68.師匠
ハルニレは驚きつつも無言を貫きカンナは一言だけ言った。
「ユカラ様‥‥」
その瞬間不思議なことが起きた。
ハルニレ、カンナ、キキリ、そしてミミとクルクル諸共、俺の目の前から消えた。そして俺の顔の前にはダンジョンの壁があった。
ーー移動ダンジョンが発生したのだ。
「何で、今なんだよ‼︎」
どうする? どうすればいい?
しかしそもそも移動ダンジョンに囚われたオキクルミを取り戻す為に俺は何十年もダンジョンを彷徨った。今すぐにどうこう出来る筈がない。
俺は打ちひしがれた。四つん這いになって項垂れた。
最悪な事が重なった、今までのことが夢のようだった。そして気づいた。
ーー俺は、幸せだったのだ。
だからーー、もうどうでもいいという気分になった。
「殺すなら殺せ」
俺は女に向けて言った。
オキクルミも失った。ハルニレやカンナ、キキリ、ミミそしてクルクル。俺は大事な物を常に失い続けていく。
これからもこんな事が続くならいっそーー。
「ーーユカラ。ユカラなのか?」
女はフード状の帽子を脱ぎ、マスクを剥ぎ取った。
「私だ! ニドだ! お前の師匠のニドだ!」
ーーニド? なんでここに。
次の瞬間俺はニドに抱きつかれて倒れ仰向けになった。
ニドは馬乗りになったまま俺の胸に顔を埋め嗚咽を漏らし続け、そして言った。
「ずっとユカラを探していた!」
※
「ヒューマン・ビューワー(人類史目録)で生死を確認して一度は会いに来た。そこでやっと見つけ出したユカラがカーカに顎で使われているのを見てコイツらを皆殺しにしようとも思った。だがユカラにもカーカ達を皆殺しにする力はある。それをしないのには理由があると思った。だからその場は立ち去った。だがある時にヒューマン・ビューワーから反応が消えた。だから居ても立っても居られなくて水み国から再びゲヘナに来た。そうしたら軍の奴らとトラブって適当に蹴散らしたら王宮に呼ばれた。そしてハルニレ王女を陰から護衛する任についた」
ニドは捲し立てるように一気に話した。
「え? 護衛?」
立て続けの衝撃に俺はハルニレ達と生き別れになった事実を一瞬忘れた。
「そう。護衛。カーカには暗殺の任務と伝えた」
「何故?」
「カーカを市井に連れ出しユカラに直接憂さ晴らしをさせたかったから」
確かにカーカに対しては思うところはある。随分と酷い扱いを受けた。だが一度ポルターガイストで腕を折ってハルニレの権力で牢屋に入れてからは正直どうでも良くなっていた。
「それでもカーカに『王女の護衛の任務』と言った方が連れ出しやすかったのでは?」
「そうしたらこういう場面を作れなかった」
確かに陰から護衛する役が王女の前に立つのはおかしい。
「遠回りな方法だな」
「さあ、コイツを煮るなり焼くなり好きにして!」
ニドは俺の上から退いて立ち上がりカーカの脇腹を蹴った。
「起きろ」
カーカは起きなかった。
「ちょっと待って。そもそも俺はニドに破門されている身だ。なぜそれほど気にかけてくれるんだ?」
俺はオキクルミを失ってから修行に精を出した。体術の盛んな水み国に渡りそこでニドに出会い師事してもらった。だがある日突然理由も告げずに破門になった。
「ずっと一緒にいると離れられなくなると思った‥‥。だからあえて破門した。でもずっとユカラの事は気にかかっていた」
ニドは顔を背けたまま言った。
「離れられなくなっても別にいいんだけど」
俺は何も考えずに言った。
「ニドはエルフだ。人間より長生きだ。ユカラはニドより早く死ぬ。それが耐えられない」
そういう事か。
破門された理由を知って少しだけ肩の荷が降りた。ずっと嫌われたと思っていた。
「ユカラが去ってから精霊魔法を身につけた。精霊魔法は寿命を削る。それでもまだ人間の寿命よりは長いけれど大分近づけた」
「昔伝えたように俺は幼馴染をーー、オキクルミを探す為に人生を賭けている。そんな俺の為に寿命を削る必要は‥‥」
「それはニドが勝手にやった事だ! ユカラが気に病む必要はない」
やっと振り返ってニドは笑顔を見せた。
俺は罪悪感で押し潰されそうになっていた。
だがその罪悪感のおかげでハルニレ達との別離に対する冷静な判断を取り戻す事ができた。
確かオキクルミが移動ダンジョンに囚われた時にアートという謎の人物が現れてオキクルミを保護した的な事をいっていた気がする。だとしたらハルニレ達ももしかしたら保護されているかもしれない。
希望的観測かもしれないが俺はその考えに縋った。
「オキクルミもハルニレ達も俺は探す。ニドの事も大事に思っている」俺は言った。「だがカーカの事はどうでもいい」
「そうか。タイマンでユカラがカーカをタコ殴りにする姿を見たかった」ニドは少しガッカリしたように言った。
「気が向いたらね」と俺が言った直後だった。
「あの」
誰かの声がした。
「私は移動ダンジョンに囚われなかったらしい‥‥です」
ヴォルクが少し離れた場所に立って控えめに右手を挙げて気まずそうに言った。
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