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69.最悪の事態


 ヴォルクの事を忘れていた。

 そしてニドとの会話を聞かれてしまった。オッサンである事も知られてしまった。


「本当に男性だったのですね」


「騙すつもりはなかった。自分でもコントロール出来ないんだ」


 よく考えたら伸縮素材の布が股間を隠しているだけの格好なことに気づいた。

 ヴォルクの気まずさはそれもある。


 荷物の中に着替えがある。慌てて着込んだ。


「ハルニレ達が移動ダンジョンに囚われた」俺はヴォルクに確認するように言った。「何かその瞬間で気づいた事はないか?」


「もしかしたら気のせいかもしれないですが」ヴォルクは自信なさげに言った。


「どんな手がかりでも良い。教えてくれ」


「お嬢達の前に上から壁が降りてきました。でもその瞬間に横から巨大なモンスターの手が皆を攫ったのが見えた気がしました」


 巨大なモンスターの手はもしかしたらアートと関係していると思えた。

 そして気づいた。


「ヴォルクさん。スキルでハルニレを探せないか?」


「あ」そう言ってからヴォルクは慌てて床に手を置いた。「スヴィニヤー(西洋松露)発動! お嬢達の位置を示せ」


 網の目のような模様が床から壁、そして天井にまで及んだ。


「遠い。方角は東ーー、プルガトリオの近くです」ヴォルクは顔を上げてその方角へと視線を向けた。「私のスキルではここまでしか分からない。近場で隠れているものを探す能力だから」


「おい、起きろ」とニドは突然勇者・カーカの脇腹を強めに蹴った。


「うっ」


「やはり狸寝入りか。アイドル・ストーカー(偶像崇拝)でハルニレを探せ。プルガトリオの辺りだ」


「もう勘弁してくれ! 監獄に戻っても良い。馬車馬みたいな扱いはもう嫌だ!」勇者・カーカは身を起こし四つん這いになって嘆いた。


「今までお前がユカラにしてきた事だろう?」再びニドは勇者・カーカの脇腹を蹴った。


「うっ」と脇腹を抑えつつ勇者・カーカは懐から地図を出して錘の付いた糸を垂らした。「ゲヘナの外れ、ゴルゴタという村だ」


「なんとね」俺は呟いた。


「何処だ、ここは?」ニドは俺の顔色の変化に気づいて言った。


「俺の故郷の村だ」



 一瞬で俺の村まで行けるはずがない。

 現在地はゲヘナ南部で隣国シンアルにほど近いダンジョン内部だ。

 そして俺の育った村ーー、ゲヘナ東部に位置し隣国プルガトリオの側にあるゴルゴタ村へ行くには馬車で二日は掛かる。キキリでも半日は掛かるだろう。


「つまりダンジョン内の特殊な力が働いた結果か」俺は腕を組んで考える。


「なあ、ニドはユカラに同行しても良いのか?」ニドは自信なさげに呟いた。

 マスクで顔を隠していた時の禍々しい雰囲気はどこかへ消えていた。


「付いてきてくれるなら助かる。というかお願いしたい。ニドが居たら百人力だ!」俺は自信なさげなニドの為に力強く宣言した。


「どっちが師匠か分からないですね」とヴォルクはボソッと言った。


「そうか、ユカラの役に立てるのか!」

 そう言うが早いかニドはシザーバッグから手のひらに収まるくらいの筒を取り出した。

「シリン。出番だ」


 ニドが筒を床に放るとそれは馬とトカゲを合わせたような生物になった。ご丁寧に背中に人を乗せる為の馬具も付いていた。


「三人は乗れる」ニドはシリンの背に跨り、後ろに俺とヴォルクも跨った。


「あの、俺は」勇者・カーカは懇願するように言った。


「お前の好きな監獄へ帰れ」


「そんなあ。元々俺様は監獄に入るような人間じゃない!」勇者・カーカは早速先程自分で言った言葉を否定した。


 そうだ、こういう奴だった。気分で言動がコロコロ変わる。

 その言葉を聞いて俺は少し気が変わった。


「いつか決着をつけよう。今までの事を思い出すと腹が立ってきた」と俺は勇者・カーカに言った。「今はお前に構う暇はない」


「ここのダンジョンマスターはニドの支配下にあった。それを解放する。上手く逃げろよ」とニドもまた勇者・カーカに告げた。


 部屋の奥で人形達が再び増殖していた。


「ひい!」勇者・カーカも人形達に気づいて悲鳴を挙げた。


 それを合図にシリンは走り出した。


「ダンジョンの中だぞ。このスピードで走ったら障害物に激突する!」俺は手綱を握るニドに進言した。


「シリンは目的地を設定したらそこに至る最短距離をスキルで測定する。そこには如何なる障害も存在しない。安心しろ」ニドは優しく言った。


「もうダンジョンを抜けた。でも速さの割に加速度がかからない」俺の背後でヴォルクは言った。「周りの景色が絵の具みたいに見える」


「それもスキル」とニドは簡潔に言った。


「ユカラ、少しシリンの速度を緩めても良いか?」唐突にニドは言った。


「何か不具合があるのか?」


「ニドの腹にユカラの腕が巻き付いているのが嬉しい。目的地に着いたら離れるのが寂しい」ニドは言った。


「すまないが急いでくれ。こんな事くらいならいつでもするから」そう言いつつ俺は付け加えた。「こんなオッサンになった俺にそんな価値があるとは思えないけれど」


「ニドにとってユカラはユカラだ。年齢は関係ない」ニドは力強く言った。


「あの、いつ以来のお知り合いですか?」ヴォルクは訊いた。


「青年期に出会って数年ニドの元で修行したな」俺は答えた。


「ユカラが21歳三ヶ月と十日から27歳八ヶ月と二十五日の間だ」ニドは矢継ぎ早に言った。


「あ‥‥、そうですか。すみません」ヴォルクは萎縮して言った。


 んん、怖い。

 そんな感想を抱いていると一瞬だけすれ違った農夫の顔が奇跡的に見えた。驚きに表情を浮かべていた。


 あまりに早く動くので見えないモンスターがいる、というゲヘナの噂がある。もしやこのシリンが噂元ではなかろうか。


「着くぞ」とニドは心なしか残念そうに呟いた。そして俺の右手を取って自身の胸の位置に導いた。


 柔らかい感触に心踊らなかったと言えば嘘になる。だが後戻り出来ない気がして俺はニドに小声で告げた。「反則するな」


「ん。すまん」そう言いつつニドは俺の手を自身の胸に押しつけたままにしていた。


 背後のヴォルクは気づいていない。


 そして景色が絵の具から実景に変わる。

 

「懐かしい」俺は思わず呟いた。もう何十年も帰っていない俺の村だ。


「ユカラがニドの胸を揉んだ」と言いつつニドは名残惜しそうに俺の右手を放した。「この思い出だけで一生生きていける」


「事実を歪曲するな!」俺は心の底で言い知れぬ葛藤を抱いたまま叫んだ。


「長閑な村ですね」


 ヴォルクの感想の通りだった。村人は三十人もいない。麦畑と狩猟で生活をまかなう極ありふれた村だ。

 ただ森の奥にダンジョンがある事だけを除いて。


「ハルニレ達がいるならおそらくあのダンジョンだろう」


 かつてオキクルミと共に初めてダンジョン攻略した場所だ。

 森の奥にある山の斜面に窟がある。そこからダンジョンに入れた。


 早々にダンジョンに入ると仮面を被った異様な人物に出会った。アートだ。実に四十年振りの再会になる。


「待ちかねた」


 そう言ってアートは手にした荷物を俺に渡してきた。


「これは、ダンジョンで置き忘れた俺の荷物」正確にはカーカの策略によって置き去りになった荷物だ。「俺の武器もある」


「時は来た」アートは言った。「アートはユカラをオキクルミのいる場所へ案内する」


 俺は驚きで一瞬思考が止まる。オキクルミにやっと会えるのか?

 同時に今の状況を思い出す。


「待ってくれ! オキクルミもそうだが俺はハルニレ達も探して」


 俺の言葉を待たずにアートはダンジョンの内部を引っ掻くような仕草をした。


 その仕草の合間に巨大なモンスターの手が空間を引き裂いているのが一瞬見えた。


「ここは?」俺は思わず叫んだ。

 アートの仕草の先に庭園のような空間が見えたからだ。


「時間の存在しない場所『ルパル』だ。ちなみにアートは入ることが出来ない。道を開くだけ」


 庭園の向こうに何かが見えた。木陰の奥に尻尾が見えた。キキリだ!

 オキクルミのいる場所にキキリの尻尾が見える事に何故か俺は疑問を抱かなかった。


「ありがとう、アート!」そう言って俺はニドとヴォルクと共にルパルに入った。


 木陰の向こうへ走っていく。

 ハルニレ、カンナ、キキリ! そしてミミとクルクル!


 ほんの少し離れただけなのに俺は何十年も会っていないような気がしていた。


 木陰の下で当惑した表情を浮かべたハルニレ達がいた。


「ハルニレ!」俺は叫んだ。


「え‥‥」


 ハルニレをはじめカンナもキキリも困惑した表情を浮かべた。


 忘れていた。

 俺は元のオジサンの姿に戻っていたのだ。

 そしてアートは「ユカラをオキクルミのいる場所へ案内する」と言っていた。


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