第九章 嘘つきはどちらだ? 1
たっぷりのクロテッドクリームとブラックベリーのジャムを添えた熱々のスコーン。
マスタード入りのバターを塗った小さい胡瓜のサンドウィッチ。
ホイップクリームを何重ものフリルみたいに絞り出したレモンクリームパイ。
お茶の席に並んだご馳走はどれも美味しかったが、食卓の雰囲気は和気あいあいとはいいがたかった。
客人四人がそれぞれに、愛想よくユーモアに富んだ教養ありそうな笑顔の仮面の下で、戦々恐々と互いの顔色を伺い合っているのが手に取るように分かるのだ。
全員がとりあえず少なくともひとつはスコーンを食べきって、黒い琥珀織のドレスにフリル付きの白いエプロン、レースの白いヘッドドレスという最新流行の居間メイドの午後の盛装で装ったドロレスが磨きたての小さい銀のポットにお湯を補充すべく食堂を出ていったタイミングで、フィールディング教授が、腹の探り合いにくたびれたのか、正面から口を切った。
「ところでアンディ、我々をこうして呼び集めた本当の理由を、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「ああ、そうだね」と、ソロー教授は落ち着いて答えた。「皆もう当然察しているだろうが、今日来てもらったのは、そちらのミス・エレンに、例の《指輪》の事件について、各々に話してもらうためなのさ」
「おや、早速もう大団円の謎解きですか?」と、ヘンリー・エイキンがカップを片手に揶揄うように言う。
向かいに座ったエレンは片眉をあげて応えた。
「残念ながらミスター・エイキン。まだ聞き込み調査の段階ですわ」と、顔の前に右手を広げて、印章指輪を食卓の一同に示す。
「フォールディング学寮長、ヒギンズ助教授、タメシス警視庁任命の魔術師としてお願いいたします」
「何だね?」
「お二人それぞれから個別の聞き取りを」
「二階の書斎を使うといいよ。われわれは此処にいるから」と、ソロー教授が飄々と言い添える。
「――おい、だめだエレン、冗談じゃない!」
「いけませんよお嬢さん! 良家の令嬢が個室で男と二人きりになるなんて!」
間髪入れずに二つの声が同時に咎める。
一方は勿論トリスタンだ。
もう一方は意外にもヒギンズ助教授だった。
叫んでしまってから自分の大声を恥じるようにまた耳まで赤くなっている。
「そうそう、個別なんてもってのほかですよ。ミス・エレン、話なら皆で聞けばいいじゃないですか」と、メレディス医師がにこにこと口を挟む。
エレンは眉を吊り上げた。
「個別の聞き取りが捜査の基本です。個室で殿方と二人きりになるのが問題でしたら――」と、エレンはちらっとトリスタンを一瞥してから、懇願するような目つきの次兄をスルーして、慣れた仕草で右の掌を広げた。
「サラ。出てきて頂戴。引き合わせたい方々がいるの」
途端、青白く肉薄の掌の上から淡金色の光の柱が立ち昇ったかと思うと、赤く小さく輝かしい竜のような生物が姿を現した。
「ほほう――」と、フィールディング教授が感嘆の声を漏らす。
生物はエレンの掌の上でブルブルっと体を震わせ、濡れた犬が飛沫を散らすみたいに淡金色の光の粒子をあたりに振りまくと、揚羽蝶の翅ほどの小さな皮翼を広げて、定位置であるエレンの右肩に留まった。
「それは――」と、エイキンが瞬きを繰り返しながら生物を凝視する。
「彼、ですわミスター・エイキン」と、エレンは澄まして応えた。「皆様にご紹介いたします。彼は火蜥蜴のサラ。わたくしの契約魔です」
「皆の衆、よろしくたのむぞ」と、エレンの肩の上で、小さな火蜥蜴がポッと小さな金色の焔の粒を吐きながら渋い男声で告げる。エレンは慌てて魔力をまとった指先で焔をつまんで消した。
「あ、ああ、初めましてサラ」と、フィールディング教授が気圧されたように言う。
「火蜥蜴どの、お会いできて光栄です」と、ヒギンズが妙に陶然と挨拶する。
サラは鮮やかなエメラルド色の眸をキロキロっと動かし、なんだか満足そうな様子ではーッと淡い煙の環をはいた。
「エレン、こやつら見た目はいまひとつだが、どうしてなかなか礼儀を弁えた人の子ではないか。儂が喋るのをいちいち愕かんとは――お、おお?」と、サラはそこで初めて気づいたように、暖炉を背にして坐っているちっちゃい土矮人みたいなソロー教授と、右隣に座った麗しの上位精霊みたいなマチルダに目を向けた。
「何と、これはカトルフォードの賢人と奥方どのではないか! 久しいのうご両人。その節はエレンが世話になったのう」
「久しぶりだねサラ。いつ気づいてくれるかと思ったよ!」
「あなたは相変わらずルビーみたいに綺麗ね!」
ソロー夫妻がにこにこと笑って火蜥蜴と旧交を温め合う。
客人たちはあっけにとられた面持ちでその様子を眺めていた。
「愕いた。ミス・エレンは本当に魔術師なのですね……」と、ヒギンズが小声でつぶやいていた。