あなたは首ったけ
罪を犯していないのに処刑された。
そう思っていた彼女は首を落とされて処刑された。
そして次に意識を取り戻した時、目の前に見えたのは彼女の自室。朝が来て目覚めたかのように彼女はベッドから起き上がっていた。
死んだはずの自分が生きている。
あれは夢だったのか。しかしそれにしてははっきりと痛みを感じた。
混乱はしたがひとまず情報収集を試みた彼女。使用人達から話を聞くとある事が分かった。
今の日付は処刑された日と同じではあるが年月はちょうど5年前だった。
つまり自分は5年前に遡ったのかと彼女は思い至った。
過去に戻ったと考えた彼女は次にこう考えた。
今度は処刑されないようにしようと。
あんな惨めで苦しい思いはもうしたくない。その思いを胸に彼女は動いた。
味方を作り、後ろ盾を作り、武器となる情報を手にしていく。
そうこうしている内にあっという間に5年が経った。
今、彼女は大きなパーティ会場におりその場に相応しいドレスを着ている。周囲には彼女の味方ばかり。
そして彼女から少し離れた所に黒いドレスを着た暗い雰囲気の1人の少女が立っていた。少女の姿に彼女は見覚えがあった。少女は彼女を貶めた者。彼女に濡れ衣を着せた張本人。その正体は
思い出せなかった。
あれ? と彼女は思った。
彼女の命を失くす原因を作った元凶の名前を全く思い出せない。彼女は確かに少女の事を知っているはずなのに。
「どうかされました?」
そんな彼女の焦りを感じとっているのか少女は不気味に笑う。
それを不愉快に感じた彼女はひとまず記憶に関しては一旦後回しにする事にし、まずは少女を捕えようと考えた。
過去では少女が突如パーティ会場に現れてその場をめちゃくちゃに荒らした後、彼女をその場で拘束させて牢屋に放り込んだのだ。その時の記憶も曖昧ではあったが、彼女は構わず事前に入手した情報をその場で開示して少女が犯した罪を暴いた。
「へぇ。よく分かりましたね。」
にも関わらず少女は余裕の笑みを浮かべて彼女が開示した事実を肯定する。
「凄い凄い。」
それどころか彼女に向けて拍手までする。
その余裕そうな笑みを見て彼女は苛立った。お前がする表情はそんなものではない。いつものように下を向いて惨めな思いをするべきだ。
…いつも?
「で? 私がやった事を明らかにした後、どうするつもりで?」
モヤがかかる思考。しかし少女の言葉だけははっきりと聞こえてくる。
ひとまず少女を拘束させようと待機させていた護衛に少女を捕らえるよう命令するが、誰も動かない。変だなと思い何度も命令の言葉を口にするが誰も動かない。
「…ぷふ。」
笑いが堪えられず吹き出した少女は大きく笑い声を上げる。静かな場に少女の声がよく響く。
これだけ人がいるのにとっても静かだ。
そこでようやく彼女は違和感に気がつけた。
周囲の人間が喋る事もせず、身動きも取らない。ただじっと棒立ちしていた。他人も知人も友人も味方も皆立ちっぱなし。誰も彼女の事を見ていない。聞いていない。
「あー笑った笑った。そして気がついちゃいましたか。さすがはお姉様。」
お姉様。
それを聞いた瞬間、彼女は全てを思い出した。少女に関する事を全て。
目の前にいる少女は血の繋がった妹だ。
不気味で要領が悪いせいで家族や使用人達からも軽んじられ、いつも彼女に躾と言って憂さ晴らしの道具として扱われていた妹。優秀で愛想の良い彼女の引き立て役として生き続けてきた彼女の妹。誰かを家に招く時は必ず地下の物置に閉じ込めていた妹。
だけどある日、招待されたパーティ会場でいつものように物置部屋に閉じ込めていたはずの妹がさも当然のように会場にいた。痩せた体で華やかな場に相応しくない真っ黒なドレスを着て立っていた。
彼女と彼女の両親は今すぐ妹をその場から連れ出そうとしたが、訳が分からないまま周囲の人々に拘束されてパーティ会場の外に連れ出されそのまま牢屋に入れられた。
そしてその数日後にありもしない罪を被せられて死刑を言い渡され、その日のうちに抵抗虚しく多くの観衆の前で首を落とされた。
「さすがはお姉様。他の人達は最後まで気が付かなかったんですよ。」
大量の記憶に翻弄されながらもはっきりと聞いた妹の声に視線を向けると妹は彼女の友人の前に立っていた。
「よく出来ているでしょ。本物とそっくり。」
そう言って彼女の妹は彼女の友人の姿をした何かをぶん殴った。声を上げる事もなく倒れたそれを妹は遠慮なく顔の部分を力強く踏んだ。
「私で遊んだお姉様の友人そっくり!」
彼女の友人達も彼女の妹で憂さ晴らしをしていた。他の人達にはバレないように。両親や使用人は見て見ぬふり。
彼女にとっては秘密を共有した大切な友人達。
その友人の顔を踏んづける妹を止めようとするが体が動かない。
「あ。そういえばこいつからも酷い目に遭わされたっけ!」
ワインのボトルを手に取りそれで彼女の婚約者の頭を殴りつける。それによってボトルが割れた。
「散々私の事をバカにして体を好き勝手か弄んだ挙句にいまいちだってさ! お姉様気をつけた方がよろしくてよ!」
割れて尖って凶器と化したボトルを婚約者の顔面に何度も勢いよくぶつけ刺した。
愛おしい婚約者がズタズタにされていく姿を見ても彼女は声すら出せなかった。
「…あっ。もうお姉様には関係ないか。」
さっきまで声を荒げて顔を歪めて憎たらしい相手を刺していた妹は一瞬で落ち着き血まみれのボトルを投げ捨てる。
「だってお姉様の体はもう野犬の餌にしてしまいましたから。」
思考が停止したかった。現実放棄したかった。でも彼女には出来なかった。
「お姉様。お姉様。どうして首を切り落とされて死んだお姉様がこうしていられるのか分かります? 分かりませんよね。教えてさしあげますわ。」
頭の中で何度も首を切り落とされた瞬間の記憶が蘇ってくる。妹の声、言葉を強制的に聞かされる感覚がする。
「私、物置に閉じ込められた時に偶然悪魔召喚の本を見つけたんです。お姉様達を殺したくて何度も召喚しようとしたんですけどなかなか上手くいかなくて。でもでもでも! この間ついに成功したんですよ。恋人になる代わりに私のお願いを聞いてくれるって言ってくれたの!」
はしゃぐ妹の声。今まで聞いた事のない明るい声。初めて見た妹の弾けんばかり笑顔に彼女は今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
「まず手始めに国の人間全て洗脳してもらいました。おかげで全員私の玩具です。」
両手を広げて喜びを表現する妹。
「そしてお姉様を捕まえてそのまま首をちょんって切ってもらいました。お姉様よく言ってましたわね。あんたなんかさっさと死ねばいいのに。死刑になればいいのにって。だからお姉様は死刑にしました。あの時のお姉さま、面白かったなぁ。必死に逃げようとして命乞いする姿、最高でした。お姉様達が私を虐めてきた理由、ちょっぴり分かっちゃった。」
そこまで言って、今度は少し落ち込むそぶりを見せた妹。
「でも私、お姉様をもっともっと虐めたいのです! だから悪魔にお願いしました。お姉様を生き返らせてって。そしたらお姉様を頭に色々とつけて液体につけたんです。悪魔が言うにはこうすればお姉様の頭の中に入る事が出来るって。」
そこまで言って、妹は彼女の目をじっと見た。
「もうお分かりですか? ここは、まぁお姉様の夢の中のようなものです。お姉様は死んだけど、ギリギリ生きている状態なのです。」
そこまで言って、彼女の目に映る景色が変わった。
あの時と同じ。
呆然と立つ観衆。
逃げられないように拘束された自分の体。
そして彼女の首を落とす大きな斧を持った処刑人。いや、違う。処刑人の役割を命令された彼女の婚約者だ。あの時と同じように泣いて悲痛で歪んだ顔で彼女に向けて斧を振り下ろそうとしている。
あの時と同じように彼女はその場から逃げられない。
あの時と同じように彼女の喉から死への恐怖がこもった声が。彼女の口からは命乞いの言葉が吐き出されていく。
あの時と同じように婚約者の手によって首を落とされた。
「また遊びましょうね。お姉様。」
首だけになった彼女の耳に妹の声が響いた。