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8 悪夢と偉大な魔女ルルの薬

「お待ちください!」


王宮の中庭を歩いている王妃を、幼い子供が呼び止めた。

金髪に青い瞳。

王家の色を持つ子供。



「母上は、どうして僕を避けるのですか? 僕のことがお嫌いなのですか?」


必死に問いかけてくる子供の目には、うっすらと涙が溜まっている。


王妃はそんな子供の問いかけに一瞬ひるんだが、できるだけ優しげに見えるように笑顔を作り、穏やかな声で答えた。


「エドワード王子ですね?」


「⋯⋯はい?」


「あなたの母親⋯⋯側妃さまのお考えは、私にはわかりかねますが。少なくとも、実の子であるエドワード王子を嫌うだなんて、そんなことは無いと思いますよ」


言われた言葉の意味が、エドワードにはは全く理解できなかった。


(側妃様? 実の子? 母上は、一体何の話をされているのだろう)



「エドワード様!」


エドワードの侍従チャールズが、血相を変えて走ってきた。

見つからないように部屋を抜け出してきたのに。

こんなにも早く見つかってしまうなんて、と悔しさに唇を噛みしめる。


「お迎えが来たようですね、エドワード王子。何があったにせよ、側妃様とお二人でよく話し合ってみてはいかがでしょう。それでは、私はこれで失礼いたします。お母上に⋯⋯側妃様によろしくお伝えくださいませ」



意味がわからなかった。

頭の中が真っ白になり、上手く考えを纏めることができない。

ゆっくりと去っていく王妃の後ろ姿を見つめながら、エドワードはその場に立ち尽くしていた。



「エドワード様⋯⋯早く、部屋へ戻りましょう」


チャールズに促され、ふらつく足元を気遣われながら歩き出す。


(今、母上は何と言った?)


『お母上に⋯⋯側妃様によろしくお伝えくださいませ』


(側妃とは、一体、誰の事だろう)


それからどうやって部屋まで戻ったのか、エドワードは全く覚えていない。


チャールズから事情を聴いた乳母は、真っ青な顔色で慌てて王の元へ走った。

そして人払いの後、王に自ら報告した。


乳母の話を聞き終わると、王は目を閉じて深いため息をついた。


「そうか。ついに、エドワードに知られてしまったか」


「申し訳ございません。私がもう少し気をつけていれば⋯⋯」


「いや、そなたのせいではない。エドワードももう5歳。いつまでも隠し通せるわけがない。どうか気に病まないでおくれ」


王は乳母に優し気に声をかけた。

赤子の頃から今まで、息子を母代わりに育ててくれたこの心優しい乳母を責めることはできなかった。


エドワードは自分が王妃の子供だと思っているが、本当の母は王妃ではない。

西の離宮にひっそりと暮らしている側妃が彼の母親なのだ。


エドワードを産んだ女性はこの国の子爵令嬢で、王妃になれるような身分ではない。

それでも、王ローレンスがまだ第三王子と呼ばれていた頃は、そのことを問題にする者はいなかった。


エドワードが生まれてすぐの頃。

兄達が相次いで亡くなった。

当時王だった上の兄は戦争で。下の兄は病死だった。

第三王子だったローレンスは、自分でも何が何だかわからないまま、王位を継ぐことになってしまった。


折しも隣国との戦争中で、王の死はこの国を敗北へと追い詰めるきっかけとなるはずだった。

だが。

隣国の大公は、自分の妹をローレンスに嫁がせることを条件に、和平を申し入れてきた。

おかげでこの国――アルグランド王国は、隣国フォレスタ公国とのこれ以上の戦争を避けることができた。


もしあのまま戦争が続いていたら――アルグランド王国のみならず、フォレスタ公国も、領土の大半が焦土と化し、多くの民が命を落としただろう。


だから、とローレンスはそっと心の中で呟く。

仕方がなかったのだ、と。


隣国から嫁いできた公女は、子爵令嬢だった妻よりも下の身分に置いて良い立場の者ではない。

公女は王妃として迎え入れる以外の道はない。

ならば妻をどうするか。

ローレンスは悩みに悩んだ。そして。


――長男を産んだばかりの愛する妻は、側妃となり、西の離宮へ追いやられることとなった。


側妃は、夫に自分よりも優先される立場の妻ができたことに絶望し、西の離宮で寂しく過ごすうちにだんだんと心を病んでいった。

そして、エドワードが2歳になる前にはもう、すっかり正気ではなくなった。


エドワードは母親から離され、乳母と侍従達によって育てられることとなった。

彼らはエドワードに母親のことを話さなかった。

それは王の意向でもあった。


なので、エドワードは、あの日王妃と直接言葉を交わすまでは、自分の母親は王妃なのだと信じていた。

王である父の妃なのだから、それは自分の母親であるに違いないと。


自分に会いに来てくれない王妃に、自分のことを嫌っているのかと聞いてみたくて。

どうしてなのか、どうすれば会いに来てくれるのかと聞きたくて。

エドワードは、部屋を抜け出し、一人で王妃に会いに行ったのだが。







エドワードは、今でもあの幼い時のことを夢に見る。

それは大抵、体調を崩しているような時や、ひどい嵐の晩などに見る悪夢だった。


なので、夜中すぎに目を覚ましたエドワードは、自分が今、高熱にうなされていたと知って、ああやはりと納得した。


枕元には、いつの間に部屋に入って来たのか、ルルが座っていた。


「エドワード様」


ルルが優し気な声で囁きかけてきた。


「少しお熱が高いようですので、お薬を飲んで下さいね」


ルルがそう言うと、後ろに立っていたヴィクターが、さっと蜂蜜のような色の液体が入ったグラスを差し出して来た。


「これを飲めばすぐに治りますよ。これは美味しいお薬ですので、そのまま飲んでも大丈夫です」


「ルルったら。こいつはもう大人だよ? 不味かろうが何だろうが観念して飲み干すと思うけど」


「ふふ。そうね。でも、苦しい時に不味いものを飲むのって、なんだかあんまりじゃない?」


「それはそうだけど」


エドワードは、二人の会話をぼんやりとした頭で聞きながら、受け取ったグラスの中身を飲み干した。

思わずもう一杯と声を上げてしまいそうな、甘くて爽やかな薬だった。


「これは、『森の魔女の薬』なの?」


「何を馬鹿なこと言ってるの? 『森の魔女の薬』が美味しいはずがないじゃない。これは『偉大な魔女ルルの薬』だよ」


言われてみれば確かにその通りだった。

エドワードは、くだらないことを聞いた自分を恥じた。


それにしても。

『偉大な魔女ルルの薬』は、なんて美味しい薬なんだろう。

それは間違いなく、エドワードが今までに飲んできた薬の中で――いや、全ての飲み物の中で一番美味しい飲み物だった。


この薬を飲んだあとならば。

もう、あの夢を見ることはないに違いない。

エドワードは、そう思いながら、再び眠りの中へ落ちて言った。


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