不謹慎なブス令嬢を演じてきましたが、もうその必要はありません。今日ばっかりはクズ王子にはっきりと言ってやります!
辺境騎士団に捧ぐ
誤字脱字報告、いつも大変助かっております! ありがとうございます!
たくさんのご評価・感想もありがとうございます!\(^o^)/
【1.王子の妃候補】
王宮の舞踏会で、壁の花上等!と存在感を消して、アレリアは地味に静かに突っ立っていた。
壁の花? いや、花だなんておこがましい。壁の模様……いや、染みくらいかしら。
とにかく、目立ってはいけない。美しく装うこともダメ。誰かと楽しそうにおしゃべりとかもしちゃダメだ。ダンスなんて以ての外。
絶対に視界に入りたくないのだ。「あれがカッチェス家の令嬢?」だなんて、認識されては困る!
休める理由があるならできるだけ夜会は出ないようにしているが、さすがに全部の夜会を断るほど無礼な真似もできない……。最低限出席が必要な夜会には顔を出すが、失礼だ何だと言われても、とにかく最低限の時間を隅っこでやり過ごし、そそくさと帰る。それが、夜会毎のミッション。
しかし、今日は違った。いきなりこの国の王子ロスダンが、肩までストレートの見事な金髪をさらさらと輝かせて近づいてきた。見目麗しい王子である。
アレリアはヤバいと思った。目を合わせてはいけない。急いで俯く。
内心ヒヤヒヤしていた。背筋を冷や汗が流れる。
早く通り過ぎてくれ、と心の中で祈るばかり。
しかし、そんな祈りは通じなかった。
「君がカッチェス侯爵家の令嬢?」
ロスダン王子は美しく聞き取りやすい声で優しく尋ねたのだった。
相手はロスダン王子。無視するわけにもいかず、アレリアは下を向いたまま小さくため息をついた。
誰かに聞いたのか? まあ、少し前まではアレリアも普通に社交界に出ていたので、私がカッチェス侯爵の娘だということは、知っている人は知っている。隠し通せるものではない。
名指しで来られた以上、返事はしないといけないだろう。
「は、はーい、そうですけどぉ~?」
アレリアはわざとヘラヘラした締まりのない笑顔を作って、上擦った高い声で返事をした。
王子は、隅っこで大人しそうにしていた地味な令嬢が、いきなりヘラヘラと笑いかけてきたので少し驚いた。
しかし、そこで露骨に顔を顰めるような真似はしない。
「君と話したいと思っていた。会えて嬉しいよ」
王子は人懐っこい笑顔を惜しみなくアレリアに投げかけたのだった。
こんな笑顔を向けられたらどんな女性だって胸がときめくだろう。王子は王国中の令嬢たちに大人気だった。
しかし、もちろんアレリアは話したくなかった。とはいえ、話したくないなどと面と向かって言うわけにもいかない。
アレリアは「この女は無しだな」と思ってもらえるように、
「恐縮で~す」
とぺろっと舌を出して、ニヘラっと笑った。
「……。えーと」
さすがに調子の狂った王子は、戸惑いながらアレリアの顔をまじまじと見つめた。
思っていたのと違う、と顔にしっかり書いてある。
よし、この調子。
アレリアはもう少し不気味に見えるように、何も言わずにニヤニヤと口の端を歪めて、王子を眺め続けていた。
「あ、えっと、ダンスとかいかが」
王子はスムーズな会話は難しいと判断したのか、気を取り直してダンスの提案をしてみた。
「まああ~っ」
アレリアは素っ頓狂な声を上げた。
ロスダン王子が令嬢にダンスを申し込んでいるというので、周囲の客たちは興味津々で二人を眺めていたのだが、アレリアのおよそ慎み深い令嬢とは違う奇声にびくっとなった。
王子は思わず周囲の目が気になったが、紳士的振る舞いを忘れはしないようで、にっこり笑顔を張り付けたまま、アレリアに手を差し伸べた。そして、アレリアの手をそっと取ろうとした。
アレリアは弾かれるように思わず手を引っ込めながら、
「あの~、なんで私にダンスを~?」
と無邪気を装い首を傾げて見せた。
まさか手を引っ込められるとは思わず驚いた王子だったが、
「君に興味惹かれたからだよ」
と急いで態度を取り繕って言う。
「すみません、私は見た目もよくありませんし、ダンスも不得意で。王子様のお相手は務まりませんわぁ~」
アレリアは周囲に聞こえるようにできるだけ大きな声で、早口ではっきりと答えた。
「え? 僕の誘いを断るのかい? ここは慎み深く僕の提案を素直に喜ぶべきじゃないかな?」
王子はあくまでも柔らかい喋り方だったが、やはり不愉快だったのだろう、内容の方は少し押し付けがましくなってきていた。
しかし、そんなことで流されるアレリアでもない。
「ロスダン王子様、私は自分のことをよく分かっているつもりですの! こんなちょっと頭の足りない女に王子様が声をかける理由がさっぱりですわぁ」
と大袈裟に首を横に振って言った。
ロスダン王子は呆れてわざとらしくため息をついた。
「君しぶといね。それって僕を拒否してるってことかな? さすがに僕だって分かるよ」
それでもアレリアは、
「だってぇ、他に教養深くて美しく、身分も高い令嬢がたっくさんいますでしょう? なんで私なんですか? 普通なら『変な女、関わり合いになるのよそう』となるでしょうけど、あなたは面倒くさそうな顔をしている割には全然引こうとしないんですもの。どういったわけですのよぅ?」
とまくし立てる。
面倒くさそうな顔と言われて、王子はぎくっとして慌ててまた麗しい笑顔を作った。
そして、勿体つけたように、
「そうだね、目が覚めるように美しい令嬢も、立ち居振る舞いにほれぼれとするような令嬢も、そりゃいるよ。でも僕は別にそんな女性ばっかりが好きなわけじゃないんだから。君は身分がしっかりしているのに少し変わってる。僕の言葉にも簡単に靡かない。面白いと思ってもいいんじゃない? どう? この理由なら満足?」
と言ってのけた。
「嘘ですよね」
表情を変えずにさらりとアレリアは言うと、ちょうどアレリアの横を通ろうとした、ごてごてに着飾った令嬢の足をわざとぎゅっと踏んだ。
「きゃああっ」
普段から悲鳴の練習をしているのか、その令嬢は可愛らしい悲鳴を上げると、美しい所作で体勢を崩した。
こけるっ!と思ったロスダン王子が反射的にその令嬢の体をさっと支え、令嬢は王子の腕にすっぽりと包まれる形になった。
「まあっ! ロスダン王子!」
令嬢の目がきらりと光って、一瞬で潤み、令嬢はそのまま王子にしなだれかかる。
「あちゃあ~足を踏んでしまいました。申し訳ありませんわっ」
とアレリアがたいして申し訳なく思ってない口調で言うと、足を踏まれた令嬢はアレリアの方をキッと睨んで、
「許してあげるから、あんたみたいなブスさっさとひっこんでなさいよ、王子と二人っきりにして頂戴」
と言った。
てっきりロスダン王子もそのつもりなのかと、令嬢が王子の顔をうっとりと見上げようとすると、王子の冷たい視線にぶつかった。
「え?」
王子は不愉快そうに眉を顰めていて、
「今こちらの令嬢にダンスを申し込んでいるのだ」
と足を踏まれた令嬢に静かに言った。
足を踏まれた令嬢は目を白黒させながら、それでも、
「え? この令嬢にダンスを? この人私の足を踏んだんですのよ。王子様も踏まれちゃいます。ささ、どうぞ私と一緒に」
ともう少し粘ってみたが、ロスダン王子が、
「分からない人だね」
と令嬢の体を放し、今度は強引にアレリアの手を引いて舞踏場の方へ引っ張って行こうとするので、足を踏まれた令嬢はポカンとした。
アレリアの方はいきなり腕を掴まれて驚き、思惑と違ったので唇を噛んだ。当初の計画では、自分が足を踏んだ令嬢にロスダン王子を押し付けて、自分は立ち去ろうと思っていたのだ。
しかし、このまま流されてダンスなどとんでもない。
アレリアは歩みを止めると王子の手を振り払い、ヘラヘラっと薄気味悪く笑って、お断りしますとひらひらと掌を振って見せた。
ロスダン王子はアレリアの奇怪で頑なな態度に、逆にすっかり覚悟を決めたようだった。
「正直に言おう。君を妃候補に考えている」
王子ははっきりと宣言した。
アレリアは心の中で青ざめたが、ここで王子のペースに乗ってはいけないと、
「あはははっ!」
とわざとらしく爆笑して見せ、
「またぁ、ご冗談を~。でもそんな突拍子もないご提案、冗談でも受けられませんわぁ」
とにべもなく断った。
アレリアは心の中じゃ大真面目、笑っていられる場合じゃなかったが、ヘラヘラふわふわ体を揺すってニコニコする。
王子の方は、なんとなくアレリアがわざとこんな態度をしているのではないかと疑い深い目をアレリアに向けている。
傍からはそうは見えないが、二人はしばらく無言のまま睨み合っていた。
しかし、ロスダン王子の連れの高位貴族の若者たちが、酔っぱらった様子で、
「ロスダン王子、探しましたよー」
と底抜けに明るい笑い声と共にやってきたので、ロスダン王子はハッと我に返ったようだった。
何も言わずにヘラヘラしたアレリアに軽く一礼すると、連れたちとその場を立ち去って行った。
アレリアは迷惑な男がいなくなってほっとした。
しかし、王子が『妃候補に考えている』と言ったことに強い危機感を感じていた。
妃? とんでもない!!
何のために不謹慎なブスを演じてきたと思っているの!
【2.父は乗り気】
ロスダン王子に妙な絡まれ方をしてから数日後。
家族で取っていた朝食時に、いきなり父カッチェス侯爵がアレリアに向かって、
「アレリア、明後日、デザイナーのヘレン・ウィリアムズを呼んでいる。彼女は今、王都で一番人気のデザイナーなようだね。予定を開けておきなさい」
と言った。
「ヘレン・ウィリアムズ? ドレスでも新調するのですか? でも新しいドレスなど特に必要ありませんけど。それに、もしドレスを新調するにしても、わざわざヘレン・ウィリアムズに頼む必要はありませんわ。そこそこのデザイナーで結構です」
アレリアは嫌な予感がして、ひとまず口答えした。
カッチェス侯爵は、娘のその反応はいつものことで、特別どうと思うこともなく、
「もう金を積んで頼んだのだ。ドレスは数着作っておけ。いくつかの用途に合わせて」
と有無を言わさぬ命令口調だ。
「急になんです、お父様」
とアレリアが不服そうに聞くと、
「ロスダン王子にお茶を申し込まれている。ロスダン王子はおまえにご執心だということだ。このままいけば婚約も申し込まれるかもしれない。そうであれば、新しいドレスの一つや二つ必要だろう」
とカッチェス侯爵は少し誇らしそうに言った。
アレリアはぎょっとして息を呑んだ。
一緒に食事をとっていた弟のウィーラーも、その妻のジェーンも驚いてスプーンと落した。
「何だね、おまえたち」
3人が不自然なほど驚いていたので、カッチェス侯爵が不満そうに言う。
アレリアは憤慨しながら父に文句を言った。
「何だねじゃありません、お父様! そんな話に乗ろうというのですか? ウィーラーの件をお忘れですか!?」
ウィーラーも無言のまま大きく頷いている。
するとカッチェス侯爵は、
「ウィーラーの件があるからこそではないか! カッチェス家はロスダン王子に誠意をもってお応えしなければならん」
ともっともらしく高らかに宣言した。
アレリアは父を窘めた。
「いえ! ウィーラーの件があるからこそ、変だとは思わないのですか? なぜ急に王子が私に気を留めることになったのでしょう? 私はこれまで何一つ王子と接点はなかったのですよ?」
すると、カッチェス侯爵は首を竦め、
「そんなのは私の知る由もないよ。ウィーラーの件でロスダン王子はおまえの存在を知ったのではないかね。それできっとお前が気に入ったのだ。それでいいじゃないか」
と乱暴に言い放った。
「よくありません! そんな都合よく私を気に入りますか? というか、気に入られないように振舞ってきたつもりですけど」
「じゃあ聞くがおまえは王子の何が気に入らない? 私が言うのも変だが、世の中の娘どもはみんなあの見てくれの良い王子に夢中だと聞くぞ。整った顔立ち、洗練された立ち居振る舞い、女性に優しく品行方正、悪い噂は何も聞かん。王子にお茶を申し込まれたなど、喜びこそすれ嫌な顔をする娘など聞いたことない!」
カッチェス侯爵は、おまえの方が変だとばかりにアレリアを問い詰めた。
アレリアは反抗する。
「逆に、そんなより取り見取りの王子様がなんで私なんかを選びますか? 私は美しいわけでもなく、地味で、家柄こそ低くはありませんが同程度の家はたくさんあります。社交界だって付き合いの良い方ではありません。お父様が王宮で活躍しているならまだしも、そうではないでしょう?」
カッチェス侯爵は「活躍してない」と暗に言われ口をへの字に曲げた。
「言ってくれるね」
「王子が私を望むなんて変じゃないですか」
アレリアは繰り返す。
しかし、カッチェス侯爵の方は機嫌を悪くしていたので、
「おまえは疑り深いな。自分で王子に聞けばよかろう」
とだけ言って、ふいっと横を向いてしまった。
アレリアとウィーラーとその妻は、心配そうに目を見合わせるばかりだった。
【3.王妃まで乗り気?】
アレリアが心配する中、アレリアのもとにはロスダン王子からの招待状やら贈り物やらが届くようになってきた。
アレリアはこんなに素っ気ない態度を取り続けているのにと気味が悪く思いながらも、招待はできるだけ断り、贈り物も謂れのないものはお返しするようにしていた。
そんなある日、ついにロスダン王子の母上、王妃の食事会の末席にアレリアは招待されてしまった。
ロスダン王子のお誘いは断れるが、王妃の方はアレリアの母の手前断りにくい。アレリアの母は数年前まで王妃の侍女頭をしていたのだった。
末席だしということで、仕方がなく控えめに出席したアレリアだったが、嫌な予感は的中し、
「あなたがカッチェス侯爵家のアレリアね。あなたと直接話をしたかったのよ、ロスダンのことで」
と王妃ににこやかに話しかけられることになってしまった。
この食事会には、王妃の仲の良い高位の貴婦人たちが席を連ね、どこに出ても恥ずかしくない一流の貴婦人たちが華やかで物々しい空気を作り出していた。
皆、王妃の言葉に遠慮気味にアレリアの方を見たが、内心飛び上がりたいくらい興味津々なのが透けて取れた。
アレリアは冷や汗をかいた。
こんなところで既成事実化されても困る。
こんな一にも礼儀、二にも礼儀な場面で不謹慎だが、「この娘はダメだ」と思わせるために、場違いにヘラヘラ笑ってやりすごそうか。
しかし、高位貴婦人が揃うこの場で?
やり過ごせても、私のイメージが壊滅的に悪くなるんじゃないだろうか。
とはいえ……もう社交界での評判なんて気にしている場合ではない。ロスダン王子の妃なんかになる方がよっぽど人生詰む気がする。
アレリアは覚悟を決めた。
ヘラヘラ笑顔を顔に貼り付ける。
「ロスダン王子様がどうかなさいましたかぁ? 私、まともにお話したことございませんよぉ」
食事会に参加していた貴婦人たちは、一斉にアレリアのこの場違いな甲高い声に眉を顰めた。
終わったな、とアレリアは分かってはいたが内心絶望した。
王妃もぎょっとしたに違いなかった。
しかし、それを顔には一ミリも出さずに、穏やかに微笑んでいる。
「アレリア、今日は美しいドレスを身に着けているのね。流行りのデザインね、ヘレン・ウィリアムズかしら。さすがロスダンの心を射止めるものはファッションも優れているのね」
「まあ~っ! 王妃様に褒めてもらっちゃったわぁ。でも、私なんかがロスダン王子様の目に留まることはありませんよぉ」
アレリアは大仰に手をぶんぶんと振って見せる。
「あら、ロスダンはあなたに夢中なのだそうよ。でも、あなたのそのヘアスタイルは地味でいけないわ。お化粧もね。気づいてない? あなた残念なことにお化粧が上手ではないようね。元はとてもよさそうなのに……。アレリア、今度私のサロンにいらっしゃい。あなたを見違えて差し上げるわ。格段に美しくなったあなたをロスダンに見せてやりたいわね」
王妃は悪気なくそんなことを言う。
アレリアは、げっと思った。
「まあ、王妃様っ! ありがたいお言葉ですけど、買いかぶり過ぎですぅ。それに別に美しくなりたいとも思ってませんし……」
化粧だって、わざとだ!
アレリアは半笑いの気味悪い笑顔を浮かべて、頭を掻いて見せた。
もう、他の高位貴婦人たちはアレリアの態度に呆れ果てていて、口もききたくないといった様子だった。
隣同士でアレリアの悪口を言ったり、無関係ですとばかりに明後日の方向を見たりしていた。
しかし王妃は根気強い。
「まあ。謙虚な方ね。でも、そんなのでどうやって王子の気を惹くの?」
「とんでもないです! 王子の気を惹きたいわけではないです!!」
アレリアはここばっかりはハキハキと大声で強く主張した。
アレリアは王妃にこれを言いに来たのだ。
他の招待客は、急にアレリアの調子が変わったのでぎょっとして、怯えたようにアレリアの方を眺めた。
「王子の気を惹きたいわけじゃない? 王子はあなたを妃候補にと言いましたよ。あなたは何? 王子の申し込みを断ると?」
王妃は理解に苦しむと言った顔をした。
アレリアはまたも舌足らずな場違い令嬢感を纏わせて、
「失礼ながらですけど、私より相応しい方がいっぱいいらっしゃるんでぇ。王妃様は、ロスダン王子様に相応しいと思う方いらっしゃいませんかぁ? 私より! 王妃様が望む方を推すべきだと思うんですぅ!」
とぐいっと身を乗り出した。
王妃はその気迫にたじたじとなりながらも、アレリアの言葉を押し退けた。
「何か勘違いしてらっしゃらない? ロスダンがあなたがいいといったから今日だってあなたを呼んだんですよ。母としてあの子の意見も尊重してやりたいと思っています、あなたがよほどでない限りは……」
そこまで言ってから、王妃は目の前のアレリアが「よほどのケース」に含まれるような気がしてきて、自信がなくなり言葉尻をすぼめた。
その瞬間にアレリアは、これだけはという思いを込めて叫んだ。
「ロスダン王子は別に私を愛していやしません!」
王妃はびくっとなった。
しかし、何がどうやらこれ以上は王妃は戸惑うばかりで、
「な、何を根拠に? あの子はあなたがいいと自分で言いましたよ……」
と言うのが精いっぱい。
そしてそれ以上はロスダン王子の話題には触れなかった。
しかし、王妃のその遠慮がちな態度から、アレリアは王妃がロスダン王子に何か小言のようなものは言いこそすれ、「あの娘はやめろ」と強く進言してくれる可能性は低いような気がして、だいぶがっかりしたのだった。
【4.逃亡】
さて、そんなある日。
自室の長椅子に身をゆだねながらロスダン王子からの手紙をざっと一読したアレリアは、盛大なため気をついたところだった。
ロスダン王子はアレリアをお茶に誘ってきたのだった。
「断られてばかりですが、このお茶会には母も出席します。母がいればあなたも来てくれるのでしょう?」と恨みがましく書いてあった。
アレリアは頭を抱えた。
行きたくない。
王妃もいる? 気を回して二人っきりにしようとしたり、うまくいくようにフォローされたりして、気まずくなるのがオチだ。
アレリアが困っていると、部屋をノックする音がして、弟のウィーラーがおずおずと入ってきた。
「姉上、ロスダン王子と婚約させられそうですね」
アレリアは残念そうに頷いた。
「ええ、嫌なのよ。でもお父様もお母様も、王妃様まで、まったく聞く耳を持ってくれないわ。世間は『あんな不謹慎なブスを』と言ってくれてるんですけどね」
ウィーラーは、姉が婚約させられそうな上に、姉の評判が『不謹慎なブス』になっているのも心苦しく、顔を歪めた。
「姉上、申し訳ない……。きっと僕のせいだよね」
その言葉にアレリアはキッと怖い顔をすると、
「それは言ってはいけないわ、ウィーラー! あなたのせいではないのよ」
と窘めた。
「でも……」
ウィーラーは納得していないように首を横に振る。
そして、おずおずと一通の手紙を差し出した。
苦悶の表情が浮かんでいたが、その差し出し方は途方に暮れたような、姉への申し訳なさで心が削られているような、そんな様子だった。
アレリアは怪訝そうな顔で手紙を受け取り、ざっと目を通すと、
「ロスダン王子から? ってゆか、何これ!」
と怒気を含んだ声で叫んだ。
手紙を持つ手が怒りでぶるぶると震える。
アレリアは血走った眼をウィーラーに向けた。
「あのアホ王子は、この期に及んでまだこんなことを……? とうてい許せるものではないわ!」
「ええ、姉上。ひとまず姉上は絶対にロスダン王子なんかと結婚してはいけません! 姉上が誰か好きな人とさっさと結婚してしまえば……。そうしたらロスダン王子も手が出ないと思うんですけどね。誰かいないんですか?」
と縋るような目で聞いた。
「……いないわ……」
それはアレリアも思っていた。
さっさとどこぞの誰かと婚約してしまえば、大手を振ってロスダン王子を跳ね除けることができると思ったのだった。
しかし残念なことに、そんな『誰か』はいなかった。しかもこれに関しては、『不謹慎なブス令嬢』を演じるという手段がかなり悪手になっている気がした。今更自分を呪っても仕方がないが。――あのとき、咄嗟に思いついたのが、この手だったんだから。
アレリアがまたため息をついたとき、ウィーラーが恐る恐る言った。
「姉上、では逃げましょう。手引きしますよ」
「え? ウィーラー?」
アレリアが希望の目をウィーラーに向ける。
ウィーラーは冷静な声で、
「中央大神殿の移転前の旧神殿がうちの領地にあるでしょう。今年は100年ごとに行われる式典の年。中央大神殿で公式の式典が行われますが、旧神殿もかつての神の居場所でしたので、式典と並行して大規模な祈りが捧げられます。旧神殿は聖職者の管轄ですが、式典自体は王宮行事でもあり、貴族の仕事にもなりますからね。旧神殿はうちの領地、掃除なり式典準備なり、姉上が行って不自然なことはありませんよ」
と助言した。
「名案だわ」
アレリアは手を叩いて喜んだ。
旧神殿の式典準備。それなら旧神殿にしばらく居続ける理由になるし、王宮行事に準じるものだからお茶会も断れる!
「姉上が旧神殿の式典準備に籠もっている間、僕はいくらか高位貴族たちに話をしてみましょう。自分の娘をロスダン王子の妃にしたい貴族はごまんといるはずです。それで中央の様子も変わってくれれば」
「それは助かるわ! ありがとう、ウィーラー!」
アレリアはさっそく旧神殿の方に出向くことにした。
もちろん父も母も大反対だったが、式典準備にと熱心に言うと、それは確かにカッチェス家が無視できる案件ではなかったため、しぶしぶ了承した。
父カッチェス侯爵が旧神殿の件も直接采配を振るえばよい話ではあったのだが、カッチェス侯爵はアレリアの件で俄然中央で忙しくなりつつあり、旧神殿の方から領主として準備に積極的に関わるよう求められているにもかかわらず、ついつい後回しになっていたのだった。
そんな後ろめたい事情のために、アレリアの手伝いを認めた侯爵だが、その代わり、式典が終われば速やかに帰ってくるようにと、厳しく言いつけた。
さて、旧神殿のほうに出向く許可をもらったアレリアは、開放感に満ち溢れながら、意気揚々と出かけていった。
「カッチェス家の娘のアレリアと申します。式典を手伝いにまいりました」
旧神殿の神官長は、領主の娘がやっと来たということで、かしこまって出迎えながら、それでも多少まだ半信半疑で嫌味を付け加えることを忘れなかった。
「それはありがたいです。正直カッチェス家の方はいつ来てくださるのかと思っていました」
「申し訳ありませんでした。私が来たからにはちゃんとさせていただきます」
アレリアが丁寧にお辞儀をすると、神官長はようやく満足そうに頷いた。
するとそこへ、すらりとした長身の風格のある若い神官が現れた。
「神官長殿、こちらが領主の娘?」
アレリアが神官の風格に気圧されて息を呑んだところ、その神官は、
「中央大神殿から手伝いに来ました、ディクティスです」
と名乗った。それから驚いたように目を見開いた。
「あなたは……!」
アレリアは、怪訝そうな顔をした。
「何でしょうか」
するとディクティス神官は、
「あなたはロスダン王子の妃候補じゃないんですか? こんなところで真面目に働くとは?」
と不思議そうに首を傾げた。
アレリアは、ロスダン王子の名前が出たのでゲッと思った。
「あ、いえいえ……! えっと、あの、妃候補と言うのは一方的な話ですし、正式にはそんな話はまだなっていないのですよ」
と急いで説明する。
まさかアレリアがロスダン王子との結婚を望んでいないなどとは少しも思っていないディクティス神官は、もっと首を傾げた。
「でも、正式な話が出ていない以上、今あなたは中央にいて、いろいろな人に取り入らないといけない時期じゃないんですか? 王子の妃候補と言うのは政略が絡んできます。ふらっとなれるもんじゃないでしょう? ――ああ、でも自分はしっかり愛されているから心配ないということですかね? むしろ100年の式典を真面目にやって、あなた自身の好感度を上げようとしているとか?」
アレリアは真っ向から否定した。
「好感度だなんて、とんでもありません。そもそも私は王子の妃候補など望んでいないんです! ロスダン王子に私への愛はないのです。それなのになぜか妃候補に名を出され、私は疲れて逃げてきたんです」
「あなた自身は、彼との結婚は嫌なんですか?」
ディクティス神官は、ようやく話の筋が見えてきたので、確認した。
「はいっ! 嫌ですね。そんな愛のない結婚!」
ディクティス神官はやっと納得した顔をした。
「……ロスダン王子はあなたにご執心だと聞いたのに、そういうことでしたか」
アレリアは大きく肯いた。
「ご執心とあちこちで聞きはするし、婚約に向けて動きがあるのは確かに承知しておりますが、私自身が王子に愛されていると言う自覚は全くございません。あの方の過去も知っておりますし、私自身も戸惑っております。でもこちらの神殿が逃げ場をくださるのでしたら、私はここで真面目に働きたいと思います。まず何をさせていただきましょうか?」
ディクティス神官は急に事務的な顔になって、
「そういうことでしたら力になりましょう。ええと、式典のメインは中央大神殿になりますが、それでも旧神殿の歴史を考えれば、こちらでの式典も相当な規模になると思います。たくさんの神官が中央からやってきます。あなたにはその神官召集の手筈を整えたり、また式典に招待する客の選別などを手伝ってください。なにせ中央大神殿に移転してから二回目の100年式典です。ノウハウが蓄積されてませんから念入りにやってくださることを期待します」
と労働力を当てにするような言い方をした。
「分かりました」
アレリアははっきりと答えた。
旧神殿での日々は忙しかった。
何せ式典自体は、100年ごとにしか行われないし、100年も経てばすっかり街並みや人々の生活様式は変わっているわけで、たくさんのアップデートが必要だった。
しかも、ディクティス神官が言った通り、中央大神殿とこちらの神殿に分かれて式典をするのは、これで2回目なのだ。前回不備があった部分など改善点は多いにあった。
神官のシステムも多少昔とニュアンスが変わっているところがあり、前回同様に招待するというわけにもいかなかった。
そのためアレリアは、日常的にはロスダン王子に悩まされることはほとんどなくなっていた。
そして、アレリアが旧神殿で忙しくしている間に、弟のウィーラーが王宮の方でたくさんの貴族に接触を図ってくれたようで、ロスダン王子の妃候補として、クリスティ・トーラン公爵令嬢なら多くの貴族の賛同を得られそうだという情報を送ってきた。
アレリアは全てが上手くいきそうな予感にそっと胸をなでおろしていた。
【5.元凶が押しかけてくる】
が、もちろん、歪んだところのあるロスダン王子のこと。そんなに上手くいくわけがない。
ある日、突然ロスダン王子が凄い形相で旧神殿に押しかけて来た。
「アレリアをどこに隠しているんだ!」
ロスダン王子を止めようと、ウィーラーも真っ青な顔で付き従っていた。
「ロスダン王子! やめてください、姉は真面目に式典準備に勤しんでいるのです!」
「ウィーラー! おまえはいつも私の邪魔をする! 元はといえばおまえが! もういいかげんにしろ。アレリアを出せ、でなければ私はもうおまえを許さない!」
ロスダン王子は普段は紳士ぶっているのに、ウィーラーが押し留めようとしてくるのに憤慨して、態度が乱暴になっていた。ここに辿り着くまでも、よほどウィーラーに邪魔されたようだった。
騒ぎを聞きつけてアレリアが叫んだ。
「ロスダン王子、なぜこんなところに!?」
「アレリア! 何をしているんだ!」
ロスダン王子が目的物をやっと見つけたといった様子で凶暴な目をした。
その横でウィーラーが姉に申し訳なさそうに、ハラハラしていた。
「100年式典の準備です。こんなところまで来たんですか? ロスダン王子こそクリスティ・トーラン様と婚約なさるのではなかったのですか?」
アレリアは突然のことで『不謹慎なブス令嬢』を演じることをすっかり忘れ、努めて冷静にそう言うと、
「そんなもの承知した覚えはないぞ」
とロスダン王子は憮然とした態度で言った。
「でも、いいかげん、私のことはやめたらよろしいのではないでしょうか! 私よりよっぽどクリスティ・トーラン様の方があなたのお妃に相応しいですわ!」
「何をバカなことを言っているんだ。私はアレリアと結婚するのだ」
「結婚はいたしませんわ!」
アレリアは断じた。
「しない選択肢はないよ。俺はおまえを妃にと宣言したんだ。父も母も、おまえの両親も、断れないさ」
以前は一人称が『僕』だったのに、今日はよほど腹に据えかねているのか『俺』になっている。
アレリアはロスダン王子の本性を垣間見た気がして、ここで一気にぶちまけてやろうと思った。
「断りますよ。だって、あなたは私を愛してはいないじゃないですか!」
ロスダン王子は『愛してない』と聞いて、後ろめたかったのか怯んだ。
「な、何を……。俺はここまでおまえを迎えに来ているではないか。結婚もしてくれと頼んで……」
しどろもどろで否定する。
その否定が余計にアレリアの癇に障った。
「言いますよ! あなたはウィーラーのところに嫁に来たジェーンが好きだったんですわ。今も昔も! あなたはジェーンに言い寄っていたけど、ジェーンはウィーラーを選んだ。それであなたはずっと傷心だったけど、あるときウィーラーのカッチェス家に令嬢がいることに気が付いたんですわ! あなたはジェーンでないなら他の誰だってよかったの。それでカッチェス家の令嬢について探らせ出した。あなたはウィーラーとジェーンを義理の弟妹にしてどうしたかったの。歪んでいるわ、妻にできなかったら親戚になって、嫌がらせをしたかったんでしょう、ジェーンとウィーラーに!」
「ば、ばかな!」
と言いつつ、ロスダン王子は図星で顔面蒼白になっていた。
「そんな結婚私が望むと思うの? 私は結婚しません!」
アレリアはロスダン王子を睨みはっきりと宣言した。。
ロスダン王子はほんの一瞬止まったが、すぐに反撃した。
「それはすべておまえの妄想だ! 私はジェーンのことはきっぱりとあきらめている! 私がジェーンをまだ愛しているなど、そんな証拠は……」
「ありますわ。あなたは今でもジェーンに手紙で迫っていましたね。私が妃になったとき幸せになれるかどうかは自分次第だ。愛するウィーラーの姉が不幸になってもいいのか。自分の愛を受け入れろと、そう言って関係を迫っていましたね。妻がこっそり悩んでいたのに気づかない弟ではありません。全部白状させましたよ!」
アレリアは仁王立ちでロスダン王子を鋭く見つめていた。
ウィーラーも青い顔をしながら、相違ないと睨んでいる。
秘密の手紙まで暴露されてロスダン王子はたじたじとなった。
「だ、だって、俺は、ずっとジェーンのことを……幼い時から……! 横から奪ったのはおまえなんだぞ、ウィーラー!」
そして言い訳のようにウィーラーを詰った。
「にしてもこんな卑劣な手を!」
アレリアが吐き捨てると、ロスダン王子は開き直ったように答えた。
「卑劣じゃない! 今父が国王をしているが、俺が国王になったらカッチェス家は潰してやろうと思ってたくらいなんだぞ。アレリアが俺の妃になるなら別だがな!」
「妃になった私を人質に、ジェーンに関係を迫るつもりだったんでしょう! あなたはクズだわ!」
「おまえみたいなブスに言われる筋合いはない。誰にも嫁にもらってもらえないところを俺が妃にしてやると言っているんだ!」
ロスダン王子が恩着せがましく酷いことを言う。
「誰にも嫁にもらってもらえないことはないと思いますよ」
と不意に、あきれ返った冷めた声がして、その場の者が一斉に振り返った。
「ディクティス神官様!?」
アレリアは情けないものを見られてしまたとバツの悪そうな顔をする。
アレリアの表情に苦笑しながら、ディクティス神官は、
「こりゃ、思ったよりよっぽど質の悪い王子ですね。廃嫡するよう国王に進言しましょう」
と言った。
ロスダン王子が目を剥く。
「なんだと貴様、何の権限で」
「分かっていないのは王子ですよ。あなたにとってたいそうお気の毒なことに、今年は100年の式典。式典の本来の意味はご存知ですかね? 100年ごとに土地の支配者と『契約』するのです。200年前、『契約』されなかった王朝がどうなったかは歴史で習ったのではないですか? 今度の式典、あなたが王太子のままで『契約』が進むと思わないでくださいね」
ディクティス神官はゆっくりと嚙み含めるように説明した。
ロスダン王子は真っ青になったが、まだ反論した。
「う、うぬぼれるな! 神殿の神が『契約』しないなどとなぜおまえが言えるのだ! おまえは神殿の神じゃない、ただの神官だろう!」
「ええ、ただの神官です。次の中央の神官長に内定していますがね。確かに仰る通り、私は神殿の神ではありません。でもお判りでしょう、神官が祀ってこその神です。神官が『契約』を認めなければ式典は行われません。つまり、神殿の神との『契約』は破棄されます。幸いまだ式典の準備期間。あなたが国の当主として相応しくないと神官が判断すれば、式典はいつでも中止できるでしょう」
ディクティス神官は言った。
「さっきから『契約』とうるさいな。だが『契約』が何だ! 『契約』無しでも俺は国を治めてみせる! 確かに俺はジェーンを正当に手に入れることはできなかったさ。だが、国を治める能力は別だ! 人間なら俺に逆らえない!」
ロスダン王子が開き直って言うので、ディクティス神官は完全に呆れ返ってしまった。
「不倫で失脚した大臣とかいましたよね。例え能力があったとしても支持されるかは別の話ですよ。それに信仰を舐めない方がいいです。信仰は良心。神殿が認めない王家を民は信頼できるでしょうか。民が徴税にも徴兵にも応じなかったら、虚しい空っぽの王位で何ができますか。王家は衰退します」
「!」
ロスダン王子は言い返すことができなかった。悔しそうにぎゅっと拳を握った。
ディクティス神官は、そんな様子を横目に柔らかい言葉をかけた。
「王子、あなたの愛し方は間違っていました。でも心を入れ替えたらよろしいのでは。別に命まで取ろうとは思っていません。で、アレリア様との縁はなかったものとあきらめてください」
そうして、ディクティス神官はアレリアに「こんなものでよかったかな」と目配せした。
アレリアはまさかディクティス神官が自分の味方になってロスダン王子を糾弾してくれるとは思わなかったので、心底感謝して、深く頭を下げた。
【6.式典】
ディクティス神官がロスダン王子を追い払ってからしばらくして、ロスダン王子が廃嫡された。
カッチェス侯爵家の方でも、ウィーラーやジェーンに対する嫌がらせはなくなったようで、平穏な日々が始まったようだ。
ウィーラーが言うには、ジェーンは自分の気持ちを優先させてウィーラーと結婚したことを後悔し始めていたところだったとのことだった。ジェーンは自分が離縁すればアレリアが不幸な結婚に巻き込まれることは避けられるのではないかと本気で悩んでいたらしい。
アレリアは自分のために身を引いてくれようとしたジェーンの優しさにじーんとし、この義妹をとてもこれまでよりずっと大事にしようと思ったのだった。
さて、平穏な日々が戻ってきたカッチェス家だったが、旧神殿の方はまさに100年式典を目前に控え、準備が忙しくなっていた。
最終確認に旧神殿のあちこちを走り回ってたアレリアを、ふとディクティス神官が呼び止めた。
「アレリア様。式典当日はあなたも参列なさると思うのですが、よかったら裏方もやってもらえませんか」
「いいですよ。何をすればいいですか」
アレリアは笑顔で返す。
「神官の恰好をして――祭壇の横に、大神官様の横に控えてください」
「私がですか? 大神官様の横?」
「ここの領主カッチェス家のご令嬢ですのでね、その資格は大いにございます。何より、あなたはこれまでずっと頑張ってくださった、私もあなたがいてくれて心強いのです」
ディクティス神官はほんの少し照れながら言った。
褒められてアレリアの方も恐縮した。
「よかったです。皆さまが熱心に準備をなさる様子を見て、私も真剣にお手伝いしなければとやってきましたから。最初はただのクズ王子から逃げるアリバイみたいなつもり働いていましたので」
「アリバイ?」
「ええ、あのクズ王子から逃げたかったと言ったでしょう? でも、旧神殿に来ただけでぐうたらしていては悪い評判が流れて、ただの逃げる口実だってことがバレてしまいますからね、真面目に働いていたんです」
とアレリアは苦笑いした。
「ははは、そんな理由」
「ですよ。私は生来真面目じゃないもので」
アレリアは恥ずかしそうに頭を掻いた。
ディクティス神官はアレリアの本音を聞いても怒らずに、
「どうでもいいです、そんな理由でも。あなたが真面目に働いているのを見るのがとても気持ち良かったのです」
と労わった。
「褒めてもらえて嬉しいです」
しかし、次の瞬間ディクティス神官は真顔になって、
「ねえ、神官の恰好をするときは、どうぞ変な化粧はしないでくださいね」
とお願いした。
「え?」
「わざと醜くなるようにしているでしょう……? 気になっていました。王子絡みかなと思ってはいましたが……。あ、いや、すみません! ルッキズムと思われたら、そんなつもりはないんですが!」
ディクティス神官は慌ててしまい、なんだか上手に言葉にならないまま謝った。
アレリアは気を遣わせてしまった事に少し申し訳なくなりながらも、
「あ、いえ、ルッキズムだなんて……! そうですね、もうロスダン王子は廃嫡されましたし、今度の式典でもこちらの旧神殿に来ることはありませんものね、はい、普通のメイクに戻しますね」
と朗らかに言った。
さて、100年式典の日になった。
中央大神殿の方は王都にあることもあって、大層な賑わいを見せていた。人々も日ごろお世話になっている神殿のお祭りということで、めいっぱい着飾って今日という日を楽しんでいる。
国王もこの式典のために用意した衣装を纏って、王妃を引き連れ参列していた。ロスダン王子の姿は見られない。
旧神殿の方はもともと質素な神殿だが、その偉大な歴史を敬われ、国の一部の有力者たちが各々一等品の衣装を身に着けて集まっているため、たいそう華やかに見えた。
100年ごとの式典。この式典に公式に呼ばれることが一つのステータスなので、誰も望んで欠席する者はいなかった。
豪勢な刺繍の入った白く長いローブの神官たちの一番前で、ディクティス神官はとびきり重厚なローブを纏って立っていた。
時間になるとディクティス神官は、凛とした張りのある声で神々を讃える言葉を詠唱する。
裏方として祭壇横に控えていたアレリアは、その声にほれぼれとしてしまった。
なんて立派な姿なんだろう。
高貴で品のある姿。
アレリアは、式典の最中なのに不謹慎だと思いつつも、ついついディクティス神官を目で追ってしまう。
ディクティス神官が一つも間違わずに長い詠唱を終えると、アレリアも自分のことのようにほっとして、そしてほっとした自分に違和感を感じた。
なんで私がほっとしているのよ?
何この気持ち……。
でも、ディクティス神官は素晴らしかった。
神殿の神様への詠唱だもの、私が聞き惚れたっていいじゃない、神様も許してくだわるわ。
そんな風にアレリアが思っていたとき、ディクティス神官が厳かに式典を進行させつつも、神殿の神の数々の功績に感謝する場面で別の神官に席を譲った瞬間に、ふとアレリアと目が合った。
あっ!
アレリアは式典中に何を考えているのかと自分を恥じて真っ赤になったが、なんとディクティス神官はそんなアレリアの表情の変化を見て、口の端で微笑んだのだった。
アレリアは、不謹慎だけど、今日は可愛らしくお化粧してきてよかった、と思わずにはいられなかった。
式典が終わった後、アレリアとディクティス神官の仲が急接近したのは、想像に難くない――。
(終わり)
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
嬉しいです\(^o^)/
クズ王子を書きたかった本作(笑)
さてどんなクズ王子にしようかと考えた結果、こうなりました(大汗)
失恋あきらめない系王子、不倫迫る系王子ってことで……(大汗)
こちらのお話、もし少しでも面白いと思ってくださいましたら、
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すみませんが、よろしくお願いいたします。