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第二章 風の巨人たち

 じきに平底船が最後の閘門を抜けると、タメシスとカトルフォードを結ぶ街道が流れと並走し始めた。


 そのあたりで、右手を走る道の手前に奇妙なものが見えた。


 夏草に埋もれた石の台座の上に立つ巨大な青銅の自動機械人形(オートマタ)だ。

 長い両腕をだらりと垂らした人間のような形で、高さは三階建ての建物ほどもあるだろう。見るからに古いものらしく緑青色に錆び切っている。


 目を凝らせば道の向こうの丘陵には、同じように錆び切った自動機械人形(オートマタ)が、等間隔で点々と並んでいるのだった。


 もし鳥の目で見降ろせば、それらはルディ川南岸に広がるカトルフォードの市街を護るように、街道の走る南東側の丘陵に、七体が半円形に並んでいるのが見てとれただろう。



「久しぶりだな、〈風の巨人たち〉だ!」と、トリスタンが懐かしそうに眼を細める。


 すると、先ほどからずっと興味深そうに兄妹のやり取りを伺っていた地味な茶色いドレスの女性が、ここぞとばかりに小首を傾げて訊ねてきた。


「すみませんミスター。突然話しかけて。カトルフォードにはお詳しいのですの?」


「いや、今はそれほどでも」と、トリスタンが得意そうに小鼻をぴくぴくさせながら応える。「四年前まで神学を収めるために在学していただけで」

「あらまあ牧師様ですの!」と、女性はますます嬉しそうに言い、エレンには目もくれずに、やたらと睫をぱちぱちさせながら重ねて訊ねてきた。「今仰った〈風の巨人たち〉って何ですの?」

「ああ、あそこに並んでいる七体の自動機械人形(オートマタ)のことですよ」と、トリスタンが心底嬉しそうに応える。「あれは内戦期につくられたものなのですよ」

「あらあ、あの怖ろしい〈自動機械人形戦争(オートマティック・ウォー)〉のころに? じゃ、あの巨人たちも人殺しの道具だったんですの?」

「ええそうなんですよ。あれらは王党派の魔術師がですね――」

 トリスタンとご婦人がエレンをスルーして話しこんでいる。


 エレンはイラっとした。



 --なんで私に訊かないのよ? 自動機械人形(オートマタ)だったら牧師じゃなく魔術師の専門分野じゃない!

 


「――カトルフォードの〈風の巨人たち〉は、160年前の内戦期、カトルフォードが王党派の最後の拠点となったときに、当時の王室付き魔術師たるパーシヴァル・ネルソン卿がかの悪名高き議会派の〈鉄機兵〉への対策として作製させた自動機械人形(オートマタ)ですわ。

 王政復古後には内戦に用いられた殺傷力のある自動機械人形はすべて動力の媒体となる凝石(エレクタ)を外されて実質上破棄されましたから、今あの丘に並んでいるのはかつての〈風の巨人たち〉は抜け殻にすぎませんけれど」


 トリスタンの肩越しにエレンが立て板に水とばかりにまくしたてると、茶色のドレスのご婦人は目をぱちくりさせ、

「あらあ、ほほほほほ、妹さん随分お詳しいのねえ!」

 と、上ずった笑い声を立てた。


「ええ兄嫁にもよくそう言われますわ」

 兄嫁、の部分をわざと強調して告げるなり、ご婦人は一瞬で鼻白み、

「あらそう。じゃ」

 と言い置いてそそくさと離れていった。


 熱心な聞き手を失ったトリスタンが不機嫌そのものの顔でエレンを睨んでくる。

「おいエレン、お前そういう態度は人に好かれないぞ? 若い娘がやたらと知識をひけらかすもんじゃない。今の感じのいいレディもすっかり呆れていたじゃないか」

 エレンは呆れて肩を竦めた。


 彼女が離れていった理由は美形の若い牧師様に嫁がいたからに他ならないだろう。

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