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16 名付けの縁と侍従への言葉

「信じられない……」


両手の上に乗っている、小さくてふわふわの生き物を見つめながら、エドワードは悲しそうに呟いた。


「こんなにも可愛いのに……」


エドワードの手の上の小さな真っ白い小鳥は、つぶらな瞳を潤ませるようにして、チュン、と小さく鳴いた。


「いくら可愛くてもそれは飼えないよ。すぐに大きくなって、エドワードなんて一口で丸呑みするようになるんだから」


「嘘だ……こんなに小さいのに……」




そうなのだ。

エドワードの手の上の生き物は、生まれてから半年ほどの間は、庇護欲をそそるような弱々しく儚げな姿をしている。

だが、次第に大きく成長し、生まれてから一年ほどでエドワードの倍くらいの大きさに育つ。


今はこんなにも無力な鳥に見えるが、これは立派な魔獣なのだ。




「すぐに森の奥に捨てにいかなくちゃ」


ヴィクターが腕を組みながら怒ったように言った。


ここはヴィクターの大事な森の魔女の家なのだ。

こんな危ない魔獣は一刻も早く家から出してしまわないといけない。



「そんな⋯⋯⋯⋯じゃあ、名前を付けてから⋯⋯」


エドワードがそう言うと、その時までずっと黙って二人のやり取りを見ていたルルが、おもむろに口を開いた。


「それはいけません」


「どうして?」


「魔獣に名前を付けると、縁ができてしまいます。人食い鳥との間に縁ができるなど、好ましいことではありませんから」


「人食い鳥…………」


いくらなんでもあんまりな恐ろしい呼び名を聞いて、エドワードは深くため息を付いた。



「ならばせめて、このまま私が連れて行こう」



飼うことが許されず。

名前さえ付けられないのならば。


少しでも長い間、この小鳥と触れ合っていたいのだから。




「そうですね、エドワード様に森の中まで連れて行ってもらいましょうか」


ルルが笑顔でそう答える。

きっと、エドワードの気持ちを汲んでくれたのだろう。


ルルはいつだって優しい。









森の奥深くへと向かう途中。

エドワードは、手の中の生き物の温かさにふと懐かしさを覚えた。


――あれはいつだったか。


こんな風に、手の中の温もりを大事に抱えて歩いたことがあった。





――そう、あれは。


エドワードが王宮の庭で、侍従のチャールズと隠れんぼをして遊んでいた時のことだった。


傍らの木の上の巣から落ちたのだろうか。

茂みの中で蹲っている小さな白い小鳥を見つけた。


生まれて初めての体験にエドワードは大興奮で、この鳥を連れ帰って部屋で飼いたいと言ってみた。

だが、それは叶わなかった。


フラフと名付けた鳥に、ごめんね、と謝りながら、後ろ髪を引かれるようにその場を後にした。

でも、どうしても忘れられず、一晩中、どうにかしてフラフを飼えないものかと寝ずに考えていた。


次の日。

エドワードは朝食を急いで食べ、チャールズが止めるのも振り切ってフラフの元に走った。


だが、フラフはそこにはいなかった。

必死にあたりを探したが、もう、どこにも姿が見えなかった。


フラフは何か大きな生き物に襲われて、跡形もなく食べられてしまったに違いない、とエドワードは泣いた。

泣きじゃくるエドワードをなだめようと、チャールズが必死に声をかけた。

きっと親鳥が迎えに来たのでしょう、一緒にどこかに飛んで行ったのかもしれませんよ、と。


だが、エドワードは、泣きながらチャールズに『嘘だ』と言った。


チャールズはいつもエドワードに色んなことを教えてくれた。

チャールズの言うことはいつだって正しかった。

でも、今回だけは、チャールズの言うことを信じる気になれなかった。


それからチャールズとどんな話をしたのかエドワードはもう詳しく覚えていない。

ただ、チャールズが悲しそうな顔をしていたことだけは覚えている。









「この辺がいいでしょう」


ルルがヴィクターの背の上でそう言った。


ヴィクターは今、元の姿に戻っている。

馬よりも大きい、銀色の毛皮の美しい魔獣フェンリルに。


心優しいルルが、万が一にでも、人食い鳥なんかを飼うなどと言い出さないように。

もしそんなことを言い出したら、すぐさま人食い鳥を丸呑みにしてやるのだ。


エドワードもヴィクターの背の上に乗せてもらっている。

この井戸の水に濡れただけで高熱を出すひ弱な人間は、リドフォードの森に慣れていない。


リドフォードの森は惑いの森。

自分の足で歩かせていたら、どんな悪しきものに狙われてしまうかわからない。

先日も紋白蝶のようなつまらない者に目を付けられていたのだ。


弟分であるこの元王子が傷つけられるなど、あってはならないことだとヴィクターは思っている。



ゆっくりと伏せた姿勢を取ったヴィクターの背から降りると、ルルはエドワードに言った。


「あの切り株の辺りにその子を置いて下さい」


「こんな目立つところに置いておいたら、他の生き物に狙われてしまうのではないかな……」


「大丈夫です。人食い鳥は強いですから。狼くらいなら負けませんよ」


「…………狼より強い? この鳥が?」


エドワードは、驚いてルルの顔を見る。


「人食い鳥ですからね」


ルルは、幼い孫に言い聞かせるように優し気な声でエドワードに言う。


エドワードは、大きくため息を付いた。

狼より強いだなんて。

それではエドワードなんかより、よほど強いではないか。



エドワードはのろのろと歩き出し、ルルが指差した切り株の前に立った。

そして、未練がましく手の中の真っ白い小鳥を見つめた。



「……では、元気で」



何と言っていいかわからないので、とりあえず、そう言いながら切り株の上に小鳥を乗せる。

ふわふわの羽毛を震わせた小鳥は、つぶらな瞳を潤ませるようにして、チュン、と小さく鳴いた。



ヴィクターに急かされて、ルルと再び背の上に乗る。

ヴィクターは、こんなところにはもう用はないとばかりに、すぐに走り出した。



エドワードはヴィクターの背の上で、後ろを振り返り、そして――


「止まって! ヴィクター!」


驚いたヴィクターは言われた通り足を止めた。

そして、エドワードが指差す方を見る。



そこには、見るからに獰猛そうな、大きな鷲のような鋭い嘴と爪を持った魔獣が立っていた。


「あの小鳥が危ない!」


「いいえ。……いいえ、大丈夫ですよ、エドワード様。……ほら」


ルルにそう言われても、俄かに信じられなかった。

このままではあの小鳥が食べられてしまう――エドワードは思わず、その魔獣の目を睨み付けた。


魔獣は、動かなかった。

そして、エドワードの方をじっと見つめていた。


しばらくその瞳を見つめているうちに――エドワードの脳裏に、懐かしい名前が浮かんできた。


「…………フラフ?」


自分でも、何故その魔獣に向かってそんな名前で呼びかけてしまったのかはわからなかった。


でも――でも。

この魔獣は、きっと――




フラフと呼びかけられた魔獣は、まるで返事をするかのように、キュルッと鳴いた。

大きな体にそぐわない、可愛らしい鳴き声。


「まあ、もう既に縁があったのですね」


ルルがため息をつきながら言う。


「全く。エドワードは間抜けなんだから。いつの間に魔獣なんかと仲良くなってるのさ」


自分も魔獣フェンリルであるヴィクターが、そんなことを言った。


「親鳥が迎えに来たようですね。エドワード様、あれが人食い鳥の親ですよ」


「……大きいね」


「さあ、もう良いだろう? 早く帰ってお茶をするんだから」


そう言うと、ヴィクターは、家に向かって走り出した。







リドフォードの森の中を、ルルとエドワードを乗せてヴィクターが駆けてゆく。


その姿を見て森の動物や妖精達がきゃあっと歓声を上げる。



エドワードは、今、無性にチャールズに会いたいと思った。

会って、言いたかった。


『やっぱりチャールズは正しかったね』と。


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