第十章 黒い頭の盗賊ども 2
「私が?」
と、エイキンは全く動じた様子を見せず、余裕の表情で呆れたように片眉をあげて見せた。
右隣に座ったトリスタンが酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせている。
「――ミス・エレン」と、フィールディング教授が困り顔で訊ねる。「指輪の紛失が分かってからすぐ、エイキン君の所持品は、実はもう一通り調べているんだよ。彼の専門は魔法技術史だからね、万が一だが魔が差したという可能性もあるし」
「皆さまが指輪の紛失に気付かれたのはいつのことですの?」
「三日後だね」と、エレンのはす向かいからソロー教授が答える。「可哀そうなジェームズの――ハミルトン前・学寮長の葬儀が終わって、事務弁護士のところにあらかじめ預けてあった遺言状が開封されたあとだ」
「遺言には私を次期学寮長にと指名してあってね」と、フィールディング教授が得意そうに言い、そのあとで表情を曇らせた。「しかし、ハミルトン教授の御遺骸がずっとつけていらした鍵をいただいて学寮長室の書類机の引出しをあけたら、《指輪》が無かったんだよ」
「その流れでしたら、《指輪》を盗み取った犯人は、充分に隠匿する時間があったはずです」
そこまで口にしたところで、エレンは腹を決め、卓上に切札を叩きつけるように言った。
「実は、《指輪》の隠し場所はすでに分かっています」
「ほほう」と、エイキンが薄笑いを浮かべる。「それはどこですか?」
「モーガン城館の上階ですわ」
告げるなり、エイキンの顔に一瞬だけ安堵が広がるのが分かった。
その表情を見たとき、エレンは改めて確信した。
犯人はやはりエイキンだ。
「--それはミス・エレン、あの城館に現在住まっている人物が関係している……ということかな?」
フィールディング教授が恐る恐る訊ねる。「もしそういうことなら、エイキン君はコーダー伯爵家とは何の関係も」
「その点については後からご説明します」と、エレンは権高な御令嬢の口調で言い、一様に言葉を失っているテーブルの一同を見回しながら告げた。
「皆さま、お食事は大体お済みですわね? これから中庭へ参りましょう。失われた《指輪》をお目にかけますから」
わざと自信たっぷりに聞こえるように言う。
エイキンはまだ余裕の表情だ。
おそらくは、エレンがスタンレー卿の権威を笠に着てアーノルド・キャルスメインの私室を強制的に調査しようとしている――と、勘違いしているのだろう。
――見ていらっしゃいヘンリー・エイキン。わたくしは地位の高い男性に甘やかされて今の地位を築いたわけじゃない。その事実を見せてやるんだから。
内心密かな闘志を燃やしながら大食堂を後にする。
広い柱廊をよぎれば目の前が芝生の中庭だ。
左手に見える三階建ての教員宿舎の赤っぽい屋根の向こうに、モーゴン学寮の礼拝堂と《城館》の頂が突き出している。
「さてミス・エレン、ここからどうするのかな?」と、エイキンが揶揄うような口調で訊ねてくる。お嬢さんの道楽に付き合ってやっている付添男性そのものの甘ったるい声音だ。
エレンは答えず、右手を広げておなじみの契約魔を呼んだ。
「サラ。出てきて頂戴。頼みたいことがあるの」
途端、白い肉薄の掌の上に淡金色の光の柱が立ち昇り、赤く小さく輝かしい火蜥蜴が顕現した。
「なんじゃエレン、ここはどこじゃ?」
「スペリオル学寮の中庭よ。――ちょっと待っていてね」
火蜥蜴を定位置である右肩にとまらせたエレンは、肩から斜めにかけている黒いビーズのポシェットを探って、幅広のレースで縁取った白いハンカチの包みを取り出した。
ほどくと中からごく小さな黒い羽が出てくる。
一同の目が一斉に羽へと集まる。
ヘンリー・エイキンの灰色の眸がまじまじと見開かれている。
エレンはその焼けつくような視線を意に介さず、指先を介して黒い羽に魔力を籠めながら命じた。
「--魚よ、空を泳げ。泳ぎ、生じた場所へと戻れ」
途端、黒い羽が淡い金色の微光を帯びたかと思うと、まさしく小さな魚のようにビクビクビクッと震えるなり、中心の軸をくねらせながら掌から浮かび上がって、風にあおられながらも斜め上へと遊泳し始めた。
「サラ、あの《魚》を折って頂戴。その先にわたくしの捜し物があるはず」
「引き受けたわが死すべき伴侶よ」と、火蜥蜴が重々しく答え、蝶の翅ほどの小さな皮翼を広げるなり、頼りなく空へと舞い上がる羽の《魚》を追いかけて力強い飛翔を始めた。