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14 満月の夜のリドフォードの森

満月の夜、リドフォードの森の奥深く。


月明かりが降り注ぐ中、きらびやかな光を纏った小さな妖精たちが、ひらひらと樹の上から舞い降りる。

透き通るような羽を輝かせ、花の蜜で作られた衣装を身にまとい、喜びにあふれた笑顔で。


やがて、森の動物たちも姿を現す。

木の葉で作られたマントを羽織り、木の実で飾られた冠を頭に乗せた彼らは、力強くも優雅な足取りで、妖精たちと手を取り合う。


満月の夜なのだ。

月の光はリドフォードの森の上に慈悲深く降り注ぎ、音もなく染み込んでいく。


どこからともなく聞こえてくる妙なる調べに、酩酊に似た喜びが掻き立てられる。

小川のせせらぎ、風のざわめき、虫たちの歌声が重なり合い、森全体が美しい音楽に包まれてゆく。


妖精たちは、軽やかに宙を舞い、動物たちは、大地を踏みしめながら力強く踊る。

月の光と樹の影が織りなす舞台で。


そんな風に喜びに満ちた森はやがて、月長石(ムーンストーン)のように内側から蓄えた光をほんのりと放ちだす。

そして、月明かりが木々の葉を銀色に染め、地面に光の絨毯が現れる。


それが合図なのだ。


空中に、蛍のように微かな光の粒が浮かび上がり、集まり出す。

それはゆっくりと形を変え、やがて美しい精霊の姿となる。


精霊たちは月の光を集めたような輝きを放つ。

その瞳は星を閉じ込めたように煌めき、見る者の心を揺さぶる。

仕草の一つ一つが見る者の心を魅了し――やがて魂が吸い込まれていくように、その甘美な微笑みから目が離せなくなる。




「なんて美しいんだろう」


エドワードはやっとのことで、言葉を絞り出した。

それを聞いたルルは、安心したように微笑んだ。


「エドワード様が森に攫われなくて良かったです」

「森に、攫われる?」


ルルの謎めいた言葉に、エドワードは少し首を傾ける。


「満月の夜の精霊の美しさは、見る者の魂に語りかけ、心の奥底に眠る感情を呼び覚ますのです。満月のリドフォードの森の中にいると、過去も未来も忘れ、ただただその美しさに心を奪われ、永遠にこの中に留まりたいと願ってしまうのです」

「わかるような気がする。今夜の森は夢のように美しいから」


エドワードはそう言って、再びルルに目を向ける。


「ルルもだね。金色の髪に緑の瞳で、なんて美しいんだろう。そんな風に姿が変わったのは、満月の夜だからなの?」


今夜のルルは、いつもの姿――茶色がかった金髪と薄い緑色の瞳ではなかった。

輝く黄金の髪に、透き通る緑柱石の瞳。

人ならざる者のような美しさ。


「そうですね。満月の夜のリドフォードの森では、人は生まれ持った魂の姿になるんですよ」

「そうなんだね。では、ルルの魂はこんなにも美しいんだね」

「ありがとうございます」

「あ、でも、いつものルルも私は好きだよ。優しいルルに似合っていて」


突然、そんなことを言われてしまった森の魔女は、一瞬驚いたような表情になったが、すぐにいつもの柔らかい微笑みを浮かべた。


「嬉しいこと。エドワード様はなんてお優しいんでしょう」

「別にお世辞で言っているわけではないんだけど。本気で言ってるんだけどな」


エドワードが少しだけ困ったような顔になる。


「ところで、『満月の夜のリドフォードの森では、人は生まれ持った魂の姿になる』って言ったよね?」

「そうですね。真の姿が現れる夜ですから」

「⋯⋯では、どうして私の姿はいつもと変わらないんだろう」


エドワードは困惑したように眉を下げる。

それを見てルルは嬉しそうに顔を輝かせる。


「いつもの姿が、エドワード様の本当のお姿なのですよ」

「そうなんだ。変身できる良い機会だと思ったのに、少し残念だな」


そんな風に残念そうな様子のエドワードを見つめ、小さな声でルルが呟いた。


「⋯⋯⋯⋯だからこそ、あなたをまた見つけることができた」


「え? ルル、何か言った?」

「いいえ、何も。そんなことより、見て下さい、エドワード様。ヴィクターがとてもはしゃいでいますよ」

「本当だ。あんなに速く走って、あとで疲れてしまわないかな」


今夜のヴィクターは、本来のフェンリルの姿に戻っている。

巨大な狼のような、銀色に輝く毛並みの、鋭い爪と牙をもつ大きな獣。


月の光を浴び、強靭な四肢で大地を蹴り上げ森を駆け抜けるその姿は、見る者に畏怖の念を掻き立てる。

その気高く神々しい姿が本来の彼の姿なのだと思うと、エドワードはなんだか不思議な気持ちになった。


「これはこれで素晴らしいけれど、いつものヴィクターの方が私は好きかもしれない」

「まあ、エドワード様。奇遇ですね。私もなのです」


そんな風に話しながら風を切り裂くように森を走り抜けていくヴィクターの姿を見守る。

彼が走り抜けた後には、星屑が振りまかれたように光の道が現れた。

森の妖精たちが、嬉しそうにその光の道の周りを飛び回っている。



「さてと、そろそろ、良い頃合いかしら」


ルルはそう呟くと、両手を頭の上に伸ばし、目を瞑った。

次の瞬間、ルルの両手から金色の光が溢れ出た。

その輝かしい光は瞬く間に周囲に広がっていく。


その眩しさに思わず目を瞑ったエドワードが、再び目を開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。


いつの間にか現れた大きなテーブルの上に、まるで王宮の舞踏会のように飲み物や食べ物が置かれていたのだ。


「月の雫のお酒、花の蜜のシロップ。星屑で作られたお菓子や、祝福に漬けこまれた木の実もありますよ。森の魔女ルルからの振る舞いです。どうか受け取って頂戴」


いつもの気さくなルルとは明らかに違う、どこか気高さを感じられる声が、森の中に響き渡った。


集まって来た妖精や精霊、動物たちは歓声を上げながらテーブルの周りを飛び交っている。


「エドワード様にはこれを」


いつの間にかルルが手にしていた青く透き通るグラスを渡され、エドワードはまじまじと中身を見つめた。

金色の光の粒が炭酸水のように弾けている。

爽やかな檸檬のような香りが鼻をくすぐる。


「美味しい!」


エドワードが思わず叫ぶと、ルルが人差し指を唇に当て、微かに微笑んだ。


「それは月の光の祝福が込められた特別なもの。妖精たちに見つかると大騒ぎになるので、こっそり飲んで下さいね」


エドワードはこくんと頷くと、言われたとおりに静かにグラスの中身を飲み干した。

本当は大声で「なんて美味しいんだ!」と叫びたい気持ちだったのだが。

妖精達に羨ましがられて、大騒ぎになるのは困る。




いつの間にか夜が更け、満月が空の一番高いところまで昇っている。

妖精は手を取り合い、輪になって踊り始めたようだ。

精霊たちはおしゃべりに忙しそうだし、動物たちはルルの振舞った酒やお菓子に夢中になっている。


満月の夜のリドフォードの森。

エドワードはいつの間にか、ルルの手を取り軽やかにステップを踏んでいた。


「新しい靴を買ってもらって良かった。ありがとう、ルル。おかげで今夜は一晩中踊れそうだ」

「それはようございました」


ルルは心から嬉しそうに返事をした。

その笑顔を見つめていると、エドワードはひどく懐かしい気持ちになった。


遥か昔。ここではないどこかで。

こんな風に誰かを見つめていたことがあったような――


湧きあがる気持ちは満月のせいなのか。

それとも先程の飲み物のせいか。

それとも、魂の記憶のせいなのか。


いずれにせよ、今夜は満月なのだ。


――今はただ、喜びの中で踊ることだけを考えることにしよう。


エドワードはルルと二人で、軽やかにステップを踏み続けた。




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