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ラーメンひこうきの思い出

作者: 旅島いたる

北海道旭川市。買い物公園を少し歩くと外れの方に小さなお店があった。

店名はラーメンひこうき。

私が旭川に行った際に食べたラーメンの思い出をここに書きしるそう。

しかし食欲というのは腹が減ったのでなく食べたいという欲求なのだと書きながら私は思う。



私が旭川に来たのは仕事の出張のためで旅行目的ではなかった。嫌々仕方なく来た出張だったがせっかく北海道に来たのだから美味しい食べ物を食べて帰りたい、そう私は考えた。

しかし旭川の土地勘が全くない。どこか美味しいお店はあるか、と出張先の社員たちに聞いてみたが「駅前の通りならなんかかしらあるだろう。」と半ば突き放された返事をもらった。一緒にどうだ、とも誘ったが、冷たく断られた。私が嫌々来たのもあって彼らにあまり良くない態度をとっていたのもあるだろう。


仕方なく私はひとりで出張終わりに旭川駅前にタクシーで向かった。北海道の夜はこんなにも冷えるのか、温度が寒いと言うよりも体に刺してくる寒さだ。

運転手に料金を払い礼を言って降りて歩いていくと、買い物公園と呼ばれた通りが見えた。いわゆるストリートのようなものだろうか、コンビニや飲食店やおもちゃ屋など様々な店が並んでいる。

私が探しているのは飲食店だ。北海道ならジンギスカンや鍋なんてのもいい、アイヌ料理なんてのもどうだろう。

家族も連れてきてはいないし、一人でぜいたくをしてもバチは当たらないだろう。どうせ家族もごちそうをたべているのだろうから。


ぷらぷらと歩いて色々な店を見て回るとどうやら買い物公園の奥まで来てしまったようだ。選びきれないほどの店のどれかを選ぶのは至難の業で戻るのも億劫になってしまった。そこで私はあるものを見つけた。

小さな小路。5メートルぐらいだろうか、大人が2人横並びで通れるか通れないかの本当に小さな小路だ。

その小路に私は入ってみた。いや、"招かれた"という言い方の方が正しいのかもしれない。招待状代わりの美味そうなラーメンの香りが私の手を離してくれないのだ。

頭の中で「わかった、ここに入りたいんだろう?」「ああ。」と自分に自問自答する。

私のご馳走はこのラーメン店に決まった。


すこし硬い引き戸を開け暖簾をくぐると調理をしているいかにもと言わんばかりの頑固親父の店主さんと客に配膳をしている眼鏡をかけた奥さんがいた。他にも客が4、5人いる。後で知ったことだが、なんでも長く航空会社に務めていた機長さんが退職したあとに独学でラーメン屋を開いた、という店らしい。


「いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ。」と奥さんが声をかけてきた。私はカウンターの左から2番目の席に着き、コートを椅子の背もたれにかけ、鞄を席の下に置く。

「ご注文お決まりになりましたらお声かけてください。」と言いながら奥さんは熱いおしぼりと水をテーブルに置いた。


さて、食べるものはすでに決まっている。ラーメンだ。だがラーメンと言っても色々ある。正油、塩、味噌、豚骨…まずはメニューを確認しよう。

ラミネートされ角が丸まっている年季の入った手書きのメニューに目を通すと


正油ラーメン 1,000円

塩 ラーメン 1,000円

味噌ラーメン 1,000円

プラス100円で麺大盛り

プラス200円でスペシャル


そしてサイドメニューに、


追加具材 各100円

餃子 600円

炒飯 800円

各種酒あります


他にも色々ある。

どれも捨て難い。写真がなく文字だけではどんなラーメンかはわからない。ここはどうしようか、その時だった。


「はい、正油お待たせしましたー。」

私の一つ空いてその隣に奥さんの声と一緒に正油ラーメンがやってきていた。どんと机の上に置かれあたたかそうに湯気がたちお前が食べろと言わんばかりに香りがこちらまでやってくる。どんぶりの真ん中に置かれたのは割り箸よりも長い磯辺揚げだろうか。磯辺揚げとはおもしろい。

食べるものは決まった。よし。


「すみません。」

「はいご注文お伺いします。どうぞ。」

「正油、ひとつください。あ、スペシャルで。」

私はここでしまった、と思った。

「はいかしこまりました。正油スペシャル一丁!」

「はいよー、正油スペね。」


しまった、スペシャルを頼んでしまった。。。

食べ切れるかもわからないのに、食が最近細くなったというのに欲を抑えきれなかった自分に自戒する。そうそう来れない北海道に浮かれてしまった。ラーメン以外も楽しみたいのに。

まあでも食いたいものは仕方ない。ああ仕方ないさ。もう頼んじゃったし、さて出来上がるまで待つとしよう。


出来上がるまでの時間は嫌いじゃない。新聞やマンガやテレビなど来るまでいくらでも楽しめるものがある。

とりあえず私は新聞を掴んだ。内容はたいしたニュースは無さそうだ。トマトが高騰してるだのどこかの会社が統合するだの。


ズル ズゾゾ ズッ


美味そうに食うなぁ。新聞に飽きた私は隣の隣の席のラーメンが聞こえた。うまそう。早く食いたい。

たった今から待つ時間が嫌いになった。いやまだだ。待つんだ。

ここは落ち着いてテレビでも見ていよう。テレビから聞こえたのは情報バラエティ番組のアナウンサーの声だった。

「今日の特集は"何故こんなにも行列が!?都内の新店&全国のラーメン店特集!」

「見てください!朝11時からこのお店は開店するんですが現在朝6時には既に行列ができています!」

その後はずーっとラーメンが映らない時間がないぐらいラーメンが映し出されていた。待てない私になんという仕打ちだ。マンガだマンガ。


漫画のラインナップはまあ普通だ。少年誌で連載しているようなものばかり。私は貧乏学生たちによる半額弁当を取り合うという内容の漫画を取りだした。これならラーメンなんて出てこないだろう。出てこないよな?

掴んだマンガが予想以上におもしろいのを後に奥さんがラーメンを運んできた。


「はい、正油スペシャルお待たせしましたー。」

来た来た。私の正油スペシャル。しっかしデカいなぁ。

どんぶりには真っ黒なスープに太麺が、その上にチャーシュー、卵、中華炒め野菜、そしてなるとの代わりに食ってくれ言わんばかりに長いちくわの磯辺揚げ。それらの具材が恐らく倍くらいの量に増えている。これがスペシャルか。

早く食いたい。しかし目の前のラーメンに感動していたい、さあ食べよう。もう待てない!


いただきます。


ズルル ズゾゾ ゾ





………………



美味い。さらにすするとまた美味い。またさらにすすとまた美味い。

スープが麺に絡みめちゃくちゃ美味い。麺ばかり行ってはいけない。具材だ。

肉厚なチャーシューをガツガツ、中華炒めはしっかり炒めてクタクタに、卵もプリプリ。そして磯辺揚げは衣にスープがめちゃくちゃ染みていてもはやスープを食っている。ちくわがストローのようだ。穴が空いているのはそのためか!

となればやはり気になるのはスープ、具材に染み渡るスープは既に挨拶させて頂いた、

いやでも飲むのはやはりおじさんの年齢を考えるとやめるべきだが……いやいこう。健康など知るか!

スープをすする。

油の張ったスープは濃厚。叶うならこの真っ黒いプールを泳いでしまいたい。とにかく美味い!

しかし磯辺揚げがこんなにも合うとは。美味しい。


さらに食いすすめる。

すする。すする。すする。

食べる。食べる。食べる。

飲む。飲む。飲む。

美味い。美味い。美味い。美味い!


当たり前だが食べ進めると無くなってきた。麺も具材も。スペシャルを食べ切れるか心配だったが足りないぐらいだ。胃袋はどうやらいっぱいらしいが。しかしどんぶりにはスープがまだ残っている。

飲むか?いや、でも、どんなに美味くてもスープを飲み干すのはさすがに、ここで私はとある手書きのメニューに目がいった。



ご飯無料!うれしいネ!



私はご飯を注文した。もうやめとけと胃袋が言っている。自分でもわけがわからない。かまうもんか。


「お待たせしましたー、はいご飯でーす。」


わたしはご飯をスープをおかずに食べた。白米とラーメンのスープ、合わないわけがない。米とスープを交互に食べる。

米が進みスープが進み米が進みスープが進み、私はこのラーメンから出られないのではないか?


心配したが大丈夫なようだ、ご飯もスープもなくなった。しかしよく食べたな。お腹が本当にいっぱいで眠たくなってきたがここで寝るわけにいかない。


わたしは席をたち上がり伝票を持ってレジに向かい「すみません会計をお願いします。」と声をかけた。おそらくは奥さんがレジ担当だと思われるが、他の客との応対中だったのでスキを見て店主の親父さんがレジに向かい商品を打ち込もうとする。


「はいありがとうございます、正油のスペだから、えぇ〜とぉ〜、1,200円ね。」

私は財布からちょうどぴったりの金額をだした。

「あい、1,200円丁度ね。」あまり慣れてない手つきでレジをポチポチと打ち込む。すると親父さんは私に声をかけてきた。

「お客さん、この辺の人じゃないでしょ?どうだった?おいしかった?」

「えぇ、出張で来たんです。ラーメンも美味しくて急な出張も悪くないと思いましたよ。」

「へぇー急な出張でねぇ、そりゃあ大変だったでしょ。しかもこんな真冬に。」

親父さんは頑固な見かけによらずとても柔らかい態度だった。

「あ、そうだ。せっかく来ていい思いして帰ってもらいたいから、お客さんに特別にお土産あげちゃおう。」そういうと親父さんは「かあさん」と声を奥さんにかける。

「いや、悪いですよ。私だけ特別にお土産なんて。」

「まぁまぁ。他のお客さんにもたまにあげてるものだから気にしなくていいよ。」

「そうよ、いっぱい食べて。そしてまた来てよ。」奥さんはタッパーに餃子とチャーシューと磯辺揚げを詰めて旭川で作られているであろうクラフトビールを用意してくれた。

「泊まってるとこでさ、これつまみにして一杯やると美味いよォ。タッパーはそのままきにせんで持って帰っていいからね。」そう言いながら奥さんは私にタッパーとビールを渡してくれた。

「ほんとにいいんですか?美味しそうだなぁ。ありがとうございます。」

こりゃ楽しみが増えた。



「また来てね。今日はありがとう。」

「また来ます。こちらこそありがとうございました。ごちそうさまでした。」私はそう言って店を出た。



外は店に入る前よりも寒かった。せっかくあったまったのでホントならタクシーでホテルに行きたいところだが、ラーメンで腹がいっぱい。だがわたしは歩きたかった。もらったお土産があるのだ。これで一杯やるために私はホテルで向かうのだった。



これで私のラーメン屋の思い出はおしまいである。特別すごいラーメンだったかと言われればそうでもない。だが今までの人生で行ったラーメン屋の中では1番美味しくまた行きたいと思ったお店だった。食べたラーメンの味とお土産に貰ったタッパーのおつまみの味は今でも思い出せる。

実は会社を定年退職した後に、ひとりでまた旭川に向かってあのラーメンひこうきに行ったことがある。だが残念ながらラーメン屋はなかった。

私が定年退職するちょうど一年前に親父さんが亡くなられたらしい。亡くなったあとお店を守ろうと奥さんだけで1ヶ月ほどやったらしいが、バイトも雇えず1人では到底無理でそのままつぶれたそうだ。奥さんは現在、娘さんご夫婦と一緒に暮らすため北海道を離れたそうだ。これらの話は旭川の飲み屋にいたおじさんから聞いた話なので、信ぴょう性がイマイチ薄いが、、、

だが、私の中でそのラーメンの思い出は今でも頭の中に詰まっている。あのラーメンを真似してインスタントラーメンにスーパーで売ってる磯辺揚げを入れて食べる日もあるぐらいだ。今こうして思い出を書いている最中にも磯辺揚げを入れたインスタントラーメンをすすっている。美味い。

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