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6 エレイン・ルルーシュ・グレイス

エレイン・ルルーシュ・グレイスは、侯爵家に産まれた。

5人兄妹の末っ子で、上の子達と年齢が離れていたためか、一緒に遊ぶことはほとんど無かった。


1歳の時に母が亡くなり、2歳で父が亡くなった。

父の後を継いで侯爵となった長兄は、エレインを疎むことは無かったが、特に気に掛けることも無かった。


だからだろうか。

エレインが魔法を使えることに周囲が気づいたのは、3歳の誕生日の頃だった。


誰もいないはずの部屋で楽しそうに誰かと会話するエレインの周りを、クマのぬいぐるみや女の子の人形がふわふわと浮いているのを見たメイドは、驚きのあまり手に持っていた水差しを落とした。

それを見たエレインは、「あら、大変」と言うと、割れた水差しに向かって手を翳した。

すると、瞬く間に水差しは元の形に戻った。


この後、エレインは驚いた兄に魔法使いの塔に連れて行かれ、そこで色々と調べられた。

その結果。


驚くべきことに、エレインは全属性の魔法が使えた。

それはすなわち、稀に現れるという「精霊の愛し子」であるということに他ならない。


魔法とは、身に持つ魔力に惹かれて寄って来た精霊から力を借り、己の願いを成就させる力である。

精霊は力を貸す対価として、魔力を求める。

そして属性とは、どの種の精霊から力を借りられるかで決まる。


全属性の魔法が使える、とは、この世の全ての精霊から力を得られるということだ。

すなわち、この世の全ての精霊に愛される存在、「精霊の愛し子」である。


「精霊の愛し子」であるということは、良いことばかりではない。

「精霊の愛し子」の魔力は、魔獣にとってこの上なく美味な嗜好品となる。

「精霊の愛し子」は、魔獣にとっても「愛し子」なのだった。


多くの魔獣は精霊と同じ様に愛し子に惹かれるが、力を貸すためではなく、その魔力を吸うために近寄ってくる。

愛し子の魔力は、高位の魔獣にとっては上質な酒のようなものだ。

だが、知性の低い下位の獰猛な魔獣の中には、愛し子を襲いその身を喰らうものがいる。


愛し子であるエレインが身を守るためには、漏れ出す魔力を隠す力と、近寄ってくる魔獣を打ち倒す力が必要だった。

なので、それらを学ぶために、エレインは多くの魔法使いが集う「魔法使いの塔」に預けられた。


家族と離され、塔で暮らすようになったエレインだが、意外にも寂しいと思うことは無かった。

両親はすでにおらず、兄姉達ともそれほど親しくしているわけではなかったからだ。

使用人達は優しかったが、彼らはあくまでも使用人で家族ではなかった。


世間では、塔の魔法使いは気まぐれで利己的、情け容赦無い冷たい人間だと言われている。

だがそれは、一部は正しいが、全てが真実ではない。


彼らは魔力という常人には無い力を持っていたがために、市井では迫害を受ける存在だった。


「精霊の愛し子」ほどではなくとも、魔力を求めて魔獣が寄ってくる。

魔獣は人々を襲い、魔力を持つ子供がいる村や町を壊していく。

なので、多くの場合、魔力を持った子供は忌み嫌われることとなる。

生まれてすぐに殺されることすらあった。

運良く生き延びたとしても、その魔力に惹かれ寄ってくる魔獣から逃れるために、「魔法使いの塔」に追いやられることとなる。


なので魔法使い達は、多かれ少なかれ、魔法使いではない者たちを嫌っていた。

だがその反動で、同じ魔法使い同士はとても仲が良く、お互いに助け合って暮らすようになった。


塔の魔法使い達はエレインを温かく受け入れてくれた。

彼らは、自分と同じように幼くして家族のもとから引き離され塔にやってきた同胞を、心から慈しんだ。


エレインは素直で明るい性格だったので、そんな風に自分を見守り、優しく育ててくれる魔法使い達を、心から信頼し慕っていた。


眩しいくらいに輝く金色の髪。

エメラルドのように透き通る緑色の瞳。

白い肌に、ほんのりと上気したような薔薇色の頬。

精霊の愛し子の名にふさわしい、美しい姿。


この世の全ての精霊と、塔の魔法使い達に愛され、エレインはすくすくと育っていった。


エレインは、ただ全属性の魔法が使えるだけではかった。

泉のように湧き出てくる魔力は、塔の魔法使いの誰よりも潤沢だった。

しかも、エレインはとても素直で努力家だったため、16歳になる頃には、塔の魔法使いの誰よりも優れた魔法使いとなっていた。


魔法使いの塔には、「魔塔主」と呼ばれる老人がいた。

彼は他にも、大魔法使い、賢者、等と色々な名で呼ばれる偉大な人物であった。


魔法とは、精霊から力を借りて己の願いを成就させる力であり、属性とは、どの種の精霊から力を借りられるかで決まる。


だが、魔法を使う方法は、これだけではない。


精霊から力を借りることなく、己の魔力のみを用いて、詠唱によって魔法を使うこともできた。

その場合、使える魔法はごく限られた小さなものになる。

そういう風に、日常のちょっとしたことを便利にするような魔法を使う者は、何故か女性が多かった。

なので、精霊から力を借りず魔法を使う者は、「魔女」と呼ばれることが多かった。


魔塔主は、自分が持たない属性の魔法を、「魔女」の様に己の魔力と詠唱によって使うことができた。

しかも彼は、努力の末に、精霊から力を借りている時と同じくらいの強さで使うことができるようになった。

それによって彼は、全属性の魔法を、「精霊の愛し子」と同じくらいの強さで使うことができた。


この偉大な「魔塔主」を、エレインは祖父のように慕っていた。

魔塔主も、エレインを孫のように可愛がっていた。


純粋で心優しいエレインを、魔塔主はいつも微笑ましく思っていたが、同時に気にかけてもいた。


エレインは他の魔法使い達のように、魔力を持たない者達から虐げられたことが無い。

なのでエレインは、彼らに対して何ら思うところはなく、他の魔法使い達のように魔力を持たない者達を嫌うということが無かった。

そのため、彼らのために、請われるままに魔法を使うことがしばしばあったのだ。


なので、魔塔主は、エレインの善意が無駄に消費されることを危惧していた。


「エレインや。お前は本当に心の優しい子だ。お前が誰かに騙されて、その身を削ってしまうのではないかと心配でならない」


魔塔主はエレインの頭を撫でながら、いつもそう言っていた。


「どうか、自分の幸せを一番に考えておくれ。エレイン、お前は誰よりも幸せにならなくてはいけないよ」


そうされる度に、エレインは自分が誰よりも幸せであると思うのだった。




――後にエレインは、身に持つ魔力の全てを対価に、ある一つのことを願った。


その結果、魔法が使えなくなり姿まで変わってしまったエレインは、その時々で名前を変えつつ、千年もの長い時を過ごすこととなった。

その孤独な日々を過ごす中で、エレインは何度も魔塔主の言葉を思い出した。


『エレイン、お前は誰よりも幸せにならなくてはいけないよ』


その言葉を思い出す度に、心が温かくなり生きる力が湧いてくるようだった。


エレインは、今は「ルル」と名乗り、使い魔のヴィクターと森の中の小さな家で暮らしている。

遥か昔、魔法使いの塔で、家族のような者達と暮らした日々と同じかそれ以上に、今のエレインは穏やかに幸せな日々を送っている。


魔塔主が生きていたら、今のエレインを見て何と言うだろうか。


『エレイン、お前は誰よりも幸せにならなくてはいけないよ』


――はい、魔塔主様。


エレイン――ルルは、心の中でそう呟いた。


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