67.危険な女
ダンジョンに入ってすぐに異変に気づいた。
「モンスターがいない」
「冒険者の亡き骸も見当たらない」ヴォルクは俺の言葉を受けて周囲を警戒しつつ言った。
「とりあえずボルテクスの影響はこのガラパゴのおかげで受けないと分かったね」ハルニレは自らの首に掛かった首輪に触れて言った。
「偽物じゃなくて良かった」カンナは手にした短剣から電撃をわずかに出して言った。
「これで偽物だったら流石にただでは済まない」俺は懐事情を鑑みて言った。
キキリはミミとクルクルを肩に乗せたまま俺の袖を握って不安そうな顔つきを見せた。
「奥に何かいるのか?」
キキリは頷くと俺に抱きついた。
「どうやら相当ヤバいのが奥にいるらしい」
※
モンスターに出会わないままダンジョンマスターがいると思われる階層に到達した。
シャンデリアが飾られた、部屋の中のような空間が広がっていた。
「何これ」とカンナが言ったと同時だった。
大量の人形が部屋の奥から湧き出てこちらに迫ってきた。
「この手の相手は私の出番ね!」ハルニレは刀を抜いて横様に構えた。「皆は後ろにいて!」
「トレース・ホライゾン(長距離居合)!」
発声と共に繰り出された刀の軌道上の人形が全て塵に変わった。
だがトレース・ホライゾンの起動の上から人形が一体猛烈に迫ってくる。
俺はポルターガイストでその人形を鷲掴みにして突進を止めた。
『ぐっ、が』
「喋った⁉︎」カンナは短剣を人形に向けて叫ぶ。「ヴァジュラ(雷神雷刀)!」
電撃が来る前にポルターガイストを人形から放す。
『ががががががっ』
人形は黒焦げになって地面に落ちた。
「え? これで終わり?」ハルニレは拍子抜けしたといわんばかりに言った。
「出番がありませんでした」ヴォルクは構えた槍を体の横に立てて言った。
「そんなわけねーだろ」
誰かの声が聞こえた。
その声と同時にハルニレの胴体に鞭のような何かが巻き付いた。
「え?」ハルニレは一声発した。
俺はポルターガイストで即座に鞭を千切りハルニレ持ち上げて避難させた。
「やるな」
先程とは違う声が言った。
いつの間にか右手と左手の方に一人ずつ人が現れていた。
「カーカ。捕まったはずじゃなかったのか」カンナは苦々しく言った。
「お前のせいで今もお尋ね者だ。どうしてくれる?」勇者・カーカは刀を構えて言った。
もう一方にはフード状の帽子を被り顔はマスクで隠した女が立っていた。
「ハルニレ王女。ご同行願う」女は言った。
記憶のどこかで聞いたことのある声だと思った。同時に背中に悪寒が走る。
俺はキキリに合図して妖狐化してもらった。そして皆をポルターガイストで強引にキキリに乗せた。
「逃げろ!」
「え? 戦わないの?」とハルニレは言った。
「あの女はヤバい」と言ったそばから前方からも嫌な感じがした。「キキリ、止まれ!」
ポルターガイストと同じ半透明な何かがそこにいた。
「見えるのか。へえ」と女は言った。
俺はポルターガイストをその半透明な何かにぶつけた。
不思議なことが起きた。
ポルターガイストとは一種の念動力を具現化した半透明の手が自在に動くスキルだ。
その後半透明な何かを掴もうとするもすり抜けてしまった。
「アボストールは物というより現象だ。掴めるはずがない」と女は言った。
「ならば!」俺はキキリから飛び降りて女に向けてポルターガイストを放った。「キキリ、皆を頼む!」
女はポルターガイストを避けて俺に直接蹴りを入れてきた。
俺はそれを片腕と片膝でガードした。
そして返し刀で俺も女に蹴りを入れた。
女も同じようにガードした。
「これは予想外だ」と述べて女は構え直した。
ポルターガイストを避けるということはこの女もポルターガイストが見えている。
「おいユカラ、俺もいるんだぜ!」と背後から勇者・カーカの声がした。
俺は眠り姫を抜いて勇者・カーカに一太刀浴びせた。
勇者・カーカは銅像のように倒れ込んだ。
「面白い武器を持っているな」女は言った。
「仲間がやられたのに余裕だな」俺は言った。
「こいつは仲間じゃない」そう言って女は勇者・カーカの頭を蹴った。
背中に悪寒が走り、俺は横様に避けた。アポストールが体当たりしてきたのが横目に見えた。俺がいた場所の岩場が霧散した。抉れてクレーターのようになった。
アポストールは現象でありポルターガイストでは掴めない。俺は瞬時に考えて叫んだ。
「カンナ、ヴァジュラを俺目掛けて撃ってくれ!」
「でも」カンナの当惑する声が聞こえた。
「早く!」
「ヴァジュラ(雷神雷刀)!」
俺にはエターナル・ゾンビ(無限回復)がある。直撃してもギリギリ死なない‥‥と思う。
カンナがヴァジュラを放った瞬間にアポストールも俺に再び突進してきた。
『‥‥キ、ゲガ、ズ、ウエ!』
意味不明な声音と共にヴァジュラが直撃したアポストールは消えた。
ヴァジュラの余波で俺の体も多少硬直した。だが電撃はアポストールの体の方がお好みだったらしい。
「ハハッ」女は笑った。「アボストールが負けた所を初めて見た」
「自分の味方が負けて笑う奴がいるか!」俺はつい憤慨して叫んだ。
「アボストールは味方ではない。取り憑いてきたからずっと利用してきただけだ。ちなみにアボストールの攻撃は正体不明だ。触れると分解される。危なかったな」
俺は女の物言いに既視感が起きっぱなしだった。
「まさかな」
「ユカラ! 加勢するよ!」ハルニレはキキリから降りて俺の側に立って剣を抜いた。
「ハルニレ、こいつは危険。ユカラに任せて」カンナは冷静にハルニレを嗜める為に一緒にキキリから降りた。
「えっと、ついでに」
そう言ってカンナは勇者・カーカの持つ刀をヴァジュラで粉々にした。そして顔面に蹴りを入れた。
エグい。そう思いつつも胸を空く思いがした。
その瞬間に体の奥が熱くなった。
「くっ。これは!」
確かに今までにない苦境だ。脱皮が始まっても無理はない。
背中から皮膚が破けさらに身長が伸びて肌がガサついて髭が生えた。
辛うじて伸縮性のある素材のおかげで下半身の露出はまぬがれた。
だがーー。
ーー俺は元のオジサンの姿に戻っていた。
肌の質感や顔に触れた感覚ですぐに分かった。
ーー何故、今更この姿に戻った⁉︎
危険な女の前にも関わらず俺はハルニレとカンナの方に視線を向けてしまった。
「違うんだ‼︎」
二人の顔に浮かぶ驚愕の表情に俺はつい叫んでしまった。
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