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70.オイナ


「大丈夫だ。ユカラにはニドがいる」

 俺の表情を読み取ったニドはすかさず言った。

「ユカラは元の姿に戻った。今までユカラの側にいてくれてありがとう。これからはニドがユカラの側にいる。心配するな。絶対に幸せにする!」

 ニドは皆に向けて高らかに宣言した。

 

 ーーだが予想外の台詞が放たれた。


「ユカラ様。ずっと会いたかった」カンナは涙を流して棒立ちのまま言った。


 そうだ、カンナにはこの姿が本当のユカラだった。

 そしてカンナは俺の胸に飛び込んできた。


「あ、いや。そのすまん。男の子の姿も女の子の姿も、今のオジサンの姿も全部俺だ。騙すつもりは無かった」


 すまない、と言って俺はカンナの肩を掴んで一旦俺から引き剥がして皆に頭を下げた。


「私はその姿のユカラ様が一番好きです」カンナは今までの淡白な態度からは想像出来ないほど情熱的に言い放った。「本当は薄々気づいていました」


「ハルニレ、すまない。君を助ける時にオジサンから少年の姿に脱皮したんだ」俺はカンナやニドの言葉を聞きつつもハルニレに向けて謝罪を続けた。


 木陰に隠れてハルニレの表情は見えない。


「え? 誰?」とハルニレは言った。


「ここに来てからハルニレがおかしい」とカンナは言った。「自分のことをオキクルミと名乗った。そして私たち皆のことを忘れている」


 ーーオキクルミ!


「俺だ! ユカラだ! オキクルミ、覚えているか?」混乱したまま俺はオキクルミという名前に反応して叫んだ。


「ユカラ? 私の知るユカラは十三歳の少年だよ」


 ハルニレの姿をしたオキクルミと名乗る女性は言った。


 風が吹いた。梢の擦れるサワサワという音がした。時間の存在しない場所・ルパルは楽園のような場所だった。楽園のような場所で俺は最高の地獄を味わっていた。


 膝が落ちた。カンナが何かを言った。ハルニレが何故オキクルミと名乗ったのかは分からない。分からないが俺は同時に二人の大切な人を失った。


 そんな気がした。


「ユカラ、早く出ろ」何処からか声がした。「ルパルは出る時に代償が必要だ。四十年年分のユカラの不遇でなんとか開けた穴だ。閉じる前に出ないと永遠にルパルに閉じ込められるぞ」


 アートの声は心の中に響いた。

俺はキキリに乗り込み(キキリは一発で俺と分かった)皆を乗せる為に促した。「早くここから出ないと永遠に出られない!」


 落ち込んでいる暇はない。

 ニドとヴォルク、カンナにハルニレ、ミミとクルクルもキキリに乗ってアートが開けた穴に飛び込んだ。


 ダンジョンに戻るとアートは消えていた。だが一言だけ心の中にアートの声が響いた。「ユカラは再びアートと出会う」


 キキリにはそのままダンジョンから出るように指示を出した。


 森の中に戻り俺はそこからほど近いかつての俺の家に行く事を提案した。反対する者は誰もいなかった。



 俺の家はすっかり風化していたと思っていた。何故か小綺麗に手入れされていて庭には花壇があり花も咲いていた。


「一体誰が」


 両親は俺が小さい時にモンスターに襲われて他界している。

 森の側にある小さな家のドアを恐る恐る開いた。


 知らない女の子がそこにいた。


「あの、何か?」と女の子は言った。


「ここはかつて俺の家だった」と俺は正直に言った。


「え?」と驚きつつも女の子は頭を下げて言った。「ごめんなさい。私、記憶が無くて。人がいないので勝手に住んでいました」


 何年も帰っていないのでほぼ空き家だったから別に構わないと俺は答えた。


 女の子は自身をオイナと名乗った。

 名前だけは覚えていたらしい。


「オイナだと!」ヴォルクは叫んだ。「確かに若い頃のオイナ様にそっくりだ」


「知っているのか?」俺は訊いた。


「お嬢の、ハルニレ王女の姉君だ」


 当のハルニレは中身がオキクルミになっているせいか、オイナを見ても何の感想も抱いていないように見えた。


「え、何?」オキクルミは皆の視線を感じて言った。「それよりそろそろ説明が欲しいんだけれど。本当のユカラは何処にいるの? オジサン!」



 俺の家なのでお邪魔するというのも変だがオイナに許諾を得て部屋の中に入らせてもらった。


 机を挟んで俺とオキクルミは向かい合う。他の皆は各々好きな場所からことの顛末を見届けていた。


「ハーブティーです」とオイナは突然押しかけた俺たちの給仕役としてもてなしてくれた。


「何処から覚えている? 君はユカラと共に人型のモンスターをダンジョンの最奥部で倒した。そしてその直後移動ダンジョンに囚われたんだ」俺は言った。


「なんで知っているの?」とオキクルミは答えてから話し出した。「その直後、目の前に壁が出来て空間がおかしくなった。地面も消えて空中に浮かんでいるような感覚がした。自分が自分では無いような感覚がして、その時に巨大なモンスターの手が私を掴んで何処へと運んだ。気づいたらルパルだった。何故かその場所が『ルパル』と呼ばれると知っていた。そしてモンスターの手は消えていた」


 そう言ってからオキクルミは部屋を見渡して言った。


「ルパルにも家があった。こんな感じの家で、そこでしばらく暮らした。ユカラが恋しくて泣いてばかりいたけれど、井戸はあるし、納屋には何故か食料が沢山あった。多分一週間くらいしたら突然庭で雷のような音がした。ここにいる妖狐に乗った人達がいて、‥‥気づいたら私の背は伸びて、皆がいう『ハルニレ』という人物になっていた」


「訳がわからないな」俺は腕を組んで言った。

 そう言いつつもアートの言った「時間の存在しない場所・ルパル」という言葉を思い出して何かしらその作用が働いたのでは、と仮説を立てた。


「私だって分からない」オキクルミは言った。「それでオジサンは誰なの?」


「ユカラ‥‥、の関係者だ。俺の名もユカラという」一度名乗ったので整合性を取る為に俺は再び嘘を吐いた。今、オキクルミに本物のユカラと名乗っても混乱するだろう。


 カンナは小さなため息をついた。

 再び同じような嘘を付かなければならない事情を察してくれたと俺は解釈した。



 元のオジサン姿に戻り、オキクルミ(の意識)とハルニレの姉・オイナを見つけた。

 だがハルニレがいない。

 何かの手がかりになるかとオイナの話も訊く事にした。


「覚えている事があれば話してください。力になりたい」俺は言った。


 先程までオキクルミがいた席に今度はオイナが座り居心地が悪そうに目を逸らしている。


「王宮で育ったのは覚えています。妹と一緒に近所の洞窟に入って遊んだ所までも覚えています。ただそこから先はまるで思い出せません」


「おそらくアート‥‥、ダンジョンの妖精みたいな奴が移動ダンジョンに囚われそうな人間をルパルに連れて行くと思うんだ。避難所として。ここに似たルパルという場所にいた覚えはないか?」


 俺はオキクルミの言った「ここに似た場所」を引用してオイナに訊いた。


「もし私が何処か他所の場所に閉じ込められたら何を犠牲にしてもそこを出ると思います」オイナは力強く言った。


「それはどうして?」


「妹が心配だから」そう言ってオイナは椅子から降りて部屋の奥から紙幣を掴んで戻ってきた。「王宮へ向かう為の賃金です。ここで目覚めてから狩りをして近所の人に売って貯めた資金です」


 そしてオイナは深々と頭を下げて言った。「これで王宮へ連れて行ってください!」


 王女なら憲兵に頼めば連れて行ってくれると思ったがどうやらオイナに自分が王女という自覚はないらしい。


「もしかしたら住み込みの侍女かもしれないし」オイナは自信なく言った。


 オイナの記憶は断片的だ。確かに自分が何者か分からないのも無理はない。


 そんなことを考えていると不意に俺の肩を掴む手があった。 


「ユカラ、やばい」ニドの手は震えていた。「精霊が『この国から逃げろ』と言っている。以前から言っていたがさらにその声が強くなった」


「ニドは精霊と話せるのか?」


「精霊は話せない。『言った』とは便宜的に表現したに過ぎない。人語を話す精霊も稀にいるがニドの周りにはいない。だが感情は伝わってくる。ゲヘナにヤバいモンスターが復活したらしい」


 ニドの言葉と同時だった。

 爆音が鳴り響き地響きで地面が揺れた。

 窓の外が一瞬にして暗くなり、やがて突風が吹きガラス窓が割れた。

 キキリは妖狐となって皆をガラス片から守った。そして人型に戻るとガラス片は床に散らばった。


 突風が止んだタイミングで俺は外に出た。

 巨大なーー、あまりに巨大な、八つの頭を持つ蛇が上空に浮かんでいた。


 その瞬間周囲に網の目のような模様が浮かんだ。ヴォルクのスキル・スヴィニヤー「西洋松露」だ。

「あの蛇にお嬢の反応が!」


「あの蛇にハルニレがいるのか?」俺はヴォルクに掴みかかる勢いで訊いた。


「オ、オキクルミさんにお嬢の反応があるかとドサクサに紛れて確かめてみようとしたら、‥‥あの蛇から反応が」

 ヴォルクなりにハルニレを慮った行動だったらしい。


 蛇は不意に動き出し彼方へーー、王宮のある首都の方へと飛んで行った。

「キキリ!」


 キキリは妖狐になった。

 キキリに乗り込む前に俺はオイナに言った。

「オイナさん! 今から俺達はあの蛇を追う。また戻ってくるまで家を任せても良いか?」


「分かりました。戻ってきたらまた色々と教えてください」

 オイナは頭を下げた。


 皆がキキリに乗り込む最中、オキクルミはオイナの隣に佇んでいる。

「私は行かない」


「しかし」と言いかけて確かに危険な追跡劇になると気づいた。


「魔法は使えるか?」オキクルミのスキルを持ち続けているならおそらく一人でも大丈夫だ。


 オキクルミは手のひらの上に光の球を作りそして消した。

「使える」


「後で迎えたに来る!」と俺は言った。そしてミミをオキクルミの方へと誘った。「ミミも彼女を守ってくれ」


 ミミはオキクルミの頭にとまった。オキクルミは不思議そうな顔でミミを見つめていた。そして「家を借りる」とだけ言って家の中に入って行った。


 オイナは俺達を見送り手を振って言った。

「いってらっしゃい!」



「おそらくあの蛇は水み国の伝説に登場するヤマタノオロチだ。ヤバいモンスターだ」ニドは遠くの空に見える影を見つめながら言った。


 皆がキキリに乗り込み宙に浮いたタイミングで俺はヤマタノオロチが何処から来たのかと森の方を見た。

 ダンジョンのあった辺りに巨大なクレーターが出来ていた。


「つまりあのダンジョンの中にハルニレもいた事になる」俺は凡ミスをしたことに気づいた。


 そしてキキリはトップスピードで飛んだ。


「多分いたとしてもユカラが気づくことはない。そういう細工をされていた」すぐ後ろからニドは言った。「ハルニレがルパルに入ったと同時にオキクルミと中身が入れ替わった。そしてハルニレだけがルパルの外に弾き出された。これがどういう事か分かるのは世界でニドだけだ」


「なにがあった? 教えてくれ」俺はニドに懇願した。


「ニドには『ヒューマン・ビューアー(人類目録〕』というスキルがある。誰がどの能力を持っているか分かる」


 そこでニドは一区切りしてから言った。


「だから何が起きたのかは分かるがニドがそれを言うのは多分ルール違反だ。ハルニレが戻ったら彼女から聞いてくれ」


「いや、しかし!」俺は食い下がった。


「それを話したらニドはハルニレ達に恨まれる。そうしたらきっとユカラもニドを恨む。それが悲しい」


 いや、と言いかけてやめた。ニドは公正に判断してくれたのだ。今は考えないようにしよう。


「ただルパルに行くはずだったハルニレはアートの手からこぼれ落ちて移動ダンジョンに囚われた。そしておそらくヤマタノオロチの生贄にされた」ニドは事務的に言った。


 俺はキキリの背中の上で身悶えしつつも可能な限り感情を抑えて呟いた。「ハルニレが生贄にされただと」


「王都にレージーナが紛れ込んだ事件があったな。ユカラ達が撃退したのをニドは知っている。アイツらもダンジョンの生贄として操られたモンスターだ」


「誰がそんなことを!」俺はつい憤慨して叫んでしまった。


「『ヒューマン・ビューアー(人類目録〕』によるとそのスキルは『クーコルカ(強制監禁)』。移動ダンジョンはほぼコイツの仕業だろう。

 本来ならクーコルカは虐待された児童が発生するシェルターのような役割を負って発生主を守る。そして然るのちに変態を遂げて発生主に危害を加える者に攻撃を加る。

 だがクーコルカの持ち主はそれを逆利用して人攫いに使っている。クーコルカの持ち主は世界に二人だけ。一人は鬼族のシュラという少女。シンアルの奥地に暮らしている無害な人物だ」


 そこまで一気に捲し立てるように言ってからニドは告げた。


「そしてもう一人はモシレコタネ。ゲヘナの国家専属パーティーのリーダーだ」



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