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第四章 恩師との再会 1

 スペリオル学寮所有の綿羊たちが綿雲みたいに散らばって草を食む牧草地を抜けたところでエイキンが馬車を停めさせる。


「さてミスター&ミス・ディグビー、ここからヒルトップ邸までは階段を上りますよ」

「勿論存じておりますわ。四年前まで住み込みでお世話になっていたのですもの」

「僕も毎週この妹の様子を見に訪問したものですよ」

 それぞれの手荷物を受け取りながらディグビー兄妹が胸を張る。


 丘裾に並ぶ小家屋(コテージ)のあいだから始まる石段はエレンの記憶にあるままだった。

 この地方特有の暖かみのある蜂蜜色の石造りで、左右の低い石垣に瑞々しく青い忍冬(ハニーサックル)の蔓が絡んでいる。



 ――本当に懐かしいわ。教授(プロフェッサー)はお元気かしら?



 エイキンに先導されて日当たりのよい階段を上りながら、エレンの心は五年前、期待と緊張で胸を一杯にして初めてこの石段を登った初夏の午後へと引き戻されていた。



 その夏、エレンは二十一歳で、首府タメシスで三度の社交シーズンを過ごしたあとにも一向に婚約せず、魔術の修行を許したときに両親が期待していたような貴族の付添女性(コンパニオン)の勤め口を捜す気配もみせずに、一族中をやきもきさせていたのだった。


 そのエレンが、今年こそが最後の正念場――と、だれもが密かに思っていた二十一歳の五月、「今年の社交シーズンはタメシスには出ず、警視庁任命の諮問魔術師になるために勉強したい」と言い出したとき、一族は大騒動になった。

 エレンがそれまで積んできた魔術師としての修行は、あくまでも貴婦人付添女性(レディス・コンオパニオン)を目指すためのもので、諮問魔術師に必要な法的な知識や過去の魔術を利用した犯罪歴の知識といった「殿方のお仕事」向けの知識は皆無に等しかったためだ。



 ――なあ可愛いエレン、悪いことは言わないから考え直したほうがいいよ? お前はそんなに綺麗なんだから、結婚してからも魔術師として社会に貢献することを許してくれる旦那様なんか簡単に見つかるさ。



 一番仲良しの長兄のコーネリアスさえ、奉職先の海軍駐屯地から――いもしない大叔母の葬儀のためと称して――急遽戻ってきてまで、頑なな末妹をこんこんと諭した。



 ――今のわたくしがとても綺麗で、望めば大抵の我儘が許されることは知っているわ。



 二十一歳のエレンは傲然と頭をそびやかして全員に言い返した。


 ――だけど、わたくしは望むことをなんでも許してくれるって理由で愛してもいない旦那様と生涯を共にするのはまっぴらなの! お父様お母さまお願い、一年だけ時間を頂戴。一年のあいだに必ず成果をあげてみせるから!


 諮問魔術師は推薦制だ。

 猛反対する家族に対して「一年で必ず推薦者を見つけてみせる!」と大見得を切ったエレンは、さして多からぬ魔術師の知己に手紙を書きまくって「どうか推薦を」と頼んだが、だれもがお嬢さんの気まぐれと見做して本気で取り合ってくれなかった。


 そんななかで、エレンに初めに魔術の手ほどきをした師匠であるレディ・エルフィンストーンの旧友のアンドリュー・ソロー教授だけが、「もし三学期間自分の個人教授(チュートリアル)を受けて試験に及第できたら」という条件付きで指導と推薦を引き受けてくれたのだった。


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