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21 留守番と礼儀正しい訪問者

ふと、誰かが扉を叩いたような気がした。



ルルとヴィクターは何やら用事があるようで、昼過ぎから揃って外出している。

なので、今、この家にいるのはエドワードだけだった。



一応、確かめておこう。

そのくらいの軽い気持ちで扉を開けた。

すると。


「ああ、良かった。気づいて頂けましたか」


少し高めの男性の声がした。

足元から。


その声に促されるようにエドワードが視線を下げる。


なんと、扉の前にいたのは小さなネズミだった。

ネズミは二本足で立って、エドワードを見上げている。



「お初にお目にかかります。私はアレクサンダー・パーシヴァルと申します。突然の訪問をお許しください」



そう言って被っていた帽子を取り丁寧に頭を下げる彼は、どこからどう見てもネズミなのに、どういうわけか貴族の家の礼儀正しい使用人のように見えた。



「ええと。丁寧なご挨拶をありがとうございます。私はエドワードと申します。森の魔女ルルの家に住まわせてもらっている者です」

「左様でございますか。こちらこそ、丁寧な挨拶いたみいります。ところで、森の魔女殿はご在宅でしょうか?」

「ルルなら今は外出しております。もうすぐ戻ると思うのですが」

「左様ですか。それでは、大変申し訳ございませんが、森の魔女殿が戻られるまでこちらで待たせて頂いてもよろしいでしょうか?」



ネズミはそう言うと、扉の前の地面を指差した。

そこで座って待つとでも言うのだろうか。


そんな場所で待たせるだなんてとんでもない。

エドワードは慌ててネズミに話しかけた。

立膝をついた姿勢で、顔をネズミの方に近づけて、あまり大きな声にならないように気をつけながら。



「よろしければ、中でお待ちになりませんか? 今、お茶を淹れますから」

「おお、よろしいのですか? それではお言葉に甘えて」



エドワードが差し出した手のひらに、ネズミはひどく恐縮したように乗って来た。

外を歩いて来た足の裏で、エドワードの手のひらを汚すことをしきりと詫びている。


そんな態度もこの上なく礼儀正しく感じられて、エドワードはこのネズミのことを信頼できる人物――信頼できるネズミ、だと確信した。



テーブルの上に、ハンカチを四つに畳んだものを敷き、その上にネズミをそっと乗せる。

そうでもしないと、このネズミはテーブルの上に乗ってくれないだろうから。

かといって椅子に座らせると、エドワードとネズミはお互いに顔を見ずにお茶をする羽目になる。



「あの、もし私にお茶を淹れて下さるということなら、そこの食器棚の上から二番目の棚の奥に、いつも森の魔女殿が私用にと言って出して下さるカップがあるはずなのですが」

「ここに? …………ああ、ありました」



ネズミが言った通りの場所に、小さな小さなカップとソーサー、ティースプーンなどが仕舞ってあった。

白地に青で薔薇の花が描かれた繊細なカップに、白一色のソーサー。

ティースプーンはアーモンドくらいの長さしか無いが、よくよく目を凝らしてみると、柄の部分には蔦のような植物が彫られている。


こんなにも小さいのに、なんて豪華で美しいんだろう。

エドワードは思わず口の端を持ち上げた。


お湯を沸かし、最近、ヴィクターから教えてもらった通りにお茶を淹れる。


ポットとカップは温めておく。

お湯は勢いよく注ぐ。

丁寧に、だが大胆に。


エドワードがそんな風に丁寧にお茶を淹れている間、ネズミは行儀良くその一連の動きを見守っていた。


エドワードの動きは多少ぎこちなかったし、見ていると少し危なっかしい。

そんな風に人間が、息を詰めるようにして真剣に何かをしている時には、決して声を掛けてはいけない。

ネズミはそれを良く理解していた。



「はい、どうぞ。お口に会えば良いのですが」



緊張した時間を終え、ホッとしたように笑顔でそう言いながら、エドワードはネズミの前にそっとカップを置いた。

砂糖とミルクは必要かと聞いたところ、ネズミはいらないと答えた。

お茶本来の香りを楽しみたいからだそうだ。



「…………大変、美味しゅうございます」


ネズミはカップから一口紅茶を飲むと、笑顔でそう言った。


笑顔だとエドワードは思ったが、ネズミはいつも笑っているような目をしているので、本当はどうなのかはわからないのだが。



どこから来たのか、と聞いていいのかどうか、エドワードは迷っていた。


彼のために用意されている茶器やカトラリーを見ているだけで、彼がルルにとっていかに大事な客人であるかが見て取れる。

そんな彼にあれこれ聞くのはなんだか失礼な気がしたのだ。


だからエドワードは、にこやかに微笑みながら、自分のカップに注いだお茶を飲んだ。

ヴィクターやルルの淹れてくれるお茶には遠く及ばないが、これはこれで悪くないと思う。  



「このお茶はとても良い香りがしますね」

「月の輝く夜の庭の香りだそうです」

「ははは、それはそれは。使い魔殿の気に入りそうな香りですな。アルジェンが良く合いそうだ」


彼はどうやらヴィクターのこともよく知っているらしい。

ますます失礼な態度は取れないと、エドワードは改めて自分にそう言い聞かせた。


エドワードがそんな風に少しだけ緊張しているにもかかわらず、彼は優雅にお茶を飲んでいる。

見た目では年齢がどのくらいなのかはちっともわからないが、なんとなく、壮年と言っていいような年のように思える。


ふと、窓からの日差しが陰った。

エドワードは反射的に窓の方を見たが、目の前の彼も同じように窓に視線を向けた。


太陽に雲がかかったのかもしれない。

エドワードはそう思いかけて、違う、と思い直した。

どうしてだかわからないが、これは何か良くないことが起きているのだと思ったからだ。

そうだとすると、出かけているルルとヴィクターのことが心配になった。



「ああ、森の魔女殿と使い魔殿でしたら、何の問題もありませんよ。むしろ、これは森の魔女殿が為されていることですから」

「⋯⋯ルルが?」

「ええ、森の魔女殿が。どうやら良くない者がリドフォードの森に入り込んだようですね。魔女殿はそれを排除なさっておられるのでしょう」

「それは⋯⋯ルルやヴィクターは、大丈夫なのでしょうか。怪我をしたりなどは⋯⋯」

「ははは、偉大な森の魔女殿にそんな間違いなどは決して起きますまい。使い魔殿も大変な力を持った魔獣なのですから」


彼がそんな風に大らかな口調で返してきてくれたので、エドワードは少しだけ安心することができた。

とはいえ、ルル達の無事な姿を見るまでは、心から安心するわけにはいかなかったが。



「さて、外の様子を見るに、私はここでゆっくりと森の魔女殿を待っているわけにはいかなくなったようです。我が主は大変な怖がりなので、すぐにでも帰ってこの異変が収まるまで側にいて差し上げないと。つきましては、森の魔女殿に伝言を頼んでもよろしいでしょうか?」

「はい」

「ありがとうございます。では、森の魔女殿にこれをお渡し願いたい」


そう言って彼が帽子の中から取り出したのは、ヒマワリの種ほどの大きさの小さな透き通った石だった。

水晶にしては角が丸い。だが、透明度の高い美しい石だった。


「我が主から森の魔女殿への贈り物です」


差し出した手のひらに乗った美しい石は、こんなにも小さいのにひんやりと冷たかった。


「『大願成就を祝し、我が愛し子にこの宝玉を与える』⋯⋯我が主がそう申しておりましたことを、どうか森の魔女殿にお伝え頂きたく存じます」


そう言うと、彼は深々とお辞儀をした。


「ええ、必ず」


思わず、といったように、エドワードも同じように頭を下げた。




それから、再びエドワードの手でテーブルから地面に下ろされた彼は、しきりに恐縮しながら帰って行った。


エドワードは彼が歩いて帰るのだと思っていたが、短く何かを唱えた彼の足元に青白く光る魔法陣が浮かび上がり、あっという間に姿が見えなくなった。

やはり彼は只者ではなかった、とエドワードは思った。


扉を閉める際、暗く陰った空を見上げると、南の方に雨雲のような黒い雲が広がっているのが見えた。

それは怒りを湛えているような、見る者に恐怖を感じさせるような禍々しい雲だった。


あれを作り上げているのがルルなのだとしたら、彼女は今、どんなに嫌な思いをしているのだろうか。


(早く帰ってきて欲しい⋯⋯)


そう願いつつ、エドワードは家の中に戻った。


(ルルが帰ってきたら、とびきり美味しいお茶を淹れよう。ヴィクターには、たくさんアルジェンを添えて⋯⋯)


テーブルの上の小皿の上では、あの彼から託された『宝玉』が光を放っていた。

彼が誰なのか、彼が『我が主』と呼ぶ者が誰なのか。

エドワードには全くわからないままだった。


だが、帰って来たルルはこれを見て大喜びするだろう。

それを想像しつつ、エドワードはルルとヴィクターのためにお湯を沸かすことにした。











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