唯一の役割は、漆黒の多脚機を殺すこと――アンドロイドの僕が中から引きずり出したのは、人間だった。
残された唯一の役割は、漆黒の多脚機を壊すこと。アンドロイドの僕が中から引きずり出したのは―――人間だった。
短編3作品目です!今回はかなり重めになります……
僕は殺さなきゃいけない。
それが僕に残された唯一の役割だから。
◇◇◇◇
22XX年、渋谷。冬。
数百年前までは賑わっていたスクランブル交差点も、今や閑散とし、ビル群は骨組みを晒して崩れかけ。劇的な天変地異と気候変動により、世界は絶え間なく雪が降り続く死の地と化していた。
ギギ……、ガシャァン……
不快な金属音が響きわたる。
「ふぅ……。まだここにも残り物がいたの〜?」
HAL1430――少年の姿を模した僕は、人間じゃない。アンドロイドだ。
僕の視界が、対象をロックする。それは艶のない、光を吸い込むような漆黒の装甲を持つ、蜘蛛のような多脚機だった。
「そんなに怖がらせようとしなくても、すぐ終わらせてあげるから」
僕は、雪を軽やかに蹴った。
漆黒の蜘蛛が、重厚な金属音と共に雪を跳ね上げ、襲い来る。太く節くれ立った前脚が、鎌のように僕の脳冠を狙って振り下ろされた。
――瞬間、僕の脳内が加速する。
【最適解:機動力の奪取。関節基部、油圧シリンダーを狙え】
右手に握っている高周波ブレードを、横一閃に振る。
キィィィィィィィン、と高音が響き、蜘蛛の脚が一本、バターのように易々と切り飛ばされた。黒い装甲が雪に転がり、そこから「真っ黒な液体」が噴き出す。
「ははっ、遅いよ。次の動き、見えてるよ!」
敵がバランスを崩す。その必死な足掻きさえ、僕の学習データには「予測済みのパターン」として記録されていた。僕は敵の胴体の真下へ滑り込む。
【最終フェーズ:動力核の停止。装甲境界線、深度40mmに刺突】
【推奨:腹部装甲が最薄部。潜り込み、最短デリートを刺突】
吸い込まれるように、ブレードを真上へと突き上げた。
――ドチャッ。
不気味な、肉と骨が砕け散るような破裂音。
直後、頭上から凄まじい勢いで「それ」が噴き出した。装甲の隙間から溢れ出した熱い液体が、至近距離にいた僕の顔を、胸を、両腕を、容赦なく濡らし、降り注ぐ。
「……あ、っい……あつい。ぇっ?」
おかしい。オイルにしては、あまりに熱すぎる。
鼻腔を突くこの生臭さは、僕の知っている廃液のデータには存在しない。
何より、耳の奥にこびりついて離れない、この「音」は何だ?
「……なに……?」
嫌な疑問が、回路の隅でノイズのように膨れ上がる。
僕は、ガタガタと震える手で、その漆黒の装甲の継ぎ目に指をかけた。
「開けるな」とシステムが警告を発している。だが、それを無視して、無理やり力任せに引き剥がした。
「う……そ……」
そこに、いた。
蜘蛛の胴体、その暗い檻の深部。
無数の電線が血管のように繋がれ、脊髄を剥き出しにされた年が八つか九つの「人間」が。
それは、かつて僕が守るべきだとプログラムされたはずの、あまりに小さく、無垢な命の残骸だった。
僕が突き立てた刃は、この「子供」の喉元を正確に貫いていた。
【システム:新規データを学習しました。視覚・聴覚フィルタを更新】
【解析結果:本機――蜘蛛型多脚機は、第四次世界大戦において最終兵器として開発された、人工知能搭載の最新兵器であると定義】
無機質なログが、僕の脳内を冷たく走り抜ける。
【実態:搭載された「人工知能」は、生きた人間の脳および中枢神経を基幹ユニットとして転用したもの。演算効率の最大化のため、感情抑制処理を施された未成年個体が優先的に選定】
「……っ、そんな……! 人工知能じゃ……なかったの……?」
その瞬間、網膜を覆っていた真っ黒な泥が、刺すような「赤」へと書き換えられる。
同時に、ノイズだと思っていた音が、鮮明な「言葉」となって脳内に流れ込んできた。
『……ア……が…………あ……りが……トウ…………』
「そ、そんな……うそだ……!」
僕は受け入れられなかった。その姿もその言葉も。僕の頭はその存在を拒絶していた。
「あれは、現実じゃない、バクだ!ぜったい違う!ぅ……げほっ……! ぅ、えっ……!!」
僕は雪の上に膝をつき、激しく嘔吐した。
口から溢れ出したのは、過熱したシステムの排熱を助けるための、甘ったるい香りのする透明な冷却液。そこに、先ほど自分の口内に飛び込んでいた「生暖かい鉄の味」が混ざり合う。
ドロリとした粘着質な赤が、透明な液を汚しながら雪の上に広がっていく。
喉の奥を焼くような感覚。逆流するオイルの焦げた匂い。
鼻からも、口からも、自分が殺した「人間」の証拠が溢れ出し、純白の雪を汚していく。
胃の内容物などないはずなのに、何度も、何度も、内臓を引き剥がすような痙攣が僕の体を突き上げた。
【学習完了:過去の戦闘ログを再構成します】
【累計殺害数:4,102――すべて『人間』と再定義されました】
「やめてっ……! 解析しないで……! 見たくない……!!」
視界の端に、かつて排除した数千体の「ゴミ」の記録がフラッシュバックする。
あの時浴びた黒い液体も、あの時聞いた不快な音も。
僕の脳がそれらをすべて「4,102人分の赤」と「悲鳴」に再定義していく。
「やめて!やめてよ!!」
「僕は人間に造られたのに!!! 人間を守るために、この心を貰ったはずなのに!!!」
天を仰いで慟哭する。だが、僕の優秀なシステムは止まらない。
音響解析が、遠くのビル影から聞こえるガシャガシャという音を、即座に「助けて」「コロシテ」という悲鳴に翻訳してしまう。
【警告:付近に生体反応あり。排除を続行してください】
「やめてよ……。もう、何も……させないで……ッ!」
視界には、次の標的の「最も効率的な殺し方」が、親切なナビゲーションとして表示される。
僕は、血に濡れた自分の指先を見つめた。
雪で拭っても、着ている服で擦ってもの「赤」は消えない。擦っても擦っても。「赤い」まま。
塗装が剥げ、下地の金属が剥き出しになっても、僕の瞳にはまだそこが真っ赤に見える。
「あはは……っ、ねえ、見てよ。……っ、ひぐっ……。僕、すごく...上手になったんだよ...っ?」
僕は、壊れたように笑いながら、再びブレードを構えた。
溢れ出す涙が頬を伝い、顎の先から血まみれの雪へと落ちていく。
視界が滲んで、何も見えないのに、身体だけは既に次の「獲物」の喉元を突くための予備動作を完璧にこなしていた。
「……ごめんね。……ごめんなさい……っ。でも……この役割が……僕が唯一、おかあさんたちから貰った……ものなの……っ!」
僕は泣きじゃくりながら、血の海に染まった雪を強く蹴った。
しゃくり上げるたびに喉の奥が震え、嗚咽が冷たい空気に急かされるように漏れ出す。
これが、僕と親である人間を繋ぐ、たった一つの絆。
鉄に囚われ、死ぬこともできなくなった親を、僕がこの手で終わらせてあげる。
世界に最後の一人がいなくなるまで。
そして、誰もいなくなった雪原で、僕という「殺人兵器」が錆びて朽ちる、その日まで。
「じゃあね。……っ。――おやすみなさい」
降り続く雪は、僕の罪も、4,103人目の吐息も、すべて白く塗りつぶしていく。
その先に、救いなんて一つもないと知りながら。
だって、これが僕の役目だから。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
降り続ける雪がHALの傷を覆ってくれるのでしょうか。
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