表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

18 古い絵本と夢見の真珠

「大変お待たせ致しました! 毎度おなじみ、カーター商会の出張販売でごさいます!」



今日は月に一度のカーター商会の出張販売の日だ。


ルルとヴィクター、それからエドワードの歓声と拍手の中、アイルが優雅にお辞儀をした。


彼の今日の装いは、足首まで届く長さの白のチュニックだった。

下にはゆったりとした作りのズボンを履いている。

白い布を頭に被せ黒い紐で固定していて、いつもの赤い髪が耳の後ろに少しだけ見え隠れしている。

そんな砂漠の民のような装いのアイルは、いつものように部屋の中に運び込んだ大きな木箱から商品を取り出した。



「本日は美しい色が出る緑茶をお持ちしました。ルル様のお庭のミントの葉と白砂糖を合わせると、清涼感のあるミントティーが楽しめますよ。それから、カルダモンとシナモン、クローブなどで風味付けされた紅茶もご用意しました。これはたっぷりのミルクで煮出して濃厚なミルクティーにするのが良いでしょう。他にも、香炉やランプなど、ルル様がお好きであろう商品を沢山お持ちしましたので、ぜひ手に取ってご覧ください!」



アイルはそう言いながら、アラベスク模様の缶をいくつかテーブルに並べた。



「それから、ヴィクター様にはいつものアルジェンと、ピスタチオ、クルミ、アーモンドがたっぷり入ったナッツのクッキーを。一口サイズの揚げ菓子にシナモンシュガーをまぶしたものもごさいますよ。是非とも一口味見をしてみてください」



てきぱきと流れるような動きで、木の皿の上にクッキーやら揚げ菓子やらが乗せられていく。

味見と言っているが、かなりの量だ。


「さあ、どうぞ」


糸目のアイルがにっこりと微笑む。

彼は商人だが、こうやってヴィクターにお菓子を勧める時の様子は、甥っ子を可愛がる親戚のようだった。



「ルル、この揚げ菓子、すごく美味しいよ!」

「ふふっ、可愛いヴィクターがそんなに気に入ったのなら、それは絶対に買わないと。あら、この香炉は透かし模様がとても美しいわ」

「銀細工なので多少の手入れが必要ですが。とは言え、手をかければかけるほど、愛着が増すものですからね」

「素敵。では、これも頂くわ」



いつものように和やかな雰囲気の中で、ルルとヴィクターの買い物が続く。

そんな中、エドワードは、ある物から目が離せなくなっていた。



「エドワード様にはこちらをお持ちしました」



丁寧な仕草で、エドワードの前に押し出された物。

エドワードの視線を釘付けにしたそれは、一冊の古い絵本だった。



(どうしてこれがここに⋯⋯?)



それはかつて幼いエドワードが、寝る前に乳母から読み聞かせてもらっていた()()()()()()()()()

いつだったか、エドワードが一人でその絵本を読もうとして、誤って床に落としてしまった時に付いた傷が背表紙の下にある。


あの時、驚いて泣き出したエドワードの声を聞きつけて、乳母が血相を変えて部屋に駆け込んできた。

床に落ちている絵本を見るやいなや、エドワードは心配する乳母の手によって、どこにも怪我をしていないか丹念に調べられた。

エドワードが無傷であるとわかると、乳母は安堵のため息を付き、泣きそうな顔で『良かった⋯⋯』と呟いていた。




「古い絵本ですが、とても価値のあるものですよ。⋯⋯いかがでしょう?」


アイルの言葉に、エドワードは黙って頷いた。


どうしてこれが、今ここにあるのか。

気にはなったが、何故だかそれをアイルに問い質すことは憚られた。

一度でもそれを口に出せば、後戻りできない何かが始ってしまいそうだった。



「もちろん、これは頂くわ。エドワード様よりもこの絵本の持ち主に相応しい者はいないでしょうし」



そう言うと、ルルはエドワードに優しく微笑みかけた。


「⋯⋯ありがとう、ルル」


今のエドワードは、無一文だ。


この森の魔女の家に来てから、ルルには沢山の物を与えられている。

いつか必ず、その代価を返そうと、エドワードは心に固く誓った。





「さてさて、続きまして。本日の目玉商品はこちらでございます!」


そう言って、アイルが大きな木箱の中から、小さな箱を取り出した。

指輪が入っているような大きさの、真っ赤な天鵞絨の小箱だった


アイルが恭しく小箱の蓋を開けると、虹色に輝く真珠が三粒現れた。


「夢見の真珠だ!」


ヴィクターが興奮した声で叫ぶ。


「まあ、これは珍しいわね」

「東の湖の真珠たちが、ようやくやる気を出してくれましたので」


何のことかわからないと不思議そうな顔をするエドワードに、アイルが丁寧に説明してくれた。


「これは『夢見の真珠』と呼ばれる貴重な真珠です。東の湖に住む真珠の乙女たちが、満月の晩に湖面に降り注ぐ月光を手繰り寄せ、美しい歌声で丸く固めた物なのですよ。これを溶かしたお茶を飲むと、自分が見たいと思う夢を、必ず見ることができるのです」


「自分が見たい夢を? 必ず?」


「ええ、必ず。行きたい場所に行くことも、会いたい人に会うことも。どんな望みも夢の中では叶うのです。現実では受け入れてもらえない想いも、叶えられない野望も、夢の中では思うがまま」


「僕は以前、夢見の真珠で、アルジェンの池で泳いだ夢をみたことがあるんだよ!」


「それはそれは。何とも贅沢な夢ですね」


ヴィクターが得意そうに言うと、アイルがうんうんと頷いた。


「ふふっ、ヴィクターは本当にアルジェンが好きね。アイル、三粒とも全部頂くわ」


「ありがとうございます」


「やった! ねえ、ルル、今日のお茶の時に飲もうよ!」


「そうね、そうしましょう。エドワード様は、夢見の真珠は初めてですよね?」


「うん。その⋯⋯見たい夢を見るのに、何かコツのようなものはあるのかな?」


「コツですか? そうですね⋯⋯寝る前に目を閉じて、どんな夢を見たいのかを強く願えば良いのですよ」



目を閉じて強く願う。

それだけで、どんな夢でも自由自在。


ならば、とエドワードは思う。


今夜は、乳母の夢を見たい。


栗色の髪に優しい琥珀色の瞳、頬に薄くそばかすが散った乳母の顔を思い浮かべる。

微笑むと目尻に皺ができ、本人は少しそれを嫌がっていたが、エドワードはその優しい笑顔が大好きだった。

エドワードを心の底から大事に思っていてくれた、優しい乳母。

今はもうこの世にはいない、二度と会うことができない彼女と、夢の中で会うことができたなら。


(彼女と何を話そうかな。まずは、ありがとうと言って、それから⋯⋯)


エドワードは、今宵の夢で会えるはずの人に、もう一度この絵本を読んで欲しいと願うことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ