表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

祈りの日

季節は秋へと移り変わっていた。

 朝露の冷たさが増し、畑の端では金色の麦が頭を垂れている。

 村の中心には、木造の小さなほこらがあった。

 今日は収穫を祝う「感謝の祭り」の日。

 人々は手に果実や花を持ち寄り、神へ祈りを捧げる。


 レオンも両親とともに、祠の前に立っていた。

 風が静かに吹き抜け、乾いた葉が舞う。

 神官メルグの声が響いた。


「我らは願う。

 大地を潤す水に感謝を。

 火に糧を。

 風に息を。

 そして、言葉に命を」


 最後の一節を聞いた瞬間、レオンの心が震えた。

 ――“言葉に命を”。

 それはまるで、自分に向けられた言葉のようだった。


***


 神官が祈りを続ける間、レオンは目を閉じた。

 周囲の声が遠ざかり、風と土と音だけが残る。

 耳を澄ませば、祠の奥からかすかな“鼓動”が聞こえる気がした。


 それは、人の心臓の音に似ていた。

 だが、もっと深く、静かで、古い。


 ――神の声。


 そう直感した。

 それは言葉ではない。

 意味を超えた、存在そのものの響きだった。


(……聞こえる)


 その瞬間、レオンの胸の奥に“問い”が浮かんだ。


 神さまは、どうして世界を作ったの?


 答えはすぐに返ってこなかった。

 けれど、風が頬を撫で、水の流れが音を変えた。

 まるで、世界そのものが彼に答えようとしているようだった。


 ――わたしは、言葉になりたかった。


 心の奥に、そんな“意味”が流れ込んだ。

 レオンは目を見開いた。


(……神は、言葉そのもの?)


 それは衝撃だった。

 人が神に祈るのではない。

 神はすでに、世界のすべての言葉として存在している。

 祈りとは、神を呼ぶことではなく、神の言葉を思い出すことなのだ。


***


 儀式が終わり、人々が帰り始めた。

 レオンはひとり祠の前に残った。

 手の中の木の葉が、風に震えている。

 その葉を見つめながら、彼はそっと呟いた。


「あなたは、風の言葉を持っているの?」


 答えはない。

 だが、葉が小さく揺れ、光が差した。

 その輝きの中で、レオンは確信した。


 “存在”にはすべて、“言葉”が宿っている。

 風も、火も、水も、人も。

 それぞれが神の一部。

 祈りとは、神と心を交わす“会話”なのだ。


***


 夕暮れ。

 村の丘の上で、レオンは両手を広げて立っていた。

 空は朱に染まり、雲がゆっくりと流れていく。

 その姿がまるで“神の呼吸”のように見えた。


「……ありがとう」


 レオンの声は風に溶け、空へと流れる。

 その瞬間、雲の隙間から一筋の光が差した。

 それはまるで、彼の祈りに応えるようだった。


(やっぱり、言葉は届くんだ)


 胸が熱くなった。

 言葉を発するたび、世界がわずかに変わる。

 祈りは願いではない。

 **世界への返歌へんか**だ。


 神に“お願い”するのではなく、

 神に“ありがとう”を伝えること。

 それが、世界と共に生きるということ。


 彼の中で、“魔法”と“信仰”がひとつに重なった。


***


 夜。

 家の外で、レオンは月を見上げた。

 月の光は白く、静かに彼の瞳を照らす。

 その光に手を伸ばし、そっと言った。


「……ルーメン。あなたの名を、もう一度呼ぶよ」


 光がわずかに揺れた。

 声に出したわけでもない。

 けれど、月が微かに明るさを増した。

 それは確かに、“答え”だった。


 レオンは微笑み、静かに目を閉じた。


 ――言葉は、祈りの形。

 ――祈りは、世界を呼び覚ます心。


 この夜、少年の中にひとつの信念が生まれた。


 「神の言葉とは、世界が自分を語る音である。」


 その理解が、やがて“言葉のことわり”を支配する者へと彼を導いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ