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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
111/199

第十二話 『友者達』 その10

 彼はいきりたつクラスメイト達からセラを守るようにして立ちはだかり、敢然とそう言い放つ。

 それは普段休みがちであまりクラスに姿を見せない少年だった。

 病弱というわけではない。

 だが、家の事情で働かなくては学校に来れないほど貧乏であるという噂がある少年。

 みながみなそれを信じているわけではなかったが、彼は下級中の下級に位置づけられる最下級の奴隷種族バグベア族。

 それゆえに、恐らく噂は真実であろうと大半の者はそう思い、少年に対しあまりいい感情をもってはいない。

 何人かの生徒達が侮りきった表情でさかしげに言葉を紡ぐ。


『なんとかするって、おまえごときに何をどうできるっていうんだよ?』


『そうだそうだ、だいたいできなかったらどうしてくれるんだ?』


『確実に取れるはずだった年間無料パスが、そこの馬鹿委員長のおかげでパーになりそうなんだぞ!!』


 傍から見れば醜悪極まりない光景であったが、残念なことにそれを指摘するものは誰もいない。

 それをいいことに、彼らは更に増長しきった言葉を吐き出そうとする。

 だが、その前に、少年は凄まじい眼光を放って有象無象の生徒達を黙らせると、あくまでも静かな、だが決然とした態度で口調で言い放つ。


『なんとかできなかったそのときは、俺が責任を取る。責任をとってお前達の言うことをなんでも聞こう。その代わり、これ以上委員長に責任を被せるのはやめろ』


 一瞬静まり返る教室。

 少年の裂帛の怒声に教室内のほとんどの生徒達が気圧されて、言葉をなくしてしまっていた。

 とはいえ、それでも尚、何人かの生徒は性懲りもなくその少年とセラに対し心無い言葉を浴びせようとする。

 だが、結局、少年の恐ろしいまでの気迫を前に、それ以上言葉を紡ぐことができず、皆、すごすごと自分の席へともどっていくのだった。


 こうしてセラは、その少年のおかげでなんとか事なきを得た

 しかし、だからといって肝心な問題が解決したわけではない。

 一旦棚上げされただけで、依然として材料が手に入らないという事実は残ったままなのだ。


 助けてもらったことは素直に嬉しい。

 男勝りで喧嘩っ早く、全然女らしくない彼女は、誰かを庇うことはあっても誰かに庇われるなんてことはこれまで一度としてなかった。

 だから余計に今回のことは嬉しかったのだが、だからといってこのままだと、その恩人が大変なことになってしまう。


「オースティンくん。気持ちはありがたいけどさ。やっぱりこの件は自分でなんとかするよ。オースティンくんに迷惑かけられないし。みんなには私が責任を取るってことで話をつけてくるから」


 放課後、校舎裏の人気のないところにバグベア族の少年を呼び出したセラは、そこで自分の引き起こしてしまった事件から手を引くように少年を説得しようとしたのだが。


「まぁまて、委員長。今のところ委員長としては手詰まりなんだろう? 『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』だったか? それを手に入れる方法が皆目みつからないんじゃないのか?」

 

「そ、それはそうだけど、でも、これ以上オースティンくんに迷惑かけられないし」


「別に迷惑ではない。友達を助けるのは当然のことだ」


 心底申し訳ないと表情を曇らせるセラに対し、少年は清々しいまでの笑顔できっぱりと言い切った。

 後悔の色など微塵もみられない笑顔、

 むしろそれが当然といわんばかりに誇らしげに輝く少年の笑顔を、セラはうっとりと見惚れてしまう。


「それにな、一応全く無策というわけではないのだ」

 

「えっ?」


「俺の知り合いにこういったことに対して、滅法頼りになる奴が一人いるんだ。奴ならこの難題をどうにかしてくれるかもしれない」


 そう言っていたずらっぽく笑った少年は、頼もしく『任せとけ』と請け負ってくれたのであった。

 結局、それ以上少年を引き止めることは愚か、ぽ~~っと最後まで見惚れたまま見送ってしまったセラ。

 はっと気がついたのは、完全に少年の姿が見えなくなったあと。


 猛烈に後悔したセラであったが、それこそ後の祭り。 すぐに携帯で連絡をつけようと思ったが、少年の念話番号をセラは知らなかった。いや、それどころかどこに住んでいるかも知らない。彼と親しい友達にでも聞こうかとも思ったが、彼はクラスで孤立している存在。

 クラスメイトの中で彼と親しくしている生徒を見たことなどただの一度もない。

 焦るセラであったが、ふと、あることに気がついて愕然とする。

 他でもないセラ自身が、あの少年とほとんど言葉を交わしたことがなかったことに、今更ながら気がついたのであった。

 一年生のときも一緒のクラスであったことから、彼のことを全く知らなかったわけではない。

 クラス内で孤立し、クラスメイト達と何度かぶつかり合いそうになったところを、委員長としての務めで何度か飛び込んで止めた。

 そういう意味での付き合いはある。

 しかし、言ってみればそれだけしかない。


 それだけしかない付き合いだというのに、彼はセラのことを助けてくれたのだ。


 正直不思議で仕方ない。

 ひょっとすると何かの罠ではないか。

 一瞬、そんな考えも頭をよぎる。

 しかし、あの目。

 決意に満ちて真っ直ぐに光るあの目。

 あれは嘘をついていた目ではないし、何かを腹の中に隠しているという目でもない。

 

 と、なると、やはり理由は一つしか考えられない。

 本当にセラのことを助けようとしてくれているのだ。


 そういう結論に達した瞬間、セラの胸の中を正体不明の何かもやもやしたものが充満し、顔から火が吹きそうなくらい血が上ってわけがわからなくなってしまった。

 家に帰ってからもそれは収まらず、そのたびに床の上を意味不明の言葉を喚き散らしながら転がりまわってしまう。

 どうにも自分で止められず、その姿を見た両親や弟や妹からは、本気で心配されてしまったものだが。

 ともかく、あの少年のことを考えるたびに顔を真っ赤に染めて床を転がりまわってしまうセラ。

 自分でも『変だ』『おかしい』とわかっていたが、解決方法は全く見つからず、結局そのまま今日まで来てしまった。

 

 材料のことは勿論、少年のことが気になって気になって仕方なかったが、連絡先は全くわからないまま、彼の知り合いもみつからないままの状態で、どうすることもできない。

 一応、自力でも『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を探してみたセラ。

 知り合いや親のツテを頼ってみたり、街の百貨店やスーパーを片っ端からあたってみたり、分厚い念話帳をめくって問屋さんに問い合わせてみたり。

 しかし、全ては無駄であった。

 どこに問い合わせても答えはほとんど一緒。

 口から紡ぎだされる言葉そのものは違うのだが、内容は変わらない。


『アルカディアとの交易が再開しないかぎり、どうすることもできない』


 悶々としながら五日が過ぎ、結局なんの進展もないままに週末を迎えることになってしまった。

 そして、昨日。

 少年のことも材料のことも気になって気になって仕方なく、かといって自分が打てる手はもうない。

 ならばと割り切って頭と体を休ませようと思っても、思い浮かぶのは少年のことばかりでちっとも休めない。

 そんな感じで自室にこもり、部屋の中を熊のようにいったりきたりを繰り返していたセラであったのだが、そんなときにあの少年から連絡が入ったのだ。

 最初、携帯念話の水晶画面に映ったルーンナンバーが記憶にないものであったことから、なかなか念話に出なかったのだが、あまりにしつこくなり続くので、根負けして通話ボタンを押したところ、念話の相手はあの少年。

 待ちに待っていた相手からの連絡に、舞い上がってしまうセラであったが、舞い上がりすぎて言葉がで咄嗟にでない。

 自分でも意味不明の言葉の羅列を繰り返し、さらに混乱してしまう。

 だが、そんな状態のセラに対して、少年は呆れた様子もなく相変わらずぶっきらぼうではあっても優しい声でセラに話しかけ、そして、思いもよらぬ言葉が紡ぎだされた。


『材料のほうだが、なんとかなりそうだぞ』


 と。


 一瞬何を言われたのかわからずポカンとしてしまう。

 だが、念話の向こうでセラがそんな状態であるとは思わない少年は、落ち着いてはいるが嬉しさを隠せない声で説明を続ける。

 その説明を上の空に近い状態で聞いていたセラ。

 あまりのショックでほとんど聞き流してしまったのだが、どうやら、都市の郊外に野生の『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』が群生している場所があるらしく、そこに日曜日に取りに行くことになっているということだけはなんとか聞きとることに成功。


『こ、郊外? 郊外って、それ『外区』ってこと!?』


『ああ、そうだ』


『き、危険じゃない!! ダメよ!! ダメダメ!! 『害獣』や原生生物がうようよいるのよ!?』


 さっきまでの嬉しさは一気に霧散。

 血の気を失った表情で念話の向こうの相手を必死に説得しにかかるセラであったが、相手は相変わらずの落ち着いた様子。


『大丈夫だ。このまえもいったと思うが、こういうことでは滅法頼りになる奴が案内してくれるんだ。奴がいればどうにでもなるさ』


『そ、その人、プロの傭兵か何かなの?』


『いや、同級生だが』


『は?』


『うちの学校に在籍している同級生だよ』


『え、えええええっ!?』


 予想外の少年の言葉に思わず大声で絶叫してしまったセラ。

 しかし、少年は笑い声させ響かせながら余裕の様子で『大丈夫』と繰り返すばかり。

 あのときと同じく『任せておけ』と頼もしく請け負ってくれる少年であったが、流石に今回ばかりは無条件で信じることはできなかった。

 セラは、瞬時にある決意を固めると決然とその言葉を紡ぎだす。


『私もついていく』


『は?』


『だから、私もついていくから!! 絶対ついていくからね!!』


 その後すったもんだがまたもやあったのだが、結局、セラは自分が同伴することを承知させた。


 そして、今日はその日曜日。

 今は集合時間の十分前。

 セラはその集合場所である城砦都市『嶺斬泊』の最西部にある『外区』西側ゲート前に立っている。


「ここで待ち合わせってことになっているんだけど」


 高層ビル並みの高さでそびえたつ巨大な外壁の前。

 『外区』にこれから出かけていく、あるいは『外区』からやってきたと思われる旅行者達の姿や、その旅行者達を迎えに来た者達、見送りに来た者達。

 あるいは、これから『害獣』を狩りに行くのか、殺気だった完全武装の傭兵達が大きな戦闘用馬車へと急ぎ足で乗り込んでいく姿も見える。

 そんな風に溢れかえる人の海の中で、セラは必死に目指す少年の姿を探す。

 セラは想う。

 きっと、あのときと同じような頼もしい笑顔で自分を待ってくれているに違いない。

 そして、優しく自分を迎えてくれるだろうと。


『忙しい中よく来てくれたな、委員長』


 自分の脳裏にそんな彼の姿を思い描いたセラ。

 急速に突き上げてくる衝動のままに、あやうく人の海のど真ん中で転がりまわるところであったが、なんとかそれをぐっと押さえこみ、緩みそうになる顔の表情を全身全霊の力で仏頂面へと変化させる。


(絶対。絶対変な顔にならないわよ。お、オースティンくんと会ったときに変顔になってしまったら、目も当てられない、それだけは絶対絶対さけないと!! 無念無想。無念無想。無念無想)


 心の中で懸命にそう念じながら仏頂面で少年を探し続けるセラ。

 だが。


「忙しい中よく来てくれたな、委員長」


 ぽんと肩を叩かれて振り返ったセラがみたもの。

 それはセラの心のキャッチャーミットに直球ドストライク。

 脳裏に描いていたのとほとんど同じ、いや、それ以上に眩しい笑顔で微笑みかけてくる少年の顔を、不意打ち気味にまともにみることになってしまったセラは、一瞬にしてその顔を沸騰させる。


「いやああああっ!! 想像通りだったぁぁぁぁ!!」


 真っ赤なトマトよりもはるかに赤い顔のまま、人の迷惑も省みず、床の上を盛大にごろごろと転がって行く。


「い、委員長どうした!? 具合でも悪いのか!?」


 突然転がりだしたセラの姿を、心底びっくりした表情で追いかけていくバグベア族の少年ロム。

 そんなロムの声を聞いて、すぐに我に返ったセラ。

 慌てて立ち上がると、急いで身体中の砂埃を両手で落とし、誤魔化すように必死に笑顔を取り繕う。


「ううん、全然、絶好調!! っていうか、今、絶好調になったから!! 物凄い体の調子よくなったから!!」


「そうなのか? しかし、少しでも体調が悪いならやめておいたほうが」


「ば、馬鹿なこと言わないで。元気溌剌。準備万端。ほ、ほらほら、私ってばこんなに元気なんだから!!」


 心配そうにセラの顔を覗き込んでくるロム。

 その顔を間近にみて、またもや動揺し思わず奇声を発しそうになるセラだったが、なんとか平静を装って自分の好調ぶりを猛アピール。

 『おいっちにさんんし』なんて掛け声をかけながら、懸命にストレッチ体操をしてみたり、『はっ!! やっ!!』と無意味に格闘技の構えをとってみたり。

 その甲斐あってか、彼女の目の前に立つ少年はなんとか表情を和らげる。

 それを確認し、セラはほっと安堵の息を吐き出した。


「まあ、大丈夫ならいいんだ」


「うんうん。ま~かせなさい。私がついていくからには百人力なんだから」


 本当に心配そうにしてくれるロムの表情にまたもや見惚れそうになるセラ。

 しかし、今度は取り乱さないわ、それどころか頼りになるところを 見せ付けてやるんだからとばかりに胸を張って見せる。

 だが。


「ああ、委員長はほんといつでも一生懸命で頼りになるものな」


「でしょ~」


「でも、本当に危ないときは俺が守るからさ」


「え?」


「なんだかんだいっても委員長はかよわい女の子だし。危険なことは男の俺がやればいいのさ」


 さりげなくかけられた言葉。

 だけど、決してその言葉が軽くないのがわかってしまった。

 わかってしまったそのことが、セラの心の直球にジャストミート。


「きゃああああ、女の子扱いされたああああああっ!!」


 あまりの嬉しさにまたもや地面を盛大に転がって行くセラ。

 もはや、走っているのと変わらない速度で砂煙をあげながら爆走していく。


「ちょ、まっ、い、委員長!?」


 またもや転がり去って行くセラに驚き、慌てて追いかけていくロム。

 

「女の子だって!! 女の子だって!! 私のこと女の子だってぇぇぇぇっ!!」


 女の子扱いしてもらえたことがめちゃくちゃ嬉しかったセラは、顔を真っ赤に染めながらスピードアップ。

 実はセラ、今の今まで男の子達から女の子扱いしてもらえたことが一度もなかったのだ。

 『曲がったことが大嫌い』、『悪は絶対許さないぜ』がモットーの自他共に認める熱血活劇少女であるセラ。

 その頑固一徹、正義一直線の性格故に、男子顔負けのケンカをすることがたびたびある。

 彼女の親しい者達はみんなそのことを知っているので、男友達も女友達も彼女のことを殊更女の子扱いしないのだ。

 セラ自身、他人に弱いところを見せるのは大嫌いなので、特に望んでいるわけではなかったのだが・・


(何これ、何これ・・なんか、すっごい嬉しいんだけど、私!!)


 翼があったらこのままどこまでも飛んで行けそうなくらいのフワフワ感。

 追いついてきたロムに止められなかったら、進行方向にあったドブ川にそのままダイブしていたかもしれない。

 それくらい有頂天になっていたセラ。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか、委員長? なんか顔が赤いし熱があるんじゃないのか? 風邪ひいて体調悪いんじゃないか?」


「し、し、心配してくれるの? 私のこと心配してくれるの?」


「当たり前じゃないか。いくら委員長が強くてもかよわい女の子なんだし」


「『かよわい女の子』キターーーーーーーーーー!!」


 転がることはなんとか堪えたが、その代わりに力一杯歓喜の絶叫をしてしまうセラ。

 もういちいち女の子扱いしてくれるロムに完全に夢中のセラである。

 当初の予定も頭からすっぽり抜け落ちていて、このままデートを申し込まれたら何も考えずに自動的に首を縦にふってしまっていただろう。

 だが、相手のロムは当然そんなつもりは全くなし。

 自分の言葉にいちいち反応して突拍子もなく浮かれ騒ぐセラの様子に、怪訝な表情を浮かべつつもなんとかなだめすかして落ち着かせることに成功。


「ご、ごめんねオースティンくん。なんかもうほんと落ち着きなくてごめん。ほんとごめん。ほんっと~にごめんなさい」


「いやいや、いいんだ。なんかこっちも悪かったよ。よく考えれば実際にブツが手に入ってから連絡すればよかったよな。そうすればこんな風に委員長に気を使わせなくて済んだのに」


「ううん、そんなことないよ。言ってくれてよかった。元はと言えば私の失策だし、それをオースティンくん一人に押し付けてのほほんとしていたくないもの」


 やっと落ち着いたセラであったが、落ち着いて見てもやっぱり目の前の少年が妙に優しく頼もしく見えて、柄にもなく泡立つ心を抑えきれずにきらきらと眼を輝かせてしまう。

 客観的に自分を観察していたら、『この女、気持ち悪ぅ!?』と鳥肌をたててしまうだろうなぁと思うのだ。

 だが、そんな自分を見ても少年は一向に変な顔をせず、優しい表情と態度を変えない。

 そのことが更にセラの心を浮き立たせるが、とりあえず、ずっとこのままここですったもんだしているわけにはいかない。

 今日ここにやってきたのはデートをするためではないのだ。

 目的はただ一つ。

 『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を手に入れるため。


「そうだ。俺達はこれからその『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を獲得するために『外区』に行く」


 少年に促されたセラは、彼の横に移動して一緒に歩きだす。


「『外区』か。本当に行くの? 危険だよ? 『害獣』や原生生物がうろうろしているんだよ?」


 何の気負いもなく悠然と歩みを進めて行く大柄な少年の顔を覗き込む。

 すると、少年は口だけをかすかに笑みの形に作りセラのほうへと向ける。


「心配いらん。今回の『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』獲得作戦を立案し、実行指揮を執るのは俺がもっとも信頼している漢だ」


「そういえば、うちの学校の同級生だって言っていたわね? オースティンくんがそこまで信頼する人っていったい」


「あそこにいるあいつがそうだ」


 不意に立ち止まった少年が指さしてみせたのは、西側ゲートの一番奥にある中型馬車置き場。

 そこにある一台の戦闘用中型馬車の背面扉付近で、忙しそうに荷物を積み込んでいる大勢の人影が見える。

 その中でも小さい人影の一つが、ロムとセラに気がついてその手を止めた。


 黒いだぶだぶの戦闘用コートに身を包んだ黒髪黒目の人間族の少年。 

 

 少年は嬉しそうな表情でロムを見つめ大きく片手をふってみせる。


「お~い、ロム。こっちこっち」


「おう、今行く」


 負けじと大きな声で返事を返したロムは、横に立つセラに顔を向けなおす。


「ダチの連夜だ。宿難(すくな) 連夜(れんや)


 嬉しそうに少年の名前を紹介するロム。

 だが、セラはそれに対して返事を返すことができなかった。

 呆然とした表情で、しばしぱくぱくと口を動かしていたが、やがて、ロムと連夜の間を何度も何度も視線をいったりきたりさせる。


 セラは彼のことを知っていた。

 セラは連夜のことを知っていた。

 それはそうだ。

 御稜高校に通う、大概の生徒が知っている有名人なのだから。

 

 御稜高校最大最悪の嫌われ者。


 そして、彼女が大嫌いな宿敵ヘイゼル・カミオが在籍しているニーAの生徒の一人。

 

 自分を策にまんまと嵌めて奈落に落としたヘイゼルのクラスメイトが今回の作戦の司令官だという。


 天国から一気に地獄へと滑り落ちていく気がした。


「そ、そんなばかなああああああああっ!! ・・がくっ」


「え、ちょっ、委員長!? こ、今度は気絶っ!?」 

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