52.夜市
あれから何十年経っただろうか。
右手にある生存の印だけが俺の生き甲斐となった。
「なんで泣いているの?」ハルニレは俺に顔を寄せて言った。
「え? ああ、‥‥あれ?」そういえば視界が歪んでいる。手で拭うとビショビショになった。号泣じゃないか。
「何か‥‥悩んでいることとか」ハルニレは珍しくおずおずとした態度で言った。
「少し昔を思い出しただけだ。すまない。心配かけた」俺は頭を下げた。頭を下げた拍子に膝の上にいたキキリが俺の涙で濡れ狐になっている姿をみた。「あわわ、すまん!」
急いで布で拭うとキキリは俺に飛びついて頬を舐めた。
「おお、どうした? 慰めてくれているのか?」
「そりゃ心配するでしょ! ‥‥その、仲間なんだから」とカンナは明後日の方を見ながら言った。
カンナにも心配をかけたらしい。
「お詫びに食べたい物を言ってくれ。何でも作るぞ!」
「別にリクエストとか無い! ユカラの作った物は全部美味しいし」台詞の後半は鳥の囀るような声音で言った。
「はいはーい! 肉がいい! でも少し上品なのがいいかな!」ハルニレは空気を読まずにはしゃいだ。
まるでオキクルミみたいだな、と思ってから二人を比べるみたいで少し良心が痛んだ。なのでその考えは忘れることにした。
「上品ねえ。香草焼きがいいか。付け合わせの野菜はあったかな」俺は食材を入れた籠を物色した。
「少し足りない食材がある。買ってくるから少し待っていてくれ」
ドアの前でキキリが肩に乗ってきた。
「ボディガードしてくれるのか。心強いな」
頭に乗ったクルクルに俺は言った。「クルクルは留守番していてくれ。流石にキキリとクルクルが揃うと目立つ」
「クルクル」クルクルは俺から離れてテーブルに止まった。
ハルニレとカンナを後にして部屋を出た。
二人も着いて来ようとしたが部屋着から着替えるのも手間だろうと俺は遠慮した。
夜市に着いてすぐにハルニレに絡んだ大男に会った。
「お前、あの時の!」大男は取り巻き達と共に俺を囲んだ。
「ん? 何か用か?」
「さっきの姉ちゃんは達人かもしれんがお前みたいな小娘には遅れを取らん!」大男は叫んだ。
どうやら取り巻きの手前、リベンジのチャンスをうかがって俺達を探していたらしい。
「つまり相手をしろってことか」俺は言った。「いいぜ。しばらく徒手空拳はご無沙汰だから練習にはもってこいだ」
「何だと? 舐めやがって!」大男は歯軋りしつつ言った。
「その代わり俺が勝ったらひとつ頼みごとがある。いいか?」
「はあ? 勝てるわけがないだろう! ひとつと言わず何個でもいいぜ!」そう言って大男は俺に突進してきた。
「キキリは手を出さないでくれ」と俺は肩に乗ったキキリに言った。
キキリは頷いた。そして道端まで離れた。
俺はあえて大男のタックルを受けた。体の小さい俺へのタックルは即ち押しつぶすことに近い。
俺は大男の服を掴んで腹に片足をあてて自らの背後に倒れ込んだ。巴投げだ。
大男は綺麗に宙を舞った。
大男が着地したと同時に俺はすかさず駆け寄り馬乗りになった。
咄嗟に大男は俺を跳ね除けようと上体を起こした。
普通なら馬乗りの相手に上体は起こせないが流石に体重差があった。
俺は大男の背後に周り足で胴体をロックした。そして両手を大男の首にまわす。チョークスリーパーホールドである。
大男の胴体が大きすぎて両足のロックが届かない。
なので極めるならスピード勝負になる。
幸い大男にチョークスリーパーホールドの外し方は知らなかった。
あっという間に落ちた。つまり大男は失神した。
起き上がりつつ体の埃を払って言った。「流石になまっていた。練習に付き合ってくれて助かった」
あ、落ちているんだった、と思い出した。
俺は大男の上体を起こして背後から両腕を持って前後させた。落ちた相手に対する蘇生方法である。
ほどなくして大男は目覚めた。
「すまん。落としてしまった。やはり技がなまっていたらしい。手加減ができていない」
「ああ、うん。あれ?」大男はボーッとしたまま言った。
「兄貴!」と取り巻きが駆け寄った。
「申し訳ないがもう何人か相手をしてくれないか? 打撃の練習もしたい」ハルニレとカンナに本気で打ち込むわけにはいかない。コイツらなら別に良いだろう。
そう言ったと同時に大男とその取り巻きは逃げた。
「あ、頼みごと‥‥。決闘の宣伝をして欲しかったのにな。まあいいか」俺は買い物籠を手にした。「キキリ、買い物の続きだ」
離れて見ていたキキリは再び俺の肩に乗った。
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