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10 おとぎ話の続き

アルグランド王国のとある子爵家に、それはそれは美しい娘がいた。

名をセシリアという。


その娘が産まれた時、あまりの愛らしさに多くの精霊や妖精が集まり、次々に祝福を授けていった。


ある妖精は「優しさ」を。

またある妖精は「気高さ」を。

また別の精霊は「賢さ」を。


幸せになるように。笑顔に満ち溢れた一生を送れるように。

この娘の歩む道が、いつでも光り輝き決して迷うことのないように。


そんな人ならざる者達の祝福を一身に受けたセシリアは、両親や二人の兄達にも愛され、すくすくと成長していった。


そして。

セシリアはいつしかこの国の第三王子、ローレンスと恋仲になった。


セシリアは子爵令嬢で、第三王子の妃になるには身分が少しだけ足りなかった。

だが、ローレンスはセシリア以外の女性を妃に迎えることを拒んだ。


心優しく、気高く、賢いセシリアを、いつしか王や王妃を始め、大臣達や多くの貴族達がローレンスの妃にふさわしいと思う様になった。


やがて彼女は国中から祝福され、第三王子ローレンスの妃となった。


多くの妖精や精霊の祝福を受けた子爵令嬢と、麗しい王子の恋。

まるで本物のおとぎ話のような二人の婚姻に、国中が祝福した。


そして。

幸せな日々を過ごす中、二人の間に男の子が生まれた。

男の子はエドワードと名付けられた。


エドワードが生まれてすぐの頃。

ローレンスの兄達が相次いで亡くなった。


当時王だった上の兄は戦争で。下の兄は病死だった。

第三王子だったローレンスは、自分でも何が何だかわからないまま、王位を継ぐことになってしまった。


折しも隣国との戦争中で、兄である王の死はこの国を敗北へと誘うきっかけとなるはずだったのだが。


隣国の大公は、自分の妹をローレンスに王妃として嫁がせることを条件に、和平を結ぶことを申し出た。


そして。

隣国フォレスタ公国から、公女が嫁いできた。

公女は『王妃』と呼ばれ、セシリアは『側妃』と呼ばれるようになった。


隣国から嫁いできた公女は、子爵令嬢だったセシリアよりも下の身分に置いて良い立場の者ではない。

それに、セシリアは王妃としての教育も受けていない。

公女を王妃として迎え入れる以外の道はなかった。


セシリアは、西の離宮へ追いやられることとなった。


夫に自分よりも優先される立場の妻ができたことに絶望し、西の離宮で寂しく過ごすうちに、だんだんと心を病んでいった。

そして、エドワードが2歳になる前にはもう、すっかり正気ではなくなった。


エドワードは母親から離され、乳母と侍従達によって育てられることとなった。







西の離宮に、セシリアの美しい歌声が響き渡る。

聞く者の心にすっと沁みこむような、澄んだ美しい歌声は、生まれた時に授かった祝福の一つだ。


「セシリア」


ローレンスが声をかける。


「ローレンス様」


振り返り、嬉しさを隠しきれないといった表情で、セシリアが応える。


「今日はとても調子が良いようで、朝からこうして庭で過ごされております」


ローレンスの背後に立つ侍女が、視線を落としたまま小さな声で囁く。


「見てくださいな! お庭の雪柳が満開になりました!」


雪柳はセシリアの一番好きな花だ。


「花が咲き始めると、ああそうだ、これは雪柳だったと思い出すのだけれど。花が無いときは雪柳であることをすっかり忘れているのですよ」


小さな白い花が枝いっぱいに咲き誇る雪柳は、頼りないように見えて意外と枝が丈夫だ。

侍女がハサミで切り取った枝を数本抱えながら、セシリアが呟く。


「薄情ですよね、一番好きな花だと言っておいて」


その言葉は、自分自身に向けたものか、それとも――



「この子が産まれてくる頃は、何の花が咲いているのかしら」


目を閉じ愛おしそうに腹に手を置いた後、セシリアはローレンスの方を見てにっこりと微笑んだ。


「そうだね。美しい花が咲いていると良いのだが」


ローレンスはそんなセシリアに優しく応える。


セシリアの腹の中に、子はいない。

この先も、子ができることは無いのだ。


王の座を争う者は、これ以上必要ない。

王となるのは、王妃が産んだ第二王子と決まっている。

もしこれ以上、王子が必要なのだとしたら、それは必ず王妃の産んだ子供でなくてはならない。



セシリアは、過去の時の中を彷徨っている。

セシリアの腹の中の子供は、もうとっくに産まれている。


だが、セシリアは、自分の腹の中にまだ子供が宿っていると信じている。


自分は第三王子の妃で。

ローレンスは第三王子で。

自分だけを愛してくれる優しい夫で。


世界はセシリアに優しく、毎日が幸せに満ち溢れていて。


生まれてくる子供の為に、こうして大好きな雪柳の咲き誇る庭で歌を歌っていると、幸せのあまりめまいがしそうになる。


時折、何かとても大事なことを忘れているような気がして、涙が溢れて止まらなくなるが。

ひとしきり泣いた後で、ローレンスに抱きしめてもらいながら眠れば。

また、セシリアに優しい世界が戻ってくる。


そして。

あの日、王宮のバルコニーから、集まった人々に手を振り、目が合った瞬間思わず微笑んだセシリアとローレンスは。


世界で一番幸せな、おとぎ話の主人公のよう。


西の離宮の側妃と呼ばれるようになった今でも、セシリアのおとぎ話は続いている。















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