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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

色なき風

色なき風 A

作者: こたろー

少しだけ暑さの残った秋の日だった。

一誠さんは折角原稿が早く上がったんだ、休みぐらいよこせと上司に食って掛かり意気揚々と帰っていったのを今でも覚えている。

いい加減な彼と違ってスケジュール管理をしておけば日々そんなにという僕は、いつも通り少しばかりの残業をして

「酒がもうないんだっ」

「ツマミが食べたいっ!」

とわがままをいうであろうことを見越して、ビールと簡単なツマミが作れるだけのものを買って帰った。少しまだ暑いけど折角仕事に一区切り着いたところだ、彼の好物の天ぷらでも揚げるかなと、そんなこと考えながら家に着いた。


帰ると部屋はいつも通りであった。

少し開けている窓に、秋風が吹いている。

暗い部屋の中ではよく分からないバラエティーが今日もやかましい。

一つだけ違ったことは、いつも聞こえるうるさい声が何度呼びかけても返ってくることなく、会社にて

「早く帰ってこいよっ!あやちゃんっ!」

と子どものような笑顔でいった割には、あまりにも間抜けそうな顔で僕の帰りなんか待たずに遠くに行ってしまったということだ。


それからはただ慌ただしく過ぎていった。

まだ彼を失いたくなかった僕は、急いで救急車を呼んだが既に彼は冷たくなっていた。

以前聞いていた彼の母の携帯に電話をかける。

元々いつ死んでもおかしくないような働き方をしてた人だ、彼のご両親に責められるわけでもなく、貴方といた数年間はすごく楽しそうだったのどうもありがとうなんて言われる始末だ。

表向きは恋人ということを隠し、いい加減な一誠さんを管理するためにルームシェアをしてると言う事だったがご好意で葬儀にも参列させて貰えた。

泣き崩れたらどうしようなどと考えていたが、不思議なことに何一つこぼれることなく全てを終わることができた。

しばらくして納骨も終わり、彼のご両親が遺品を取りに来た。

ご両親と共に2人で住んでた家を整理し、仕事に使いそうなものは形見分けとして僕が頂いた。

ついこの間まで彼が寝てたでっかいソファーに横になってみる、いつも彼が寝てるから僕は横の1人掛けに座っていた。

テーブルの方に視線をやると1本だけ吸われた一誠さんのタバコがある。

そういえば忙しさのあまり家の中をまじまじと見たのは久しぶりだなと思った。というより今までそこにタバコがあったことすら気が付かないぐらい、僕は忙しくすることで彼の居なくなった穴を埋めようとしていた。

それに気がついたら余計に虚しくなり一服しようと思ったが、僕のタバコが見つからない。

一誠さん1本貰うねといい頂戴しようとしたが、なんだかこれは彼があの世に持って行ける最後のものな気がして僕は先日聞いたお墓に初めて足を運んだ。


これをお墓にお供えしたら僕達何も残らなくなるのかな、そんなことを思うと最後に一誠さんの匂いが嗅ぎたくなった。

いっつもお互いに臭いと言っていたが、大好きだった一誠さんの赤マルの匂い。

未練がましいなと思いながら、1本貰うねといって彼のタバコをもらい、彼には僕を忘れて欲しくないと思って僕のタバコを渡した。

火をつけて吸い込む、2ヶ月以上たってるタバコだめちゃくちゃ美味しくない、さらに言うと普段僕の吸ってるもの倍以上の重さだ、僕はむせ返ると同時に涙か止まらなくなった。むせたせいでなく、やっと感情が吐き出せたのだと気がついた時には、僕は声を出して泣いていた。

そしてそこにはいつも臭く感じていた一誠さんのタバコの匂いだけが残っていた。



思い出せばあの日も同じ匂いがしていた。

僕があまり好きでない匂いをまとったその人が僕の指導係だという。名前は川端一誠、名前に似合わない不誠実そうないかにもサボり魔といった見た目を彼はしていた。

「麻野あや……?お前ほんとに男か?」

これがその男が発した初めの一言である。僕は一瞬でその人に対してなんの感情も抱かなくなった。

僕の名前は綾と書いてりょうと読む、昔からこれで何度いじられてきたことだろうか。

当初、女の子として産まれてくる予定だった僕は、出てきたら男だったため字をそのままに読み方だけ変えたらしい。

この名前のせいなのか、僕の生まれ持った性格のせいなのか僕はあまり人に関心がない、人を愛するということもいまいちよく分からないまま28年生きてきた。

ただ、高校生あたりから女性に興奮するのではなく、男性に興奮することを知ったあたりから僕はより自分が嫌いになり、人に関心を寄せる、もっと言えば人を好きになるということがある種の恐怖のように感じていた。


名前を間違えて読むような人とは関わらなくていい、ある時から僕が自分の中で決めたルールだ。でも、そのルールに縛られていたせいか新卒で入った大手の出版社は希望していた文芸部門配属になったにも関わらず、人間関係が上手くいかず部署の中で孤立し、気がつけば興味のないファッション誌の方に飛ばされていた。関心のない出来事で仕事なんてできるはずもなく、僕はただ窓際に追いやられていた。そんな時にこんな僕を可愛がってくれていた作家さんから一誠さんのいる出版社を紹介された。規模としては今いる所よりもすごく小さい、その分ブラックだが文芸一本のため面白い作品を世に出している会社だ。

僕は迷うことなくその会社に転職したが、まさかこんな人が上司だなんて……。

この人に文学の美しさなんか分かるはずがない、無精髭に伸びた髪、見るからに粗雑なその男に美しい文学を作る手伝いなんてできるわけが無いと僕は思っていた。

「教育係になる川端一誠だ!よろしくあやちゃん!!」

そう言って挨拶してきた男がまさか作家さんが

「君にとっていい刺激になる」

と言ってくれたその人だなんて、より不快だ。


この会社では二人一組で複数の作家さんを担当しているそれぞれが割り振りを決めて仕事をこなしていくのだが、彼は見ての通りの男だった。

スケジュール管理はできていなく、原稿が遅れるのが作家さんのせいでなく彼のせいなことが多い。そしてよくサボる。同業他社出身ならこれぐらい分かるだろうとすぐどこかに消えるのだ。しかも規模の小さい会社ならではというべきか、編集のはずが営業もしなくてはならなくてそれが僕にとって極めて苦痛だった。

彼はどちらかと言えば編集というよりも営業マンの方が向いてるのだろうか、彼が担当している作家さんは軒並み売れている。

中身が良くてもマーケティングが上手くなければ売れないのがこの世界の実情、それで年間何人の人間が筆を折って別の仕事を始めるだろうか、思えば前の会社はそういう筆を折った人達が編集としてゴロゴロいた。

「こんなもん上げてくんなよ……。俺の方がよっぽど……。」

なんて言葉が聞こえてくることは日常茶飯事である。僕みたいに文学部出身というだけでものを書いたことをない人間は、いい作品を生み出さないクズだと言われても仕方ない環境だった。苦い記憶だ。


仕方なしに押し付けられた営業も一誠さんを見様見真似でやっていると、元々不器用でない僕はなんとなくそれなりになっていたのである。僕のやった事ないことだけは彼は丁寧に教えてくれる。ただ、僕ができることが増えていけばいくほど

「ほら!俺の教育がいいからどんどん伸びてるでしょ!あやちゃんが元々優秀なのもあるけどやっぱり俺の力でしょ〜」

と声がでかい、うるさい、いちいち肩を叩くなって言いたくなるほどに彼は僕に構ってくる。そしてその分サボりが増えるのは正直いって迷惑だ。僕の1番嫌いな人種が上司だなんて、やっぱり僕は呪われているのかもしれない。


ある日、また一誠さんがサボってどこかに行っていた時だ。彼が編集を担当する作家さんから電話があった。僕もスケジュール管理と営業の方で面識はあるので、彼に伝えるという名目で編集の仕事を少しだけやったのだ。本来であれば手を出すべきでないことはわかっていてもあの粗雑な男にできるんだから、大手にいた僕にできないわけが無いと僕は天狗だったかもしれない。

初めて彼が編集した文章に触れた時、その繊細さに僕はとても驚いた。作家さんの意図を曲げることなく、より読者にとって美しく読める文章に彼は作家さんと共に作り上げていた。僕にできることはせいぜい誤字脱字の修正と、展開に対するダメ出しだけである。彼はそれ以上に作品をより高みに昇華する方法を作家さん達と模索していた。

こんなことしてたらスケジュールなんて間に合うはずがない。

電話口から

「麻野くん、聞いてる?川端くんに伝えてくれるかな?ねぇ、麻野くん??」

という声が聞こえて僕は我に返った。僕は彼の赤が入った原稿にどれだけ釘付けになっていただろうか。

彼を嫌う人もいるけど、彼を信頼する作家さんも多くいると言っていた社長の言葉を思い出した。僕はこの時彼のことを少し見直したというか、もしかしたらこれが僕が彼に対する好意の始まりだったのかもしれない。



一誠さんのと仕事しだして既に半年がたっていた。当初よりは僕も彼のことを毛嫌いすることなく、最近では編集のことを色々と話をするために飲みに行くぐらいにはなっていた。2人とも文学は好きだから、職場だろうが飲み屋だろうが話し出すと喧嘩の手前までいくことなんてざらである。

一誠さんは僕の7つ上で今年35歳。僕よりも背は低いががっちりとした体をしているので僕より大きく見えることがよくある。彼は僕の方が背が高いのが気に食わないのか、酔っ払うとすぐ頭を叩いてくる。

「上から見てんじゃねぇ!縮め!くそっ!偉そうに!」

いつもそう言いながら叩いてくる手は力強く痛い。だが、ハラスメントですよねと言うとごめんと言って小さくなる。少し前からそんな彼のことが可愛く見えて仕方ない。未だにあやちゃん呼びなのが腹が立つが、彼も僕のことをよく可愛がってくれ最近は

「麻野くんにチェック頼みたいけどいいかな?」

なんて言ってくれる作家さんも増えてきた。こういう時もなぜか一誠さんは嬉しそうである。俺が育てたんだからと言葉にしなくても目で伝えてくる。腹立つが可愛い。

彼に上司部下としての感情以外をもってはいけないことはわかっている。僕は日々解消できないそのなんとも言えない感情を、彼によく似た体格の男達と夜を共にすることで解消しようとしたが、膨らむばかりである。

きっとこの人はその見た目と仕事のハードさのせいで彼女ができないだけのノンケだからと諦めているのに、彼に触れて、彼の作る文章に触れる度に自然と惹かれていく。悔しいと思う自分がいた。



そんな一誠さんによく怒られることがある。彼は忙しい時、その体に見合わないような食事で済ませることが多い。特に昼食だ。

栄養剤だけや、カロリーメイトだけ、激甘の缶コーヒーでカロリーは取ったからと済ましてしまう。そんな彼がお昼ご飯を食べてる僕によく突っかかってくるのだ。

「あやちゃんさー、こんだけ忙しいんだよ。なのになんだよデスクでお弁当広げてゆっくり食べてさ!さては女だな!女に作ってきてもらってるから見せつけるように味わって食うんだろ!!」

言いがかりだ。

第一お昼ご飯を食べる時間が作れないのは、一誠さんがスケジュール管理めちゃくちゃな上に頼まれたら断れない性格のせいである。

それに比べて僕はスケジュールをしっかり組みたてて、忙しい中でも昼食の30分はきっちり確保する男だ。それができない方が悪い。無視して食べ続けようにも目の前で女かー女かーとうるさい。

「毎朝自分で作るんですよ、昨日の残りとか詰めるだけですけどね。てか、食事は人間の基本なんですからその時間を削るのは人として愚かです。人間が貧しくなるもとですよ。」

あんまりにもうるさいので一通り文句を言ったあと、口に卵焼きを突っ込んでやった。文句を言うまではよかったがその後が失敗だった。

次の日からあの人は僕のおかずを一品必ず盗むことが新たな日課となってしまった。


僕もひとつ怒っていたことがあった。サボり魔をどうやって退治するかについてだ。

サボり魔の一誠さんをデスクに連れて戻すのも僕の仕事になっていたから尚更イライラする。


いつものように逃亡する一誠さんを僕はなんとしてでも捕まえるために彼の行動をよく観察した。

一誠さんは他部署とのコミュニケーションめ大事ーといいながら上手に周りの前をかいくぐってサボりに行く。実際業務は何一つ片付かないのだ。何度か阻止しようとしては失敗してを繰り返してるうちに他部署の方が最終的にあの人がどこでサボっているのか教えてくれたのである。会社から少し離れたタバコ屋だ。中に座るところがあり、空調も効いている、サボリーマンが上手にサボれるよう店主が工夫をし中を覗けないそうにしているらしい。僕は数日かけて店主と仲良くなり彼と別ルートで先回りして待ち伏せすることにした。

いつも通り、僕や周りの目を上手く欺いたと思って意気揚々と一誠さんは中に入ってきた。そしているはずのない僕がそこにいることに気がつくとかなり驚いていた、というより顔をひきつらせていた……。そんなにも恐ろしい顔をしていた覚えは無いが、こんなにも執念深いやつだとは思っていなかったのだろう。固まっている一誠さんに向かって僕は

「川端さんは他の人にもとやかく言われたくないからって、色々寄り道しながら仕事してるフリしてタバコ吸いに行きますよね、戻ってくる時いっつもタバコ臭いからどこでサボってるかめちゃくちゃ探しました」

と息切らしながら言った。別ルートは非常階段しかないため待っている間でも息は整わなかった。

一誠さんはわかったわかったといいながら、お互い1本吸ったら帰ろうといってこの日以降少しだけサボり魔を改善してくれた。

さすがに僕もこの労力は一誠さんのサボりを無くすにしても無駄過ぎると考えて、サボりに行く直前に釘を刺すぐらいでやめるようにした。ただ、一誠さんの方が一枚上手だった。ある日突然

「あやちゃんは頭硬いから面白い編集ができないんだっ!」

といわれ、何故かサボりに連れ出されるようになった。でもそれもなんだか悪くなかった。前の僕じゃ考えられなかっただろう。


一誠さんと仕事をするようになって1年半たっただろうか、最近の彼はとても忙しそうである。僕の教育係はとうに終わっていたが、部長がお前ら仲良しだからそのままペアねといって僕らは一緒に仕事していた。

ただここ半年、他の人が体調を崩したりで仕事を減らしているせいか一誠さんが1人でそれをカバーをするという暴挙に出ている。

僕が手伝おうとしても

「あやちゃんは俺のカバーをしっかりしてもらわないとだから!」

といって手伝わせてくれない。確かに二人でやる仕事も半年前に比べたら増えている。ただ、あの一誠さんがサボりをせず、僕のお弁当のおかずも盗みに来ず、走り回ってる状況は異常だ。

何度か部長に、僕も単独の仕事を増やしてもらえば一誠さんの負担が減るはずと言いに行ったが川端がそれはダメだって聞かないんだよーとそればかりか

「あやちゃーん、ごめんなー気遣いさせて。もうちょっとしたら一山超えるからそしたら飲みにいこーぜっ」

といって一誠さんがさらに走り回る。同じ仕事をしてるから、一山超える時期も分かる確かにもうそろそろで落ち着くし、人も復帰してくる。そしたら僕の奢りで飲みに行って、もう少し僕のことを頼ってほしいと言えばいいかなと思っていた矢先のことだ。

一誠さんが作家さんのお宅で倒れて救急車で運ばれたと会社に電話が入ったのである……。



一誠さんは過労だった、見るからに屈強そうな一誠さんが倒れるなんてと作家さんが驚いていた。久々にゆっくり見た一誠さんの顔は少しやつれてる、体も少しばかりか痩せている気がする。上司は医者にこっぴどく叱られたようだ。

目を覚ました一誠さんとそのご両親に何度も謝っている。

ただ、一誠さんもご両親も自分がいいっていったんだから気にしないでくださいと笑っていた。一誠さんはすぐにでも会社に戻るつもりでいたが倒れた時に頭を打ったのと、体調の不安があるからと検査も含め医者から2週間の入院を言い渡された。子どものように拗ねる一誠さんと一緒に今は彼のいない間のスケジュールを確認している。もう少しで山を超えるから、遅れさせる訳にはいかない。一人で捌いてやると思っていたら

「あやちゃん、顔怖いぞ。俺が戻った時に今度はあやちゃんが倒れましたってなったら俺怒るから。」

と笑ってはいるが声色と目が怒りを隠せてなかった。本気で殺されるとその時感じたので、その場では自分の仕事以外は無理しないと約束したが、会社に戻って僕は彼に嘘をついた。もちろん他の社員や部長にも止められたが一誠さんの戻ってくる2週間だけ、良くも悪くも彼の癖を知ってるのはペアの僕だからと言い続けるとみんな諦めたように納得し、手伝えるところはみんなで死に物狂いでということで仕事を行うようになった。


僕はなんとか悟られないように極力彼からの電話にも出るようにしていた。

全く暇人なのか、心配してなのか日に何度も

「あやちゃーん、むりしてなーい?」

と小馬鹿にした声で電話をかけてくる。本来それに怒ってもいけないのだが、忙しかったせいもあると思う僕は彼に

「忙しいです、うるさいです、喋る暇あったらさっさと治して会社出てきてください。」

と彼に言った。言って直ぐに謝ろうとしたが

「あー、だよな。ごめんな。仕事よろしく」

とだけ言って一誠さんからそれ以降電話がかかってくることは無かった。

今ならわかる、電話は彼なりの気遣いであったことも、僕の物言いで腹が立って電話をかけにくくさせてしまったことも。

ただ、この時の僕は一誠さんに安心して欲しくて、頼って欲しくて、それを示したくて必死だったのだ。


気がつけば2週間なんてあっという間の事だった。この間、服を取りに帰る以外家には帰っていない。会社近くのサウナでシャワーを済ませ、休憩室に寝袋、この業界よくあることにしてももはや令和の時代、周りも心配する程であったが、一誠さんが戻ってきても彼に無理をさせなくていい所まで持ってこれたそんなふうに思ってコーヒーを入れてデスクにデスクに戻ろうとしたところだった。


仕事が気になって仕方がなかった一誠さんが早朝のオフィスにいた。彼がそこにいることが嬉しかった僕とは違い、彼は彼のデスクと横にある僕のデスクを見て泣いていた。

彼が目にしたものはスケジュール通り終わった僕らの仕事と、癖をわかった上で僕が編集したものだった。この時なんで泣いていたか、最後まで一誠さんは教えてくれなかったけど、なんとなくこう思ってるんじゃないかと思って意地悪をすることにした。

まだ僕の存在に気がついてない彼に対して

「1人で大変だったんですから、二度と倒れないでくださいね、僕たちは2人で1人なんですから」声にびっくりした一誠さんは驚きながらも泣き顔を拭いて誤魔化してる。

そんな彼に僕はさらに意地悪をした。いや、僕もきっと彼に対して抑えられなかったのだと思う。

「僕、頑張りましたよね」

といって後ろから彼に抱きついた。

彼はすぐに僕の方を向くと

「あやちゃん!!ごめん!!ありがとう!!」

なんとも彼らしい力強くて声のでかいハグだった。


後から一誠さんが教えてくれたことだが、入社すぐの僕を見た時点で一誠さんは僕のことがタイプだったらしい。

ただ、どう見ても最近の若者である僕はきっとノンケだろう、そうじゃなくても自分みたいなおじさん興味もないだろうと思っていたらしい。

お互いに同じ方向を向いた感情が1つになるのにはそう多くの時間を必要としなかった。

クリスマスの頃には彼からの激しめなアプローチを受け、僕らは付き合い始めた。お互いいい歳だ。それなりのこともしてるのにどこかに泊まることになっても手が出せないのである。手を繋いだり、キスをすることがやっとだった。本当に好きな人には手が出せない、上手くいったものだ。体の相性で嫌われたらどうしようなどという、どうでもいいことで僕も彼も踏み込めないでいた。付き合って3ヶ月、僕らはお互いのポジションも知らぬまま、キスをして抱き合って寝るという今どきの高校生でもしないようなことをしていた。

そしてそんなある春の日だった。部長が変なことを言い出したのである。感だけはいい人だ僕が一誠さんの分まで弁当を作ってきてる辺りでなにかを察したのかもしれない。

「川端がまた無理しちゃいけないし、麻野がしっかり管理すればコイツも最近無茶しなくなったしさ。お前らどーせ独りなんだから相手見つかるまでルームシェアでもしたら?流行りだろ?」と

お互い、いつかは一緒に住みたいねと話していた。ただ、同じ会社にいる以上変な噂が立つのもといって同じ電車を使っていても怪しまれない郊外の物件を探していたところだ。

部長のナイスアシスト?のおかげで僕達は会社からもそう遠くないところに部屋を借りた。商店街も近くなによりそれぞれの部屋があることが、この仕事をしてる僕らにはありがたい物件だった。

引越しも終わり、初めて二人の寝室に入った時に僕達はついに体を重ねることになった。この時僕は自分がウケをする覚悟をしていたが、まさかの逆であり僕の理想そのものであった。

彼の体は彼を思って抱いてきた他の男よりもさらに美しくしなやかで、たくましかった。

それでいてものすごく愛おしい。こんな日が来るなんて、僕は考えていなかった。

そしてこれもぼくらゲイの性なのか、それとも僕と彼独自のものなのか。一誠さんも同じことを思っていたらしい。つくづく僕らというのは内面に同じものを持っているが外面として向くベクトルが違う、変な似た者同士ということがわかった一夜だった。

気がつけば彼と出会って2年経った春の日だった。この時はこのままずっと続けばいいと思っていた。


それからの僕らというのはビジネスの上ではとても良いパートナーであり、プライベートはどこにでもありふれたカップルだったと思う。

唯一違うのは文学の解釈が一致せず、2人でよく飲みながら喧嘩をしたということぐらいだろうか。

付き合うまではしらないことが沢山あったが、不思議と食べ物の好みや読むもの聞くものなど一致することが多かったように思う。

だけど、やはり彼よりは僕の方が知らないものが多く、彼のおかげで様々なものに触れる5年間だった。

初めてアーティストのライブに行ったのも彼、友達とゲームをするのに誘ってくれたのも彼、急に勝手に休暇を取らされたかと思えば、雪山でスノボをさせられて全身筋肉痛にしてきたのも彼である。


また、愛のあるそれがこんなにも素敵な事だと教えてくれたのも彼である。普段は僕のことを「あやちゃん」とふざけて呼ぶくせにその時だけ

「りょう」と彼は僕を呼ぶ。

僕も僕で「いっせい」と彼のことを呼ぶから

お互いを呼び捨てにするのはその時だけと

二人の仲でそういうことがしたい時の合図のようにもなっていたかもしれない。

少しずつ二人のおそろいを増やしていき、お互いのゲイ友達も混じえて遊んだり、うちでご飯を食べたりと公私共に充実していた。


それがまさか突然こんな日が来るなんて誰が思っただろうか。

健康診断だって、毎年2人とも問題はなかった、一誠さんの方がお酒はよく飲むので少し気をつけることは多かったかもしれない。

仕事量も2人でさばくにしては確かに多かったかもしれないが休日出勤や持ち帰り仕事もすることないよう、お互いに気をつけてベストを尽くしていた。

知り合って7年、付き合って5年確かにお互い中年といわれれる歳になっていた。それでもこんな別れはあまりにも惨い……。

僕が彼にできることはなかったのだろうか、どうしたらもっと彼と幸せに過ごせただろう。休みの日はそんな考えを巡らせ、仕事の日は何も考えないようにするために、彼の癖に僕の癖を足した文章を作家さんに提示し、いいものを作っていった。

二人でできなかった結果が、彼を忘れないようにするために必死に文字にしてきたことによって得られてしまったのである。

「あやちゃんがここまでになったのは俺の指導の賜物だろー」

「一誠さんがスケジュール管理ができるようになったのも僕のおかげですかね、今でもいい加減ですけど遅れるよりはいいです」

といって2人と作家さんでこの賞を目指そうと亡くなる少し前にいっていたのに、横にはいないのに力だけ貸してくれたのか。相変わらず強引な人だ。


そうして気がつけば彼がいなくなって、1年が過ぎていた。

月命日にここに来ることを忘れたことは無い。いつものように僕は彼のタバコを1本、彼には僕のタバコを1本というふうに慣れたようにやっていく。

これはどこかで聞いた話だが、魂の重さは21gらしい。そしてタバコは1箱だいたい25gなんだとか、2本抜くとちょうど魂の重さと同じなんだと。

僕の右のポケットにはあの日から捨てられない一誠さんの赤マルが入っている。これがもし一誠さんの魂なら、左のポケットに入っている僕の赤マルは僕の魂なのかもしれない。


墓場で大泣きしたあの日から僕のタバコはメビウスの6ミリでなく、赤マルに変わった。

少しでも彼を感じていたくて、彼を纏っていたかったから僕は銘柄を変えた。

一誠さんの命日になる今日は珍しく新箱だった。だから僕は左のポケットに入れたタバコを右のポケットのものと同じぐらい大事に持ち帰り、家の近くでまた新しい赤マルを買った。


1人で住むには少し広い家の中に笑顔の写真が1枚ある。他の写真も沢山あるんだが、この写真の一誠さんの笑顔が一番大好きで2人で飾った写真だ。一誠さんも

「このあやちゃんさ!近年稀に見る楽しそうな顔じゃない?めっちゃ可愛い!俺この写真好きだなー」

と子どものようになって言ってくれた写真である。

2人とも本当にいい顔だ。あの頃が懐かしい。

ソファー前のテーブルに写真を起き、僕はポケットからそれぞれのタバコを出して、新しい1箱を開ける。

今日は彼の命日だったから朝から彼の好きな物を作り、彼の好きなビールで1人彼を懐かしむつもりでいた。


少し開けている窓に、秋風が吹いている。

なんとも心地いい風だろうか、これじゃ飲みながらうたた寝するのも仕方ないと思う。

思えばタバコと酒の好みだけはあまり合わなかった、お互いがお互いのものをあまり得意でなかったのでビールもいつも違う銘柄、タバコは臭いと罵りあっていた。今思えばたまには彼に全て合わせてみてもっと一緒に楽しんでおけばよかった。


そんなことを思いながらまた写真を見つめる。

いつもはまた来月ねといって彼のお墓の前を去るのだが、今日はなんだか一誠さんがそばに来てくれる気がして、また後でねと伝えた。

薄明かりのついた部屋の中では、よく分からないバラエティーが今日もやかましい。


僕はただ静かに一誠さんとその時を過ごしていた。


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