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5 森の魔女の薬

「森の魔女の薬」には番号が付けられている。


例えば1番と呼ばれる薬は、風邪の引き初めによく効く薬で、飲むと汗が出て熱が自然に下がる。

こじらせた風邪にはあまり効かず、そういったときは10番が効くのだそうだ。


手足の冷えやむくみがあり、体力のない女性には23番。

何かに当たってお腹を壊した時は17番。


これは、ルルの前の「森の魔女」ポーシャが書き残したノートに書いてあることで、ルルはこのレシピ通りに「森の魔女の薬」を作っている。


先代の森の魔女ポーシャは、元々、フォレスタ公国の貴族だったのだそうだ。

色々と煩わしいことがあって、リドフォードの森まで逃げてきてそのまま住み着き、いつしか「森の魔女」と呼ばれるようになった。


ルルは干して乾燥させた薬草を、さらに細かく刻み、茶色い薬瓶に詰めておく。

そうしたいくつもの薬瓶から、大きな匙で決まった量の薬草を量り取ると、順番に乳鉢に入れていく。

それらを潰すようにして混ぜ終えると、ルルは両手を乳鉢の上にかざし、目を閉じ魔法をかける。

ルルの両手から溢れ出た金色の光が、乳鉢の中の薬草にふわりと降りかかり、一瞬きらりと瞬いてから消える。


「このひと手間が大事なのよ」


ルルはまるで料理のちょっとしたコツか何かのように軽く言うが、これは薬の効果を倍にするとても凄い魔法なのだ。


薬を丁寧に薬包紙に包んでいくのはヴィクターの仕事だ。

四角い薬包紙を天秤の皿に乗せ、匙で薬を乗せ、決まった量を量り取っていく。

それを器用に折り畳み、五角形の包みをいくつもこしらえていく。

出来上がりは全て同じように見えるので、包みの真ん中あたりに消えにくいインクで番号を書いていく。


1番の薬には1。

2番の薬には2。

誰にでもできる簡単な仕事だ。

それを、エドワードが請け負っている。




――エドワードが最初に手伝いを申し出たとき、ルルは笑顔で言った。


「まあ、嬉しい。エドワード様がお手伝いをしてくれますの?」


ルルはいつでも優しい。

まるで孫が祖母に手伝いを申し出た時のように、嬉しそうに褒めてくれる。

エドワードはふと、幼い頃に離宮で面倒を見てくれていた年老いた乳母を思いだす。

あの頃すでに高齢だったから、今は生きていたとしてもかなりの年になっているだろう。


「それでしたら、そうですね、作った薬をヴィクターのように薬包紙に包んでいって下さいますか?」


それくらいなら容易いことだと思ったが、いざやってみると、全く駄目だった。


出来上がった包みが、綺麗な五角形にならないのだ。

なんとも不格好な五角形達を横一列に並べ、ヴィクターがため息をついた。


「まあ! こうして並べるとそれぞれが個性的でなんとも可愛らしいですね」


ルルは微笑みながらそう言ったが、ヴィクターは呆れたような顔でルルをたしなめる。


「可愛らしさなんて、薬に必要ある? 売り物なんだから、これじゃ駄目だよ。効果にばらつきがあるように見える」


「あら。きちんと天秤で同じ分量を量っているのだから、効果は同じなのよ」


「それでも、見た目にばらつきがあるのは良くないよ」


正論だ。ヴィクターはいつだって冷静で正しいことを言う。


「では、エドワード様には、包みの真ん中あたりに消えにくいインクで番号を書いていってもらいましょう。1番の薬には1。2番の薬には2という風に」


「誰にでもできる簡単な仕事だけどね」


「まあ、ヴィクターったら。エドワード様は字がお綺麗だから、きっと素晴らしい出来上がりになるはずよ」


ルルはいつでも優しい。

エドワードは、小さな孫のお手伝い程度の仕事しかできない自分を恥じて、せめてルルやヴィクターを感動させるくらい美しく数字を書こうと心に誓った。




そして。

出来上がった「森の魔女の薬」達は、カーター商会のアイルに買われていく。


「ルル様、今回は27番を多めにいただけますか? 在庫がすっかり無くなってしまって」


「まあ? もしかして、白指病が流行っているの?」


「さすがルル様。お判りになりますか」


「ええ。でも変ね。あの病はフォレスタ公国では滅多に流行らないのに」


「最近、アルグランド王国からの移民が増えておりますから、そのせいでしょうね」


すぐ横で交わされる、アイルとルルの会話は、特に聞き耳を立てなくてもしっかりと耳に入ってくる。

アイルが、少し眉を寄せながら言う。


「アルグランド王は今、病に臥せっていて退位が近いと噂されています。なので、先日王太子に選ばれた第二王子が、近いうちに即位することとなるでしょう」


噂だと言いつつも、もう決まったことであるかのような口調。


「第二王子の母親である王妃は、フォレスタ公国の公女でした。兄である大公はかなり野心的な御仁であるともっぱらの評判です。なので、甥である第二王子が王位に就いた後は、アルグランド王国はフォレスタ公国の属国になるとの噂が民の間で広がっているのですよ」


アイルがエドワードの方を見ながら言う。


「属国になれば、今までよりも税が重くなり、暮らしにくくなりますからね。国境での往来が制限される前にフォレスタ公国に入り、公国の民の身分を手に入れようとする者達が多く見受けられるようです」


「そうだったの。では27番はいつもより多めに渡すわね」


そう言いながら、ルルは、27と書かれた包みを袋に入れた後、両手を袋の上にかざした。

ルルの両手から溢れ出た金色の光が、袋全体をふわりと包みこみ、一瞬きらりと瞬いてから消える。


「効果をさらに5倍にしておいたわ。白指病なら、一度飲めば完治するはず」


「さすがルル様、ありがとうございます」


アイルは恭しく袋を受け取った。


「⋯⋯効果を5倍にすることもできるんだね」


エドワードが思わずそう言うと、ヴィクターが呆れたように言った。


「当たり前だろう? ルルは偉大な魔女なんだから。5倍どころか、千倍にだってできるさ」


「では、どうしていつもそうしないの?」


「『森の魔女の薬』はポーシャ様のレシピ通りに作らなければならないんだ」


それを聞いたアイルが、頷きながら言った。


「そうですとも。それこそが『森の魔女の薬』なのですから」







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