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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
113/199

第十三話 お~ぷにんぐ

 走る走る走る。

 城砦都市『嶺斬泊』随一の大きさを誇る閑静な住宅街の中を、小さな人影が全力で走り抜けていく。

 時間はようやく太陽が顔を覗かせたばかりの早朝。

 降り注ぐ暖かくも気持ちいい光のシャワーを切り裂いて、漆黒の風が吹き抜ける。

 住宅の塀の上から街路樹へ、街路樹から家の屋根へ、屋根からまた住宅の塀へ。

 まるで伝説の超人一族『東方野伏(ニンジャ)』のような身のこなしで、影は街の中を文字通り縦横無尽に駆け抜ける。


「連夜、連夜、連夜。どうして一人で行ってしまうの? 何故、私を置いていってしまうの?」


 大きな黒い瞳にうっすらと涙を滲ませ、悲しげな声でぽつりと呟く。

 しかし、滲んだ瞳のままでは視界がぼやけて速度が落ちてしまうため、すぐに片手でごしごしと乱暴にそれを拭う。

 そして、また元の厳しい表情になって走る速度をあげていくのだった。


 人影は、いや、彼女は走る。

 彼女にとってどんなものとも引き換えることのできない大事な大切な友達を追いかけてひたすら走り続ける。

 今まさに危険な嵐の中へと飛び込もうとしているかもしれない友達を止める為に、場合よっては彼と共にその中に一緒に飛び込み、その身を守る為に。


 彼女が彼の異変に気がついたのは二ヶ月ほど前のこと。

 彼が恐ろしい『死』の危険に晒された後から、彼の様子がおかしくなってしまった。

 おかしくなったといっても、別に奇矯な行動を取るようになったとか、人が変わってしまったとかそういうことではない。

 表面上はいつもと変わらないのだ。

 穏やかで、優しくて、彼女に対してはいろいろと気を使ってくれて、それでいてベタベタするわけでもない。

 いつもと同じ、大事な大切な友達のまま、何も変わってはいない・・ように見える。

 しかし、そうではないことを彼女は知っていた。

 他の者ではきっとわからないわずかな変化。


 それを彼女は見逃さなかったのだ。


 授業中、あるいは休み時間、あるいは放課後の一時。

 ふとした拍子に、何かを思い出しているような仕草をするときがある。

 そんなとき決まって彼は、いつもその後に物凄い嬉しそうな表情を浮かべるのだ。

 それは彼女が今まで一度として見たことがない艶やかで幸せそうな笑顔。

 それを目撃するたびに、抉られる様な痛みが彼女の胸に走る。


 不可解な変化は表情ばかりではない。

 彼の体から時折漂ってくる妙な匂いもまた彼女の胸をざわめかせる要因となっている。

 それはいつも彼の体から漂ってくる香りである金木犀の花の匂いではない。

 金木犀の花の香りは洗濯用の洗剤の匂い。

 いつも家の住人達の洗濯をしている彼の体に自然と染み付いた匂い。

 彼女が最も嗅ぎ慣れたいい匂い。

 とはいえ、その匂いばかりではないときも勿論ある。

 家族全員から愛されている彼は、美しい母親や、実姉、実妹、あるいはメイド達に盛大に懐かれることが多々あるため、その匂いが体についてしまっているときがある。

 そういった場合はその匂いの方が強く表に出てしまうことになるのだが。

 それらについては彼女も良く知っている、それらであれば別に不快に思ったりはしない。

 彼の家族は彼女にとっても家族同然であるから、その匂いを忌避したりはしない。

 

 しかし。


 そういった匂いの中に、かすかに、いや、場合によってはかなり強く、彼女の記憶に全くない匂いがついているときがある。

 『良い』匂いか『悪い』匂いか。

 一般常識的で客観的に分析すると、その匂いは『良い』匂いに分類されるであろう。

 だが、彼女にとっては間違いなく最悪の『悪臭』だ。

 どれだけ鼻に心地よい匂いであっても、その匂いの中には彼女が断じて許せない、認めてはならない何かが含まれている。

 

 苛立つ。

 ともかくイライラする。

 彼の体についたその匂いを嗅ぐたびに、自分でもわけのわからぬ怒りに駆られてしまう。


 彼女を苛立たせる理由はまだある。

 まだあるのだ。


 彼女を苛立たせる最大の原因が。


 ここ最近、彼女は彼とゆっくり共有できる時間をもっていないのだ。

 少なくともこれまではそうではなかった。


 彼の家で一緒に勉強したり(彼女の世話係も一緒だったが)

 彼と一緒に遊びに出かけたり(彼女の世話係も一緒だったが)

 放課後、彼と一緒にクラスの雑事を手伝ったり(やっぱり彼女の世話係も一緒だったが)


 ともかく彼を占有できる時間が一応はあったのだ。

 一週間に数度あるかないかであるが、それでも間違いなくあったのだ。


「それなのに!!」


 なのに、あの大事件からこっち、全くそれがなくなってしまった。

 彼の家で一緒に勉強しようと思っても、そういうときは出かけてしまっていないか、実姉や実妹達に占有されて手が出せない状態。

 ならばと、一緒に遊びに行こうと誘っても、土日は必ずといって予定が入ってる(しかも内容はごまかされて教えてもらえない)

 では、放課後くらいは一緒にと声をかけても、そそくさと家に帰ってしまう。


 嫌われて避けられているのか。

 彼が大怪我を負う事になった二ヶ月前に起こった大事件。

 その原因の中には彼女自身の問題も少なからず関わっている。

 それ故に、そうなったとしても仕方ない、そう思って一時は真剣に悩み苦しんだ。

 しかし、どうやらそうではないらしい。

 付き合いが悪くなっても相変わらず彼女のことを彼は心から心配し気にかけてくれている。

 いくら鈍感な彼女であってもそれくらいはわかる。

 と、なると原因は他にあることになるのだが、その原因がさっぱりわからない。


 わからないことが更に彼女の不安を煽り立てる。

 彼は決して誰かに守られなくてはならないような弱い存在ではない。

 社会的に物凄い差別され、学校の内外問わず敵の多い彼であるが、そんなものに屈しない強い心と、唾棄すべき嫌がらせや理不尽な暴力を自力で跳ね除けることができる強い力の持ち主なのだ。

 だから、彼女が特別心配するようなことはない。


 ないはずだ。


 ないはずなのだが。


 どうしても気になって気になって仕方ない。

 彼の変化がはっきりと見えるようになってからは、夜も眠れない日々が続いた。


 何かわからないが心配で心配でたまらず、気になって気になって仕方ない彼女は、ついに二ヶ月目にして行動に移すことを決意する。


 張り込みだ。

 彼の家に金曜の夜からこっそりと泊り込み(と、いっても家の主である彼の母親には了承済み)、週末の彼の動向を見張っていたのである。

 しかし、金曜の夜は彼の実姉に連れ出されてしまいどこに行ったかわからず終い。

 土曜の昼前に、二日酔いの状態になった実姉だけ戻ってきたが、彼自身の姿はなかった。

 ちょうど家にいた彼の母親に頼み込み、それとなく聞き出してもらったところ、彼はそのまま友達の家に行ったとのこと。

 その友達については彼の母親も、そして彼女自身もよく知っていたので、とりあえず一安心しながら彼の帰りを待つことに。

 昼が過ぎ、夕方になり、そして、そろそろ晩御飯の時間という十九時頃。

 彼から念話がかかってきた。

 念話に出た彼の実妹に、今夜は友達の家に泊まるとの言伝。

 何やら友達から手伝いを頼まれて今日明日はそれに付き合うとのこと。

 その友達とやらには彼女自身借りがある。


 ここは一つ借りを返すために彼女自身も一肌脱がなくては。

 また、そうすることで明日一日彼と一緒にいることもできる。

 一石二鳥の絶好の機会を逃すまいと、思わず念話に出て『私も手伝いますわ!!』と大声で立候補したのだが。


『あ、え~と、姫子ちゃんはいいから』


 と、あっさり断られた。


『な、なんでですの!? 私がいれば百人力、いえ、千人力、いえいえ、万人力なのに!!』


 必死に食い下がってみた。

 しかし。


『だっていま、【Z-Air III(ゼッター ドライ)】は絶賛オーバーオール中で使えないじゃん。作業終わるの早くても明日のお昼でしょ? 大分無理したみたいだから、いろいろと部品交換しないといけないし。お父さんはなんとか昼過ぎまでには終わらせたいって言っていたけど、僕が見た限りでは夕方までかかると思う。なので、今回は姫子ちゃんはパスしてね。その姿でついてきたら危ないからね。怪我しちゃうかもしれないからね。また今度手伝ってね』


 いつもと同じ優しく暖かい声。

 いつもなら彼女の心を暖かく包み込み穏やかにしてくれるそんな声。

 しかし、今回ばかりは彼女の心をちっとも穏やかにはしなかった。


「この体が。この小さく貧弱な体が憎い」


 彼の言葉と笑顔を思い出し、涙が止まらなくなった彼女は、走ることをやめてその場に立ち尽くす。

 そして、己の両手をじっとみつめるのだった。


 小さい。

 あまりにも小さくかわいらしい手。

 手ばかりではない。

 顔も、足も、体も、全てが小さい。

 いや、小さいなんてものではない。

 平均的な『人』の大きさから考えて、彼女の体は圧倒的に小さかった。

 この都市に住む『人』の平均的な身長は大体百七十五ゼンチメトルくらいと言われている。

 なのに彼女の身長は、その八分の一もないのである。

 顔の半分近くもありそうな大きくつぶらな二つの黒眼、全身を茶色い体毛に覆われた体長二十ゼンチメトルほどの小さな体、その身体と同じくらいの大きさの尻尾。

 一見リスのように見えるが、実はそうではない。

 この小さな体の前脚から後脚にかけて大きな飛膜があり、それを使って滑空することができる。

 森に住む小動物に詳しいものが彼女の姿を見たら、こう断言するであろう。


 間違いなく『モモンガ』であると。


 一応、野生の獣ではなく、『人』であることを示すように、彼女はかわいらしい白のゴシック調ワンピースを身に纏っている。

 大きな黒い瞳と長く艶やかな黒髪とあいまって非常によく似合っている。

 かわいい。

 実にかわいらしくも愛らしい姿であった。

 が、しかし。

 間違っても強そうとか威圧的とか凛々しいとかいう言葉は出てこない。出てくるはずがなかった。


 勿論、彼女は年頃の女の子だ。

 かわいい、愛らしいと言われて嬉しくないわけではない。

 だが、今回だけは、その言葉をもらっても全然嬉しくなかった。


「【Z-Air III(ゼッター ドライ)】さえあれば。こんな思いをしなくて済んだのに。どうしてこんなときに限って総点検(オーバーホール)なの?」


 悔し涙をぽろぽろ落としながら、強く唇を噛み締める。


 【Z-Air III(ゼッター ドライ)


 宿難 連夜の父親で、高名な『工術師』でもある宿難 仁によって作り出された人型装甲特殊義肢。

 人間族の中に時折生まれ出でる恐るべき超越者『勇者』。

 その『勇者』が生きながらにして己の力を放棄し、体内から手ずから取り出すことで姿を現す超エネルギー物質『勇者の魂』が組み込まれた恐るべき人型の鎧である。

 本来【Z-Air III(ゼッター ドライ)】は、脳梗塞や交通事故などが理由で全身麻痺となり、意識はあっても体を動かすことができない重症患者の為に作り出されたもの。

 しかし、それを仁とその息子が、小さな彼女の為に、彼女自身が搭乗して動かすことができるように改修したのだった。

 武骨な装甲は全て取り払って変わりに念工筋肉と念工皮膚で全身を覆い、生まれ変わったその姿は完全に『人』そのもの。

 それもかなりの美少女の姿だ。 

 普段の彼女はその【Z-Air III(ゼッター ドライ)】に乗り込んだ状態で生活している。

 ゼッターは乗り込んだ彼女とリンクし、その動きを完全に再現できることが可能。

 それどころか、『勇者の魂』によって増幅された身体能力は上級種族に匹敵し、勝るとも劣らぬ力を発揮することができる。

 だからこそ、今、その【Z-Air III(ゼッター ドライ)】を彼女は必要としていたのであったが。


「こんなことなら一週間総点検(オーバーホール)を待ってもらえばよかった」


 現在頼りの【Z-Air III(ゼッター ドライ)】は、宿難家の特別工作室に運び込まれて総点検の真っ最中。

 手足はおろか、首も腰も胸も背骨すらも取りはずされてバラバラ殺人事件の現場のようになっているはずだった。

 そんな状態であるから、組み立てるだけでも一苦労。

 仮に一旦宿難家に帰って、すぐに組み立ててもらうように頼んだとしても、いったいどれだけの時間がかかるかわかったものじゃない。


 わかっていた。

 彼女にはよくわかっていた。

 最強の武器であり無敵の防具である【Z-Air III(ゼッター ドライ)】がない状態で、彼を探し出したとしてもどうすることもできないということを。

 こんなかわいらしいぬいぐるみのような姿では、彼の足手まといにしかならないことを。


 それでも彼女は彼に会いに行きたかった。

 彼女の最大の理解者であり、かけがえのない大事で大切な『友達』に会いに行きたかった。

 側にいるだけでいい。

 決して邪魔はしないから、連れて行って欲しかったのだ。


「連夜~。連夜~。どこにいるんですの~。どうして連れて行ってくださらなかったんですの~。会いたいよ~」


 大粒の涙を流してめそめそと泣きながら、この都市のどこかにいる『友達』の名を呼びかける。

 もう先程までの勢いはない。

 一心不乱に全力疾走できたのは、どうしようもない現状から目を背けていたからで、それを認識してしまった今、もう走り出すことは彼女にはできなかった。

 大通りの真ん中で立ち尽くす小さなモモンガ。

 道行く『人』達が、それに気がついて奇異の目を向けるが、彼女にそれを構っている心の余裕はない。

 傷ついた心のままに、泣きじゃくるばかり。


 だが、そんな彼女に更なる不幸が迫る。


 なかなか立ち直ることができないままに、鼻をならし、目を真っ赤に腫らしながら泣き続けていた彼女の耳に、けたたましいクラクションの音が聞こえてきた。


 ハッと我に返り、音のしたほうに振り返った彼女は、そこに自分めがけて突っ込んでくる大型トラックの姿を見つけて思わず身を竦ませる。


「あ、ああっ!!」


 【Z-Air III(ゼッター ドライ)】と一体化しているときには絶対にしない大失敗。

 迫り来る巨大な凶器の姿が、恐怖の鎖となって彼女の体をその場に釘付けにする。


 トラックを受け止めることなど、普通の『人』には当然できない。

 回避するには遅すぎる。

 空へ逃げようとしても、自慢の皮膜はかわいらしいワンピースの中に収納されており、服を脱がないと出すことは無理。


 絶体絶命のピンチ。

 というか、もうどうすることもできない。

 彼女は死を覚悟してぎゅっと目を瞑る。


「ごめんなさい、連夜。あなたに助けてもらったのに、あなたに命をもらったのに。ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」


 大切な友達に別れと謝罪の言葉を口にする。

 届くはずのない言葉。

 それでも彼女は口にしないではいられなかった。


 そして、 猛然と迫る大型トラックの気配に自分に訪れる最後の瞬間を覚悟する。


 だが。


「あぶないっ!!」


「えっ?」


 何かが自分の体をふわりと抱きとめた。

 そう彼女が自覚した次の瞬間。

 彼女は自分の体が何かに包まれたままぐるぐると地面を転がって行くのを感じて悲鳴をあげる。


「えっ? えええっ? なに? なんですの、いったい?」


 混乱する頭。

 しかし、自分から完全に死の気配が消えたことだけはわかった。


 誰かが助けてくれたのだ。


 恐る恐る目をあけた彼女は、そこに一人の少女の姿を見つける。


 真っ白な雪のような髪と、同じくらい白い肌。

 二本の鹿のような角を頭から生やした麒麟族系の少女。

 その少女が、心配そうに彼女のことを覗き込んでいた。


「大丈夫? 怪我とかしていない?」







 真・こことはちがうどこかの日常


 過去(高校生編)


 第十三話 『邂逅のとき』


 

  CAST


宿難(すくな) 連夜(れんや)


 城砦都市(じょうさいとし)嶺斬泊(りょうざんぱく)』に住む、高校二年生。

 十七歳の人間族の少年。

 この物語の主人公で、如月 玉藻の恋人。

 自分の命よりも恋人が大事という、玉藻至上主義者。

 今回は恋人玉藻、真友ロム達と共に、危険な『外区』での冒険へ飛び出していく。 



 如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)


 城砦都市『嶺斬泊』に住む、大学二年生。二十歳。

 上級種族の一つである霊狐族の女性。金髪金眼で、素晴らしいナイスバディを誇るスーパー美女。

 この物語のヒロインであると同時にヒーローでもある。

 長い長い悠久の時の果て、ついに運命の人を見つけ出す。

 運命の伴侶連夜を守るため、今日も玉藻は戦い続ける。



 

 ロスタム・オースティン


 城砦都市(じょうさいとし)嶺斬泊(りょうざんぱく)』に住む、高校二年生。

 連夜の真友で、恋人玉藻とはまた違う強い絆で結ばれている。

 中学時代から連夜と共に荒々しい喧嘩道を駆け抜けてきた人物で、非常に義侠心に厚く頼れる人物。

 上級聖魔族の奴隷として生み出されたバグベア族の少年で、幼い頃に両親を亡くし、今は天涯孤独の身。

 連夜と彼の両親の援助を受けながら、一人暮らしをしている。





 (ハン) 世良(セラ)


 ヘテ族(麒麟種の派生種族の一つ)の少女、高校二年生。

 ロムが在籍している二ーDのクラス委員長。

 世話好きな性格で、クラスから何かと爪弾きにされるロムをかばい、いろいろと便宜を図る。

 自身が引き起こしてしまった大失敗をなんとかすべく、連夜、ロムの力を借りて危険な『外区』にあるという高級果実の採取に向かう。 




「よかった。怪我とかしてなくて、はい、これ」


「あ、あの、助けていただいて本当にありがとうございました」


 公園の木造ベンチの上にちょこんと座る彼女に、白い髪の少女はにっこり笑って紙パックの小さなジュースを差し出す。

 何の陰りもない真っ直ぐな瞳と、透き通った笑顔。

 しばしの間ぼけっとその魅力的な笑顔を見詰めていた彼女であったが、慌ててジュースを受け取り、白い髪の少女にはにかみながらぺこりと頭を下げるのだった。


「いいっていいって。そんな畏まらないでよ。大したことしてないし」


 ひらひらと片手を振ってみせながら、白い髪の少女は照れたように買って来た自分用の缶ジュースを一口すする。

 

 大通りから少し離れたところにある小さな公園の角っこ。

 公園全体が見渡せる場所にある二人がけのベンチの上に仲良く並んで座った二人。

 話し出すきっかけがないままに、なんとなく、子供たちが楽しそうに遊具で遊んでいるのを眺め続ける。


 男の子も女の子も皆、楽しそうに仲良く遊んでいる。 

 特別誰かがいじめられているということもなく、鬼ごっこしたり、缶けりしたり、おままごとしたり。

 みんな思い思いに遊んでいる。


 どこにでもあるのんびりした風景。


 何を話すということもなく二人はそんな子供たちの光景を眺め続ける。


 そうやってどれくらいの時間、子供たちを見詰め続けていただろうか。

 鬼ごっこで逃げていた女の子が、走っている途中で転ぶ姿が二人の目に突然飛び込んできた。

 かなり盛大な転び方。

 砂場に頭から突っ込み、もくもくと砂煙があがる。

 ピンクのかわいいワンピースがたちまち砂まみれ、痛みと情けなさで転んだ女の子は大きな声で泣き始めてしまう。


 そんなかわいそうな女の子の様子を見て、自分の姿が今小さなモモンガであることも忘れて、思わず立ち上がって駆け出そうとするモモンガ。

 しかし、その前に、転んだ女の子のところに一人の男の子が足早に近付いていく。

 男の子は、転んだ女の子の手を取って立たせてやると、身体中についた泥を不器用にだが優しく払ってやるのだった。

 そんな男の子の優しさに、最初は泣きべそをかいていた女の子もすぐに笑顔になり、また二人は子供たちが遊ぶ中にもどっていく。


 結局、駆け出すことをせず、ただ黙ってベンチに立ち、そんな二人の子供達の様子を見守っていた彼女。

 その目には、また大粒の涙が溜まり始めていた。


『姫子ちゃんの本当の体は、僕がきっと必ず取り返してあげるから。それまでは僕が力になるからね』


『ええ、信じてる。連夜は私の友達だもんね』


『勿論!!』


 彼女の脳裏に蘇る過去の思い出。

 その友達は今、自分のすぐ側にはいない。


「え、ちょっ。泣かないでよ」


 慌てたような声があがり、白いハンカチが彼女の大きな目に当てられる。


「ご、ごめんなさい。ちょっと、昔を思い出しちゃって」


 恥ずかしそうに小さな手でぐしぐしと涙を拭おうとする彼女の手を、白い髪の少女はそっと手を添えてやめさせる。


「目が腫れちゃうから手でこすっちゃダメだってば」


「す、すいません、でも、、みっともないし」


「みっともなくないよ。誰だって無性に泣きたくなるときはあるもの。あの子達見てて何か思い出したんでしょ?」


「いえ、あの、は、はい」


「いいじゃん。泣けないより泣けたほうが。それよりさ、私でよかったら、話してみない? まあ、これも何かの縁だし、言うだけ言えばスッキリすることもあるんじゃないかと思うんだよね」


「いえ、ですが、その」


「ごめんね、お節介焼きで。友達からもなんでもかんでも首を突っ込むのはいい加減にしろってよく怒られるんだけど、性分だからさ」


 えへへと屈託なく笑う少女。

 そんな少女がどこか大事な友達の姿と重なって見えて、彼女はなんとなくしゃべってみようという気になった。

 そうして、彼女は今、抱えている問題とどうすることもできない自分の無力さを、目の前の少女に洗いざらいぶちまけた。

 少女は、そんな彼女の言葉を茶化すことも遮ることもなく、ただ黙って頷きながら聞き続け、とうとう彼女は最後までしゃべってしまった。


「なるほどなるほど。大事な友達の一大事に駆けつけたいのに、居場所もわからないうえに肝心な力も失ってしまっているわけだ」


「情けない限りです。友達はいつも私の為に力を貸してくれるのに」


 小さな小さな肩をしょんぼりさせる彼女。

 そんな彼女の姿を見詰めていた麒麟族系の少女だったが、不意に立ち上がると何かを決心したような凛々しい表情を浮かべ、どんと力強くその豊満な胸を叩いてみせた。


「よぉし、わかったぁ。私が手伝ってあげるから、そのお友達を探そう!!」


「え? えええっ!?」


「だいたいの居場所はわかっているんでしょ?」


「え、ええ、まあ」


「じゃあ、一緒に行ってあげるから探すだけ探してみようよ」


「でも、私が行ったところで、何の力にもなれないし」


 そう言ってもじもじしながら顔を伏せるモモンガに、麒麟系種族の少女はずいっと顔を近づける。


「それは行ってみてから考えればいいじゃん。だって、その友達のところに行きたいんでしょ?」


「それは、はい、その、行きたいです」


「じゃあ、行こうよ!!」


 迷いなく差し出される白い手。

 その手をおどおどしながら見詰めていたモモンガであったが、やがて、そっとその人差し指に自分の小さな手を乗せる。


「お、お願いします。あの」


「リン」


「え?」


「私の名前はリン。リン・シャーウッド。あなたは?」


「私は、その、瑞姫」


 おどおどしながらぽつりと自分の名を口にしたモモンガ。


「瑞姫ちゃんって呼べばいいのかな?」


「え、いえ、あの」


 眩しいばかりの笑顔で尋ねてくる麒麟系種族の少女リン。

 その笑顔を見ていると、どうしても我慢できなくなったモモンガは慌てて首を横にふる。


「いいえ、それは本当の名前じゃないの。本当の私の名前は龍乃宮 姫子。よかったら、姫子って呼んでくださいませ」


「本当の名前じゃないって、隠しておかないといけないんじゃないの? いいの? 私に名前明かしちゃって」


「いいんです」


 迷いなくこっくりと頷いてみせるモモンガの姿に、リンは大きく頷いてみせる。


「わかった。じゃあ、よろしくね姫子ちゃん」


「よろしくお願いしますわ、リン」


 大きさの違う二つの手が重なり合う。

 後に終生の大親友となる二人の少女。  

 リンと姫子

 奇しくも二つの姿を持つ二人の少女は数奇な運命の果てにこうして邂逅を遂げたのだった。


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