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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
115/199

第十三話 『邂逅のとき』 その2

 頭の中が真っ白。


 何も考えられない。


 彼女がそこから離れていたのはほんのわずかな時間。


 たった十分かそこらのはず。


 なのに、いったい、何が、どうなってこうなってしまったのか?


 彼女の眼前で繰り広げられているのは、彼女以外の人にとっては、ごくありふれた光景の一つ。

 しかし、彼女にとってはとてもじゃないが許容できない、絶対にあってはならない悪夢の光景。


 彼女の目の前で、一組のカップルが、熱い熱い抱擁をかわしている。


 一人は、亜麻色の髪を短く刈り込んだ目も覚めるような妖精族の美少女。

 体のあちこちは非常にボリュームがかけるが、小柄ながらも均整のとれた体に愛くるしい笑顔がとても眩しくて、同性の彼女から見ても実に魅力的な少女。

 そして、もう一人は少女とほぼ同じくらいの身長の少年。

 黒髪黒目の人間族。

 彼女がよく知っている人物、というか、ついさっきまで一緒にいて自分に対して熱烈に愛を囁いてくれていたはずの最愛の恋人。


 なのに。


 なのにその最愛の恋人は。


 自分以外の美少女と抱き合っているのだ。

 それも非常に嬉しそうな表情で。


 一瞬、我が目を疑った彼女。

 そんなバカなことがあるはずないと、必死に冷静さを保とうとするのだったが。

 彼女の耳に飛び込んでくる二人の会話が、一瞬にしてその努力を泡と消えさせる。


「巻き込んでしまってごめん。でも、君の力がどうしても必要だったんだ」


「馬鹿、水臭いこと言うなよ。おまえのためだったら、いつだってどこにだって駆けつけるさ」


「来てくれてありがとう。本当に感謝するよ」


 どう聞いても恋人同士の会話だった。

 熱烈な恋人同士の会話にしか聞こえなかった。


 嘘だ、夢だ、幻だ。


 懸命に自分にそう言い聞かせようとする彼女。


(そ、そうよ、夢よ。きっとこれは夢に違いないわ。まだ、私は自宅で寝ている最中なのよ)


 そう自分に言い聞かせて目を瞑り、必死に早く目を覚ませ私などとやってみるが、当然のことながら夢から覚めることはない。

 と、いうか。

 むしろ改めてこれが現実であると否が応でも自覚することになり、更に気分が急降下していく。


(なんで? なんでこんなことになっちゃってるの? なんでナンデ何で~~~~~~!?)


 ついさっきまで、間違いなくあそこであんな風に黒髪黒目の少年と熱烈に抱き合っていたのは自分だったはずなのだ。


 あそこで妖精族の美少女と抱き合っている、人間族の少年 宿難 連夜は、彼女・・如月 玉藻と愛をささやきあっていたはずなのだ。


 それはわずか十分ほど前のこと。


 そうわずか十分。

 わずか十分ほど前のことだというのに、何故こんなことになってしまっているのか?


 十分前。

 玉藻と連夜は、城砦都市『嶺斬泊』の西側ゲート前にある駐車場の中に立っていた。

 連夜の大親友ロムを手助けする為に、今日ここに集まる予定になっている助っ人達を待っていたのだが、助っ人達がやってくるまでのわずかな時間あったため、玉藻は最愛の恋人連夜に力の限り甘え存分にその愛を確認したりしていた。

 甘い甘い二人だけの時間。

 間違いなくそこには誰も立ち入れない幸せな時間と空間があった。

 わずかな間ではあったが、その幸福な感覚を玉藻は存分に堪能していたわけだが、そこに招かれざる客がやってくる。

 性根の腐ったチンピラのような傭兵達。

 奴らの目的の半分は恋人連夜をいたぶるため、もう半分は玉藻の官能的な肉体を蹂躙したいがため。

 勿論、そんなことを玉藻が許すはずもない。

 連夜に被害が及ばないように、駐車場から少し離れた場所にある廃ビルに連れ出して、思う存分フルボッコにしてやったわけだが、もどってきた玉藻の目に飛び込んできたのが、この衝撃映像であった。


 目をごしごしとこすってみる。

 何度も瞬きをしてみる。

 遠くの空を一回見つめてから見直してみる。

 しかし、何をやっても、何をどうしても目の前の現実は変わらない。

 いつの間にか集まって来ていた連夜の『友達』達と思われる集団が、まるで二人を祝福するかのように取り囲んで幸せそうに嬉しそうに次々と話しかけている。


 あそこにいるのは自分だったはずなのに。

 連夜の側にいるのは自分だったはずなのに。


 玉藻の中で愛は憎しみへと変化する。


「裏切り者は許さない。浮気者には死の制裁しかありえない」


 血の涙をはらはらと流しながら、ギリギリと奥歯を噛みしめた玉藻は、湧き上がる怒りの衝動のままに歩みを進めようとする。

 

 裏切れば殺す。


 もしもそうなったそのときには迷うことなくそれを実行すると、玉藻は連夜にそう断言したのだ。

 誓いは果たされければならない。

 自分を裏切り傷つけたその代償は、払われなければならないのだ。


 玉藻の中に湧き上がった怒りの獣心が、死の制裁へと走らせようとする。


 だが、しかし。


 玉藻の足は一歩も前へと踏み出せない。

 間違いなく今、玉藻の心は怒りと悲しみの濁流の中にある。

 その激情のままに足を踏み出して怒りと憎しみの一撃をあの無邪気な裏切り者にたたきつけなくてはならないのに、その最初の一歩が踏み出せない。

 それだけが玉藻の心を安らげる唯一の方法だというのに、踏み出せない。

 どうしても、どうやっても踏み出せない。


「できない。やっぱり私にはできないよ。連夜くんを殺すなんて無理だよ。ダメだよ。できっこないよ」


 愛しているのだ。

 どれだけ嫉妬しても憎んでも悲しくても、愛しているのだ。

 『殺す』なんて言葉、口にすることはできても、実際にそれを行うなんて玉藻には到底不可能だった。

 いや、殺人という行為に対し、玉藻に抵抗があるわけではない。

 相手が連夜以外の他の誰かなら、虫を踏みつぶすかのように殺すことは不可能ではないし、こんな葛藤抱きもしない。

 しかし、連夜は別だ。特別なのだ。

 どれほど裏切られても浮気されても、彼はやはり玉藻のこの世で唯一の【(つがい)】なのだ。


「ダメ、やっぱり連夜くんを殺すなんてありえない。最終的に心中するという方法もないことはないけど、それは最後の手段だわ。まずは、連夜くんの心を無理矢理にでも取り返す。そのために」


 玉藻の中で再び燃え上がる怒りの炎。

 その矛先は連夜から、その横に立つ妖精族の少女へと切り替わる。


「私以外のメスはいらないのよ。速やかに消去あるのみ」


 ギラギラと怪しく光る狂気の光。 

 玉藻は一瞬で決意を固めると、その場にしゃがみこんでプロの陸上選手ばりに様になったクラウチングスタートの構えを取る。


「疾風の速さであのメスブタに近づいて、迅雷の一撃で首をへし折ってやる。誰にも邪魔をさせはしない。例え連夜くんにだって。気がついたそのときにはもう手遅れ。風に、一陣の風になるのよ私!! 己の体を必殺の刃と化して!!」


 恐ろしい呪詛の言葉を吐きだしながら、狂気の狐が死を運ぶ風になるべく己の中に力をため込んでいく。

 先程叩きのめした傭兵達にすら、全然本気を出さなかった玉藻。

 だが、今、玉藻は完全に本気モードとなっていた。


 先程傭兵達に対して口にした『殺す』という言葉と、今、目の前の少女に対して口にしている『殺す』は全く別物。


 彼女の周囲に吹き荒れる絶対零度の凍えるような空気が、玉藻の本気を如実に表していた。


「私の連夜くんを穢した罪を、あの世で存分に後悔するがいいわ!!」


 凄まじいばかりの闘志の炎と、凍りつくような殺意の氷で身を固めた恐るべき死の風が、今まさに吹き荒れようとする。


 まさにその瞬間。


「あ、玉藻さんだ。お~い、玉藻さ~ん!! そんなところで何やってるんですかぁ~!? 早くこっちに来てくださいよぉ~~」


「あああああああ、私の中の闘志が、殺意がぁぁぁぁ」


 あまりにも絶妙なタイミング。

 完全に狙っていたのではないか勘繰りたくなるくらいの素晴らしいタイミング。


 しぼむ。

 その声が玉藻の耳に入った瞬間、玉藻は自分の中の何かが、みるみるうちにしぼんでいくのを感じてその場に突っ伏してしまう。

 邪気のない最愛の恋人の嬉しそうな声。

 その声のせいで、まるで空気を失った風船のようにみるみるしぼんでしおしおになっていく玉藻。


「なんで、よりによってこのタイミングなのよぉ~~」


 地面に倒れ込んだ状態で血の涙を流しながら、それでも顔をあげた玉藻。

 すると、その視線の先には、物凄い嬉しそうな表情で玉藻のことを見ている連夜の姿。

 その眼は明らかに自分に対する愛情が満ち溢れているのが見てとれる。


「じゃ、じゃあ、なんで浮気なんかするのよぉ。なんで、私以外の女と抱き合ってるのよぉ。私、もう連夜くんがわからないよぉ」


 浮気をしていたというにしては、連夜の表情、視線の中にやましいところが一切見当たらない。

 普通、そんな現場を恋人に見られたら、もっと、慌てたりうろたえたりするものではないのだろうか。

 なのに、当の連夜にそんな気配は全然ない。微塵もない。どうやっても見つからない。


 それどころか、早くこっちに来いとばかりにぶんぶん手招きまでしてる。


 開き直りだろうか? それともやけくそか? あるいは何かいい、いいわけでもあるのだろうか?


 正直不可解極まりない状態だったが、もうこうなったら自分自身も破れかぶれだとばかりに、猛然と立ち上がり、玉藻は連夜の前へとすっ飛んで行く。

 

「ちょっと、連夜くん!!」


「あ、やっと来た。って、はい、なんですか?」


 何やら物凄い不機嫌な様子の玉藻に、びっくりしたような表情を向ける連夜。

 そんな連夜がちょっぴりかわいらしく感じてしまい、思わず抱きしめてしまいそうになるが、なんとかその欲求を抑え込み、玉藻は追求の言葉を紡ぎ出す。


「れ、連夜くん、そ、その横にいる女の子は誰なのよっ!? あなたのなんなのよっ!?」


「え?」


 その言葉を聞いた連夜と、そして周囲にいる友人達は一斉に連夜の横に立つ少女へと視線を向けた。


 ・・のだったが。


「え? え? わ、私? わたしですか? えっと、その何なのよって言われても、その、友達よりは親しくて、同じ師匠の下で修業したその妹弟子というか、妹分? かな?」


 突然全員から視線を向けられた狼型獣人族の美少女アルテミスは、何故、自分が注目されているのかわからないといった表情で混乱しきりの様子だったが、一応何か答えなくてはと思ったのか、連夜と玉藻の間で視線をいったりきたりさえながらしどろもどろにもなんとか言葉を紡ぎ出す。 


「うんうん、アルテミスはそうだね。アルテミスは同い年ですけど、昔からいろいろあって友達というよりは妹って感じですが、アルテミスがどうかしましたか?」


「あ、そうなんだ。アルテミスっていうのね。いい名前ね。なるほどなるほどなるほどね~。って、ちげ~って!! そっちじゃなくて!! あなたのすぐ側にいるほうよ!!」


 と、玉藻の言葉に再び連夜と、その友人達は視線を移動させる。

 そこには。


「え? 私ですか? リビュエーから聞いていなかったんですか? 私もボスに仕える近習の一人ですよ。あれ~、ひょっとしてやきもちですか? もうタマちゃんほんとかわいらしいですわね。心配なさらなくても、私とボスはそんな関係じゃないですわよ。確かにボスのことは好きですけど、そういう風に見たことありませんから」


 一同から視線を向けられたのは人頭獅子胴(スフィンクス)族の美女クレオ。

 アルテミスと違い、普段から注目されていることに慣れている彼女は、突然視線を集められることになっても大して動揺した素振りをみせず、余裕な表情で連夜にしなだりかかる。

 そして、玉藻にわざと見せつけるように連夜のほっぺに自分の頬を摺り寄せて見せたりまでするのであった。


「そういえば、クレオもリビュエーと同じで連夜くんの部下の一人だったわね。うんうん、よかったよかった。って、よかったじゃねぇよっ!! 連夜くんに近づいているんじゃないわよ!! 離れなさいよ!! 病気がうつったらどうすんのよ!!」


「あん、もう、タマちゃんったら乱暴なんですから。ってか、病気ってなんなんですの!? 私、病気なんかもってませんわよ、失礼な!!」


 慌てて二人の間に割って入った玉藻は、クレオを強引に引き剥がして遠ざける。

 そして、連夜を自分の後ろに移動させて隠しながら歯を剥き出しにして威嚇。

 そんな玉藻に対し物凄い文句を並べながらも、仕方なく後ろに引きさがっていくクレオの姿にやっと安堵した表情を浮かべた玉藻だったが、すぐに今の状況を思い出して怒りの絶叫をあげる。


「いや、だからちげ~~って、いってんべ!! 私が言ってる『そこの女』はそうじゃないんだってば!!」


「なんなんですか、玉藻さん、とりあえず、落ち着いてくださいよ。『そこの女』、『そこの女』って、アルテミスでもなければクレオさんでもないみたいだし。じゃあ、どの『女』の人のことなんですか?」


「だから~、そこの女よ!! 連夜くん、誤魔化さないでちゃんと答えて。そこにいる超絶美少女とあなたとはどういう関係なの!?」


「超絶美少女・・っていうと」


 と、玉藻の言葉に三度連夜と、その友人達は視線を移動させる。

 そこには。


「あ、あのあの。ミネルヴァ姉様のお友達の如月さんですよね。お久しぶりです、私のこと、覚えていらっしゃいませんか? ミネルヴァ姉様と一緒に小さい頃よく遊んでいただいたのですが」


 スカートの端をつまんで玉藻に優雅にお辞儀をしてみせるのは、中学生くらいの年頃の上級聖魔族の女の子。

 星を集めて髪にしたようなきらきら輝く銀髪に、透き通るような薄い紅色の瞳。

 体のおうとつは若干ボリュームに欠けるような感じもするが、恐らく大人になるにつれてそこは自然と補完され、玉藻やミネルヴァに匹敵するような美貌を誇ることになるのはほぼ間違いない完全無欠の超美少女。

 その超絶美少女から声を掛けられた玉藻は、慌てて笑顔を作って少女に視線を向ける。


「覚えてるわよ~。スカサハちゃんでしょ。久しぶりね、元気にしてた?」


「覚えててくださったんですか?」


「あったりまえじゃない。あほのミネルヴァと違って、スカサハちゃんはほんと素直でいい子だったから、よく覚えているわよ。あれは小学校の頃だったわよね。いやでも、見違えたわ。スカサハちゃん、ほんとに綺麗になったから、おねえさん、びっくりしちゃった」

 

「や、やだ、玉藻さんったら。でも、玉藻さんのほうがずっと美人じゃないですか。胸だって大きいし」


「大丈夫よ、スカサハちゃんだって大きくなるから。ほら、ミネルヴァはあれだけど、確かおばさまはかなり大きいほうだったでしょ。スカサハちゃんはお母さんにそっくりだからきっと大丈夫よ」


「ほんとですか!? ほんとにそう思われます?」


「思う思う」


「きゃ~。如月さん、ありがとうございます!!」


 手を取り合って実の姉妹のようにはしゃぎあう二人。

 非常に和やかな雰囲気に、玉藻は流されてそのまま当初の目的を忘れそうになっていたが。


「って、ちが~う!! 確かに。確かにスカサハちゃんは超絶美少女だけれども。敵にまわるとかなり強敵になりそうな相手ではあるけれども。そ、そのスカサハちゃんは連夜くんのっことをお兄ちゃんとして好きなんだよね? そうだよね? ミネルヴァのアホとは違うよね」


 しゃべっている途中で急に不安になったのか、だんだん言葉に力がなくなっていく玉藻。

 ちらちらと気弱な様子で横にいるスカサハに視線を向けて確認をとる。

 するとスカサハは、輝くばかりの笑顔でこっくりと頷いた。


「勿論です。お兄様のことは大好きで心から愛していますが、あくまでも家族としてですわ。姉の皮をかぶったあんなド変態とは違いますから」


「だ、だよね~。うんうん。私は信じてた。信じてたよ~!!」


「玉藻さん、泣き過ぎです」


「うっさいうっさい!! それもこれも、連夜くんのせいなんだからね!! 連夜くんがあっちにふらふら、こっちにふらふらするから、私がいつもいつもハラハラしなくちゃならないんじゃないのよ!! 連夜くんのバカバカ!!」


「もう、なんなんですか、いったい。とりあえず、もういいですか? あと残ってるメンバーでいうとリビュエーさんとか、ロムが連れてきた漢さんとかがいますけど、玉藻さんの口ぶりからするとなんかそうじゃないみたいですし」


 いまだに怒りの冷めやらぬ玉藻の様子を見て、ほとほと困り果てたといった表情を浮かべた連夜であったが、ふとあることに気がついて自分のすぐ横に立つ頼れる妖精族の戦友に視線を向ける。


「そういえばクリスが連れてきた狼獣人族のお手伝いのみなさんの中に女性スタッフの方が何人かいらっしゃったよね。その中の誰かのことかな」


「いや、それは確かに女性スタッフはいるけどなぁ。俺がいうのもなんだけど、アルテミス以上のレベルの美少女や美女となるとあの中にはいないと思うぜ」


「こらっ、クリス、そんな失礼なこと言うんじゃない。私のことを褒めてくれるのは嬉しいが、そういうことは言っちゃいかん」


「へいへい。アルテミスはほんと真面目だなぁ。まぁ、だからこそちゃらんぽらんな俺の嫁さんにちょうどいいんだけどな」


 へへへと舌を出しながらかわいらしい笑顔を浮かべるクリスの姿を、なんともいえない苦り切った表情でみつめるアルテミス。

 そんな風にしばらく睨みあっていた二人であったが、結局、しょうがないという感じでアルテミスが表情を緩め、自分よりも小さな体を引き寄せて抱きしめることで小さな喧嘩は呆気なく終わりを告げた。


「ほんと仲いいよね、二人とも」


「もうじき結婚するのに、仲が悪かったらまずいだろ?」


「まあそうなんだけどねぇ。アルテミス、幸せ?」


「うん。申し訳ないくらいに幸せだ。これも連夜のおかげ。ありがとう」


「いいからいいから。って、あれ? 玉藻さん、どうしました?」


 普段の自分達に匹敵するようなイチャツキ振りを見せ付けてくるクリス達カップル。

 そんな彼らの姿を苦笑を浮かべて見つめていた連夜であったが、先程まで怒りのオーラを撒き散らしていた人物の声が聞こえてこないことに気がついた。

 真横にいるはずのその人物のほうに慌てて視線を向け直してみると、呆然とした様子でクリス達を凝視している。


「あ、あの玉藻さん大丈夫ですか?」


「え、ちょ、あの、連夜くん?」


「は、はい?」


「あの、ああああのあのあのあのね」


「ええ、なんですか?」


「あの、アルテミスっていう子が抱きしめているあの子って」


「クリスのことですか? あいつがどうかしましたか?」


 やたらめったら動揺しまくり、挙動不審バリバリの様子の玉藻。

 それもそのはず、ことここにきてようやくある可能性に気がついたからだ。


 まさか、そんなはずがあるわけがない、でもひょっとするとやはりそうなのか。


 物凄く嫌な予感が玉藻の背中を覆い始めるが、だからといってこのまま流して聞かずに済ませるわけにもいかない。

 玉藻は意を決して口を開く。


「あの子ってその・・まさか、そんなはずはないとは思うんだけど、その念のためというかなんとかいうかその、一応というか、とりあえずというか、どうしても確認しておきたいというかなんというかその」


「は、はあ。なんですか? 何を確認しておきたいんですか?」


「あのクリスって子・・まさか」


「まさか?」


「男の・・子・・じゃないかな、な~んてね。そんなわけないよね」


 冗談じみた感じで問いかける玉藻。

 しかし、その眼は真剣そのもの。

 そればかりか、なんというか否定してほしい、切実に否定してくれなきゃ嫌だみたいな感じをひしひしと連夜は感じていたが、まさか嘘を言うわけにもいかない。 

 迷いに迷ったが、とりあえずやはり最愛の人に嘘はよくないと判断しこっくりと頷いて肯定の意を示した。


「いえ、間違いなくクリスは男ですけど」


「あ、そうなん・・だ・・お、男・・の子なんだ」


「は、はい。それが何か?」


 連夜の答えを聞いた玉藻は、みるみる表情を青ざめさせる。

 誰が見ても絶不調という様子に変わった恋人の姿に慌てて駆け寄る連夜であったが、玉藻は近寄ってきた連夜の体をがっしりと掴んで抱きしめると、いやいやという風にしきりに首を横にふって大粒の涙を流し始めた。


「いや、そんなのいやだ、連夜くん」


「え? へ? 何が? 何がどうしたっていうんですか、玉藻さん!? なんで泣いているんですか!?」


「う、浮気は・・浮気は嫌だけど、でもでも、それでもまだ相手が女なら、女の子ならまだ私だって」


「はぁ? う、浮気ってなんのことですか?」


「お願い連夜くん、行かないで!!」


「行かないでって、どこにも行きませんが。っていうか、この状態ではどこにも行きようがないというか」


「お願いだから、本当に心の底からお願いだから」


「なんですか? なんなんですか?」


「お願いだから、禁断の同性愛の世界には行かないでえええええええっ!!」


 大絶叫だった。

 心の底からの大絶叫だった。

 玉藻、一世一代の魂の大絶叫だった。

 

 その絶叫を聞いた、クリスとアルテミス、手助けの為に集まったその他の友人達、周囲を歩いている旅行者や傭兵、そして連夜は、その場に一斉に硬直。


 まるで時間が止まったかのようにその場に静止して動かなくなった人達であったが。


 やがて、示し合わせたかのように一斉に同じ言葉を紡ぎ出したのであった。




『なっんじゃそりゃああああああああああっ!!』





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