20 始まりの出来事と始まりの言葉
わかっていた。
エレインが、俺の言葉を聞いたあとで何をするかなんて、この世の誰よりも俺が一番理解していた。
「あの王子も気の毒に。よりによって、敵国の魔法使いの塔に幽閉されることになるとはね」
俺の言葉に、エレインの表情が分かりやすく曇った。
「あの王子は、国に婚約者がいるらしい。だが、もう二度と会えないだろう。王子は新月の次の日に、処刑されることが決まったのだから」
その言葉に、心優しいエレインが心を動かされないはずがなかった。
エレインはあの王子を魔法使いの塔から逃がすだろう。
愛しい婚約者の元に、あの王子を行かせてやろうとするだろう。
あの王子に、国で待つ婚約者などいやしないのに。
処刑されるというのも嘘だ。
あの王子の命の使い道はいくらでもある。
俺の嘘をすっかり真に受けて。
エレインは王子を逃がそうとするはずだ。
それがわかっていて――いや、違う。
それをわかっていたからこそ。
俺はエレインに嘘をついた。
王子を憐れむ振りをしながら、エレインを気遣うような顔をして、俺は。
破滅へと向かう道筋に、彼女が入り込むように仕向けたのだ。
『ノエルは私の大切な友達よ!』
エレインはいつもそう言っていた。
魔法使いの塔で、俺達はお互いに助け合い、誰よりも多くの時を過ごしてきた。
親元から引き離され塔で育てられた俺達には、お互いが家族のようなものだった。
『ノエルがいてくれて良かった!』
エレインはいつもそう言っていた。
そして、俺も心からそう思っていた。
エレインがいてくれて良かった。
エレインがいれば、他には何もいらない、と。
なのに。
――なのに!
エレインは、恋をした。
よりによって、敵国の王子に。
エレインがあの不遇な王子に向ける視線は、同情や友情ではない。
エレイン自身ですら気づいていなかったようだが、あれは、絶対にそんなものではない。
あれは、恋だ。
どうしようもないくらい残酷なことに、俺はそれを一瞬で理解した
――理解してしまったのだ。
新月の夜、エレインは魔法使いの塔から王子を逃がした。
エレイン自らが王子の手を取り、風の精霊王の力を借りて、魔法使いの塔の上から飛び降りた。
そして、新月の夜の闇の中に王子を逃がした。
エレインは、信じて疑わなかった。
王子は誰にも見つからずに、隣国へと向かったのだと。
捕虜である敵国の王子を逃がすことは、国を裏切る行為だった。
王子を逃がしたことが知れると、エレインはすぐに国から追われる立場となった。
追い詰められ、捕縛されたエレインは、王の前に引き立てられた。
そこで、見たのだ。
あの王子の亡骸を。
「どうして……」
目の前の光景が信じられないとでも言う様に、エレインは不思議そうにそう呟いた。
「エレイン・グレイス・ルルーシュよ。何故、我々を裏切った」
王が静かに問いかけた。
怒りに満ちた王の顔は、上気したように色づいていたが、その声はひどく冷たかった。
「裏切った……?」
「そうだ、其方はこの国を裏切ったのだ! この王子は、あの国の捕虜となっている我が国の数百の兵と交換する予定だったのだ。なのに、其方のせいで、多くの捕虜の命が失われることとなった」
血塗れで横たわる王子の亡骸を見下ろしながら、王は言った。
「其方が余計なことをしなければ、この者が死ぬことはなかっただろうに」
「私の、せい、で……?」
その言葉が、全ての始まりだった。




