花送り
花祭りの日の朝は早い。朝というかまだ日も昇ってないうちから起き出して、花送りの準備をしなくては行けない。
「ロティ、眠くないかしら?」
「大丈夫です。昨日早く寝ましたから。お母様も、お疲れではありませんか?」
馬車の中で心配そうに尋ねるお母様に頷いて見せる。それよりもお母様の方が心配だ。昨日も友達が大事な話があるとかで出かけていき、遅くに帰ってきた。
「ふふ、ロティは優しいわね。私も眠くないから大丈夫よ。」
お母様が飾りつけた私の髪を崩さないように優しい手つきで撫でてくれる。
今日は珍しく1日女装デーだ。
付け毛の根本を淡いピンクの春薔薇で飾り、真っ白なリボンを結ぶ。若草色の膝丈下のドレスは真っ白なチュールを何枚も重ねている。遠目からだと、スカートの裾にかけて白からペールグリーンにグラデーションがかかっているように見えるだろう。
お父様もお母様もまさしく花の妖精だと大絶賛してくれたし、準備を手伝ってくれた侍女たちも黄色い悲鳴をあげていた。
男装での恐怖の悲鳴には聞き慣れたけど女装でも悲鳴あげられるんだ…。
かくいう私も鏡越しに見た時、本当に妖精がそこにいるかと思った。透けるような白い肌がチュールと相まって非現実的な儚さを演出し、微笑んだり目を伏せるたびに花が揺れるような趣きがある。
私の美しさを描くだけで一篇詞ができるのではないだろうか。
そんなことを考えているうちに馬車が止まる。
「あら、着いたわね。おりましょう、ロティ」
「はい、お母様。…お父様は?」
「すこし遅れてくるそうよ、委員会の方たちと調整しなくていけないことがあるから…私たちは先に神官の皆様にご挨拶をして待ちましょう」
お母様の後について降りると出迎えに来ていた神官たちが一斉に頭を下げた。
お貴族様対応慣れないなぁ…。
教会にくるのは洗礼の時以来だけれど神官たちは相変わらず(この世界基準の)美男美女揃いだ。
なんでも彼らの奉ずる最高神である二柱が絶世の美男美女だそうで、神に仕える神官も美しくあるべきだとか…この世界の価値観が垣間見える。
そんな訳だから超絶美少女の私も大歓迎された。お母様の紹介を受けて礼をするだけで辺りから息を呑む音やら囁き合う声やらが聞こえる。すごーい…
しばらく待つとお父様も教会にやってきた。どうやらお忍びで身分の高い方がお祭りを観にくるそうでその対応に追われてたみたい。祭りの騒ぎで何か事件に巻き込まれたりしたら大変だもんね。
「それでは皆様、お手元の薔薇に魔力をお納めください。」
神官長の言葉に従って配られた薔薇の蕾に魔力を流す。レオと魔力操作の練習をしといてよかった。魔力が扱えない場合、入れたフリでOKをしたりすることもあるらしいけど、入れられるに越したことはないよね。
薔薇の蕾は魔力を注ぐと淡く光って開花する。
すごく綺麗…。薔薇から目を挙げるともう二人とも祭壇に花を捧げ終えていた。
ちょっと時間かけすぎちゃったかな。
急いで階段を登って祭壇の前に立った。
「ふふ、春の陽の香りがするわね」
急に声をかけられて目を上げる。そこにはとんでもなく綺麗な神官さんがいた。
ペールグリーンの輝く髪とホワイトゴールドの大きな目が優しげで、長いまつ毛と整った鼻梁が陶器のような肌に繊細な影を落としている。
柔らかな頬が薔薇色に色づき、赤い唇が弧を描く様子は花が綻ぶようだ。
なるほど確かに、これほどの美しさならだれでも畏敬の念を抱くだろう。鏡で見慣れている私でもちょっとたじろいでしまう。
「あ、ええと、お願いします」
多分お父様とお母様もこの人に薔薇を預けたんだよね?二人に倣って薔薇を渡し、一礼をして降壇する。神官さんは来年もよろしくね、と声をかけてくれた。
花送りが終わると再び屋敷に戻り服を着替えなければいけない。
花の妖精の正装は裾に薔薇の刺繍が入ったエプロンドレスと大きなリボンが特徴的なこの地方の民族衣装だ。これに加えて自由に生花で髪を飾り、鮮やかな塗装のされた木靴を履けば完成。
花祭り初日の目玉イベント、パレードが始まる。