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第七章 空気精霊の帰還 2

「――ねえエレン、念のために教えておくけれど」と、マチルダが声を潜めて囁く。「今あの《城館(キャッスル)》の上階に住んでいるのは例のプリンス二世だけよ?」


「何ですかそのプリンス二世というのは?」と、つられたのか、トリスタンもひそひそ声で訊ねてくる。

「ミスター・アーノルド・キャルスメインよ。コーダー伯爵家の次男」と、エレンはできるだけそっけなく教えた。

 途端、トリスタンの灰色の目が零れんばかりに見開かれる。

「え、それじゃつまり、あのスタンレー卿の?」

「ええ」と、エレンは頷いた。「卿の弟君よ」

 答えながら、エレンは自分の心がピンと張った楽器の弦みたいに張りつめるのを感じていた。



 コーダー伯爵家の次男であるアーノルド・キャルスメインは、タメシスの一部の魔術師たちのあいだではこの頃密かに警戒されつつある人物の一人だ。


 エレンも属する古典四代元素派の魔術師たちは、師匠について入門するとき、《汝殺すことなかれ》という共通した誓いを立てている。

 そのため、西方世界(オクシデント)では伝統的に魔術師が戦場に立つことはなかった。


 しかし、この頃、大陸のルテチア王国で《皇帝》を僭称して侵略戦争を繰り広げているコルレオンなる人物が、旧来の伝統を破って魔術師を戦地に動員しているために、海を隔てて戦禍からは守られているアルビオン&カレドニア連合王国でも、《皇帝僭称者》に対抗するために、魔術師に戦争協力を求めよう――という論調が、陸軍卿を務める急進的な政治家であるハリントン子爵を中心として日に日に高まりつつあるのだ。


 コーダー伯爵家のアーノルド・キャルスメインは、学生の身ながら、首府を訪れるときには必ずハリントン子爵のタウンハウスを訪問し、《魔術師動員法》の立法を目指す秘密集会に参加しているという噂があるのだった。



「ねえエレン、たしかあのプリンス二世って――」と、噂を知っているらしいマチルダが気づかわしそうに話しかけてくる。


 エレンは必死で平静を装いながら応えた。

「マチルダ、どうかそれ以上は口になさらないで。先走った思い込みは調査には最大の妨げになるもの。――《モーゴン城館(キャッスル)》の上階に住んでいるのがアーノルド・キャルスメインだけだったからといって、塔に幽閉されたお姫さまではないのだから、出入りしているのが貴公子だけであるはずがないわ。客人は当然訪れるだろうし、何より、お付きの従僕やメイドは毎日出入りしているはず。その誰かを買収すれば、隠すのは誰にでもできるわ」

「ああそうか。従僕やメイドか!」と、トリスタンが目からうろこが落ちたみたいな顔で呟き、なんとも言えない表情でしみじみとエレンを見つめてきた。


「……何よトリスタン?」

 あまりの凝視に決まりの悪くなった妹がぶっきらぼうに訊ねると、

「エレン、お前まるで本物の捜査官みたいだなあ!」

 兄は心から感心したみたいな声で嘆じた。


 エレンは得意さを隠してつんと顎をそびやかした。「お言葉ながらお兄様、わたくしだいぶ前から、正真正銘本物の捜査官ですわよ?」


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