第十二話 『友者達』 その1
『かっぺです』
『まぁちゃんです』
『キッチンです』
『『『三人合わせて【Pochet】です。よろしくお願いします!!』』』
かわいらしくも非常に耳に心地よい元気な三人の女性の美声が響き渡る。
ここは城砦都市『嶺斬泊』の都心近くにあるマンションの一室。
そのリビングに設置された三十二型のワイドテレビに映っているのは、今、人気絶頂の実力派アイドルグループ【Pochet】。
『かっぺ』こと張 卡卡、『まぁちゃん』ことマリアンヌ・リア・クラリス、『キッチン』こと城鐘 きつねという、三人が三人とも違った魅力のある美女達で形成されたグループで、見た目だけでなく、その歌唱力も群を抜いている。
普通、アイドルというとビジュアルを活かす為にダンスは本格的にみせようとするが、歌唱力はダメという者が多い。
そのため、それを誤魔化す為に予め歌唱力の高い影武者に歌わせてそれを録音しておき、本番ではそれをバックで流して本人は歌ってる真似、つまり『口パク』になっていることが多い。
いや、多いというよりも、どちらかといえば、アイドルといわれる者のほぼ大部分がそうで、本番で激しい振り付けのダンスを踊りながら生で歌うアイドルは物凄く少数派である。
勿論、これらの行為は視聴者を騙す行為に他ならないが、しかし、踊りながら歌うというのは熟練者でもかなり難易度の高い技である。
その証拠に歌唱力を売りにしているいわゆる歌手はほとんどダンスをせず、ダンスに専念し歌は口パクというアイドルとは逆に、本番ではダンスはしないで歌うことに専念する者がほとんどである。
だが、【Pochet】は違う。
有象無象の口パクアイドル達が凌ぎを削る群雄割拠の芸能界でトップに躍り出た彼女達の実力は紛れもなく本物。
躍らせれば、そのダンスは華麗にして優美で、それでいて独創的。
歌わせれば、その歌は聞く人聞く人の心に響き、そして、一度聞いた歌は忘れられることがない。
まさに一流。
しかし、彼女達の凄さは歌と踊りだけではない。
『聖魔族』に属する東方天女族の『かっぺ』は、たくさんの歌手やアイドルに様々な歌を提供しているシンガーソングライターとして。
『妖精族』に属するニンフ族の『まぁちゃん』は、現在放映中である数々の人気アニメのヒロインを一手に演じるカリスマ的女性声優として。
そして、【Pochet】のリーダーであり、『獣人族』に属する狐獣人族の『キッチン』はテレビドラマや映画に引っ張りだこの一流女優として、それぞれ個人としても活躍し、北方諸都市どころか南方にまでその名を轟かす超有名人なのである。
そんな彼女達であるから、彼女達を慕うファンは非常に多い。
それも他のアイドルのように、若者にファン層が集中しているわけではなく、女性男性問わず、子供からご年配の方まで、実に幅広い範囲に渡って存在しているのだ。
中には、誰もが知っている超有名俳優や、政界財界の大物までいるというのだから、その人気ぶりは推して知るべしである。
さて、ここにいるのはそんな彼女達のファンの一人である。
それも彼女達が有名になってから飛びついたポッと出のミーハーなファンではない。
彼女達がデビューしたてだった頃の当時から見ているという、筋金入りの大ファンだ。
現在何万人と入会している彼女達のファンクラブに当然入会しているし、所有している会員カードは世界で十人しか持っていないプラチナカード。
当然、会員番号は四番という一桁。
大学の勉強が忙しいのでなかなかコンサートにいけないが、それでも城砦都市『嶺斬泊』にやってきたときにはなんとしても時間を作って行っている。
また、【Pochet】としてではなく、彼女達個人での活動も欠かさずチェック。
『かっぺ』が提供している歌は必ず聞いているし、『まぁちゃん』が声を出しているアニメも当然見ている。
三人の中でも特に大好きなリーダーの『キッチン』が出演しているドラマや映画も必ず録画したり映画館に見に行ったり。
そんな大ファンであるから、今日、彼女達がテレビの生放送に出演して生歌と踊りを見せることは当たり前のようにチェック済みであった。
最近バラエティ番組に押されて、だんだん数が減ってきた歌番組。
そんな中、打ち切りにされることなく頑張って放映を続けている数少ない歌番組の中、今日、彼女達が出演するのは『我らのミュージック』という番組。
毎回一組だけアーティストを呼び、三十分間フルに使ってそのアーティストの単独ライブを放映してくれるのだ。
本来なら大きなソファやテーブルなどなどが設置され、飾り付けられているリビングルーム。
今日だけは全て別室に撤去。
その一番広いリビングルームに三十二型のテレビだけを残し、その真正面に仁王立ちしてスタンバイ。
親しい友人達ですら、滅多に見ることが出来ないような真剣極まりない表情で画面を睨みつける。
そして・・
『ファンの皆さん、今日は私達のテレビライブにようこそいらっしゃいました』
『三十分、一生懸命歌いますので、応援よろしくお願いしますね』
『今日はみなさんおなじみの私達のミリオンナンバー六曲と、最新曲『双星のアステリオン』を歌います!!』
『『『皆さん、一緒に楽しみましょう!!』』』
実に息のあった三人の掛け声と共に、テレビから流れ始めるのはアップテンポで覚えやすいバックミュージック。
そのバックミュージックにあわせて、素晴らしい歌声が響き渡り、目を見張るような美しくも激しいダンスが始まる。
素人では出せないような音域を思うがままに操って、響き渡る天使のような歌声。
空間全てをフルに使い華麗でしなやかで力強く、そして、見るもの全て引き付けるダンスを舞う。
テレビの向こうの空間で、ケチのつけようがない完璧なエンターテイメントが放映されている。
そして、テレビのこちら側では、その完璧なエンターテイメントを、完全にコピーしてみせる一人の大ファンの姿が。
彼女の名は如月 玉藻
いわずと知れた、この物語のメインヒロインその人である。
近くの念気製品専門店で買ってきた一個九千九百八十サクルのマイクを握り締め、テレビの向こうの【Pochet】メンバーの声と動きにぴったりあわせ・・
歌う歌う歌いまくる。
踊る踊る踊りまくる。
テレビに映る本物と同じか、下手をすればそれ以上のクオリティで歌い踊りまくる。
しかも、ノリノリだ。
時折迫るカメラのアップ撮りを意識して【Pochet】のメンバーは物凄い過剰サービスの笑顔を振りまいているが、カメラ映りなんか全然関係ないはずの玉藻はそれすらも完全にコピーしていた。
テレビに向かって、人前では絶対に見せないアイドルスマイル連発である。
実はこれ、玉藻の数少ないストレス解消法なのである。
大学では、ぶっきらぼうで人付き合いが悪いところはあるものの、眉目秀麗、品行方正、学力優秀、謹厳実直な模範的生徒としてその名を轟かせている玉藻。
そんな玉藻であるから、大学講師陣の受けもよく、一般生徒達からは尊敬されたり、秋波を送られたりと、まさに向かうところ敵なし状態なのであるが、そんな玉藻でも一般人同様に、いや下手をすればそれ以上にストレスを抱えることもある。
大学の勉強や研究が思うようにはかどらない、対人関係(特に言い寄ってくる男ども)が鬱陶しい、絶縁したはずだが、いろいろなしがらみから未だに交流を完全に絶てない実家とのやり取りがうんざりするなどなど。
ともかく、無敵超人の玉藻といえども数え切れないストレスを抱えているのだ。
なかでも最近特に大きなストレスとなっているのが恋人連夜とのことだ。
別に連夜と喧嘩したとか、浮気されたとかしたとかそういうことではない。
相変わらず二人の仲は『らぶらぶ』だし、連夜に対する愛が冷めてきたわけでもなければ、連夜の愛情表現が不足してるとか玉藻に余所余所しいとかそういうわけでは絶対にない。
絶賛熱愛中で、むしろどんどん熱くなっているくらいだ。
そんな感じでとことん愛し合っているというのにである。
二人はここのところ、あまり満足に会っていない。
いや、一応週末だけはなんとしても会う時間を確保して、どんなことがあっても欠かさず会っている。
付き合い始めてから、一度として土日会わなかったことはない。
それだけはなんとか死守している。
死守しているがしかし・・
平日に会う頻度が極端に少なくなってしまったのだ。
ある事件が起こるまでは、土日以外で最低週二日は玉藻のマンションを訪ねてくれていた連夜。
それが、いまや、週一日も来れないときがあるのである。
理由ははっきりわかっている。
連夜を溺愛している嫉妬深い姉のせいだ。
いや、玉藻の見たところ、彼女が弟に寄せるそれは溺愛どころの騒ぎではない。
もっとドロドロした何か、執念とか怨念に近いものがあるような気がする。
彼女は純粋に『弟』として連夜を愛しているわけではないのだ。
思い切り不純な動機で、一人の『男』として連夜を愛しているのである。
そんな彼女であるから、弟に他の女性が近付くのを極端に嫌い、連夜に好意を持って近付こうとする『女』達を邪魔しにかかるのである。
それも非常にタチが悪いやり方でだ。
共通の友人であるリビュエーやクレオから、その具体的なあくどいやり口を聞いたときには、流石の玉藻もしばらく空いた口が塞がらなかったものである。
幸いにも彼女は、連夜と玉藻がすでに付き合って男女の関係にあることをまだ知らない。
そのおかげで今のところは積極的にこちらに害を成すようなやり方はしてきてはいない。
しかし。
女の勘が異常に鋭いせいなのか、それとも長年愛する弟を観察してきた成果なのかはわからないが、彼女は親友玉藻が連夜の好みにドストライクであることを知っている。
そのため、玉藻と連夜が必要以上に親しくなることを恐れて、平日は連夜にべったりとくっつき家から出さないのだ
勿論、ミネルヴァも平日いろいろと他に付き合いがあるため連夜にばかりかまっていられるわけではない。
そういうときを連夜は見逃さず、家を脱出して玉藻に会いに来てくれるし、そうでないときもうまい言い訳を考えてはミネルヴァの魔の手を潜り抜けてはくれている。
くれてはいるが、それでもミネルヴァが張り付いているときのほうがここのところ圧倒的に多いのである。
悔しい。
めちゃくちゃ悔しい。
いくら親友でもやっていいことと悪いことがあるはずだ。
できることなら、脳天に力一杯カカト落としを食らわせてやりたい。
玉藻にミネルヴァへの対抗策が全くないわけではない。
二人の仲を告白し、堂々と会うという必殺の伝家の宝刀が玉藻にはあるのだ。
だが、それをすると今度は大っぴらに邪魔しにくることは目に見えている。
長年頼れる相棒として常にミネルヴァの横にあってつるんできた玉藻である。
あのミネルヴァが敵に回ったらどういうことになるのか、嫌と言うほどよくわかっていた。
迂闊に敵対することはできない。
二人の仲を告白するためには、どうしても完全に連夜をこちら側に抱え込んで守れる状態にしてからでないといけない。
そうでないと怖くて仕方なかった。
ミネルヴァはそれほどまでの強敵なのである。
と、いうことは頭ではわかってはいるので、ストレスになるといわかっていつつもじっと我慢している玉藻。
だが、だからといって感情でも納得できるかというとそういう風にも割り切れず、玉藻は胸に込み上げてくる寂しさに耐えきれず、その寂しさを埋めるようにカラオケボックスに通ったり自宅にこもったりして歌い踊りまくりストレスを発散させているのであった。。
歌って踊っている間は、何もかも忘れて若干気分が落ち着くものの、すぐに側に連夜本人がいないという事実が浮き彫りになってしまい、余計に寂しさが募ってしまったりで、なかなか心を鎮めることができなかったりするのだが、かといって他にうまいストレス発散方法もなく、歌っては落ち込み、踊っては連夜を思い出すの繰り返し。
(あ〜〜、もう思い切って学校で待ち伏せしてでも会えばよかったかなぁ)
付き合いだしてからまだ二ヶ月弱しか経ってないのに、あの年下の恋人のことを考えれば考えるほど好きで好きでたまらない自分に気づく。
(わたしって、こんなに惚れっぽい性格だったのかぁ。自分で自分が意外だわ)
玉藻はこれまで恋愛らしい恋愛はしてきたことがない。
親友であるミネルヴァが言いよってくる男達を片っ端から選別し、落第の烙印を勝手に押して蹴落としていったという事実も確かに理由の一つとしてあるにはあるが、玉藻自身が一緒にいてほしいと思う男性に巡り合えなかったの確か。
それでも何人か付き合ってもいいかなと思う人物がいなかったわけではないが、結局付き合うまでには至らなかった。
そんな自分が当時素性もよくわからなかった人物に、自分から交際を申し込むことになろうとは。
それも、その人物が自分よりも年下で、なによりも長年付き合いのある親友である人物の弟とは。
人生はわからない。
わからないが、しかし、それでも、その選択は間違っていたとは思わない。
いや、むしろ大正解だったと思う。
あの『人』こそが間違いなく、この世でたった一人の自分の『番』なのだ。
(なのに、自由に会えないなんてさぁ。世の中って、ほんと思うようにならないよねぇ)
そんな風に心の中でつらつらと思い悩む玉藻。
しかし、存分に思い悩みながらも、歌詞や踊りを間違えたりつまったりはしない。
いや、それどころか、結局、三十分間一度もミスることなく、テレビの中のプロ三人組に匹敵する上手さで見事に歌い踊りきってみせた玉藻。
最後の決めポーズもバシッと決めて、締めてみせたのであった。
当然ではあるが、アイドルスマイルも忘れてはいない。
「ブラヴォ~!! 凄いよ、巧いよ、あめ~じんぐだよ!! 玉藻、最高!!」
「ありがと~、ありがと~。どうもどうも」
手放しの賞賛の声に、思い切り照れながら答えを返す玉藻。
そんな玉藻に対し、並々と酒の入ったコップが手渡される。
「その天晴れな歌と踊りに対して褒美をつかわす。とりあえず、これいっときなさい。ゴールデンウィーク中に城砦都市『ゴールデンハーベスト』で買ってきたあそこの地酒『ザヅバ・ホワイトウェーブ焼酎』」
「あら、気がきくわね、ミネルヴァ・・ごくごくごく、んっ、ぶ~~~~~~~~~っ!!」
何気に横から差し出されたコップをごく自然に受け取った玉藻は、普通に受け取って飲み干しかける。
だが、コップを差し出してきた人物の姿を横目で確認してその正体を知ってしまった玉藻は、おもいきり口に含んでいた酒を噴き出した。
それをまともに浴びることになった金髪ショートカットの親友は、悲鳴をあげてのけぞる。
「ぎゃあああああああ、汚い!! ちょっと、たまちゃん、なにするのさぁぁぁぁぁぁ!!」
「げほ、ごほ、ちょ!! あ、あんた、ごほ、なん、で、げほごほ、ここにいるのよ!!」
「なんでって、酒盛りするために決まってるでしょ!!」
「あ〜、そうなのね・・って、当たり前みたいな顔して言うなっ!!」
『なんでそんな今更当然のことを普通に聞いてくるんだろうこの人は?』みたいな表情を浮かべる親友に、顔を真っ赤にして怒り狂いながら厳しいツッコミを入れる玉藻。
「だいたい、どうやって、ここに入ってきたのよ!! 鍵はちゃんとかけていたのに!!」
「そんなもん、合い鍵で開けたに決まってるでしょ?」
「そっか〜〜、合い鍵ね、それなら仕方ない・・って、そんなわけあるかぁぁぁぁ!! あんた、そんなもん、いつ作ったのよ!!」
「いや、一週間くらい前になるけど・・」
さらっと普通に爆弾発言するミネルヴァに、眩暈を覚えながら頭を抱える玉藻。
「ちょ、あんた、ほんと、いい加減にしなさいよ!! ってか、その鍵出せ!! あんた、普通に犯罪よそれ!!」
「もう~~たまちゃんは相変わらず細かいなあ・・」
「細かくないわよ!! あんたが非常識なのよ!! それよりもあんた、いったいいつから見ていたのよ!?」
「いつからって?」
顔を真っ赤にしながらミネルヴァに詰め寄っていく玉藻。
これだけはどうしてもはっきりと聞いておかねばという気迫の元、物凄い形相で問い詰める玉藻であったが、肝心のミネルヴァはいまいち玉藻の言っていることがよくわかっていないのかきょとんとしてなかなか返事を返さない。
「たまちゃん、何をそんなにムキになってるのさ?」
「いいから答えなさいって。あんた、いつからそこにいたの!? ってか、私のその・・ううう、歌っているところを、ど、どこから見ていたのよ!?」
「いつからって、ついさっき来たところよ。ほんとに今」
「あ、あ~、そうなんだ。ついさっきね」
その言葉を聞いた玉藻は、若干ほっとした表情になり肩の力を抜く。
だがしかし。
「そうそう、ついさっき。テレビで【Pochet】の『かっぺ』が、いつもの定番挨拶で『かっぺです』って言うところから見てたわ」
「そっか、定番挨拶のところから見ていたのか。よかったよかった。って、全然よくないじゃん!! それ一番最初でしょうが!? あんた、最初っから見てたわけ!? 私が歌って踊ってるところ、最初から最後まで見てたってことなの!?」
「最初から最後までってどこからが最初で、どこが最後なのかわかんないけど、ミリオンナンバー六曲と、最新曲『双星のアステリオン』を歌い終わるまでかな?」
「な~んだ、全七曲かあ。それならいいのよ。って、いいわけないでしょうが!! やっぱり全部じゃん!! 最初から最後まで見てるじゃん!!」
安心しているところにとんでもない答えを返された玉藻は、激昂してミネルヴァの両手で乱暴に襟を掴むと、涙目になりながら上下左右に激しく揺らして怒りの言葉を吐き出すのだった。
「忘れなさい!! 今日見たことは全部忘れなさい!! 絶対忘れなさい!! 完全に忘れなさい!!」
「ちょっ、やめっ、たまちゃん、吐く、吐くから、やめてっ!! おえっ」
「うわっ、何やってるのよ!? 『おえっ』じゃないでしょ!? あんた仮にも女の子でしょうが!?」
「はぁはぁ、たまちゃんが、はぁはぁ、ひどいこと、おえっぷ、するからじゃん!! ってか、仮にもって何!? こんな美女が男のわけないでしょ!!」
玉藻の豪腕をなんとか振り払ったミネルヴァは、カーペットの上に四つんばいになりながら、なんとかこみ上げてきたものを堪えて元の場所へと飲み込んで追い返す。
そして、深呼吸を何度も繰り返して体調を整えると、横で心底嫌そうな表情でこちらを見詰めている玉藻のほうに視線を向け直す
「それにしても、相変わらず女のかっこしてないなあ・・そんなかっこしてるから男ができないんだよ・・」
と、ミネルヴァが憐みを込めた視線で長年の親友の姿を見て、やれやれと首を横にふる。
「う、うっさいわね、誰も家の中にこないときは別にいいのよこれで!!」
顔を真っ赤にしながらも自分の姿が、結構だらしないことを自覚しているのか、ちょっと顔を背ける玉藻。
いまの玉藻は明らかに高校時代のものとわかるださい赤いジャージ上下に、びんぞこのようなレンズの古臭い眼鏡、髪は後ろでおばさん結びにして、なによりも今玉藻は完全すっぴんノーメイク状態。
普段大学で見せているクールできっちりばっちり決めている美しい姿からは想像もできないような、もう正直目も当てられないという、かなりひどい姿。
実は玉藻、こんな姿でトップアイドルの歌を歌い踊りまくっていたのだった。
「まあ、私は別にいいけどね~」
「腹立つわ~~~・・もう大概あんたのその言動には慣れたつもりだったけど、やっぱり腹立つ・・」
「わかったわかった、とりあえず、新しいお酒がほしいわね。連夜、悪いけど、玉藻が噴き出したそのお酒拭いといて、あと、お酒の追加とおつまみ」
「はいはい・・たま・・いや如月さん、これきれいな布巾ですから、ジャージに零したお酒拭いておいてください」
「あ、うん、ありがとね」
「連夜、お酒とおつまみ、早く早く~~~」
「はいはい・・もう、ほんとに我がままなんだから・・」
いつもの自分を心底気遣う優しい笑顔の連夜から奇麗な新しい布巾を手渡され、最初なんの疑問もなく自分が噴き出したときにジャージにお酒がついてしまった部分を拭いていた玉藻だったが、ふと違和感を感じてその手が止まる。
「あ、あれ?・・いま、私、誰にこの布巾手渡された?」
「連夜」
「あ、そ、そっか・・え・・」
独り言のように呟いた疑問に、当り前のように即答して返してくるミネルヴァ。
その答えに、ギギギと壊れたゴーレムのようなぎこちない動作で長年の親友のほうに視線を向ける。
そんな親友の動作を、事実確認の再度徹底ととらえたのか、ミネルヴァがさらに口を開いてダメ押しの追い打ちをかける。
「だから、弟の連夜。この前ちゃんと紹介したじゃん。忘れたの?」
「いや、絶対忘れるわけはないけど、そうじゃなくて、なんでここに連夜くんが」
「ああ、そのことか。城砦都市『ゴールデンハーベスト』でさあ、すっごい美味しそうな地元特産品の猪肉を見つけて買ってきたのよ。でも、ほら、私壊滅的に料理だめじゃん。で、考えたんだけど、うちには凄腕の専属シェフがいる!!って。まあ、弟の連夜なわけだけど。そんで、この場で作ってもらおうと思って一緒に来てもらったの」
「こんな夜更けに女性の部屋に黙って訪問するのはいやだって言ったのに、無理矢理連れてきたんじゃない・・」
「あっはっは。ごめんごめん。でもさ、明日は土曜日で学校お休みだし、なによりも玉藻の家だから大丈夫」
「大丈夫って・・その根拠が一体なんなのか全然わからないし、しかも、如月さん、大丈夫じゃないみたいなんだけど・・」
豪快に笑うミネルヴァの横で、心底恨めしそうな表情を浮かべながらもテーブルの上にいつの間に作ったのか甲斐甲斐しく猪肉料理を並べていく連夜の姿。
その連夜が玉藻のほうを見つめると、玉藻は驚愕というか絶望というか悲壮というか、とにかく、もう目を背けたくなるような不幸という文字を人の表情にしたらこうなるんじゃないかと思われるような表情で固まってしまっていた。
「あれ? たまちゃんどうしたの?」
ミネルヴァが声をかけると、玉藻の口が若干動く。
「・・ぃ・・」
「い?」
親友の言葉がよく聞き取れなかったため、ミネルヴァが耳を親友の口元に寄せる。
「『い』って、今なんて言ったの? たまちゃん?」
ハテナマークを顔に張り付けたミネルヴァの問いかけに、玉藻は全力で応えるのだった。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁ、耳がぁぁぁぁ!!」