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22 ゲオルグとトマス

「くそっ⋯⋯!」


ゲオルグは、苛立たし気に手に持った剣で生い茂った草を薙ぎ払う。



「どうして見つからないんだ⋯⋯!」


かれこれ半日近くここら一帯を探し続けているのに、目的のものは一向に見つかる気配すらない。


ゲオルグが今、必死に探しているのは、第一王子の亡骸だった、


探索の為に持って来た手のひらの上の羅針盤の針は、先程からピクリとも動かない。

国有数の魔法使いが作ったとされるこの羅針盤には、第一王子の由縁の物が見つかった場合、速やかに反応するような魔法がかけられている。


たとえ獣や魔獣がその遺体を食い荒らし、愚かな妖精や欲深い精霊が身に着けていた物を持ち去ったのだとしても。

髪の毛の一本、血の一滴すら残っていないなんて。

そんな馬鹿なことがあるはずがない。


ゲオルグと共に第一王子の亡骸を探しに来た部下達は、ちらちらと上司の様子を窺がっていた。

どうかその苛立ちが、自分の方に向くことがないようにと祈りながら。





ゲオルグは王妃の輿入れと共にこの国にやって来た。

表向きは王妃の護衛騎士の一人ということになってはいるが、ゲオルグの本当の主は王妃の兄、フォレスタ公国の大公マクシミリアンだった。


そのマクシミリアンがゲオルグに命じた。

第一王子を亡き者にしろ、と。

それは、王妃アデレードが産んだ第二王子を王位につけるためにどうしても必要なことだった。


だからこそ、あの夜。

ゲオルグは腹心の部下達に命じたのだ。

第一王子を殺し、その遺体を誰にも見つからないように始末せよ、と。



そんな非道なことを命じられてしまった気の毒な部下達の中に、トマスという男がいた。


トマスはアルグランド王国の北、リドフォードの森に程近い小さな村の出身だった。

トマスには幼馴染だった妻がおり、その妻はその時身重だった。


トマスと妻が生まれ育った村では、救いようがないほど貧しくは無いが、裕福と言えるほどでもない、善良な村人たちがお互いに助け合って暮らしていた。

そして、その村には、古くからの言い伝えがあった。



――子供がお腹の中にいる間に、その親が悪事を働けば、生まれてくる子供の人生は不幸なものとなる。

親が盗みをすれば、その子供の両手は魔獣に食べられてしまう。

親が人を騙せば、その子供の瞳は妖精に持ち去られてしまう。

親が人を殺せば、その子供の命は精霊の糧となる。

だから我々は、日々善良に暮らさなければならない。

生まれてくる我々の愛しい子供のために――



二人とも、小さな頃からそう聞かされてきたのだ。

善良な親たちから、繰り返し繰り返し。

自分が今、幸せに暮らしていられるのは、親たちが善良であったから。

そして、自分たちが親となる時にも、決して悪事を働いてはならないのだと。


そんな風に先祖に感謝しつつ、未来に向かって正しく生きることを誓う。


それこそが、その小さな村の人々を善良な人間たらしめ、長きに渡り幸せな暮らしを続けるための指標となっていたのだった。



だから、トマスはあの日祈ったのだ。

そして、その祈りは確かに届いた。





あの夜。

ゲオルグの部下達は、命じられたままに第一王子の部屋へ向かった。


第一王子はその時、自室の長椅子に座って本を読んでいた。


もし寝台の上で眠っていたなら、第一王子の命はそこで終わりだっただろう。

だが彼はまだ起きていて、襲ってきた暴漢の攻撃を必死に躱した。

護身用の短剣で応戦する第一王子の身体には次第に傷が増え――最後は、その場に蹲るように膝を着き、そのまま床に横たわった。


部下たちは第一王子の命が尽きたと思い、その亡骸の始末をトマス一人に押し付けた。

仲間内で一番若く、下っ端だったトマスは、第一王子の遺体が入った布袋を積んだ馬車に乗り、密かに王宮の裏門から抜け出し、北へと向かった。



トマスは、仲間たちが第一王子を襲っている間、部屋の入口で震えながら見張り役をしていた。

直接手を下したわけではない。

だが、人を殺す手伝いをしてしまった。

絶望に打ちひしがれながら、彼は必死に馬車を北へと走らせた。


トマスが向かったのは、故郷に近いリドフォードの森だった。


リドフォードの森。別名「惑いの森」

人ならざる者が棲むという、悪魔の森。

迷い込んだものは森の中で何日も彷徨った挙句、いつの間にか森の入口に戻ってしまうのだという。


そんな恐ろしい森には、誰も近づこうとしない。

だからトマスは、第一王子の亡骸をその森の入口に捨てに行くのだ。


王宮からリドフォードの森へは、馬車で三日かかる。

昼夜止まることなく馬車を走らせながら、トマスは絶えず譫言(うわごと)のように、妻と生まれてくる子供への謝罪を口にしていた。


許してくれ、どうか許してくれ。

俺はなんということをしてしまったのか。


リドフォードの森に馬車が着いたのは、王宮を出てから三日目の夜だった。

トマスは第一王子の亡骸が入った布袋を荷台から下ろし、大きな樫の木の側に置いた。


そしてトマスは祈った。



ああ、神様。どうか、どうか。

生まれてくる子供を不幸にしないで下さい。

全ての罪は俺一人で償います。

俺はどうなってもいい。

だから、どうか、どうか妻と子供には何も不幸が訪れませんように。



結果として、トマスの祈りは届いた。

ただ、その祈りを聞き届けたのはトマスが願った『神』ではなかった。



――愚か者よ。其方(そなた)の罪など、私にとってはどうでも良いこと。

だが、なんということか! 其方が連れて来たその人の子は、我が愛し子の魂の伴侶ではないか!

おお、なんと喜ばしい! 我が愛し子の大願成就の日も近い!



美しいが、魂をぎゅっと潰されるような恐ろしい声が聞こえて、トマスは思わず目を瞑り手を祈りの形に組んだ。



――其方の信じる神とやらの代わりに、この私が願いを聞き届けよう。其方は()く立ち去れ――



その時だった。

足元の布袋の中から、微かに呻き声が聞こえた。

驚いたトマスは、慌てて布袋の口を開いた。すると。


なんという事だろう。それはまさに奇跡だった。

死んだと思っていた第一王子が生きていたのだ。


傷が(さわ)ったのだろう、高熱に喘ぐように熱い息を吐き、時折苦しそうに呻き声を上げている。

トマスは馬車に駆け戻り、素早く水筒を手にした。

あまりのことに気が動転し手が震えてしまったが、なんとかその後、布袋から引きずり出した第一王子に水を飲ませることができた。




その後。

トマスの帰りが遅いことに苛立ったゲオルグは、部下に命じてトマスを探しに行かせた。

その結果、トマスはリドフォードの森の入口に倒れているところを無事発見されたのだった。


不思議なことに、トマスは記憶を失っていた。

医師が詳しく調べたところ、王宮で騎士として働き出した後の記憶を全て失っているようだった。


さらに、トマスは右目の視力と、声も失っていた。

片目では騎士は続けられない。

それにもし、記憶が戻ったとしても、トマスはもう話すことができないのだった。


それはトマスにとってこの上なく幸いだった。

トマスは口封じの為に命を取られること無く、働けなくなった気の毒な騎士として王宮での勤めを辞し、妻と共に故郷の村に帰ることができたのだから。








「何故だ⋯⋯!」


ゲオルグは、何度目かわからない問いかけを口にした。

それは問いの形をしているが、ただの独り言でしかなかった。




第一王子は最早生きてはいないでしょうと、王妃アデレードが痛ましげにそう告げたのに。

王は言ったのだ。だとしても、と。

その亡骸を見るまでは、自分は第一王子の死を受け入れることができないのだと。


なので、ゲオルグは、第一王子の亡骸を探す羽目になっているのだ。

こんなことなら、リドフォードの森になど捨てさせるのではなかった。

第一王子の私室に、その亡骸を残しておけばよかった。


だがそうすれば誰が王子を襲ったのかがすぐにわかってしまう。

こうするしかなかったのだ。

仕方が無いことだったのだとゲオルグは、自分に言い聞かせた。その時。



突然、空に雲がかかり、辺りが一気に暗くなった。

思わず空を見上げる。


少し離れた場所に繋いでおいた馬達が、不穏な空気を感じたのか落ち着かないように(いなな)き足踏みを始めた。



「隊長! あれを見て下さい!」



部下の一人が森の方を指差した。

そこには、金髪で緑色の瞳の若い女と、灰色の髪で赤い目の子供が立っていた。



「あなたたちだったのね」



女は決して声を張ったわけではないのに、その呟きはゲオルグ達の耳にしっかりと届いた。



「許さない」








――それからどれくらいの時が経ったのだろう。


ゲオルグは、喉の渇きと、信じられないくらいの身体の痛みに顔を(しか)めた。

辺りを見回したが、誰もいなかった。


どうやら深い森の中にいるようだが、どうして自分がここにいるのかは全くわからない。


「ここから、離れなくては⋯⋯」


そう思い、足を踏み出す。

だが、森の出口がどちらなのか、全くわからなかった。

なのに。

ここにいてはいけないのだと、心の奥底に誰かが語り掛けて来るようだ。


それはどうにも抗いがたく、最早衝動のようにゲオルグを追い立てた。





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