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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
106/199

第十二話 『友者達』 その5

 真友からの問い掛けがあった後、連夜はすぐには返事を返さなかった。

 いつになく放心したような表情で小首を傾げ、とても不可解なことを聞いてしまったが、自分の聞き間違いではないのだろうかと言わんばかりに、目の前の真友の顔を穴が開くほど凝視する。


 今、彼が口にした『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)

 『素材』としてならば、『工術』、特に『薬工』に関わるものにとっては聞きなれた単語。

 『果物』としてならば、コックやパティシエなどの調理関係者にとっては聞きなれた単語。

 また『贈答品』としてならば、一部の上流階級の者達にとっては聞きなれた単語であるといえる。


 しかし、そうでないものにとってはほとんど馴染みがない代物なのだ。


 一応、大きな百貨店などで扱っている場合もあるから、目にする機会は誰にでもあるだろう。

 とはいえ、必要とする者はかなり限られてくるといって間違いない。


 少なくとも連夜の目の前に座る巨漢の友にはかなり縁遠いものであるはずなのだ。


 彼の友は、その不良然、あるいは風来坊のような外見とは違い、学校の勉強はすこぶる優秀。

 いやそれどころか、筆記試験では常に十位以内に入り込む秀才中の秀才。

 連夜が『友』と呼び認める者達の中なら、間違いなくトップの頭脳の持ち主。


 ではあるが


 戦闘関係の技術には興味があっても、『術式』や『職工』系には全くといって興味をもたずそれらの知識は学校で習う授業以上のものはもってはいない。


 彼の友は、その筋肉自慢の大雑把そうな雰囲気とは違い、非常に手先が器用であり、一人暮らしをしているせいか調理の腕前はなかなかのものがある。

 いや、それどころか、こと『炒め物』に関してだけなら家事の達人である連夜をも凌駕する。

 連夜が『友』と呼び認める者達の中でも、特にプロに近い腕前の持ち主だ。


 だがしかし。


 料理は料理でも、彼が興味を示すのは普通の料理で、デザートや果物といった甘いものには一切興味がなく、それらの知識はあきれるほどに持ち合わせていない。


 そして最後に、彼の友は。


 連夜同様に上流階級の生まれではない。

 バグベア族という、上級聖魔族の生きた防御壁となるべく生み出された元奴隷種族の出身。

 雲の上に住む人達が、御用達にしている『贈答品』など知っているわけがないのだ。


 ともかく、この友が口にするにしては『高香姫の榴蓮』という単語はあまりにもそぐわないし、この友が自分から欲しがるとも思えない。

 何らかの理由があるのには間違いない。


 間違いないのだが。


 連夜はあえて理由を問うことはしなかった。

 他の相手ならいざ知らず、他でもない真友のロムが自分を頼ってきてくれたのである。

 人に頼ることを非常に嫌い、できるだけ自分一人の力でなんとかしようとするこの孤高の友が、頭を下げてきたのである。

 中学時代からいろいろと世話をしてきたが、それと同じかあるいはそれ以上に借りもある仲の連夜とロム。

 理由が気にならないといえば嘘になるが、それを知ろうが知るまいが結局最終的には手を貸すことになるだろう。


 だったら、それを聞くのは後回しでも一向に構わない。


「どれくらい欲しいの? そして、いつまでに欲しいの?」


 元の表情に戻り、再び自分の膝上にある愛狐の頭をゆっくりと撫ぜ始める連夜は、逆にロムに問い掛ける。


「どこで手に入るのか知ってるのか? と、いうか用意してくれるのか?」


「知ってるよ。知ってるけど用意できるかどうかは数と期限次第かな」


 思わず膝を乗り出してくる友の姿に、連夜はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべてみせる。


「数はそれほど必要ないのだ。小児用の『抗病薬』を一本作成できるだけあれば。ただ」


「ただ、なに?」


「期限がそれほどない。」


「どれくらいの期間なら待てるの?」


「一週間」


 苦しげな表情で搾り出すように呟く巨漢。 

 しかし、その一言を耳にした連夜の脳裏に、あることが閃いた。


「一週間て。そういえば一週間後に期末テストがあるけど、まさか実技テストの出題内容に関係ある?」


 ロムはその問いに対し、無言で頷きを返した。


「あ~、そういうこと。ロムのクラスが選んだ実技問題は『抗病薬』の作成かぁ。しかも『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を材料に使うってことはかなり高得点を狙ってるよね。でもさ、なんでなの? ロムって筆記テスト以外の二種目は基本的にノータッチだよね? 部活に入ってないから特務テストは受けないし、クラス全体で一丸になって当たらないといけない実技テストは、その、ロムのクラスの奴らがロムのことを」

  

 理由は聞くまいと思っていた連夜であったが、自分を頼ってきた内容が内容だけに黙っていることができず、思わず声を荒げて友に問い掛ける。

 そう。

 連夜の大事な真友ロムは、自分のクラスで爪弾きにされている。


 理由はいろいろとある。

 ただでさえ強面な顔に硬派な性格、それ故になかなか近寄りがたい雰囲気があること。

 バイトに明け暮れていて卒業に足りるだけの日数しか学校に来ないこと。

 にも関わらず、常にトップクラスの成績を収めていること。


 そして、なによりも大きな原因となっているのが、彼が元奴隷種族という差別されやすい種族であるということ。


 ともかく彼が所属している二ーDのクラス内で、彼は完全に浮き上がってしまっていた。


 一応、連夜よりはましで、彼のようにあからさまにいじめられるようなことはない。

 社会的な階級こそ最低ランクの奴隷の地位にあるものの、バグベア族は、全『人』類の中でも屈指のタフさと素晴らしい身体能力を持つことで知られる肉体エリートの種族なのだ。

 いくら彼が気に食わないからといって正面きって喧嘩を売るものはいない。

 また、バレたときの報復が恐ろしいのか、陰湿ないじめを敢行しようとするものもいなかった。

 

 そういうわけで、連夜ほどひどい境遇にいるわけではなかったが、しかし、元奴隷種族の彼と積極的に交流し友達になろうというものはほとんどない。

 怖がって近付かないようにしている者、最初からいない者として無視している者、学校に来ないくせにいい成績を取る鼻持ちならない奴として敵視する者。

 彼に対し、好印象を持つものはほとんどなく、彼はクラスで孤立してしまっていた。 

 そのため、クラス全員で参加し取り組まないといけない実技テストも、これまで名前のみの参加で、実際には本人は参加していなかったのであるが。  


「うむ。みな、俺が参加することにいい顔しないので、参加したことはないな」


「なのに、今回は参加するの? 実技テストでいい点数取らないといけない必要が出たとか?」


「いや、参加するつもりはない。そもそも、実技テストはクラスに属する者全てが一蓮托生というシステムのテストだ。極端な話、たとえ参加しているものがたった一人でも、その一人が合格点を出せばクラスメイト全員が合格ということになる。幸いうちのクラスは優秀な人材が多いようだし、むしろ俺が参加することでその不和を乱すことのほうがよっぽどよくない。俺の役目は素材を調達すること、ただその一事のみだ」


 困ったようにぽりぽりと頬をかきながら呟くロム。

 しかし、そのロムの言葉に連夜の表情が一気に険しくなる。


「まさかとは思うけど、また騙されたんじゃないよね? と、いうかいいように利用されてるんじゃないよね?」


 前例があるのだ。

 それも片手の指では足りないほどに。

 ロスタム・オースティンという少年は、そこらの不良など目じゃないほどに強面で、近寄りがたい雰囲気の持ち主であるが、その性格は連夜以上にお人好しなのである。

 おばあさんが階段を上れずに困っていれば、黙っておぶって上ってやり、子供が迷子になっていれば、親がみつかるまで一緒に探してやり、不良にいじめられている一般の学生をみれば、自ら割って入って盾になる。

 そんな性格をしているものだから、非常に騙されやすく利用されやすい。

 中学時代、連夜と、もう一人の真友リンと一緒につるんでいたときには、そうならないように二人で常に目を光らせていたのであるが、それでもよく騙されていいように利用され、えらい貧乏くじをひいて大変な目にあっていたものである。

 真友のそういうところが大好きではあるが、だからといって悪意に翻弄される姿を見るのは絶対に嫌だ。


「もし何か、弱みを握られて脅されてってことなら、僕はロムのクラスの奴らを絶対に許さない。例えそれがクラスの一部の生徒がやっていることだとしても全員許さない。やった奴らも、見て見ぬふりしてる奴らも同罪だ。全員まとめて叩き潰してやる」


 瞳の『黒』が『闇』へと徐々に染まり始める。

 友や家族との絆、それは連夜にとってなによりも大事なもの。

 そこを穢されることは、彼の逆鱗に触れる行為に他ならない。

 しかし。 


「おいおいおい。落ち着け連夜。そういうのとは違う。そもそも、これは俺が言い出したことなのだ」


 なんとも言えない苦笑を浮かべて連夜に声をかけるロム。

 そこにはなんの屈託も感じられない。

 本心から言っているのだと、すぐに悟った連夜は、瞳の中の『闇』を消す。


「まあ、おまえの言うとおりでな。今でもクラスメイト達との間に確執はあるままだし、俺自身、正直クラスの大部分の奴らが嫌いか、あるいはなんとも思ってないかのどちらかだ」


「じゃあ、なんでそんないけすかないクラスのやつらの為に、素材を都合してやろうとしているわけ?」


 全くもって不可解極まりない。

 そんな感情をありありと表情に出して見つめてくる連夜の姿を、ロムはますます苦笑を深めて黙ってみつめるばかり。

 しばし、無言で対峙する二人。

 だが。

 結局、その睨みあいはそれほど長くは続かなかった。

 連夜がしびれを切らす前に、ロムのほうが自分からそのわけを話し始めたのだ。


「クラスにな。借りのある奴がいるんだ」


「借り?」


「うむ。おまえも知っての通り、俺はクラスで完全に浮いている。大部分は自分のせいだ。バイトに明け暮れて、ろくすっぽ学校に行ってない俺が、クラスメイトと仲良くしようというのが土台無理な話しなのだ。しかも、俺は聖魔族最下級の元奴隷種族バグベアなうえに、この外見だからな。自分で友人と作ることを諦めてしまっているところがあるのは認めるさ。まぁ、おまえやリンのような存在がいるおかげでこうして強がっていられるわけだが。ともかく、本当に今の現状を作り出しているのが自分であることはわかっているのだ。なので、できるだけ学校に行っている間はできるだけ大人しくして、他のクラスメイト達を刺激しないようにしている。一応、卒業だけはしておきたいから、最低限の出席日数、単位はとっておきたいのでな。ところがまあ、どれだけ大人しくしていても、争いの種は俺を放っておいてはくれないようで、高校に入学した当初は、学校に登校するたびにクラスメイトとぶつかってしまっていたのだ」


「ああ、そういえばそうだったね。僕が表だって動くと逆にまずくなるから、できるだけ他の『人』の手を借りてロムにちょっかい出せないようにしていたけれど、キリがなくてさ」


「当時は本当に迷惑をかけて済まなかったな。おまえの口ききで、ブルータス嬢達に割って入ってもらって何度助けられたか」


「あの『人』は僕と違って表社会で顔が広いからね。その人望もあって、ブルータスさんはいまや生徒会長。僕のほうは今でも学校内の揉め事のいくつかを、彼女にもみ消してもらったり仲介してもらったりしてるけどね。でも、ロムのことでそういうことを頼むことはなくなったよね。何かあったわけ?」


「うむ。当時のクラス委員長が、実に世話好きな人物だったのだ。俺がクラスメイトといつも揉めて難儀しているのを気にしてくれてな。ある日、他のクラスメイト達全員に話をつけてくれた。俺が自分から他のクラスメイト達に喧嘩を吹っ掛けるような真似をしない限り、彼らも俺に喧嘩を吹っ掛ける真似をしないようにとな」 


「おいおい。ちょっと待ってよ。ロムがいつ彼らに喧嘩を売るような真似をしたっていうんだよ。それ自体言いがかりじゃないのさ」


 またもや連夜の眼に『闇』が宿り始める。

 しかし、それを見たロムは慌てて首を横に振って連夜をなだめ、そうではないと説明するのだった。


「そう怒るな。一年前といえば住み慣れた『通転核』からこちらに移ってきて間もない頃だ。思い返してみるといくつも心当たりがあるのだが、当時の俺は右も左もわからないことばかりで、かなり神経を尖らせていた。ただでさえ未熟者の俺のすることだ、周囲に対する敵意や不信感が隠しきれないほど出ていたのだろうよ」


「う、そう言われると面目ない。半ば強引に『嶺斬泊』に引っ張ってきた張本人のくせに、肝心な生活面をフォローできなくて本当に申し訳ない」


 ロムが今口にした内容については、いくつも心当たりがある連夜。

 あっというまに敵意がしぼみ、がっくりと項垂れてしまう。

 そんな連夜の小さな肩に、自分の大きな手を置いたロムは、ゆっくりとかぶりをふる。 


「おいおい。そんなことはない。おまえのおかげで俺の世界は随分広がったのだ。そもそも、自分のことくらい自分でなんとかできなくてどうする。一生おまえにおんぶに抱っこなんて格好悪くて仕方ないぜ」


「ごめんね、ロム」


「いいって。それよりも玉藻姐さんの視線が怖いんだが、そのままほったらかしでいいのかな?」


「げっ」


 いたずらっぽく笑いながら意味深に言葉を紡ぐロム。

 その言葉に、慌てて自分の膝の上を見た連夜は、今にも泣きそうな、それでいて物凄く怒った様な表情でこちらをじっと見ている白面の狐の顔と鉢合わせする。


「た、玉藻さん?」


「べ、べっつにぃ。なんでもないけどぉ。お友達と仲がいいくらいで焼餅やいたりしないわよ。ぜぇ~んぜん。仲が良くていいんじゃな~い。よかったわねぇ~」


 拗ねたように慌てて連夜から顔を背ける玉藻。

 拗ねたようにというか。


 完全に完璧にこれ以上ないというくらいに。


 拗ねていた。


「ほんと、お友達は大事にしなくちゃいけないわよね。私なんかよりもよっぽど大事にしないとね。ええ、別に釣った魚にいちいちエサをあげる必要はないものね。恋人なんて放置してても別にどうってことないわよね」


 ぶちぶちと盛大に文句をいいながら、連夜の膝をガジガジと甘噛みし続ける玉藻。

 相当今のロムとの親密なやり取りが気に入らなかったのか、尻尾はふにゃりと力を失っているし、目は完全に涙目だ。

 どうしたものかと思案していると、目の前に座る友人が、視線で【とりあえずそちらを優先させろ】と合図していることに気がついた。

 その合図に対し、連夜も視線で【すまない好意に甘える】と返事を返しておいて、本格的に恋人の機嫌取りに移ることにする。


「そんなことないですよ~。玉藻さんのことは大事に決まってるじゃないですか」


「慌てて取り繕わなくてもいいもん。別に気にしてないもん」


 完全に涙声だった。

 誰がどう聞いてもめっちゃ気にしているとしか思えない声だった。


「いや、あの、ごめんなさい。本当にごめんなさい。決して、決して玉藻さんを忘れたりのけ者したりしょうと思っているんじゃないんですよ。玉藻さんのことはいつでもどこでも誰と一緒にいても忘れることはありませんし、最優先で考えていますよ、本当に」


 ちょっとだけ尻尾が揺れた。


「そもそも、玉藻さんを愛しているからこそ、一緒にここに来ているわけじゃないですか。本当にのけ者にする気だったら最初から一人で来ていますよ。玉藻さん【だけ】!!には是非、僕の友人達を知っていてほしかったんです」


 かなり尻尾が揺れだした。


「それに何かあったときに、一番頼りになるのは玉藻さんですし」


 ぶんぶん尻尾が揺れ始めた。


「きっと玉藻さんの手伝いなしでは、失敗しちゃうと思うんです。だからこそ玉藻さんにも一緒に詳細を聞いてもらいたくて」


 今や玉藻の三本の尻尾は扇風機なみの速度で回っていた。


「あの、このあとロムの手伝いをしないといけないと思うんですが、どうか、玉藻さん一緒についてきてもらえないでしょうか。僕、玉藻さんに側にいてもらわないと不安でたまらないので」


 トドメとばかりに物凄く困った表情に、誠心誠意をこめた声を玉藻のほうに向ける。


「べ、別に私はいいのよ。連夜くんとロムくんの邪魔になったらいけないな~って思っただけで、いやとか、いかないとは言ってないけど」


「是非是非、お願いします。というか、玉藻さんが邪魔になることなんかあるわけないじゃないですか。むしろどんなときでも玉藻さんと一緒にいたいですしできるだけ離れたくないからついてきてもらえるなら本当に嬉しいです」


「しょ、しょうがないわねえ。そ、そこまで言うなら、仕方ないから一緒にいってあげるわよ。もう、本当に連夜くんは甘えん坊さんなんだから、しょうがないなぁ~」


 むっふ~~と盛大に鼻息を吐き出しながら、喜色満面、自信満々の様子で立ち上がる玉藻。

 さっきまでの拗ね具合はどこへやら。

 いまや完全に機嫌を直した玉藻は、再び連夜の膝の上に自分の頭を乗せ直すと、ごろごろと転がって力一杯甘えながら目の前に座る巨漢のほうに視線を向ける。


「ロムくん、話の腰を折ってすまなかったわね。さあ、がんがん続きを話してちょうだい!!」


 もう苦笑するしかないロムと連夜。

 それでもいち早く気を取り直したロムは、もう一度姿勢を正し連夜と玉藻のほうに視線を向け直す。


「ともかく、いけ好かないクラスメイト達と拳を交えての話し合いにまで発展しないように努力してくれたのが一年のときのクラス委員長だったわけだが。その委員長が何の因果かまた俺と同じクラスになっちまったうえに、また委員長に就任しちまったわけだ。そして、またもや、クラスメイトとの仲介を買って出てくれてな。二重に借りができちまった。で、なんとか借りを返しておきたいと思っていたところに、期末テストの話が飛び込んできたわけだ。おまえも知ってのとおり、期末テストの実技テストの内容は、生徒総会に出席した各クラス委員長が、あらかじめ決められた出題リストの中から一つを選んで持って帰ってくる仕組みになっている。うちのクラス委員長はなるべく自分のクラスが有利になる出題を持って帰ってきたつもりだったのだが、実はそうではなかった。詳しい話は知らないが、どうも他のクラスの委員にまんまと嵌められたらしい。よかれと思ってとってきた出題内容は、クリアするだけならどうということはなかったのだが、高得点を出そうとするとかなり難しいものだったからだ。総会があったその場で気がついていたのなら別のを選び直すこともできたのだろうが、気がついたのはクラスにもどってきてからで、後の祭り状態」


「『抗病薬』は市販で売られている程度のものなら、学生レベルでもなんとか作れるし、ちょっと凝ったものでも『職工』志望者が複数いればこれもなんとかなる。でも、全クラスのトップを取れるほどの一品を作って提出しようと思ったら、その種類は激減するよね。ロムのクラスメイト達の実力がどれほどのものかははっきりわからないけど、技術に頼るものは多分作れない」


「そう。で、俺のクラスのメンツはもう一つの道を選択したわけだ」


「材料に頼る道だね。市場で販売されてはいるものの値段が高い、あるいは、市場でも販売されていない稀少なもの。それで選択したのが小児用の『抗病薬』、『小公子(リトルプリンス)』か」


 連夜の言葉に、ロムは深く頷きを返す。


「確かにあれなら技術的には問題ないよね。普通の『抗病薬』を作るよりは若干レベル高いし手間もかかるけど、ちゃんと『薬工』の勉強している『人』が数人いれば作成は十分可能だ。でも問題となるのは」


「そう材料だ。ベースとなる薬草、霊草は学校にある畑で手に入れることができるし、『抗病薬』を作成するのに欠かせない『薬工』用の調合機も都合がついた。しかし、小児用の『抗病薬』、『小公子(リトルプリンス)』の最大の肝である『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』だけが手に入らない」


 得たりとばかりに再び頷いたロムであったが、話しているうちにどんどんその表情が曇っていく。


「横から話に入ってごめんね。一応私、小児科専門の『療術師』志望だから、『小公子(リトルプリンス)』の作成方法のことも知ってるんだけど。確か、『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』ってさ、大きな百貨店とかで売ってなかったっけ? 『S-王号』とか『ビッグサークル』とか。大学の授業で作成したことがあって、買いにいったことあったんだけど。まあ、確かに高いっちゃ高いけどさ、一個一万サクルくらいするし。でも手に入らないってほどじゃないんじゃないの?」


 深刻な表情で両腕を組み考え込む二人の少年の姿を見た玉藻は、その理由がどうしても理解できず、連夜の膝の上で小首をかしげながら問い掛ける。


「あ~、まあ、普段ならそうです。病気を治す薬の材料になるくらいなので、病気の方への贈り物としても有名ですし、上流階級では結構ポピュラーな贈答品として用いられていますから、大概大きな店では扱っているものなんですけど。ちょっと今はどこに行っても品切れでしょうね」 


「え? なんで?」


「『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』は元々南方で栽培されている果物なんです。一番有名なのは城砦都市『テンプルオブライト』ですが、まあ、その周辺都市でも栽培されています。でも、いずれも城砦都市『アルカディア』よりもずっと南方の都市ばかりなんですよね」


「うんうん、それは知ってる。で? それが、手に入らないっていう理由にどうつながるの?」


「玉藻さんもご存知の通り、城砦都市『嶺斬泊』は北方最大の交易都市ですよね。北方の諸都市の交易の中心都市となっていて、とても大きな流通の要となっているのですが、それと全く同じ機能を南方で果たしているのが城砦都市『アルカディア』です。向こうは南方の諸都市の流通の要として機能しています。そして、そんな『嶺斬泊』と『アルカディア』は北方と南方の流通の大動脈となっているわけです。『嶺斬泊』から『アルカディア』へは、北方から集まってきた大量の交易品を。『アルカディア』から『嶺斬泊』へは南方から集まってきたこれまた大量の交易品を常に流してキャッチボールを続けています。非常に重要極まりない交易路なわけです。ところが、現在、ある事件の発生によりこの交易路は使用禁止の状態」


「あ~、そういえばそうだったわね。なんか、『王族』クラスの『害獣』が出現したとか、得体の知れない化け物が徘徊してるとか、盗賊山賊が出没するとか、なんかもうごちゃごちゃと毎日ニュースやってるけど、結局、まだ何もわかってないんだっけ?」


「そうなんです。ともかくいつ交易路が復帰するかも定かではない状態で、南方からの交易品が全く入ってきていない状態なんですよね。僕も、『神酒』とか『イドウィンのりんご』とか手に入らなくてかなり困っているんですけど。その全く入ってこない交易品の中に『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』も含まれてしまってるわけです」


「そういうことかぁ」


 ようやく得心を得た玉藻は、なるほど~なんてのほほんと狐の手でぽんと手を打ってみたりしていたが、はたとあることに気がつき慌てて起き上がる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ってことは、『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を手に入れることは不可能なんじゃないの? 連夜くんも言ってたとおり、あれって南方の果物なわけでしょ? こっちよりも暖かい、というかぶっちゃけ熱帯雨林地方の作物なわけよね? こっちとは全然気候が違うわけだから、当然『嶺斬泊』も含めた北方諸都市で栽培しているところなんかないだろうし、かといって、北方と南方とを繋ぐ唯一の交易路は通行禁止になっちゃってるし。そもそも『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』って、日持ちしない果物だったよね? 『アルカディア』との交易路が通行禁止になってからもう半年以上になるし、そうなると未だに在庫持ってる店なんかないだろうし。え! え? ええええええっ!? これって手詰まりじゃないの!?」


 狭い部屋の中で驚き慌てる狐の姿を見て、ロムは沈痛な面持ちで溜息を吐き出す。


「姐さんの言うとおりなのです。うちの委員長もクラスメイト達もそのことにいち早く気がついて頭を抱えていました。まあ、しかしそれでも『職工』方面のエキスパートである連夜なら、何か打開策があるのではないかと思いまして。連夜にはさんざん世話になっているので厚かましい限りだとは思ったのですが」


「ああ、その気持ちわかるぅ。実は私も何度かそういうので連夜くんに助けてもらったことあるから頼りたくなる気持ちはすっごくわかる。絶対に手に入らないだろうなぁっていう素材をなぜか、手に入れてきてくれるのよねぇ。大学でよく行き詰ったときにひょっとしたら何とかしてくれるかもって、下心満載で『サードテンプル』に通ったものなぁ。ごめんね。本当に連夜くんごめんね。やらしい性格で本当にごめん」


「うむ。本当になんというかいつもいつもすまない連夜。困ったときのなんとやらで、本当に情けないが、このとおりだ、なんとか助けてくれないか」


 妙なところで意気投合した二人。

 うんうんと頷きあって存分に何かを確認しあった後、二人して連夜にぺこぺこと頭を下げる。


「いや、別にいいってば。二人ともやめてよ。僕にできることだったからやっただけ。できないことはできないんだからさ」


「「いつもお世話になります」」


 しきりに恐縮する連夜に、二人はもう一度ぺこりと頭を下げたが、すぐに勢い良く顔をあげる。

 そして、期待に満ち満ちた瞳でじっと連夜を見詰めるのだった。


「「で? どうなの?」」


「多分大丈夫です。なんとかなると思います」


「「おお、流石!!」」


 連夜の頼もしい一言に喜色満面となり、思わずハイタッチする狐と巨漢。

 そんな二人に苦笑を浮かべて見せた連夜は、懐から自分の携帯念話を取り出して、ルーン番号をプッシュ。

 水晶画面に表示された番号を確認したあと、通話ボタンを押していずこかへと念話をかける。


「お、早速行動開始なの? どこかの問屋かなにか? どこかのお店に『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』があってそれを売ってもらうとか、わけてもらうとか?」


 わくわくした様子で興味深そうに携帯を覗き込んでくる狐に、連夜は苦笑から困ったような表情に。


「いえ、流石にこの都市内で『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を見つけるのは難しいと思います。だから別の方法を取ります」


「別の方法って・・なんか秘策でもあるの?」


「秘策っていうほどのことじゃないんですよ。むしろ正攻法というか。売ってないなら僕らで取りに行こうってことなんです」


「「はぁっ!?」」


 言っている意味がわからず、思わず素っ頓狂な声をあげて驚きを露にする狐と巨漢。

 そんな二人を尻目に、連夜は繋がった念話の相手へと集中する。


「あ、もしもしクリス? 暇? え、フェイと一緒なの? ちょうどよかった。アルテミスも一緒に手伝って欲しいことがあるんだけど。うん、そう。場所は『落陽紅』の麓。え? そうそう。あ、知ってた? うん、そろそろ収穫できると思うんだよね。小遣い稼ぎにどうよってことで。うまくいったら焼肉おごっちゃうよ? うん、『ディオ苑』は無理だけど、『アインロース』あたりで。いや、セコくないっしょ。食べ放題、飲み放題だよ? いや、学生の僕に『ディオ苑』は無理だから。うん。まあ、そういうことで妥協しておいてよ。うんうん。じゃあ、晩にかけなおすからさ、そのときに、また詳しい打ち合わせするということで。ああ、うんうん、そだね、待ち合わせの時間と場所だけは今決めておこうか。西ゲートに朝七時でいいかな? うん、じゃあ、そういうことで。そうだ、フェイの武装は僕が用意するからって伝えといてくれる? ではでは、また晩に」


 念話の内容は聞こえてはいたものの、その内容についてはさっぱりわからなかった狐と巨漢。

 その二人の様子に気がつかないままに、連夜は考えごとに没頭しはじめる。

 ぶつぶつと独り言を漏らし続けながら、頷いたり否定の言葉を口にしたり。


「さて、偵察要員のクリスと遠距離攻撃要員のアルテミス、それに遊撃兵のフェイを確保。盾はロムに任せるとして、火力の高い接近戦要員がほしいな。JとKに声かけておくか。確か、Jは旅団辞めて九月まで空いているって聞いているし、Kは戻ってきているって話だしな。Kを呼ぶなら、リビュエーさんとクレオさん呼んでおかないと拗ねるよね。あの二人来るなら後方援護は任せてよさそうだね。まあ、一応僕と玉藻さんいるから回復はどうとでもなるし・・これだけいればなんとかなるかな」


 そう言って最終的に深く何度も頷いた連夜。 

 またもや自分の携帯からどこかへと念話をかけはじめる。 

 そのときふと視線何気なく横に泳がした連夜は、自分のことを見つめたまま二人がぽか~んと呆けていることに気がついた。

 ぷっと吹き出したあと、その二人にいたずら坊主そのものといった表情になった連夜がにやりと笑いかける。


「明日は忙しくなるから、お二人とも準備よろしくね!!」


「「えええっ!?」」

 

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