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第四章 恩師との再会 4

「それでミス・エレン」と、ソロー教授が穏やかな声で訊ねる。「あなたの次の手は?」

「当然、関係者各位への聞き取り調査を続行いたしますわ。ただ、その前に、〈スペリオルの茶色精霊(ブラウニー)〉について、もう少し詳しく下調べをしておきたいところです」

「すると、久々に私の個人教授(チュートリアル)を御所望かな?」

 ソロー教授が片眼鏡をキラキラさせながら悪戯っぽく訊ねる。

「いえ」と、エレンは澄まして応えた。「まずはモリソニアン大図書館で調べますわ。先ほどのお話によれば、教授も有力な被疑者のお一人でしょう? 調査に先入観は交えられません」


「おいエレン! ソロー教授になんて失礼なことを言うんだ!」と、トリスタンが血相を変えて怒鳴る。ソロー教授は愉快そうに声を立てて笑った。

「安心したよミス・エレン! タメシス・ガセット新聞の大絶賛にたがわず、あなたはどうやら本物の捜査官に成長しつつあるようだね!」

「光栄です教授」と、エレンは神妙に応えた。胸の奥からじんわりと暖かな喜びと誇らしさが湧き上がってくる。

 ちょうどそのとき外のドアベルが鳴らされ、船着き場で運搬馬車に託した三つの大型トランクが到着した。



「モリソニアンを部外者が利用するとなると、学寮長の署名入りの許可証が要るね。散歩がてら学寮まで行ってくるよ」

「そんな教授、申し訳ない。雑用でしたらいくらでも僕が――」

「有難いかぎりだがミスター・ディグビー、残念ながらあなたも部外者だからね。お客人はゆっくり休んでいなさい。途中までは運搬馬車に便乗しようかね」

 恐縮しきりのトリスタンを尻目に、ソロー教授はステッキを手にして悠々と外へと出ていってしまった。

 ディグビー兄妹はマチルダに案内されて二階の客用寝室へと向かった。


 さして広からぬヒルトップ邸の客用寝室は二間しかない。

 エレンに割り当てられたのは四年前と同じ、南向きの大きな窓のある白い化粧板張りの一室だった。化粧台の前の三脚椅子も白塗りで、窓辺には明るいピンクの金魚草が活けてある。


「エレン、長旅をお疲れ様。荷ほどきをしたら少し休むといいわ」

「ありがとうございますマチルダ。このお部屋、全く以前のままね!」

「あなたが来るというから、ベッドカバーも絨毯も四年前と同じにしたのよ」

 マチルダが嬉しそうに言い、エレンの体を軽く抱いてから部屋を出て行った。


 残されたエレンはふーッとため息をつくと、南向きの窓を押し開け、吹き込んできた微風を両腕で抱きながら命じた。



空気精霊(エアリアル)。わが魔力(グラマー)を与える。日暮れまで顕現しなさい」



 途端、エレンの両腕のあいだから月桂樹(ローリエ)と似た爽やかな芳香が立ち昇り、耳元で微かな風が慄いた。



 ――お呼びか女主人(ミストレス)……



「ええ。探索を命じます。捜すものは銀製の指輪で、地琥珀(テランベル)が嵌めこまれ、土の息吹(プネウマ)を色濃く帯びているはずです。この丘とルディ川のあいだのすべての建物の内を捜しなさい」



 ――承った……



 匂いで表出させた場合のエレンの魔力の特色である月桂樹の芳香を帯びた見えない空気精霊は、耳元の空気を慄かせて答えてから、吹き込む微風に逆らうように窓の外へと滑り出していった。


 たぶん、煙突から改めて屋内に入って、まずはこのヒルトップ邸の内部を探索するのだろう。


 

 --空気精霊(エアリアル)が半日で探索できる範囲はそんなに広くないものね。気をつけて使役しなきゃ。



 空気精霊(エアリアル)に探索を命じられる範囲は、使役者であるエレン自身が「区切られたひとつの領域」として認識できる範囲に限られる。

 壁の内側や建物の内側といった明瞭な物理的区切りがの内側に自分が存在しているときなら全範囲を視覚で認識している必要はないが、区切りのない広い範囲を一気に探索させる場合には、高所から一望する必要があるのだ。



 --モリソニアン大図書館の最上階からなら、カトルフォードの十六学寮のすべてを見ることができるはず。捜すのはまずスペリオル。それにモーゴンとペンドラゴンね。



 明日からの探索の計画を頭の中で忙しく組み立てながら、エレンは一抹の寂しさを感じていた。



 ――四年前のわたくしだったら、ソロー教授のお邸の内も探索の範囲に含めるなんて夢にも思わなかったのでしょうね……



 今だって勿論ソロー教授のことは愛して尊敬している。


 でも、どれほど愛して尊敬していても、無条件に決して疑わないわけにはいかないのだ。


 人間は誰でも過ちを犯す。

 例外は決してない。


 幼い子供のころのように、絶対的に正しく過たない保護者を信じ切ってもたれかかることは、もう二度とできないのだ。


 そう思うと無性に寂しかった。


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