84.ハルニレ
初めてその人を見たのは森の中だった。
「大丈夫? 今罠を外すから」人間の少年は言った。「代わりに俺が捕まえた獲物をかけておく。猟師さんにも生活はあるからね」
手慣れた仕草で少年は私の足に掛かった仕掛けを外し、代わりに自分が仕留めたウサギを罠にかけた。
「なぜ助けたかって? だって君は人間を襲わない種類のモンスターだろ? 殺す理由がない。人によってはモンスターは全て殺すべきだって言う人もいるけど俺はそう思わない」少年はまるで私の心を読んだかのようなことを言った。
少年と別れて家に帰るとまず母に叱られた。人間のいる森に行くからそんな目に遭うのだと。
だが少年のことを話すと今度は目の色を変えた。
「あの少年は時々ここからでも目にする」
こことはすなわちダンジョンのことだ。
ダンジョンそばの森にあの少年は出没するらしい。
※
ある日あの少年を見かけた。
少年はダンジョンの入口に捕えたばかりの魚を置いていった。
母にそのことを話すと「自発的なみかじめ料」だと言った。「一般的にはお供物とも呼ぶ」
みかじめ料の意味は分からなかったが母もあの少年を気にかけているのが分かった。
ある日あの少年が死にかけていた。鳥の巣から卵を取ろうとして落ちたらしい。
私は母の目を盗んでヒールを掛けてあげた。そして物陰から様子をうかがった。
少年はすぐに目覚めた。
少年は周囲を見渡し、あえて獲物を置いて帰った。
「わあ」私はその獲物に歓喜した。ダンジョンでは滅多に獲れないアルビノの猪だった。
「これは」背後から母の声が聴こえた。
「ごめんなさい。ダンジョンの近くだったから」私はすぐに言い訳をした。
母は私の言い訳を無視して額に指を置いてから言った。
「予知で見た通りになった。アルビノの猪がその証拠。‥‥これからあなたはダンジョンの外に出なければならない」
母はいつもとは違う口調で私に指示を出した。「しばらくの間はお別れね」
そう言ってから母は私の姿を人間に変えた。
「いつか自分でも姿を変えられるようになります。予知や分身、さまざまな能力も使えるようになるでしょう」
人間の姿になった私ははしゃいだ。
「それと」はしゃぐ私を見て母は言った。「絶対に鳳凰には自分から触らないで」
「鳳凰? お友達の?」私は母と鳳凰が仲良しなのを知っている。
「あなたが鳳凰に触れられる回数は決まっているの」
私は意味が分からないまま頷いた。母のいう事に間違いはないからだ。
※
少年は名をユカラと言った。
「怪我しているの?」と人間の姿で声をかけるのは勇気がいった。もしかしたらモンスターの化身だとバレるかもしれない。
だがユカラならきっとモンスターでも分け隔てなく接してくれる、という予感もまたあった。
何度も一緒に狩りに行ってそれは確信に変わる。
ユカラは人間に害を及ぼすモンスターしか狩らない。
オキクルミとして生きる事に慣れた頃に私は分身のスキルを身につけた。
後に正体がモシレコタネと分かった人型モンスターによって私は移動ダンジョンに囚われそうになった。
咄嗟に分身を作り、分身の方を移動ダンジョンに送った。
だが分身を母は救い出し、ルパルという時間の存在しない場所へ送った。母の意図が分からない。
ダンジョンに取り残された私の元に母は近づいて言った。
「これからあなたは少しの間眠らなければなりません」母は言った。
「ユカラに会いたい」私は言った。
「会えますよ。約四十年後に」そう言って母は私の額に指を置いた。「目覚めてしばらくは昔の記憶は無いでしょう。けれどいつか思い出せます」
心配しないで、と母は言った。
※
女の子がいた。
名をオイナと名乗った。
ダンジョンの中で横たわる私を拾ってくれた人だ。
オイナは王族だった。
冒険者の真似事をしてダンジョンに潜る悪癖のおかげで私は拾われた。
私は「ハルニレ」と名付けられた。
オイナの悪癖は私にも伝染した。宝探しと称して何度もダンジョンに潜った。もちろんオイナも一緒だ。
ある日、目の前でオイナが消えた。移動ダンジョンの噂は聞いていた。
嘆き悲しむ私に義父は言った。
「第一王女は隣国シンアルに人質として嫁いでもらう予定だ。政治的駆け引きの為に犠牲にするのは申し訳と思っている。同時にハルニレには国の王位を継いでもらう事になる。人質が義理の娘とバレると問題になる。つまり消去法だ」
オイナが居れば、と義父はため息を吐いた。
王様なんてなりたくない。
オイナを探す直接の動機では無かったが、後押しはした。
そもそもある程度の年齢になったらオイナのように単独でダンジョンに潜るつもりだった。
何年か経ち、家臣の目を盗んで城を抜け出した。
初めて一人で潜ったダンジョンで奇妙な魔獣に出会った。
リスのような見た目で私に幻覚を見せてくる。オークが迫ってくるように見えた。
だが私は何故かそのオークが幻であると見抜けてしまった。
「捕まえた!」
そう言って魔獣を捕まえたものの見た目の愛らしさから私はペットにする事にした。
意外にも魔獣はすぐに懐いた。ミミと名付けた。
※
ミミと共にダンジョンを探察した。
ある日、巨大な空間の中で私は得体の知れない巨大なモンスターに襲われた。
空間が広いと壁の光源が届かないせいでモンスターの実体もよく見えない。
上空からの攻撃に反応が遅れた私はモンスターに食べられた。
ーーそんな気がした。
だが実際には私はモンスターに食べられた(と思った)地点から少し離れた場所にいて、モンスターが何かを飲み込むのを目撃しただけだった。
ミミは私の頭に止まっている。食べられたのはミミではない。
「‥‥何を食べたの?」
疑問に思うもののこれ幸いとばかりに私は全力で逃げた。
命からがら逃げられたもののダンジョン探索への不安は募った。
そしてオイナの手がかりは未だ掴めない。
※
「お嬢! またダンジョンに行くつもりですか!」
私のお付きとなった新米の近衛兵はさして年は変わらない。なのにやたら口うるさい。
「適当に誤魔化しておいて、ヴォルク」そう言うとヴォルクはいつも涙目を浮かべて従った。真面目で良い子なのだ。口うるさいけれど。
巨大モンスターに襲われて以来単独でダンジョンに潜る事に限界を感じいた。
そんな折に王国専属パーティーなるものが結成されたという噂をヴォルクから聞いた。
「そこに混ぜろと?」ヴォルクは呆れたという表情で言った。
「ほら、顔を変えるから」とミミに合図して男の姿になった。「男性用の甲冑も用意してあるし」
「まあ単独でダンジョンに行くよりは安全かもしれませんね」
そう言ってヴォルクは了承してくれた。
モシレコタネ率いる王国専属パーティーの面々は嫌な奴らだった。ギルドから拾い上げた腕の立つ連中というヴォルクの言葉も少し怪しく思えた。
特にモシレコタネには胡散臭い印象しかない。
「金を積んだらギルドが推してくれた」とメンバー同士が話しているのを後に聞いた。王国専属パーティーの給料は破格だった。
ある日、モンスターの攻撃がミミを掠った。ミミは無事だったが幻覚が解けたのを即座に理解した私はパーティーから逃げ出した。
元々結束力のあるパーティーでも無かったせいか追ってこなかった。
「どうしよっかな」目を回したミミを抱えたままの私は途方に暮れた。
その瞬間ダンジョンの奥から咆哮が響いた。
「ヤバい!」
逃げた先は袋小路でしかも片側は崖だった。
虎型モンスターに追い詰められ刀で応戦するもジリ貧だった。
やっとミミが目覚めたものの幻覚は人間にしか効かない。
どうしよう、私死ぬのかな。
諦めかけた時、
ーー彼に出会った。
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