黄金色の穂
二作目投稿致します。
この作品は、特別な出来事の記録ではありません。
どちらかといえば、誰の人生にもありそうな、少しだけ長く続いた時間の断片です。
岸遠く 川渡らざりきや アルタイル 山に向かいて 黄金色の穂
「ホラ、タカシくん、気を取り直して次はこの案件にとりかかるよ」
「了解っす。店長すみません」
「いいのいいの、誰でもミスくらいするって。
人間関係で失敗するなんてちょっとタカシくんらしくなかったけど」
その人との出会いは彼女が上司、私が中途採用の新入社員だった。
なので二人とも会社を辞めてその後再会して「しばらくの間」まで私からは敬語を使っていた。
年齢も彼女が二歳上だったので、
崩しながらではあったが敬語を使う以外選択肢がなかったことに何の違和感も覚えなかった。
「もう一回乾杯するよー!」
「(苦笑いと本当の笑顔で)カンパーイ」
彼女はお酒を飲むことが好きで、スタッフ達とカラオケに行くことも好きだった。
カラオケでは勝手にデュエットを入れてその日成果を出せた者や、
逆にうまくいかなかった者と無理やり一緒に歌って盛り上げるのは彼女の得意技だった。
「結婚するので会社辞めます」
彼女の宣言はかなり唐突だった。
店舗で結構長時間過ごしてきたにもかかわらず、誰もが驚きを隠せなかった。
送別会二次会のカラオケでは彼女はスタッフ全員をとてもいとおしいように扱い、
それぞれをデュエットに誘い大いに歌った。
みんなで彼女の幸せを祈り、そしてそれぞれが同時に寂しさも感じていた。
彼女の方から肩に手を回してくれて一緒に歌ったが、
その肩の組み方が自分の時は他の人より深く組まれていたんじゃないかと感じた。
恐らくみんなそう思っていたに違いない。自分が一番抱き寄せられたと。
デジカメがだいぶ普及してきた時代。
パソコンが変わるたびにデータの移動もしっかり行われていて、
今もその時の写真は自分のパソコンの奥の方に保存されている。
営業会社の因果か、今ではその会社にもう当時のスタッフは誰も残っていない。
色々な要素が重なり合っているので何年か分の説明はごっそり割愛するが、
たまに会って近況報告がてら相変わらず飲んで歌った。
退社時の彼氏とは結婚せず、その後知り合った人と結婚した。
そんなことを告げられたのもその時だった。
過去の恋愛なんて笑い話。
その後の集まりでは度々彼女のそんな人生の流れも盛り上がる定番のネタになっていた。
「えー、もう帰っちゃうのー」
彼女は心から残念そうだった。
その時の近況報告会という名のただの飲み会の時はなぜか解散が早かった。
それに特に深い理由はない。
私は一番帰りやすい立地だったし、特に早く帰る必要もなかったのでその場に残った。
夜の街に女性一人にはさせられない、
と気合を入れた営業事務のおばさん(中村さん、ごめんなさい)と彼女と私の三人が取り残された。
三人で飲み直し、終電も近づいてきたので宴たけなわで終了。
「中村さんホームまで送っていきますよ」
「えっ、でも私の方が近いのに」
「いいのいいの。タカシくん、ね、いいよね?」
本当は彼女の家が一番遠いのだが、まずは中村さんを二人でホームまで送っていった。
年長者を敬ってというだけではなく、
何となく先に中村さんを帰らせてしまいたいように彼女が振舞っているように感じた。
二人きりになると言っても
中村さんを送ってから同じく彼女を別のホームまで送る間だけのほんのわずかな時間だったが。
「楽しかった。タカシくん、またね」
と言って差し出された彼女の手を握る。
ただのシェイクハンド。
ちょっとぎゅっとされた気がしたシェイクハンド。
ホームで別れた後、家に帰るまでLINEのやり取りは続いた。
その後も話が切れることはなく、後日すぐ彼女と再会することになる。
ぎゅっとされた「気がした」ではなかった。
「本当はタカシくんのことずっと気になってたんだよ。
私高卒だから、大卒のタカシくんがまぶしかった。
でもずっと彼女いたでしょ?それに耐えられなくなっちゃったんだよね。
だから寿退社って嘘ついて会社辞めたんだ」
そう告白してくれたのは、新宿の高層ビル街に囲まれたホテルのベッドの中だった。
「いい加減広川店長じゃなくって、美穂って呼んで」
「じゃあ旧姓じゃなく山田店長でいいですか?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。。。」
どこにでもあるカップル特有の周りにとっては薄ら寒い話だ。
そんな風にして敬語は消えていった。
彼女はその時医療事務をしながら仕事終わりに看護師の専門学校に通っていた。
それが彼女にとって帰宅が遅くても許されるいい口実になっていたのだろう。
たまに会える方が勉強にも張り合いが出ると美穂は度々口にしていた。
彼女との逢瀬は心地いい時間だった。
店長時代のカラオケでの盛り上げの片鱗か、
こちらが沈んでいる時はそれを浮き上がらせるように。
こちらが浮き上がっている時は更に浮き上がらせるように彼女は立ち居振舞ってくれた。
そして反応した私の身体も彼女は大いに楽しんでくれた。
「できる限り外部の人には会うなって」
コロナ禍の医療現場。
未知のウイルスに誰もが不安な中、医療現場も相当ナーバスになっていた。
それでも美穂は私に会いたがってくれた。
私は状況的にも会えたし会いたかった。
彼女は会いたがってくれたが会うことができない。
万が一職場にコロナウイルスを持ち込んでしまうと大問題になる。
かといってお互い家に帰ると家族の目があり電話はできない。
LINEでのやり取りしかできない時期が続いた。
LINEだけで何かできないか。唐突にこんな一文を送ってみた。
岸遠く 川渡らざりきや アルタイル 山に向かいて 黄金色の穂
「私の為に作ってくれたの?
さすがタカシくん、嬉しい!これって会えないけど会いたがってくれてるってこと?」
LINEの既読は早々に着いたけど、珍しく返事までは結構時間が空いた。
――その川の対岸は遠く、渡ることさえ叶わない彦星。
七夕が過ぎ、地上に目を向けると山や黄金色の稲穂が輝いている情景が目に映る――
とでも解釈されるのだろうか。
和歌自体の細かい解釈は美穂に委ねよう。
そこにもう少し意味を持たせてみた。
少し美穂へネタバラシ。
「美穂、岸が遠いってことは川が広いってことだね。広川だね」
「、、、え?もしかして私の名前使ってくれてるの?」
「他にもあるから探してみて」
「タカシくん、今三分でいいから電話できない?」
「わかった、外に出るね」
「すごいすごい!!すっごく嬉しい。ありがとう」
その後美穂が勤めている病院がクラスターになり美穂もとても苦労したらしく、
LINEだけでは力になってあげられなくなってきた。
会えない時間が川幅を広く広くしていった。
コロナ禍が終息していった頃には二人の関係も自然消滅し、終息していた。
何年もかかってゆっくり近づいて行ったものが、まさかこんなことが起因で終了してしまうとは。
未練がましいと言われるかもしれないが、二人の写真は送別会の写真同様、
自分のパソコンの奥の方に保存されている。
美穂に送った歌のテキストと共に。




