第十一章 カトルフォードのブラウニー二世 1
「ううむ」
フィールディング教授は気おされたように唸り、手渡された指輪を目の高さに掲げてつくづくと凝視してから頷いた。
「どうやら本物のようです。―-ですよねアンディ?」
と、心許なげにソロー教授に渡す。
ソロー教授もしみじみつくづく眺めてから力強く頷いた。「間違いない。これこそわれらの《茶色精霊の契約指輪》だよ。サラ、これは大ガラスの巣箱に?」
「然様」
エレンの右肩で火蜥蜴が頷いたとき、ヘンリー・エイキンが過剰なほど陽気な笑い声を立てた。「なんだ、そうすると、今回の事件はみんなあの忌々しい《黒い頭の盗賊ども》の仕業だったってわけですね? すべては偶然の事故で、人間の犯人なんかいなかったってわけだ!」
「あ、ああ、そういうことなのかな?」と、学寮内での不祥事を避けたいらしいフィールディング教授が期待の籠った視線をエレンに向けてくる。
エレンは首を横に振った。
「いいえ教授。残念ながらそういうことではありません。モーゴン学寮の大ガラスたちだって、室内でハミルトン教授がお指に嵌めていらした《指輪》を掠めとることはできないはずです。まず、誰かがそれを抜き取り、わざと大ガラスたちの目に着く場所に放置したのですわ。そして、《指輪がモーゴン城館の上階にある》というミスリードを誘う情況を故意に作り出そうとした。わたくしはそう考えます」
説明が終わるなり沈黙が落ちた。
エイキンが今しがたまでの芝居がかった陽気さをかなぐり捨てて、剣呑な目つきでエレンを睨みつけてくる。
「――ミス・エレン、その誰かというのが、君はこのエイキン君だと?」と、フィールディング教授が不服そうに訊ねる。「さっきも言ったが、彼はコーダー伯爵家とは何の関係もないよ? 縁故がありそうなのはグレハム君だ」
「ええ。ですから、今回の事件とコーダー伯爵家の次男とは何の関係もないのですわ」と、エレンは自信を持って断言した。
「それじゃ、君はこの僕が一体何のために《指輪》を盗んだっていうんだ?」と、エイキン自身が噛みつく。だいぶ余裕が崩れてきたようだ。
エレンは王手の時間が近づいているのを感じながら、余裕ぶった笑みを拵えて一同を眺めまわした。
「ある事実を隠すためですわ。―-ところでソロー教授」
「なんだねミス・エレン?」
「スペリオル学寮長が任期中に急死して後継者への《指輪》の譲渡が生前に果たせなかった場合、譲渡はどのように行われますの?」
「ああ、それは一度《指輪》を中庭の土に埋めるんだよ」と、アルビオンきっての魔法史の権威は世間話みたいに答えた。「そのあとで、新任の学寮長が、前任者の呼んでいた名前で茶色精霊を呼びながら素手で《指輪》を掘り出すんだ。――ジョナサン、茶色精霊の名前は、ジェームズが君あてに残した封書に記してあったよね?」
「ええアンディ、当然です」と、フィールディング教授が誇らしそうに頷く。
「それじゃ、譲渡は今ここですぐにできますのね?」
「ああ。やってしまおうかね?」
「ぜひそうしましょう!」と、フィールディング教授が意気込んで答える。「埋めるのは誰が行うのですか?」
「それは誰でもいいんだ」
「そうですか。――ジャック! 門衛小屋からスコップを借りてきてくれ!」
「はい教授、いますぐ!」
従僕のジャックがスコップを携えて戻ってくると、《指輪》はすぐに埋められた。
「それじゃジョナサンーーいや、フィールディング学寮長どの、早速掘り出してみるといい」
「ええ。―-皆ちょっと離れていてくれ。茶色精霊の名前は使役者だけの秘密なんだよ」
一同が離れるのを待って、フィールディング教授が芝生に膝をつき、地面に向けて小声で何やら囁きながら素手で土を掘り起こしにかかった。
すると、地面から、まるで春先の陽炎のように、トロリとした蜂蜜色の光がユラユラと立ち上ってくるのが分かった。
「おおー―」
見物人のあいだから微かな声が漏れる。
その濃い蜂蜜色の光は、揺らめきながら二フィートほどの高さの長細い球体にまとまり――ふっと大きく横に揺らいだかと思うと、蝋燭の焔が吹き消されるように見えなくなってしまった。
「――え?」
ソロー教授が狼狽えた声を出す。
「どういうことです?」と、ヒギンズ助教授。
「――アンディ!」
目の前で何かに消えられたフィールディング教授が鳴き出しそうな声で叫ぶ。「今一体何が起こったのですか? 私に告げられた茶色精霊の名前が間違っていたのでしょうか?」
「いいえフィールディング教授。おそらく名前は合っていたと思いますわ」
「どういうことですミス・エレン。あなたは何をご存じなのですか?」と、フィールディング教授が小走りに駆けよってくる。
一同の視線が一斉にエレンに集まった。
ヘンリー・エイキンは見まがいようもなく蒼褪めている。
エレンは深い確信とともに告げた。
「今目の前で起こった事実こそが、八月二日の朝に《指輪》を盗んだ犯人が隠したかったことです。――スペリオルの茶色精霊は、すでに消滅しているのですわ」




