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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
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第一話 『宿難家の朝』 その1

 肌に冷たさを感じることがなくなり、ようやくぼんやりとした暖かさが広がるようになってきたゴールデンウィーク前の月曜日の朝。

 一人の戦士の一日が始まる。

 パリッとした白いカッターシャツに、紅色のネクタイ、紺色のスラックスという典型的な学生服。さらさらの黒髪に、大きくくりくりとした瞳が特徴的な、かっこいいというよりも圧倒的にかわいい感じの顔に、平均的な高校生にしては若干小柄で華奢な体格の持ち主。見るからに優しそうだが、優しいばかりでなくどこか意志の強さを感じさせるオーラをまとっており、平凡な姿ながらどこか人の目を惹きつけるような魅力を持っている。


 戦士の名前は『宿難(すくな) 連夜(れんや)


 自宅からすぐ近くにある都市立(としりつ)御稜(おんりょう)高等学校(こうとうがっこう)に通う高校二年生であり、宿難家(すくなけ)の家庭の平和を守る為に日夜戦い続ける守護戦士。


「さあ、今日も一日がんばるぞ!!」


 空気の入れ替えの為に全開にしたサッシから庭に出て大きく伸びをすると、一度深呼吸してから日課にしているストレッチ体操を行なう。念入りに体をほぐし、ごきごきと首を曲げて肩をならす。


「よし、準備体操終わり!」


 そう呟くと、再びサッシを通って家の中へともどり、まずは洗面所に向かう。顔を洗って歯を磨くためではない。洗面所についた連夜は、洗面所のすぐ横に置いてある、洗濯かごを手に取った。洗濯かごは連夜が両手で抱えるようにしないと持てないくらい大きいが、それにもまして今洗濯かごにつまれている洗濯物は倍以上の体積で山積みになっていた。男物女物子供物に、作業着やら下着やら制服やら実に様々なものが雑多に入れられている。それらをよいしょと抱えて、洗面所からちょっと離れた場所にある魔道洗濯機のところまで移動すると、手なれた様子で洗濯機の中に洗濯物を放り込んでいく。

 一見無造作に放り込んでいるように見えるが、よく見るときちんと種類を選別して洗濯機に放り込んでいるのがわかるだろう。ある程度まで洗濯物を放り込んだところで、自家製の洗剤と漂白剤を入れてスイッチを押す。


「やっぱり、白霧草と分解石の組み合わせが一番妥当なのかなあ。でも、あんまりやりすぎると色が落ちちゃうしなあ・・」


 と、ブツブツと独り言を呟きながら洗剤のブレンドについてちょっと考えてみたりするが、あまり時間もないので、とりあえずここは置いておいてキッチンに向かう。

 パタパタとキッチンに入ってきた連夜は、壁にかけてあったかわいいひよこのアップリケがしてあるエプロンを身につけると、昨日のうちに研いで水につけておいた米が入った理力炊飯器のスイッチを押す。そして、氷太刀(ヒダチ)製の大型冷凍霊蔵庫から食材を取り出すと、手際よく調理しはじめた。

 愛用の包丁をなれた手さばきでふるい、長ネギや豆腐をちょうどいい大きさに切って鍋の中に放り込んでいく。ちょっと大きめのサンマは三つに切って魚焼き用のコンロへと。魔法のスモーククリーナーのスイッチをいれて、コンロからでている煙の処理も忘れない。サンマが焼き上がるまでの時間を利用して、大根おろしを用意する。大根おろしができあがるころには、サンマがいい具合に焼け上がっており、これ以上焼くと焦げてしまうと寸前の絶妙なタイミングで引き上げて皿に盛る。もちろん大根おろしを添えることは忘れない。これだけだとおかずとして寂しいので、霊蔵庫から卵を取り出し、卵焼きを作ることにする。素早くボウルに卵を割ると、あらかじめ作っておいてある秘伝のだしと砂糖を少量混ぜて軽くかき混ぜる。そして、熱しておいた卵焼き用の長方形のフライパンに卵を流し込み、ちょっと焦げ目がつくかつかないか程度に焼き上がった卵を見事な腕でくるくると巻いてしまう。出来上がった卵焼きはきれいに包丁で一口サイズにきられて皿に盛りつけられる。

 このままだと野菜が少ないので、あと一品ホウレンソウのおひたしを作ってしまう。

 これで朝食は完成したが、家族のみんなの弁当ができていない。

 今日はどうしようかなあと、考えながら、とりあえず様子を見るために一度洗濯機のところにもどると案の定第一回目の洗濯は終了していた。洗濯物が入っているものとは別の空の洗濯かごをもってきて、洗濯機から洗ったばかりの洗濯物を取り入れて、代わりにまだ洗濯していない洗濯物を洗濯機の中に放り込む。そして、それを抱えてもどってくると、いつのまにかキッチンに別の人物が立って何やら調理していた。


「あ、お父さん、おはよう」


「やあ、連夜くん、おはようございます。今日も早いね」


 人好きのする笑顔を向けてくる自分とよく似た容姿の父親にうれしそうに朝の挨拶をする連夜。

 他の兄弟とは全く似ていない自分が正直あまり好きではない連夜だったが、父親と似ていることは素直にうれしかった。自分がもう少し歳をとったら、きっとこうになるに違いないと思わせる目の前の人物は、連夜にとっていろいろな意味で憧れであり目標でもあった。


宿難(すくな) (ひとし)


 連夜の実の父親で、連夜と同じく人間族。特殊な薬草や霊草の栽培を生業としており、その筋ではかなりの有名人。市場にはなかなか出回ることがない、『人』の手で栽培することは難しい、ましてや自然にあるものを採取することはもっと難しい種類の薬草や霊草を栽培する物凄い技術を持っているため、医療関係をはじめとする実に様々なところから日々注文が殺到しており、とてつもなく忙しい毎日を送っている。

 元々、宿難家の家事一切を取り仕切っていたのはこの父親であったのだが、今は彼の最大最強の弟子である連夜がほとんどを任されて行っている。


「今日は僕がみんなのお弁当作るよ。連夜くんは、悪いけど洗濯物ほしちゃってくれるかな」


「了解しました、師匠!」


 父親の言葉にふざけて敬礼をしながら了承の言葉を言うと、父親はすっと近づいてきてわしゃわしゃと連夜の頭を撫ぜた。


「ほんと連夜くんはかわいいなあ・・」


「・・男がかわいいっていわれても嬉しくないです!」


 父親の言葉にちょっと反発してみるが、父親に頭を撫ぜられるのは嫌いじゃないので、されるままになっておく。というか、むしろお父さん子である連夜は、そうやって頭を撫ぜてもらうのが子供の頃から大好きだったので、久しぶりに撫ぜてもらえて嬉しくて、憎まれ口を叩きはするものの、その表情は言葉を完全に裏切って笑顔になっていた。

 連夜は、小さい頃からずっと父親と共にあった。母親は連夜を産んだときにはすでにこの都市の中枢を握る『中央庁』の御偉いさんで、連夜を産んで一年ほどは連夜の側にいたのだが、周囲に促されてすぐに仕事に復帰せざるを得なくなってしまい、その後父親が後を引き継いで連夜をつきっきりで育ててくれた。

 自分と同じ、全種族最弱の人間族に生まれてしまった息子連夜を父親は非常に心配し、常に連夜を自分の側に置き続けた。それは決して甘やかし続けたということではない。父親が連夜を側に置き続けたのは、最弱の種族人間族に生まれてきた息子がこの世界で生き残っていけるように、彼が身につけてきた技術、知識、技能を教え込むためであった。いや、それだけではない。父親は、自分が会得していない、しかし、間違いなく息子の為になると思われる様々な技術の名匠達の所に息子ともども弟子入りし、それらの技術を一緒に学ぶことで息子を見守り続けた。

 そうやって父と子は二人三脚でずっと歩み続けてきた。

 なので、この二人の親子には他の家族にはない特別な絆があり、二人はとてもそれを大事にしていた。

 ここのところ父親の仕事が忙しくなり、連夜もいろいろと一人で活動することが多くなってすれ違うことが多くなっていたが、それでも二人はどこかで通じ合っていた。連夜の頭をなぜることをやめた父親は、その想いを確認するかのように連夜の身体を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。連夜もまた自分よりも若干大きい父親の身体を黙って抱きしめ返す。

 そして、しばしそうやって抱きしめあたあと、父親は連夜の背中を二つほどぽんぽんと叩き身体を離した。


「じゃあ、洗濯物お願いしますね」


「は〜い」


 とてとてと父親からはなれて洗濯物をまたよっこいしょと担いだ連夜は、一度振り返って父親のほうに顔を向けにっこりとほほ笑みかける。すると父親も笑顔を浮かべて返し、それを確認したあと連夜は満足そうな表情になって庭にでていくのだった。

 庭に出た連夜は、一瞬太陽の眩しさに目を細める。しかし、すぐにその光になれてきて、すたすたと庭の中央まで歩いて行き、そこに置いてある物干しざおに一つずつ、しかし、次々と素早く、そして手際よく洗濯物を干していく。

 パンパンと洗濯物を広げてほしながら空を見上げてみると、抜けるような青空の中をいくつもの白い雲がゆっくり流れていくのが見えた。今日もいい天気になりそうだなあと、のんびり思いながらも、その手を休めることなく洗濯物を物干しにかけていく。

 そんな感じで、洗濯かごいっぱいあった洗濯物を半分ほどかけ終わろうとしていたとき、何かが近づいてくる気配を察して少年はふとそちらに視線を移す。連夜の視線の先に三つの小さな『人』影が映る。その『人』影はまっすぐにこちらへと向かってこようとしていた。その『人』影が何者なのかすぐにわかった連夜は、慌てることなく優しく温かい笑みを浮かべて見せると、その『人』影達に声をかける。


「おはよう、みんな。今日は早いね」


 すると、声をかけられた小さな『人』影達は、一斉に連夜の周囲を取り囲み賑やかに『にゃいにゃい』言い始めるのだった。 


「お、おはようございますですニャン、若様!!」


「若様に洗濯をさせてしまうとは、我ら一生の不覚ですニャン!!」


「そのような些事は全て私どもがやりますニャン、若様はどうぞリビングにてお待ちくださいませニャン!!」

 

 身長は一メトルもないであろう。小柄な体格をかわいらしい黒いメイド服に包みこんだ彼女達の姿は、誰が見ても直立した『猫』だった。

 

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