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4 アイル・カーター

「ご無沙汰しております! 毎度おなじみ、カーター商会の出張販売でございます!」


ルルとヴィクターの、わーっという歓声と拍手の中、アイルは優雅にお辞儀をした。

ボウ・アンド・スクレープ。

こんな森の中の小さな家でするような仕草ではない。 


自分の正体を知っているせいかと警戒したエドワードは、何の感情も読み取れない仮面のような微笑みを貼り付け、無害な青年らしくその様子を見守った。


アイル・カーターと名乗った彼は、月に一度この森の魔女の家を訪れる商人だ。

森の外に大きな商会を持っているらしく、ヴィクターの話だとかなり儲かっているらしい。


彼は、ルルの作る「森の魔女の薬」を仕入れて自分の商会で売りさばく。

「森の魔女の薬」は効き目が凄いので、飛ぶように売れる。

そして、その売り上げの半分がルルに渡されることになっている。

エドワードは、半分も、と驚いたが、ルルはそのお金を使って「カーター商会の出張販売」で買い物をしているので、商会にとっては損はないのだ。


背が高く、細身だがしなやかな筋肉の付いた身体は商人というより騎士のようだ。

クラゲのように切られた赤い髪で、さっぱりした糸目だが整った顔立ち。

立ち襟でぴったりと体に沿う細身の上着は丈が長く、動きやすいように両脇に深いスリットが入っている。

下に履いているのは動き易そうな、ゆったりしたズボン。

上下とも落ち着いたチャコールグレーで、赤い髪に良く映える。



「本日は、ルル様がお好きなオレンジピールのチョコレート掛けや、葡萄の香りの紅茶をご用意致しました。他にもルル様がお好きであろう商品を沢山お持ちしましたので、ぜひ手に取ってご覧ください! それから、ヴィクター様にはいつものアルジェンと、林檎の味の金平糖を。今回は珍しいお菓子も色々とお持ちしましたので、是非味見をしてみて下さい」 


アイルがそう言いながら、テーブルの上に商品を並べていく。

ルルとヴィクターは、キラキラと期待に満ちた視線を送っている。


「そして、本日の目玉商品はこちらです!」


またもやわーっという歓声と拍手が起こる。

エドワードもつられたように、小さく拍手をする。


アイルは大きな木箱の中から、両手でやっと抱えるくらいの大きさの籠を取り出し、テーブルに乗せた。

そして、上に被せてあった白い布を、さっと取り払った。


大きな籠いっぱいにぎっしりと、苺が入っていた。

艶やかで深みのある赤色の苺は、まるで宝石のように輝いていて、見る者の食欲をそそる。

甘く芳醇な香りが部屋中に広がると、あっという間に春の気配に包まれた。

森の外の季節はまだ春には程遠いというのに、一体どこから仕入れてきものか。


「素晴らしいわ、アイル。これ、全部頂くわ」


「ありがとうございます。アーシーの町の温室育ちの苺で、甘さと酸味が絶妙なバランスで調和している最高級の物ですよ」


うっとりと苺を眺めながら、ルルが一粒手に取る。

そして、一口かじると、「甘い……」と呟いた。


「ふふ。こんなにたくさん、どうやって食べるかを考えるのも楽しいわ。まずはそのままで。それから苺のタルトに、苺のムース。ジャムも作りましょうね。もちろん、ヴィクターが好きなパリパリの飴掛け苺も作るわよ」


飴掛け苺と聞いたヴィクターが、ぱあっと顔を輝かせ、嬉しくてたまらないと言う風にぴょんと跳ねた。

そうしていると可愛らしい少年に見えるので、エドワードは、彼の本当の姿が魔獣フェンリルであることを忘れそうになる。


「ジャムは沢山作った方が良さそうだね、苺が悪くなったら大変だ」


大量の苺を見ながら、エドワードは、ついついそんな心配をしてしまった。


「ルル様は、『時を止める部屋』をお持ちですから、苺が傷むことはありませんよ」


アイルがさも当然、と言った風に言った。


「ああ、そうそう。エドワード様にはまだ言ってませんでしたね。屋根裏の壁についている扉の向こうに、『時を止める部屋』を作ってあるんですよ」


そこに入れておいたものは、まるで時を止めたかのように悪くならないのだと、ルルは言った。


「そんな凄い部屋があるのか……。もしかして、魔法使いの家は、どこでもそんな部屋があるの?」


エドワードがそういうと、ヴィクターはまたかと言った顔で、馬鹿にしたように言った。


「馬鹿な事言わないで。そんな魔法が使えるのは、ルルのように凄い魔女だけなんだからね」


「そうですね。『時を止める部屋』をお持ちの方なんて、ルル様以外に聞いたことがございません。偉大な森の魔女ルル様だからこそでしょう」


そういうアイルの話し方は、商人の顧客に対する媚びた様子は一切感じられない。

心の底からルルを尊敬しているのが良くわかる、真摯な態度だった。


エドワードは、思わずアイルのことをじっと見つめた。

その視線に気づいたアイルは、またもや優雅にお辞儀をしながら言った。


「偉大な森の魔女様とその使い魔様。そして、()()()()()()()()()。皆様のご希望の品を心を込めてご用意いたしますので、今後とも変わらぬお付き合いをよろしくお願いいたします」




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