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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
104/199

第十二話 『友者達』 その3

 部屋にもどってみると、案の定ミネルヴァは仰向けで白眼を剥いて気絶したままの状態。

 その姿を見て、玉藻は忌々しそうな表情を浮かべる。


「しかし、こいつほんとに傍若無人だよねえ。連夜くんと血がつながってるという事実が未だに信じられないわ」


「すいません、ほんとにいつもいつも姉がご迷惑をおかけいたしております」


 もう、ほんとに穴があったら入りたいみたいな困り果てた表情で玉藻に謝る連夜。

 そんな連夜に玉藻は慌てて手と首を横に振る。


「いや、連夜くんは全然悪くないわよ、と、いうか、そこは気にしないで、悪いのは全部こいつだし。しかし、合い鍵まで作ってるって、こいつ何様なんだか。いっそこのまま永遠に眠らせてしまったほうが後腐れなくていいかも」


 物騒な計画を実行に移そうかどうしようかと、気持ちよくすぴょすぴょ眠っているミネルヴァの前で本気で悩む玉藻。

 そんな玉藻の気配を察したのではないだろうが、ミネルヴァの瞼がぴくぴくと動き始めた。

 どうやら、ようやく覚醒しようとしているらしい。


「う、う〜〜ん・・」


「なんだ、起きるのか。チッ、もうちょっと寝てればいいものを」


 と、少なからぬ落胆と殺意を込めた表情で舌打ちをして親友の寝顔を玉藻がみつめていると、なにやら、その口が動き始めた。


「か・・かわいいわ・・よ・・れん・・や・・」


「へ? 何言ってるの、ミネルヴァ?」


「なに・・いってる・・の姉弟とか・・関係・・ないわよ、そんなの・・あぁん・・そこよ、そこをもっと・・」


「はあぁっ!?」


「もう・・我慢できない・・れん・・やは・あた・・し・だけ・・のものなんだから・・うふん・・」


 とんでもない寝言を言いだした親友にしばらく吃驚仰天の表情を浮かべていた玉藻だったが、その視線がどんどん冷たくなっていく。


 そして


「さ・・あ・・れんや・・おねえちゃ・・んとひつ・・つに・・」


「とんでもない夢みてんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!! 起きろこの変態があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」


『ガスッ!!』


「げふうっ!!」


 完全にプッツリきれた玉藻の片足が、美しいフォームを描いて垂直に上げられ、そのまま真っすぐミネルヴァの腹の上にたたき落とされる。

 寝ているところを玉藻の芸術的なまでに美しくも恐ろしいカカト落としをモロに食らってしまったミネルヴァは、一瞬にして覚醒すると腹部を抑えてカーペットの上を転げまわる。


「ごほっ!!げほっ!!い、息が・・息ができない!! ちょ、え、何!?何が起こったの!?」


 涙目になってミネルヴァが起き上がり、周囲を見渡すと、完全に呆れ果ててもうどうしようもないという表情の連夜と、氷のような視線でこちらを見つめる明らかに鬼のように怒り狂ってるとわかる玉藻の姿が見えた。


「え、なになに?なにかあったの?」


「何かあったのかじゃないわぁ、きさまあぁああ!! よりによってなんちゅう夢見取るんじゃ!!」


「ゆ、夢?」


 玉藻の言葉にしばらく考え込んでいたミネルヴァは、あっと声をあげるとキッチンから物凄いいやそうな表情で自分を見ている連夜のほうに視線を移す。

 そして、顔を赤らめてもじもじと身体をゆすると、ゆっくりと連夜に近づいた。

 連夜に近づいたミネルヴァは、その手をそっと取り、物凄く妖しい光を欄々と両目に宿らせて愛する弟の姿をじっと見詰める。


「連夜。夢の中でまでお姉ちゃんを惑わすなんて、本当に悪い子ね」


「へっ!? いったい何言ってるのさ、み〜ちゃん?」


「いいのよ、もう。そんなにお姉ちゃんのことを望むなら、好きにさせてあ・げ・る・・」


 そういって、もじもじと体を悩ましげにゆすると、連夜の手をひっぱって、玉藻の寝室に連れて入ろうとする。


「はあぁっ!? ちょっ、ちょっと、み〜ちゃん、僕をどこに連れていく気なの!?」


「決まってるじゃない・・禁断の愛の世界よ」


「だめだめだめ!! そんな世界ありません!! いりません!! いきません!! 放して!! み〜ちゃん、正気に返って!!」


「ごめん、連夜、今夜の私はもう止まらない、止められないの、明日後悔するにしても、今日は自分の気持ちに正直でいたいの。こんなお姉ちゃんだけど、今だけはわかって」


「いや、絶対、わからないから!! ってか、僕は自分の気持ちにいやというほど正直にいやだから!! お願いだから、み〜ちゃんの変態な気持ちに僕を巻き込まないで!!」


「ふっふっふ。いやよいやよも好きのうち。大丈夫すぐに気持ちよくしてあげるから」


 せっかくの女優ばりの美しい顔は、いまや完璧に完全にこれ以上ないくらいに台無しに崩れ、脂ぎった中年スケベおやぢのような顔に変貌。

 盛大に涎を垂らして自分の弟をがっちり掴んだミネルヴァは、獲物を捕らえた肉食獣の鋭い眼差しで弟を凝視。

 そんな姉の姿を見た連夜は、恐怖に慄きながら必死に抵抗をしてみせる。

 じたばたとあらん限りの力を振り絞り、姉の手を振り切ろうともがく。

 だが、どういう馬鹿力なのか、そんな連夜の必死の抵抗も空しくずるずるとその体は寝室に引きづり込まれていく。



 あやうし、連夜!! このまま、禁断の姉弟ラブコメになってしまうのか!?



 そう思われたそのとき、正統派ヒロインの怒りが爆発する。


 親友のあまりの激変ぶりに、しばらく放心状態でことの成行きを見つめていた玉藻だったが、最愛の恋人の悲鳴で我に返って走りだすと、あとは寝室の襖を閉めるだけの状態になっていたミネルヴァに、美しいフォームで怒りのロケットドロップキックをお見舞いする。


「こおぉの、変態ブラコン馬鹿があぁぁぁぁぁぁ!!」


「おごぺっ!!」


 流石のミネルヴァも玉藻の渾身の必殺ドロップキックの前に連夜を掴む手を放して、吹っ飛び、一人だけ寝室の布団に突っ込むことに。

 そして、しゅたっと見事な形で畳の上に着地した玉藻は、半泣きになっている連夜をすかさず抱きしめてキッチンに避難する。


「こ、こわかった。こわかったですぅぅ」


「よしよし、もう大丈夫、私が来たからにはもう大丈夫よ。よくがんばったわね、連夜くん」


 本気でおびえて涙がこぼれそうになっている連夜。

 そんな自分よりも弱冠小さい連夜の身体をしっかりと抱きしめてやった玉藻は、よしよしと頭を撫でて慰める。


「ちょ、ちょっとたまちゃん何するのさ!!・・って、あ〜〜〜〜、何、私の連夜に手を出してるの、あんた!!」


 結構手加減なしで放ったドロップキックだったにも関わらず、速効でダメージを回復させ、寝室からミネルヴァが飛び出してくる。

 そして、最愛の弟が親友の腕の中にあるのを確認すると怒りを露にし、猛然と玉藻に抗議し始めた。

 勿論、そんなことで怯んだりする玉藻ではない。

 親友以上に怒り狂った表情を浮かび上がらせると、ミネルヴァに対し逆に抗議し返すのだった。

 

「黙れ、変態!! ちょっとよく見なさいよ、あんたのしたことで、すっごい傷ついている人がいるでしょうが!! 謝れ!! ちゃんと謝りなさい!! ってか土下座しろ!!」


 ミネルヴァの怒りを真正面から跳ね返すように睨みつけた玉藻は、自分の腕の中で涙目になっている連夜を指さす玉藻。

 最初は『何言ってるんだこいつ?』と敵意むき出しで玉藻を睨んでいたミネルヴァ。

 しかし、玉藻の腕の中で本気で自分に怯えて涙目になっている最愛の弟の視線が自分に向けられていることにすぐに気がつく。

 激しい非難と深い悲しみの混じった視線。

 どんな言葉よりもそれは鋭くミネルヴァの心を貫き通し、彼女はみるみる怒りを萎ませるのだった。。


「あ、あう〜。連夜、ごめん、お姉ちゃん、調子に乗り過ぎたから、そんな怯えないでよ、ね。悪かった、ごめんなさい、許してお願い。もうしないから・・でないと、お姉ちゃんが泣きそう」


 ようやくこのままだと本気で一生嫌われてしまうかもしれないほどのことをしていたのだと気がついたミネルヴァ。

 正座して土下座を繰り返し懸命に連夜に謝り倒す。

 連夜も、元々姉想いの少年で、姉のことは決して嫌いではないし、家族としては心から愛しているので、甘いなぁとは思いつつも許してやることにする。

 玉藻から身体をそっと放して土下座する姉の側に近寄ると、そっと手を取って立たせる。


「もうしない?」


「しないしない、絶対しない」


「はぁ。しょうがないなぁ。本当に今回だけは玉・・いや如月さんに免じて許してあげる。本当に今回だけだから、ちゃんと反省してよね」


「連夜、本当にごめん!!」


 と、がばっと連夜に抱きついてさめざめと大泣きするミネルヴァ。

 その姿を見た連夜は、大きく深いため息を一つついて苦笑を浮かべ、ミネルヴァの肩越しに玉藻のほうへと視線を向ける。

 そこには姉弟の仲のよい姿に一瞬表情を和らげている玉藻の姿。

 連夜の視線に気がついて、年下の恋人と良く似た苦笑を浮かべて見せた玉藻だったが、いつまでたってもミネルヴァが連夜の身体から離れないことに、次第に苛立ちを募らせていく。

 それでも、姉弟同士だし、せっかくの仲直りを邪魔するのも気が引けるので、もうちょっとだけ、もうちょっとだけと我慢に我慢を重ねていたのだが。


「ちょっ、あんたいつまで連夜くんに引っ付いているのよ!?」


「あ、ちょっと、玉藻、なにすんのよ!!」


 とうとう我慢の限界を超えた玉藻は、ミネルヴァの身体を連夜から強引に引き剥がす。

 そして、怒りの形相をそのままに『連夜にもっとちゃんと謝れ』と迫っていくが、ミネルヴァは連夜に許してもらったという手応えをちゃっかり感じていたのか、『ふ〜〜んだ、姉弟の絆にはこれ以上の言葉はいらないのよ』とかなんとか言って、さらに玉藻を不機嫌にさせる。

 そんなこんなで言い争いを延々と繰り返す二人。


 いつのまにか酒が入り、なし崩し的に酒盛りがスタート。

 それをもうあらかじめ見越していたのか、連夜が忙しく酒と肴を給仕していく。


「はい、これザヅマ猪肉のタタキね、横につけてある辛子マヨネーズをニューガータ特製薄口醤油に落としてちょっと混ぜて食べてみて」


 若干厚めに切った猪の薄紅色の肉が、扇状に奇麗に並べ盛りつけられた皿を連夜が、リビングのテーブルの上に置き、その代わりに空になった徳利を回収していく。


「うまっ!! もう、すんごいうまっ!!」


「しかも、この焼酎とよくあうわね〜〜」


 二人とも出された料理に早速箸をつけて口に放り込み、それを咀嚼しながら、大きめの猪口に入れた焼酎を流し込む。

 普通の豚肉では味わえない甘味を含んだ特製の猪肉のたまらない味が舌いっぱいに広がり、それを強調するかのようにぴりっとする辛子マヨネーズが程良いアクセントとなって口の中に絶妙の調和を奏でる。

 もう幸せいっぱいという表情で、出された料理と酒をがんがん流し込んでいく。

 連夜がキッチンから様子をそっと観察していると、いったい細身の二人のどこに入っていくのかという勢いで、料理も酒も減っていっていた。


(どれだけ飲んで食べる気なんだろう・・もう五品くらい出しているのに。しかも大皿に)


 料理ばかりではない、一升瓶の焼酎が既に一本空になっており、二本目に突入しているのだ。


(こりゃ、ごみ屋敷になるはずだわ。このペースで飲んで食べていたら、あっというまに空き缶、空きビンの山になるよねえ)


 と、溜息をつきながらも、連夜は徳利の中に焼酎を注ぎこんで、鍋の中の湯の中につけると、次の料理の準備にかかるのだった。

 ちょうどそのころ、二人のうわばみは、酔っ払いスキル全開できわどい会話の真っ最中だった。


「あ~、それにしてもミネルヴァ、あんた自分の実の弟に走ってないで、いい加減男作りなさいよ」


「大きなお世話よ!! わたしだってね、実の弟に走るのが不毛だっていう自覚はあるのよ。でもねぇ、炊事洗濯掃除ができて、性格よくて、私のことすっごいわかってくれて、おまけにかわいいのよ。あれを見たあとで、他の男に走れると思う? 私に声かけてくる大概の男ってさ、自己中のナルシストか、女の私を屈伏させたいだけのバカか、優しさと優柔不断をはき違えているたわけ者かのいずれかなんだもん。せめて連夜の十分の一でも女のことを理解して立ててくれる男がいればなあ」


「いや、それはわかるけど。と、いうか、ごめん」


「なんで、謝るの?」


「いや、ちょっと自分がどれだけ幸運なのか、改めて認識して罪悪感が」


「はあ!? なに言ってるの、あんた?」


「いやいやいや、いいから、まあ飲みなさい、とにかく飲みなさい、どんどん飲みなさい」


 と、誤魔化すように徳利をもつと、ミネルヴァの猪口についでやる玉藻。

 そんな玉藻の様子を怪訝そうに眺めていたミネルヴァだったが、酒が回って頭の回転が鈍くなっていることも手伝って、いまの会話の内容について吟味するのを放棄。

 思いついた次の話題に以降することにする。


「ねぇ、玉藻、最近あんた実家に帰ったことある? ここのところ全然ないんじゃない?」


「うあ、私にその話題を振るか。やめてよ、あそこに私ろくな思い出がないってことあんたも知ってるでしょう? なんでそんなこと言い出すのよ」


「いや、そういえばあんたから実家のこと詳しく聞いたことなかったなぁって思って。一応、まあ、あまり褒められるような人種が住んでいるわけじゃないってことは聞いているけど」


「そうよ。あそこは鬼畜外道の棲家。そんなところで生活していて、いい思い出ができると思う? 苦い思い出ばかりよ。あそこでの記憶でいい思い出なんて一つも・・あっ」 


 本当に苦い表情で酒を煽っていた玉藻であるが、何かを思い出したのか不意に表情を和らげる。


「どうしたのさ、急に遠くをみつめちゃって」


 自分の表情の変化を見逃さなかったミネルヴァの追及に内心苦笑しつつも、玉藻は口を開いた。


「いや、ちょっと思い出したことがね」


「思い出したこと? 何かいい思い出でもあったわけ?」


「私さ、妹が一人いるのよ」


「妹? 確か、兄弟っていうか、姉妹っていうか、あんた達ってその」


「そう、私達は人為的に作られた子供。生まれてきた子供達は、全員血の繋がった兄弟姉妹といえるでしょうね。でも、家族としての絆を持っているわけじゃない。あそこで生まれた子供達は、自分のことも、他の兄弟姉妹のことも道具としてしか認知しない。普通はね」


「普通は? ってことはそうじゃない相手がいたってことね」


「そう、それが晴美。七つ年下の妹よ。私が里を抜け出すまで一緒に暮らしていたわ。本当に私に懐いてくれてね。私もかわいがっていたんだけど、結局私はあの子を捨てて里を出て行ってしまった」


 いつになく落ち込んだ表情でぼそぼそと言葉を紡ぐ玉藻。

 ミネルヴァは、その猪口に酒をついでやりながら話を促す。


「あ〜、玉藻が去ったあと、大変な目にあってるんじゃないかって思ったのか」


「うん、勝手な話なんだけど、ようやく私も幸せな毎日を送れるようになってきたせいで、余裕がでてきたというか、周囲のことを振り返ることができるようになったというか。私と七つ違うから晴美も確か今年中学一年生になったはずなんだよねえ・・親兄弟姉妹とはあまりいい思い出がないんだけど、あの娘とだけはちょっと違っていたからさ」


「そっか。じゃあ、今度帰ってみたら。実際の距離は遠いけどさ、都市営地下鉄使えばそんな遠くないでしょ、霊狐の里って」


「そうねぇ。今更どの面下げてって感じだけど、気持ちの整理をするためにもちょっと帰ってくるかなぁ」


「そうそう、どんだけいやな思い出があったとしても、故郷自体に帰ることは大事なことだと思うよ」


「それもそうね」


 と、二人はなんとも言えない和やかな笑顔でほほ笑みあい、猪口を酌み交わした。







「は〜い、次の料理持ってきましたよ。もうこれで最後ね、材料ないから。あとお酒ももうおしまいだからね、一升瓶二人で三本も空けるってどんだけ飲むのさ。・・って、あれ?」


 連夜が料理を盛った皿を持ってリビングに行ってみると、仲良く酔いつぶれたうわばみが二匹子供のように安らかな表情で眠っていた。

 その姿を呆れながらも優しい表情で見つめた連夜は、寝室の押し入れから毛布をひっぱりだしてくると、二人の体にそっとかける。

 そして、枕も二つ取り出してくると、眠っている二人を起こさないようにそっと頭をあげてその間に枕をはさんでやるのだった。


「れんや〜〜・・お酒たりない・・むにゃむにゃ」


 姉の寝言を背中に聞きながら、くすりと笑みを浮かべた連夜。

 そのままそ~っと足音を消して、その場を去ろうとする。

 だが。

 後片付けの為にキッチンに戻ろうとした瞬間、誰かの手が連夜の足を掴む。


「うわっ!? なになにっ!?」


「し~~っ、私よ、私」


 驚き慌てて飛び上がりそうになるがしかし、自分の足を掴んでいるのが他ならぬ愛しい恋人の手であることにすぐに気がついて、ほっと胸をなでおろす。


「脅かさないでくださいよ、玉藻さん。寝ていらっしゃらなかったんですか!?」


「誰が寝るものですか。連夜くんといちゃいちゃするために全力でこいつのこと酔い潰していたのよ。あ~、もう、やっと寝てくれたわ。こいつってばお酒好きだけど、ウワバミってほどでもないからね。飲んでる振りしてどんどんついでやったわ。お~っほっほ。ざまあみろ。おえええ」


「って、玉藻さんもつぶれかかってるじゃないですか」


 酔いつぶれたミネルヴァの姿を高みから見下ろし、自らの勝利に酔って呵呵大笑する玉藻。

 しかし、自らも酔いが回ってるところに笑いすぎたせいでカーペットの上に盛大にもどしてしまう。

 あっというまに『擬似お好み焼き』が作り出される状況を見て、涙目になりながら自分自身でドン引きしてしまう玉藻。

 ところがそんな状況を見ても連夜は全く嫌がる素振りを見せず、すぐに事態を把握すると掃除用具を持ってきて床の『擬似お好み焼き』を後片付けをはじめるのだった。


「連夜く~ん、ごめんね。汚いから、私があとやっておくから」


「いいですから、気にしないでください。全然大丈夫ですよ~。だいたい、み~ちゃんとか家でもっとすごいですから。それよりも玉藻さん、大丈夫ですか? もう吐き気は大丈夫ですか?」


「う、うん、ごめんね。せっかく連夜くんが心を込めて作ってくれたのに、結局全部はいちゃった」


 本気で泣きそうになっている玉藻に近付いた連夜は、一旦床の清掃作業を中止して玉藻の身体をきゅっと抱きしめる。

 そして、よしよしと優しく玉藻の頭を撫でて慰めてやるのだった。    


「いいんですよ。そういうときもありますからね。気にしちゃだめですよ~」


「連夜くん、ごめんねごめんね」


 愛しい人の目の前で自分がしでかしてしまった大失態が心底情けなくなるが、恋人の優しさが嬉しくて嬉しくてここぞとばかりに甘えたい放題甘える。

 自分でも胃液臭いし、酒臭いのはよ~くわかっていたが、狐の顔に変化した玉藻は、恋人の顔に自分の顔を擦り付けてくんくん鼻をならし、もっと撫でてと無言でリクエスト。

 そのリクエストに応えて連夜は、優しく玉藻の頭や頬を撫で続ける。

 

 約一名盛大に鼾をかいているお邪魔虫はいるものの、二人は幸せな時間を感じていた。



 このまま朝までこうしていたい。


 奇しくも心の中で同じことを思っていた二人であったが、そんな二人の耳に、軽快な携帯念話の着信音が。


「僕の携帯だ。こんな時間に誰だろう?」


 玉藻から慌てて身体を離し、内ポケットから自分の携帯を取り出した連夜。

 その携帯の特殊水晶ディスプレイ画面を、玉藻が覗き込む。


「だれだれだれ? まさか、女? 女なの?」


「そんなわけないでしょう。あ、ロムだ」


「ロム?」


「中学校時代から付き合いのある友達なんですよ。勿論、男ですよ」


「な~んだ。やっぱり男の子なのね。って、わかってたけど」


 などといいつつも、連夜の言葉を聞いて見るからにほっとした様子になる玉藻。

 そんな玉藻に一瞬苦笑を浮かべてみせた連夜であったが、すぐに表情を引き締めて着信音が鳴り続ける携帯のほうに視線を向ける。


「でも、なんだろう。滅多に念話なんかかけてこないのに、何かあったのかな」


「出てあげてよ。私に気を使わないでいいから」


「あ、はい、ありがとうございます」


 玉藻の言葉に後押しされて念話に出た連夜。

 無口で義理堅い友からの念話は、連夜に助けを求めるものであった。

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