耳鳴り。
耳鳴りがする。
キ――ンと。
酷い耳鳴りが。
『耳鳴り?』
「そう。耳鳴りなんだ」
僕の言葉に首を傾げる友人。
母が死んでから掃除される事のない家は少し動いただけで埃が舞う。
陽の明かりの僅かな気流で舞う埃。
汚いという嫌悪感と共に美しいとも感じる。
その光景は何処か悍ましさを感じさせながら幻想的で綺麗だ。
空気の入れ替えを頻繁にしないせいか何処か全体が黴臭く湿っぽい。
壁紙は湿気の所為か黒カビが発生して斑点の様な柄になっている。
ため込んだ洗濯前の下着のような匂いが部屋に滞留していた。
据えた納豆の様な匂い。
最初はこの状態を何とかしようとも考えていたが結局、時間無く諦めた。
それから暫くしたったら慣れて気にもならなくなった。
家事をするのも億劫な僕だから此れは仕方ないとも思う。
最後の肉親が死んだ事で、これまで狭く暖かった家は一変した。
広く寒々とした家になったのだ。
人の気配がしない静寂しかない家。
本来なら聞こえない筈の無い距離の冷蔵庫のモータ音が聞こえる。
『耳鳴りぐらいで今更だろう』
グリンと首を埃も立てずに傾げる友人。
ガタガタと冷凍庫の氷が出来る音がした。
怖い怖い。
友人の挙動が変に怖い。
『あっ すまん』
僕の心情を察した友人が謝る。
「いや……良いが」
『これでも気を付けてるんだがな~~』
家鳴りがギシギシと響く。
「習慣だろうな」
『習慣は本人が気を付ければ直せるけどな~~』
「まあ」
『俺と言う友人を気にしない時点で結果は御察しだな』
タタンとガラス窓が風で鳴る。
「今更かな?」
『そうだな』
僕の前で胡坐をかく友人は出された御茶に手を出さず笑う。
この家に手土産無しで何時も不意に現れ滞在していく友人。
『よっと』
音もたてずに友人は箪笥を登り始める。
床の比ではない埃の積もった箪笥をだ。
指に付いた埃が舞うが畳に落ちず漂い続ける。
軽々と箪笥を揺らさずに登り切った。
暇なんだろう。
自由気ままな友人に溜息を付く。
箪笥の上に置いている段ボール同士の隙間に座り込んだ。
体育座りだ。
今度は天井まで僅かな隙間しかないのに宙返りする。
激しく宙返りするのに埃が落ちない。
床に積もっている埃の比で無い筈なのに。
空中に漂っていた埃が舞うだけだ。
慣れたものだ此の友人の突飛な行動には。
最初に会った時は酷く驚いたもんだが慣れとは恐ろしい。
もうこの友人の変な行動には動じずになった。
『あ~~落ち着く』
明らかに人の動きではない。
異常とも呼べる動き。
友人の動きに何故か魅了される。
友人は前かがみになって此方を見下ろす。
奇妙なバランスで座る其の姿勢は感嘆に値する。
『詳しい事を話してくれないか?』
目に力を入れて此方をみる。
友人の変な癖に溜息が出そうになる。
「聞いてくれるのか?」
『暇だからな』
うん。
まあ良いが。
始まりは数日前の朝起きた時の事だ。
『ほう』
自宅の一室で耳鳴りは起きた。
唯一の肉親である母が老衰で死んだ翌日に耳鳴りがし始めた。
仕事先でスマホのネットで原因を調べてみた。
虚ろな目でスマホを見る僕の姿に仕事先の同僚の目が引いていた。
ストレスや疲労。
或いは睡眠不足などの自律神経の乱れ。
加齢や難聴などが原因で起こると書いて有った。
耳鳴りが酷く検索した文字が読みにくかった。
内容は把握したのでそれを実行してみる。
まずは静かな場所を避け、ラジオや小さな音を流して脳をリラックスしてみた。
ヒソヒソと同僚に更に引かれたのは良い思い出という事にする。
意味が無かった。
「キーン」という金属音や電子音のような高い音(高音)で聞こえる音が変化しただけだった。
ザ――。
シャーー。
という風の音のようなホワイトノイズに似た音がするだけだった。
その内更に音が変化した。
ザザ――と言う音に。
ラジオの音の様な音に。
それからだった。
耳鳴りが酷くなったのは。
ザザーー。
と言う耳鳴りに加え別の音がし始めた。
キュイという耳鳴りがし始めたのだ。
そして気が付けば、音は人の声の様にもにも聞こえ始めたのだ。
ボソボソと。
『××ちゃ×××事××ど××?』
それは数人が話している声だった。
何処かで。
何処だろうか?
『××年齢××で××だし××~~』
知っている声だ。
つい最近まで聞いていた声だった。
『一××××余××過××さ×』
聞きなれた声。
最近まで。
そう。
最近まで。
『親子三人で過ごした方が良いかもしれないね』
『そうかあ?』
『親として憑りついて殺してあげた方が良いかもね』
『そうだな』
死んだ母の声だった。
生前の僕に気を使ってくれた声ではない。
優しくも厳しく僕を何時も思って叱ってくれたものではない。
まるで同じ人間として見てない冷ややかな声。
淡々と感情を感じさせない冷たい声。
その言葉に僕は震えあがった。
医者に話しても信じてくれない。
職場の人間に話しても信じてくれない。
誰も信じてくれない。
唯一人の例外を除いて。
それが友人だ。
『それが俺?』
「そうだ」
『ふうう~~ん』
箪笥の上から降りて空中を重力から逆らい回転して此方を見る。
体育座りをしたまま。
「何が原因か分からないんだ」
『原因なら分かるぞ』
僕の言葉に逆さまに浮いたまま近づく友人。
「本当か?」
僕の言葉に頷く友人。
『お前の耳元で両親の死霊が囁いてるからな』
そう答える友人の言葉に嫌な汗が出た。
友人は人間ではない。
この家に昔から住んでる地縛霊だ。
僕だけが見える霊。
僕にしか見えない地縛霊だ。
そして僕は友人以外の霊は何故か見えない。
そんな体質だった。
友人曰く波長が合ったんだろうと言った。
その地縛霊が教えてくれるんだ。
本当だろう。
この後お祓いをしたら耳鳴りは治った。
そう思いたい。
後で友人は僕に『死靈なんて気にし過ぎたらキリが無いぞ』とそういった。




