜であったが、ふと四人の中のある人物に視線を向けたことであることを思い出す。


「あ、そうだ」


「ん? 反省する気になったのか?」


「いや、それについては自分なりにみんなに心配かけてしまって申し訳ないとか、でも僕自身がやらなきゃいけないことでもあるからそう簡単にみんなを巻き込むわけにはいかないから


とか、まあいろいろとあるのだけれど、それはひとまず棚の上に置いておいて。よっと」


 ひょいっとJの大きな肩の上から飛び降りた連夜は、小走りに玉藻の横へと移動。

 完全に傍観者の立場で、ぼんやりと連夜とJのやり取りを聞いていた玉藻を引っ張ってJの前へと連れて行く。 


「Jは初対面だと思うから改めて紹介するね。こちら如月 玉藻さん。与厳大学始まって以来の才媛で、北方都市群でも最高の療術師であるブエル教授から後継者と定められているくらい凄いエリート術師なんだよね。それからあと世界で一番僕の大事な、最愛の人。そんで『ついで』にいっておくと、『一応』リビュエーさんやクレオさん、そしてうちのみ~ちゃんの大親友」


「ほ、ほ、褒めすぎだってば、連夜くんったら。そ、それにぃ、世界で一番だなんて、最愛だなんてぇ。って、私も連夜くんのこと同じくらい愛しているけどぉ」


「つ、『ついで』!?」


「い、『一応』!?」


 それぞれ別の意味で驚きの声をあげる玉藻、リビュエー、クレオの三人。

 連夜の目にも三人のリアクションははっきり見えていたが、とりあえずそれは華麗にスルーしておいて、今度は目の前のJの方へ移動して玉藻に向かって声をかける。 


「玉藻さん、こっちは僕の兄達の中でも珍しい常識人の一人で、素材狩りのプロでもあるジャッキー・ジョージィ・S・スン。通称『J』です。あそこで馬鹿騒ぎしているFや、ここにいるリビュエーさんやクレオさんと同い年。つまり玉藻さんとも同い年ってことですね」


「俺が常識人と紹介される日が来るとはなぁ。なんだか変な気分だが、ともかく宜しく頼む」


「どっちかというと昔のJは今とは全く逆の性格の人だったのにねぇ。苦労は人を変えるっていうけど、ほんとJってその典型的な例だよね」


「まあ、上にいる美咲姉さんや、リリー姉さんはともかくとして、クレオやリビュエーといい、FやK達といい、ほんと無茶する奴だらけなんだもんよ。おちおちはっちゃけていられないって。俺まではっちゃけてしまったら、更に下にいる小さな弟や妹達がえらいことになっちゃうからなぁ」


 血が繋がっていない上に、人間族と霊山白猿(ハヌマーン)族という全く別の種族の兄弟である連夜とJ。

 本来なら何一つ似てるところなどできようはずもない二人。

 しかし、二人仲良く並んで同じような苦笑を浮かべて頷き合っている姿を見ていると、二人が本当に兄弟であることがわかる。

 いつもなら、例えそれが男であったとしても自分以外の誰かと仲良くしている姿を見ていられなくて、盛大に文句を言いながら割って入ってしまう玉藻であったが、なんだか今日は妙に穏やかな気持ち。

 どちらかといえば、いつまでもそんな兄弟の仲の良い姿を見ていたくて、Jの挨拶の時に頭をぺこりと下げて返礼したあとは、じっと黙って見つめていた。


 だが。


 玉藻のように黙っていられない者達が、その穏やかな空気をぶち壊して二人に迫る。 


「つ、『ついで』って!? た、確かにたまちゃんの紹介がメインだから仕方ないかもしれないかもしれませんが、そういう言い方ってないんじゃないですか!? そもそも『大親友』って紹介しておいて、『一応』って落とすのはおかしいでしょ ボス!!」


「ボスだけじゃない、あんたもよJ!! だ~れが無茶ばかりする奴なのよ!? 最近のあんたは確かに落ち着いてきているけどさ、それまでは、あんたのほうが私ら以上のトラブルメーカーだったでしょうが!!」


 実にいい方向で紹介してもらった玉藻はともかく、全くそうではなかったリビュエーとクレオは顔を引き攣らせながら連夜とJに猛抗議を開始。

 片足でだんだんと地面を激しく踏みならしながら、指先を二人に向けて猛然と食ってかかる。 

 

「ボスからご覧になられたらそういう風に見えてないのかもしれませんが、普通の友達よりは間違いなく私達仲がいいと思うんですけど」


「あと、人目のあるところでは、私もリビュエーも気品ある女性を心がけているから、『淑女』として通っているし」


「私とリビュエーは、先程の御二人の発言を間違いと判断し、その速やかな撤回及び修正を求めますわ!!」


「そうだそうだ!!」


「「「え~~?」」」


「ちょっ、ボスやJはともかくなんでたまちゃんまで『え~~?』って言ってるのよ」


「それちょっとひどくないですか? 中学のときから付き合いのある友達に対して、あまりにあんまりじゃありませんか?」


「じゃあ、メンゴメンゴ」


「「全然誠意がこもってねぇっ!!」」


 いつのまにか二人の矛先は連夜とJから、事の成り行きをニヤニヤ笑いながら見つめていた玉藻へと移行。

 玉藻がいい加減な態度をとっていることも相まって、三人の舌戦は益々ヒートアップしていく。

 女三人あ~だこ~だと実に賑やかな様子で、そんな彼女達の様子を何とも言えない表情で連夜とJは見詰め続けていたのだが・・。

 ふと連夜が横へと何気なく視線を向けたとき、その視界に滅多に見たことがない憂いを帯びた表情の巨漢の姿が映った。


「J、どうしたの? そんな顔して?」


「いや、その。なんとなく昔を思い出してな」


「昔?」


「そういえば、あいつらいつもいつも三人で行動していたなぁって思ってさ。リビーとくれよんと、そして、ギンコと。あれはギンコじゃないんだよな。如月さんだったっけ? あいつと同じ狐型の獣人族のせいなのか、なんだかだぶっちまってさ。髪の色も目の色も違う。顔だって全然違うのに。なんだか、あいつがいるみたいだ。あいつが・・ギンコがもどってきたみたいだ。そう思ってしまってさ」


 取っ組み合いこそしてはいないものの、未だ激しくやりあっている三人の女性達。

 それは彼のすぐ目の前のこと。

 だが、すぐそこに目を向けているにも関わらず、巨漢の目は明らかにどこか遠くを見つめていた。

 遠い遠いどこか。

 もう戻らないいつかの光景を見つめていた。

 それがどこかなのか、そして、いつのことなのか瞬時に理解した連夜は、一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべたがすぐにそれを消し去り、別の表情を浮かべて巨漢の方へと向け直す。

 そこに浮かんだ表情、それはどこまでも冷たく、そして、どこまでも邪悪な表情であった。


「気持ちはわかるけど、あいつと玉藻さんは違うよ。だって、ギンコは僕がこの手で殺したんだから」


「っ!!」


 連夜の言葉にJの顔が引きつる。

 迂闊といえばあまりにも迂闊。

 そう、ギンコという彼らの姉妹の命を奪ったのは、他ならぬこの連夜なのだ。


『ギンコ』


 連夜やJが奴隷として働かされていた幼き頃、彼らをさらった犯罪組織が運営する念素石の採掘場で、苦楽を共にした霊狐族の少女。

 喧嘩っ早くて堪え性がなく、早とちりで結構自分勝手なところがあったが、底抜けに明るくさっぱりした性格で、いつも『いつかアイドルになる!!』とかいって下手歌を歌っては周りの子供達を笑わせていた。

 リビュエーやクレオとは実の姉妹同然で同時に、一人の少年巡っての恋のライバルの仲。

 JやFにとっては、手ごわい喧嘩友達。

 そして、連夜にとって彼女はもっとも信頼していた相棒の一人で。


 許すことのできない裏切り者であった。


 ゆえに。


 彼はあの日。

 奴隷組織に反旗を翻したあの日。

 他の兄弟姉妹達の目の前で彼女をその手にかけた。


 勿論、この弟とて自ら好んで『姉妹殺し』なんていう悪行を成したわけではない。

 彼が殺したギンコという少女の正体は奴隷商人達によって送り込まれたスパイ。

 組織を裏切ろうとするものや、組織にとって危険と判断したものを監視し、組織に密告、場合によっては自らの手で始末する役目を負っていた少女。

 その彼女から、他の兄弟姉妹達を守る為に、連夜は仕方なくその手を汚したのだ。

 他の兄弟姉妹達にそのあまりにも重い業を背負わせないように、自分一人で方をつけたのだ。

 それは連夜がまだたった六歳にしかなっていないときのこと。

 Jはそのことを決して忘れていたわけではない。Jにとってもそれはあまりにも苦い思い出なのだから。

 だが、目の前で繰り広げられる少女達の他愛ないやりとりが、在りし日の光景に重なって、その思いがつい口からこぼれ出てしまったのだ。


「すまん、連夜。おまえの気持ちも考えずに詮無きことを言った。許してくれ」


「ううん。別に気にしてないからいいよ。僕がギンコを殺したっていうことは純然たる事実だからね。隠しても取り繕ってもその事実は変わらない。死者となったものは生き返らない」


 心から後悔しているとわかる悲しみに歪んだ表情で連夜に頭を下げるJ。

 ところが頭を下げられたほうの連夜はといえば、首を横に振りながらも実に涼しい笑顔。

 どう見ても本当に気にしてはいないようにしかみえない。

 Jはそんな底知れぬ弟の態度に戦慄を隠せず、そのまま固まって言葉を紡ぐことができなかた。

 本来なら、気にしていないといってくれた連夜の言葉に、もう一度感謝し、この話は打ち切るべきだったのだろう。

 だが、Jの気持ちと裏腹にこの話は終わりはしなかった。

 若干眉をしかめた表情になった連夜が、特に変わった様子もなく、そのまま話を続け始めたからだ。


「それよりも、玉藻さんとギンコが似ているっていう言葉を撤回してよ。二人とも全然似てないじゃない」


 ふぐのように脹れっ面になり、口を尖らせながら抗議する連夜。

 そんな連夜の姿をみたJは、弟の本心を掴みきれずに若干たじろぐ様子を見せつつも、視線を再び視線を玉藻達のほうへと向ける。

 するとそこには、先程以上に賑やかに、そして、どこか楽しそうにはしゃいでいる女性達の姿。

 それを眩しそうに見詰めながらJはポツリと呟いた。


「おまえが言うならそうなのかもしれんが、だがな。どこか似てる気がするんだ。リビーとくれよんがあんなに素の表情で誰かと楽しそうにしゃべっているのを見るのは、いったい何年ぶりだろう?」


 Jの脳裏に再び浮かび上がるのは在りし日の思い出の数々。

 汚く狭い薄暗い坑道の中で、半人半蛇族、人頭獅子胴族、そして、霊狐族の三人の少女達が、黒髪黒目の一人の少年を巡っていつもいつも大騒ぎしていた。

 うるさくてめんどくさくて鬱陶しくて。

 そんな少女達の大騒動にいつもいつも巻き込まれて、彼はヒドイ目に合わされていた。

 改めて今思い返してみると少女達との思い出はどれもこれもロクなものではない。

 だが。

 親兄弟を目の前で殺され、故郷から遠く離れた場所へと連れ攫われ、最早奴隷として生きる未来しか見えなかったあの頃。

 少しでも気を抜けば絶望に囚われてしまうあの地獄の中で、あの大騒ぎは確かに彼の心を救ってくれていたのだ。

 思い返すたびに恥ずかしかったり、腹立たしかったり、苦々しかったりと本当にロクでもない思い出ばかり。

 それでも、そんな思い出でも、Jにとってそれはかけがえのない大切なもの。

 それを鮮やかに思い出させてくれる目の前の光景を、万感の思いで見つめるJ。

 しかし。


「いや、似てないってば、だいたい、髪の毛の色も目の色も違うでしょうが。ギンコは銀髪銀眼、玉藻さんは金髪金眼。そもそもスタイルも性格も全然全くこれっぽっちも似てないじゃない。もう~、Jはわかってないなぁ」


 なんともいえない場違いな調子の連夜の声が、懐かしい記憶を思い出させてくれる賑やかな雰囲気を木端微塵に吹き飛ばす。

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