81.サールの子供
隠し部屋のベッドで横になるモシレコタネを発見した俺とハルニレは一旦静かに扉を閉めて螺旋階段に戻った。
「本物か?」俺はハルニレに訊いても無意味と知りつつ問いかけた。
ハルニレは肩をすくめて見せた。
もし俺がモシレコタネならどうする?
一番重要な個体を部屋に隠し、他の個体をデコイとして配置するだろうと考えた。
カーカのスキルでは三箇所を示していたがその場所で再び分身する可能性は大いにある。
「一旦戻ろう」俺はハルニレに言った。
ハルニレは頷き、俺たちは螺旋階段を上り王室に戻った。
「外にいるかもしれないデコイを片付けよう。その上で即座にあのバックアップ個体も始末する」
ハルニレは頷く前に視線を逸らし不意に部屋の外に出た。
「どうした?」俺はそのあとを追いかけた。
廊下を凝視するハルニレの視線の先を追った。黒い小さな影が見えた。子供くらいの大きさに見える。
ハルニレは羽根を生やして廊下の中をトップスピードで飛んだ。
「え!」俺は慌ててそのあとを追った。
廊下の角でハルニレは黒い小さな影の両腕を抑えて羽交締めにしていた。
「なんだコイツは?」
ハルニレは俺の前にその人物を突き出した。
「これは‥‥」その影は想像通り子供だった。ただ明らかに見覚えがある。「モシレコタネか?」
「何だお前ら! ここは俺の城だぞ! 勝手に入るな!」
俺とハルニレは困惑しつつこの状態について考えた。
「君の名前を教えてくれないか?」俺は前屈みになり子供に目線を合わせて言った。
「別に誰だって良いだろ」子供は俺から視線を逸らした。そしてハルニレを見てから表情を変えた。「お前‥‥いや、あなたは城を救ったヴァルキュリア様!」
俺とハルニレは顔を見合わせた。そして思いついた。
もしや、俺とオキクルミが幼少の頃にこの城でモンスターを退治した時にこの子供もいたのか?
ならばこの子供はモシレコタネでは無い別の誰かなのだろうか?
子供はハルニレを妙なあだ名で呼んで称賛し続けて、当のハルニレはただ困惑しているという場面が続いた。
「俺とオキクルミがここに来ていたのは三十年以上前だ。年齢差から考えるに当時のモシレコタネは既に成人している」俺は独り言で呟きつつ考えた。
「お前、さっきからうるさいな。ヴァルキュリア様のお付きだからって調子に乗るなよ」子供は不意に俺に向けて言い放つ。
「君はサールという村にいた事はあるか?」俺は訊いた。
「だったら何だ。サールはモンスターに襲われてもう存在しない村になっているぞ」
「君は生き延びたんだな」
「村の聖堂の奥に匿われた。外に出たら皆いなくなっていた。代わりに村中にこれがあった」子供は自身の首にぶら下げた勾玉を示した。「村を見て回ったら人数分あった。皆の形見として首に下げた」
確かに子供の首にはネックレス状に勾玉が並んでいる。サールの民は少し特殊な部族で生まれた時から勾玉を握って生まれてくるという。モンスターの血が混じっているという噂もある。
「村では危機が起きたらこの古城に行けと言われた。隠した物資があるらしい。でもここでモンスターの親玉に捕まった」
「親玉?」
「悪魔だ」
※
モシレコタネはサールから逃げおおせたがこの古城で悪魔に捕まった。
「悪魔は俺の顔面を掴んだ。そしてその手が外された時にもう一人の俺がそこにいた。そいつは悪魔と共に立ち去ったが最近戻ってきた。何でかジジイになっていた」
俺とハルニレは再び目を合わせる。
「君はそれからずっとここにいるのか?」俺は訊いた。
「腹は空かないし、眠くもならない。だが何故か城の外には出られない。城内にはモンスターも山ほどいたからずっと隠れて暮らしていた」子供は顔を伏せて言った。
そして何十年かしたら俺とオキクルミが来て城内のモンスターを一掃したという事らしい。
「分身スキルは大量の生命力を必要とする」俺と自身にそのスキルをかけた時にオキクルミが説明したことを思い出す。
同時にステイタス画面にあった「アナーリス(道理解析)」という未だ使ったことのないスキルをこの子供に使用した。
その結果に俺は驚愕した。
俺は言った。「特に長い間そのスキルを掛け続けるのならば、ベースとなる個体が必要となりその個体は生命力を浪費し続ける。だから少しの間なら人間でも使えるが長い間使うならモンスターくらいの生命力が必要になる」
「え‥‥」子供は絶望するような目をして呟いた。
「君がそのベースとなる個体であり‥‥、この古城自体が本体を生かし続ける装置なんだ」そこで俺は残酷な真実を子供に告げた。
「悪魔によってもう一人の自分が生み出されたのではない。君が生み出された側なんだ。記憶を移されてね。モシレコタネという存在を維持する為に生まれたのが君だ。君は人ではない」
ーーモンスターなんだ。と俺は言った。
子供は膝を付いて頭をかかえた。「俺はただもう一度サールに帰って皆を弔いたいだけなのに」
それを聞いてハルニレは俺の肩に手を置いた。
「分かっている」
悪魔はモシレコタネの邪魔になるであろう記憶をこの子供に移し替えた。サールの記憶がある限りこの子供はもう一体のモシレコタネを闇討ちしようなどとは考えない。つまりこの子供はモシレコタネの良心の化身だ。
‥‥だいぶ生意気な台詞が多いけれど。
そして俺は子供に訊いた。「生きたいか?」
子供は泣きながら言った。「生きたい」
配給元を絶てばモシレコタネの再生能力も無くなる道理だ。
ハルニレはそこで心配そうな顔で俺を見る。
言いたい事は分かる。この子供を葬る方が手っ取り早い。
もう俺たちがすべき事は決まっていた。
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