90.最終クエスト
「サールの民はダンジョンで狩ったモンスターを食べる習慣があった。ダンジョンのモンスターはアートの一部だ。つまり何処よりも早く神聖が体に身についた」アートは言って森の中を少し進んで、その空間を斜めに切り裂いた。「そしてルパルは最も神聖が高い場所だ。つまりもう現実ではない」
アートはナナシの首から勾玉を外し、それをルパルに向けて放った。
「何をする!」ナナシは叫んだ。
だがその勾玉はルパルの中で光り、そのままそれぞれ人の姿になった。
「あの勾玉には村人の情報が入っている。言わば魂だな。サールの民は緊急事態にそこに魂を封印する」アートは微笑んで言った。「神域なら魂だけでも存在できる。その為村人はルパルでしか生きられないが、それでも良いならナナシも行くと良い」
「‥‥嘘だろ」ナナシは涙を浮かべながらーー、元気よく叫んだ。「うん!」
そしてルパルの中に入り、こちらに手を振って言った。
「ユカラ、ヴァルキュリア様によろしく! 今までありがとう!」
俺は手を振りつつ、ナナシがハルニレのあだ名を出したことに一瞬違和感を覚えた。
ーーいや、‥‥そうか!
俺はハルニレが消えた場所にあった勾玉を懐から取り出した。これはサールの民と同じものでは。
「ハルニレは優しい娘だ。そこのオキクルミは緊急時に思わず作った個体だが、もし生き延びたら自分と合祀はしたくないだろうと考えた。だから一度魂にまで戻り、分身した時の合祀の条件をリセットした」アートは閉じゆくルパルの入口を眺めながら言った。
「私は別に合祀しても構わない」とオキクルミは言った。「でもハルニレ、という人の意志も尊重したい」オキクルミは言った。
「つまりここにハルニレがいるのか!」俺は勾玉を眺めつつ立ち上がって叫んだ。
そしてアートの前まで駆け寄り土下座した。
「頼む! ハルニレを復活させてくれ!」
「アートは交換をつかさどる。ユカラ、手を見ろ」アートは言った。
俺はハッと気づいて手のひらを見た。生存の印はまだ消えていない。「何故、忘れていたんだ」
つまりハルニレは生きている。
「ハルニレを復活させてくれるんだな?」
「早とちりするな。今、アートは交換をつかさどる、と言った」そこでアートはひざまづいて俺の顔を覗き込みながら言った。「ユカラにはこれから試練が必要になる。その苦悩と交換しなければハルニレは戻らない」
「何をすればいい?」俺は覚悟を決めて訊いた。
「この先に特殊なダンジョンがある。アートが統治しない独立自治のダンジョンだ。そこを単独踏破してヌシを解放してくれ」アートは表情を消して言った。「‥‥だが例えヌシを解放してもユカラは何かを失う、その覚悟で望んで欲しい」
ヌシを倒すのではなく解放しろ、というクエストに違和感を覚えたものの俺に迷いは無かった。
「それでハルニレが戻るなら」俺は立ち上がって言った。「ダンジョンに案内してくれ」
※
ダンジョンは目と鼻の先にあった。おそらくアートが何か細工をしたのだろう。
カンナとキキリ、ニドとヴォルクさん、そしてオキクルミとオイナが見送ってくれた。
「手持ちの武器はそれだけで良いのか?」とアートは言った。
「ターヘルアナトミアと眠り姫、そして」俺はカンナを見て言った。「もう少しこの短刀を借りていても良いか?」
「ダメ」とカンナは顔を背けて顔を真っ赤にして言った。「使い終えたらすぐに返して。直接」
つまり生きて帰って来いという事だ。
「分かった」カンナの顔を見て気合いが入った。「必ず返す」
「絶対だよ」カンナは目を潤ませて俺を直視する。「おまじないをかけてあげる」
そう言ってカンナは俺から短刀を受け取り、何やら念じている。
「ピンチの時には私の名前を呼んで。きっと助けになるから」
何やら意味を掴みかねたが短刀を受け取りつつ俺は感謝した。「ありがとう」
「単独踏破が条件ならニドは付いて行けない」ニドは悔しそうに言った。「せめてニドがアポストールのようになれたら」
思えばポルターガイストになったハルニレとアポストールはほぼ同種の現象だった。おそら物質と反物質を同時に使い分ける能力だ。
「ニドならいつか出来るかもな」
「おそらくモンスターのスキルだ。モンスターのスキルはニドのヒューマン・ビューワー(人類目録)では感知できない。だが方法は分かった」ニドは何やら不穏な笑顔を見せて言った。
「本来なら私が担う役割なのに」とヴォルクは言って頭を下げた。「お嬢をよろしくお願いします」
「俺の役割でもあります。気にしないでください」
俺は不意にオイナとオキクルミを見た。
「結局何のためにお茶会に呼ばれたのか分からなかったな。すまない。記憶を戻す手がかりが掴めると思ったのに」
俺が呼んだわけではなかったが、なんとなく俺が謝るのが筋と思って言った。
「二人の記憶はルパルを出るための代償で失われた」アートは事も無げに言った。
「え?」俺は驚いてアートを見た。
「だがそれを取り戻す裏技がある」
そう言ってアートは勾玉を二個手のひらに乗せて見せた。
「それはもしかして」俺は半分呆れたように呟いた。
「そう。ルパルに送る前に二人から抜き取った。ルパルという限定空間を作るにはそれなりに条件が必要でな。出る時に代償が必要という制約を作らねばならなかった。だが製作者権限で裏技も知っている、というわけだ」アートは自慢げに言った。「ちなみにオイナの勾玉は存在しなかったから勝手に作った」
その勾玉をアートはオイナとオキクルミにそれぞれ手渡した。「勾玉を身につけていればいずれ記憶は戻るだろう」
「めちゃくちゃだ」もしかしてその裏技を使えば俺の四十年も必要無かった気がする。皆をルパルから脱出させるには俺の四十年の不遇が必要だとかつてアートは言った。皆の勾玉を作ってそれをルパルから脱出した後に渡せばあるいは。
「ヤマタノオロチが復活するまでに長い時が掛かる。必要な手順だ」とアートは俺の心を読んだかのような事を言った。「そして未だ根の国ーー、ダンジョンから抜けられないモンスターがいる。それがヌシだ」
神域はダンジョンから地上まで拡大した。ダンジョンの外にアートがいるのはここが既に神域だからだろう。おそらくゲヘナ国限定だ。なのにそのモンスターがダンジョンから出られないという事は‥‥。
「そう。呪いだ。そのモンスターは呪いをかけられ、その特殊なダンジョンから抜け出せない。かつてオロチを封印した時にオロチによって逆にかけられた呪いだ」
「もしかして」と俺は呟いた。
「あの巨大なモンスター、アートの盟友である鳳凰がダンジョンに囚われている」そこでアートは初めて俺に頭を下げた。「我が友を救ってくれ」
鳳凰を救うことがハルニレを復活させることに繋がるという意味は分からない。
だが俺はダンジョンへと足を踏み入れた。
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